『007 ファーストライト』は遊べる『007』映画だった。 映画の記憶を呼び起こす仕掛けが満載で、それでいてボンドらしさ、『007』らしさにも溢れている。往年のファンならプレイしながら思わずニヤリとする、あるいは当時を思い出して感極まってしまうだろう。
もちろん『007』ファンでなくとも存分に楽しめるよう設計されている。メインストーリーは主人公“ジェームズ・ボンド”のオリジンなので原作&映画の知識がなくともプレイできるし、話もわかりやすい。
……と、上記はゲームライターとしてたしかに本心なのだが、自分はやっぱりボンドが好きなんだなと思い知ってしまった。いろいろなところに散りばめられたファンサービスがいちいちプレイする手を止めてきて、心を鷲づかみにしてくる。あらゆる時代のボンドの面影を感じながらプレイできるのだ。

本レビューのために履修すべく購入した歴代23作品分のブルーレイBOX。ここにない『スペクター』『ノー・タイム・トゥ・ダイ』も別で購入。おかげで赤字である。
本稿では映画シリーズファン目線で『007 ファーストライト』のレビューをお届けしよう。

text by 友野辰貴
- 『カジノ・ロワイヤル』の拷問シーンを見て以来『007』のファン。お気に入りは『ゴールドフィンガー』『女王陛下の007』『私を愛したスパイ』『スペクター』。シリーズを深く知るほど『スカイフォール』が味わい深くなる現象に名前をつけたいと思っている。
新ボンド×歴代作品の相互作用。オリジンだけどなつかしい
本作で描かれるのは、殺しの許可証(ライセンス)持つ00(ダブルオー)エージェント“ジェームズ・ボンド”のオリジン。つまり、“007”になる前の青年時代だ。
海軍の任務中にその才覚を見出されたボンドは、MI6の00プログラムへ参加。訓練を積むなかで元009を巡る事件に巻き込まれ、やがて国家を揺るがす陰謀へ足を踏み入れていく。

諜報部のトップ“M”に才能を見出され、スパイ学校へ。頬に走る傷跡は、原作におけるボンドの特徴を踏襲したものだ。
さて、007といえば誰を思い出すだろうか? ショーン・コネリー? ロジャー・ムーア? ピアース・ブロスナン? ダニエル・クレイグ? いろいろな顔が思い起こせるだろう。60年以上、25作品にわたって展開された映画シリーズだ。当然数々の俳優が演じてきている。
※EON Productionsによる25作品のほか、原作小説を再映画化した『ネバーセイ・ネバーアゲイン』なども存在する。 つまり“理想のボンド像”はファンの数だけ存在するということだ。ショーン・コネリーのスマートさが好きな人もいれば、ロジャー・ムーアの軽妙な雰囲気が好きな人もいる。ピアース・ブロスナンの華やかさ、ダニエル・クレイグの豪快さに惹かれた人だっているはず。
誰かひとりのボンド像へ寄せれば、別のファンには違和感が生まれてしまう。かといって中途半端なら誰の心にも刺さりづらい。本作はボンドをどのように設定するのかという、なかなか難しい問題を抱えていたわけだ。
そこで取られた解決策は“オリジンをストーリー軸にすること”だった。歴代ボンドに思い入れのある人ほど、イメージを崩されたくないと思うのは当然の話。007就任前のオリジン設定にすることで、至らない未熟な部分や齟齬があっても納得できる、安心して受け入れられやすい土壌を作っている。
むしろ、好きな映画のエピソード0がゲームサイズの大ボリュームなストーリーで描かれるのだ。ファンとしては「いま操作しているコイツがあの頼れる男になるんだなぁ」と胸も熱くなるだろう。

スパイ学校編の訓練の様子。多種多様な訓練を同時進行でこなすチュートリアルは、かなり映画を意識した構成になっていた。
しかも、オリジンという余白を用意したことで、本作は歴代シリーズのエッセンスを自由に取り込みながらも、どの作品とも矛盾しない絶妙な立ち位置を手に入れている。
※第21作『カジノ・ロワイヤル』に関しては、冒頭のシーンを考えるとゲーム版と齟齬が出るのだが、特殊な例外としていったん目をつぶっていただきたい。 ショーン・コネリーのようなちょっとイジワルで女性関係に奔放なボンドにくわえて、ロジャー・ムーアのようなスタイリッシュでオシャレな立ち姿が見られ、ティモシー・ダルトン版のようなロマンチックな部分も感じられる。
それでいてピアース・ブロスナン版のようなド派手な銃撃戦もありつつ、全体的なキャラクターデザインの雰囲気はダニエル・クレイグ版が近い。仕草や言葉遣い、設定、ほかキャラクターとの距離感、舞台などなど、「ああ、これはあのボンドだ」と思わせる瞬間が随所に仕込まれている。
一方で、特定の俳優や作品に寄りすぎないバランス感も巧み。オリジナルの要素もうまく配合されており、それらが相互作用することで、新しさと懐かしさを同時に感じさせる不思議なキャラクター像を生み出している。

ガジェットを勝手に触って“Q”に止められちゃう定番シーンもある。

ボンドを象徴するおなじみのフレーズ「ウォッカマティーニ、ステアではなくシェイク」も。「ここで好きになったのかなぁ」なんて想像すると、ちょっとニヤリとしてしまう。
映画の記憶が蘇る巧妙な仕掛け
前述した通り、映画の記憶を呼び起こす仕掛けに引き込まれた筆者。その仕掛けとはいわゆるオマージュであったり、あるいは着想を得たシチュエーションであったり。音楽を使ったものまであった。
たとえば、あるステージでチェス大会の決勝の場面に立ち会うのは、やはり第2作『ロシアより愛をこめて』からのオマージュだろう。高級ホテルのラグジュアリーな空間での対局、後ろで再現されている局面図とすべてがそれらしい。「対局中の選手は悪の組織の参謀か?」なんて思ってしまうほど絶妙に再現されていた。
※元々の『007/危機一発』派もいるだろうが、ここは改題されたほうでどうか許してほしい。
チェス大会のシーン。画像のサブタイトルは第6作『女王陛下の007』テーマ曲のタイトル“We Have All the Time in the World”からの引用だろう。
また、教官とふたりで協力して運転するシーンは、第18作『トゥモロー・ネバー・ダイ』を彷彿とさせる。ミシェル・ヨー演じるヒロインとボンドの息をあわせたバイクチェイスだ。ゲームで息を合わせる相手は美女……ではないが、教官の「3速!」の声にあわせてシフトレバーを操作するボンドは「あの映画とは逆だな」と笑わせてくれた。

ふだんはバチバチのふたりが、危険な状況では息を合わせて協力しちゃうところも『トゥモロー・ネバー・ダイ』っぽい。
とりわけテンションが上がったシーンとして挙げたいのは、敵に囲まれて大ピンチのとき、ボンドがドデカい車で大暴れして乗り切るシークエンス。そこで流れ出すのが、シリーズでも屈指の名曲である第6作『女王陛下の007』のオープニング曲だ。
緊迫感のあるあの特徴的なイントロが流れたとき、背筋がビシッと伸びたのを覚えている。その瞬間はワクワクしながらも「イントロだけを使ったピンポイント的なファンサか?」とドギマギした。しかし、その後に続くアクションシーンでは主旋律までしっかりと流れてくれた。

目の前のバカデカい車で大暴れすることに。こういう派手さは『ゴールデンアイ』の戦車爆走シーンを思い出させる。
流石にアレンジはされていたが、歴代楽曲の中でもこれをもってくるとは……なかなか憎い選曲だ。ジョン・バリーが手掛けた同曲は、特徴的なイントロから一気に駆け抜けるスリリングな旋律まで、どこを取っても印象深い名曲。クールな映像と合わせたあの一連の流れに感動を覚えたボンドファンは数多くいることだろう。いわゆる“わかっている選曲”というやつである。
しかも、同曲はオープニング以外の場面でも映画を盛り上げる劇伴として使われていた。印象深いのは悪役・ブロフェルドからスキーで逃げるチェイスシーンだろう。それを今度は、自分が操作するボンドの大立ち回りを彩る曲として聴く。そうするとジョージ・レーゼンビーが演じたボンドの姿と、目の前の若きボンドが重なって見えてくる。
※同楽曲をはじめ、シリーズの音楽面を手掛けてきた“ジョン・バリー”がどれだけすばらしいか語りたいところだが、この話をすると長くもなるのでここでは控えておく。 帽子をクルクル投げたり、懐かしいガジェットがラボに転がっていたり。そういった“ファンの記憶を刺激する演出”がそこかしこに仕掛けてある。もはやこれは歴代映画ファンへのラブレターだ。ファンとしてはそれを見る度に思い出に浸ってしまうので、ゲームプレイを邪魔しているとも捉えられる。が、こんな邪魔なら大歓迎だ。

Qのラボにはいろいろなガジェットが満載。映画に出てきたものもたくさん出てくるので、歩いているだけでも楽しい。
遊ぶ映画であり観るゲーム
『007 ファーストライト』は遊べる映画だ。映画を観ている時間とゲームを遊んでいる時間を区別できなくなる錯覚を引き起こす。
『007』映画といえば、まず思い浮かぶのはあのオープニングだろう。銃口越しにボンドを捉えるガンバレル、主題歌に乗せたスタイリッシュでセクシーなオープニング。“007が始まる”ワクワク感を演出している定番シーンだ。もちろん本作でも丁寧に再現されている。

愛と死を仄めかす、女性のシルエットを際立たせたオープニングがゲームでも採用。
そして、魅力はそれだけではない。カットシーンに至っても映画らしい見せかたが徹底されている。
カメラはロケーション全体をゆったりとなめるように映し、異国情緒溢れる任務の舞台を印象づける。ボンド映画らしい異国の地のスケール感をその一瞬で感じさせてくれるのだ。横長のシネマスコープの画面も相まって、カットシーンが始まるたびに映画を観ているような感覚に陥る。
それでいてプレイの邪魔をしすぎない。シーンの始まりと終わりの切れ目がなく、シームレスにゲームプレイへ移行できる。“観る”と“遊ぶ”の境界が曖昧になっている。

プレイパートとカットシーンの繋ぎがスムーズ。集中を切らさない自然なシーン移行が見事だ。
これにより自分が映画の中にいるような感覚をもたらしている。映画的カットシーンから、スッと自然に自分がボンドとして動き始める。映画を眺めていたはずなのに、その続きを自分の手で演じているというわけだ。この感覚は近年の作品では“全編ワンカット”を実現した『ゴッド・オブ・ウォー』(2018)が近いかもしれない。
理想のボンドを演じられるアクション
本作のアクションで何より気に入ったのは、“理想のジェームズ・ボンド”を自分で演じられること。スマートに潜入するボンドもいれば、派手な銃撃戦で切り抜けるボンドもいる。60年以上の歴史で積み重ねられた数々のボンド像を、本作はゲームシステムによって受け止めてくれる。
ゲーム部分はステルスをメインに、格闘や銃撃(シューティング)も手段として用意されたアクションとして設計されている。『ヒットマン』シリーズを手掛けたIO Interactiveらしい作りだ。
公共エリアでは目立たず情報を集め、敵地ではステルスやガジェット、ときにはハッタリなんかも駆使して突破する。拳による正面突破でも構わない。

邪魔なターゲットをどう対処するかはプレイヤー次第。ガジェットによる一時的な無力化、陽動、ステルス、ハッタリと、ざっと挙げるだけでも多彩な手段が用意されている。
そんな目的への手段を探り、「自分だったらどうするか?」と策を練るプレイングが、そのまま“ボンドを演じること”にすり替わる。「ボンドだったらこう動くのではないか?」と自然に考えているのだ。つまり、攻略法を考えていると同時に、ロールプレイしているわけだ。
これはプレイヤー自身が“理想のボンド像”を決められるということでもある。銃を撃ってド派手にいくもよし、あるいはスマートにすり抜けるもよし。結果、自分だけの理想像を崩されることなくボンドなりきり体験が楽しめる。

敵集団とそのまま殴り合ったっていい。作品にもよるがボンドにも脳筋な一面はある。
また、ステルスメインではあるものの、見つかることがそのまま失敗にならない。なぜならこれは『007』。映画ならむしろ見つかってからがスリリングで楽しいところなのだから、「ここからが本番だ!」とワクワクしてしまうぐらいだ。
一般的なステルスゲームでは、敵に見つかることが大きな不利につながりがちだ。増援を呼ばれ、警戒を強化され、囲まれてタコ殴りに遭ってしまうこともある。しかし007なら、そのまま派手な銃撃戦、格闘戦になだれ込むのもまた“らしい”。見つかってからの大暴れですら映画の展開に忠実な“ボンド体験”なのだ。

ボンドなら派手な銃撃戦もお手の物。流石は隠密以外なんでもできる男だ。
そんなボンドらしさを支えるのがガジェットだ。腕時計のレーザー、爆発するペンなど映画に登場するものもあり、「映画のアレだ!」とファンとしてはテンションが上がる。

『ゴールデンアイ』に登場した腕時計のレーザー光線。これで気分はブロスナンボンドだ。
もちろん、ファンサービス的な意味合いだけで採用されているわけではない。ガジェットを使うにはバッテリー、化学物質といったリソースが必要になる。これらを管理しながら最大限の効果を狙う、ある種のパズルアドベンチャー的側面が組み込まれている。
ガジェットは敵をノーリスクで排除できるほど強力だが、1回のミッション中にそう何度も使えるものではなく、だからこそより効果的に使いたい。敵の集団を危険地帯に呼び寄せて一気に撃滅する。あるいはピンポイントで見張っている人物を無力化する。環境を利用した相乗効果的な使いかたもあり、ステルスしながらとなると頭を使った立ち回りも重要となる。

大荷物を支える紐にレーザーを発射……

頭上に荷物を落として無力化する、といった周囲を活かす使いかたもできる。
ガジェットを駆使し、周囲を読み解き、大ピンチをスマートに突破する。そんな一連の流れは“ジェームズ・ボンド”を演じている実感を強く与えてくれた。
ファン自身が参加できる遊べる007映画
本作は、映画的文法を落とし込みつつ、ファンが思い描く理想像への配慮もしっかりと効いた、シリーズ愛たっぷりな作品と言えるだろう。インスピレーションを受けたシチュエーション、オマージュ、小物で映画本編を思い出させる、膨大なラブレター的仕掛けには恐れ入ったものだ。
そのうえでゲームとしての完成度も高く、また同じステージを何度も遊びやすいシステムのおかげでアクションをしっかり遊びたい人にもピッタリ。映画シリーズを知らなくとも十分に楽しみやすいタイトルに仕上がっている。

ストーリードリブンで派手な銃撃戦を楽しみたい人にもうってつけだ。
とはいえ、ファンであればあるほど味わい深い作品であることは確か。映画を観ながら憧れたジェームズ・ボンドを、自分の手で演じられるゲームなのだ。007世界に入り込みながら、スリリングなスパイ物語を楽しめる。
もちろん、本作をきっかけに映画シリーズへ触れてみるのもいいだろう。ゲームで気になったシーンやルーツを遡るように映画を観てみれば、「元ネタはこれだったのか!」という新たな発見も楽しめるはずだ。映画からゲームへ、あるいはゲームから映画へ。興味を持った方は、ぜひこの“遊べる007映画”を体験してみてほしい。
