- 『Pokémon LEGENDS Z-A』はどんな作品なのか
- 『ポケモン LZA』が描く“ひとつの街”という舞台装置の巧妙さ
- 『ポケモンX・Y』、『Pokémon LEGENDS アルセウス』に連なるテーマとシリーズの問い
- ポケモンを仲間にし、育てる楽しさは健在
- コマンド式からアクティブバトルへ――緊張感の質の変化
- ライバルであり仲間でもあるミアレの人々も魅力的
- あえて音声を“消す”という大胆な選択
- 高い自由度のオシャレ要素が支える“自分だけの物語”
- プレイヤー目線で感じた“もう一歩”のポイント
- 総括:『ポケモン LZA』なぜ“いま”遊ぶべき作品なのか
『Pokémon LEGENDS Z-A』はどんな作品なのか
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私が本作を購入した理由はシンプルで、『ポケットモンスター 赤・緑』から『ポケットモンスター』シリーズを遊んできた身として、新作は自然と触れたくなるという想いがあったからだ。そして、Switch2を手にし、まずは本作を買い求めた。UI(ユーザーインターフェース)の反応、世界のつながりかた、そして没入感の作りかた――技術の進化が作品の体験をどう変えるのかを知りたくて、吸い込まれるようにプレイし始めた。
というわけで本稿では、とくにSwitch2版の『Pokémon LEGENDS Z-A Nintendo Switch 2 Edition』についてレビューを行っていく。
『ポケモン LZA』が描く“ひとつの街”という舞台装置の巧妙さ
ひとつの街で完結する“閉じた世界”が生む濃度
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実際プレイ前は、「冒険の幅が限定的になってしまうのでは」と心配していた。だが、遊び始めてみると、その懸念は心地よく裏切られる。夜になると一部エリアが“バトルゾーン”に変貌し、ストーリーが進むたびに“ワイルドゾーン”(野生のポケモンが出現するエリア)が増えていくのだ。街そのものが生き物のように変わり続けることで、“閉じているはずなのに広がっていく”という不思議な体験が生まれていた。
広がりの方向が“地図の拡張”ではなく、“時間”や“構造”の変化に置かれている点が新鮮だ。街のどこを歩いても“つぎにどう変わるのか”が気になり、ゲームを進める手が止まらない。終盤まで飽きる瞬間がなかったのは、この設計思想の妙によるところが大きい。
余談だが私は極度の方向音痴で、Google Mapsを使っても迷子になるレベルである。ミアレの路地裏に入ったが最後、だいたい現在地を失う。目的地に一発でたどり着けたことはほぼなく、ポケモンセンターや主要ランドマークに一瞬で移動できるファストトラベル機能に何度救われたかわからない。とはいえ、この“迷いながら歩く”時間も含めて、この街にほんとうに暮らしているような生々しい感覚があった。
すべてがシームレスにつながる体験構造
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こうしたハード面の強化は、『ポケモン LZA』のように“街全体がつながっている”作品と相性が抜群だ。とくにミアレ美術館は象徴的で、展示品の細かなつくり込みやキャプションの読み取りを挟んでも描画の重さを感じない。大量の展示物が配置される空間で、明確なロードなくそのまま散策できるのはSwitch2の恩恵だと実感した。
私はこれまで“没入感=リアルなグラフィック”だと思い込んでいた。
たとえば、スクウェア・エニックスの大作RPGのような超高精細なキャラクターモデルこそ、没入体験の鍵だと考えていたのだ。しかし『ポケモン LZA』は、“高精細さ”よりも“切れ目のなさ”が没入を生むことを証明してくれた。Switch2と本作の組み合わせだからこそ体験できた新しい気づきだったと感じる。
『ポケモンX・Y』、『Pokémon LEGENDS アルセウス』に連なるテーマとシリーズの問い
マチエールやフラダリといった懐かしいキャラクターたちがつぎつぎと姿を見せる瞬間には、まるで旧友と再会するような感覚があり、シリーズ経験者としては思わず胸が熱くなった。こうした“再会”の積み重ねが、本作の没入感をさらに強める要素として機能している。
とはいえ、『ポケモン X・Y』未経験者が置いていかれるような構造にはなっていない。正直、私自身も『ポケモン X・Y』のストーリーをほぼ忘れていたのだが、それでも本編を進めるうえで困ることはまったくなかった。過去作を知っていれば響く箇所が増えるという程度で、物語の軸は初見でもしっかり理解できるよう工夫されている。
さらに印象的なのが、ミアレシティの大美術館で開催される企画展だ。ここでは『Pokémon LEGENDS アルセウス』(以下、『ポケモン LA』)の世界が“歴史”として紹介されており、『ポケモン LA』をプレイしていた身としては、展示を見るたびに当時の記憶がふとよみがえる。「あのバトルきつかったな……」と遠い日を思い出す感覚と、『ポケモン LZA』で初めて接続されるシリーズの文脈。この“時間をまたぐつながり”に、思わず感動してしまった。
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ポケモンを仲間にし、育てる楽しさは健在
街のあちこちでは野生のポケモンに遭遇でき、その捕獲体験が“街の出来事”として日常の一部に溶け込んでいる。従来のように広い草むらに出向くのではなく、“通りを曲がったらフワッと現れる”、“路地の奥にひっそり佇んでいる”、“ハシゴを上がるといきなり攻撃される”といった、生活圏の延長で出会う感覚が新鮮だ。図鑑の説明文にもミアレの生態系が織り込まれており、街の文化や人々の暮らしと、ポケモンがどのように共生しているのかが丁寧に描かれている。
また、街に点在するカフェが交流スポットとして機能しているのもうれしい仕掛けだ。いっしょに訪れることでなつき度が上がり、ときには記念写真を撮れる。私はゴーストタイプのポケモン“シャンデラ”が相棒なのだが、シャンデラと街を歩き、カフェで休み、戦闘で傷つけば苦しそうに声を上げる姿に、思わず胸がぎゅっとなる瞬間があった。街の中でいっしょに生活している感覚がこれほど強く生まれるのは、本作ならではだろう。
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コマンド式からアクティブバトルへ――緊張感の質の変化
とくに、『ポケモン LA』から追加された要素の、“オヤブン”と呼ばれる体が大きく強力なポケモンは圧巻だ。巨大な体躯で通りをふさがれると、思わず本能的に後ずさるほどの迫力がある。というか、初見で遭遇したときは、振り返る間もなく全力で逃げた。あの恐怖感は、それ以前の『ポケモン』シリーズにはなかった体験だと思う。
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そして何より緊張感を高めているのが、“トレーナー自身も攻撃対象になる”というルールだ。ポケモンにはHPゲージがあるが、トレーナーにはない。攻撃を受けるたびに画面端が赤く染まり、何度も食らい続けると気絶して、最後に訪れたポケモンセンターまで戻されてしまう。この赤い演出、もしかして出血しているのでは……? と一瞬ヒヤッとするほど生々しい。
私はアクションゲームが得意ではないので、気絶寸前まで追い込まれることが何度もあった。「人間にも回復アイテムを使わせてほしい……!」と心底思いながら、路地裏を転がり避難していたのはいまではいい思い出だ。
ライバルであり仲間でもあるミアレの人々も魅力的
街を守る自警団“エムゼット団”は、その象徴的な存在だ。物語が進むにつれて彼らの行動や立場が少しずつ変わり、主人公との絆も深まっていく。戦いを通じてわかり合い、ときにはぶつかりながら、最後には共闘へと向かう――その関係の変化が、ミアレシティという街に豊かな温度を与えている。
そしてもうひとつ、『ポケモン LZA』のドラマを支えるのが、“ZAロワイヤル”の上位ランカーたちだ。彼らはそれぞれ独自の哲学と戦いかたを持ち、主人公にとっては越えるべき壁であると同時に、街に欠かせない戦力でもある。彼らと戦い、理解し、仲間として肩を並べるようになる過程は、本作ならではの横のつながりを実感できる瞬間だ。
シリーズ経験者として胸が熱くなるのは、『ポケモン X・Y』から続投するキャラクターたちの“数年後”の姿だ。あのころの面影を残しながらも、過去の出来事を静かに背負い、それでも前を向く彼らの姿には、シリーズの時間軸が確かに流れていることを感じさせられる。
また、どのキャラクターに肩入れするかで物語の見えかたが変わるのもおもしろいポイントだ。私はどくタイプ使いで“サビ組”のボスでもあるカラスバが“推し”なのだが、街のあちこちで彼にまつわる噂や小話を耳にするたびに、思わずニヤッとしてしまった。推しが街の文化に自然と溶け込んでいる感じが、たまらなくうれしい。
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あえて音声を“消す”という大胆な選択
キャラクターが声を持たないからこそ、プレイヤーは“自分の中の声”を投影し、個々の関係性や感情を自由に膨らませながらプレイできるのが魅力だ。声が与えられていない世界は、一見すると情報が少ないようでいて、じつは想像の余白が最も豊かに残されている。“心の中で補っていく体験”そのものが、ポケモンの魅力なのだと思う。
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また、本作では表情・フキダシ・エフェクトといったビジュアル表現の積み重ねによって、キャラクターの感情や場面のニュアンスを的確に伝えている。声を使わず“見せる”だけで状況を理解させる手法は、日本のMANGAやANIME文化と強い親和性があり、独自の美学を感じさせる。海外のプレイヤーがこの無音の演出をどう受け取っているのかも興味深いところだ。
高い自由度のオシャレ要素が支える“自分だけの物語”
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興味深いのは、主人公のバックボーンがほとんど語られない点だ。前作『ポケモン LA』にも共通する特徴だが、この“背景の薄さ”がいい意味でプレイヤーの想像を引き出し、主人公をどこかミステリアスな存在にしている。キャラメイクで作り上げた自分が、物語に自然と差し込まれる感覚が心地よい。
……とはいえ、本作の主人公は“ミアレシティに観光で来た人物”という設定のはずだが、どこのホテルに泊まっているかとか、観光旅行(?)が終わる日や仕事の話もいっさい出てこない。街に居座り続ける姿を見ると「この人、本当に観光のつもりで来たの?」とツッコミたくなる謎も残る。ただ、こうした軽い引っかかりも含めて、『ポケモン LZA』の主人公は不思議と愛着が湧く部分と言えるだろう。
プレイヤー目線で感じた“もう一歩”のポイント
まず気になったのは、一部の“メガストーン”の入手手段が、オンライン対戦に限定されている点だ。メガストーンは街のショップで購入したり、特定アイテムと交換して入手できるものもあるが、数種類だけはランクバトル(オンライン対戦)の景品としてしか手に入らない。
対戦好きのプレイヤーにとっては問題ない仕様かもしれないが、一定数いる“対戦をしない層”にとっては、必要なアイテムが永遠に手に入らない。私自身、ゲッコウガが好きでよく使っているのだが、そのメガストーンが対戦景品としてしか入手できないことを知り、かなり残念に感じている。
私はもともとオンラインプレイをほとんどしないタイプで、できればゲームの中だけで完結した体験をしたい派だ。SNSを眺めても同じ悩みを持つユーザーが一定数いることがわかったので、対戦を好まない層にも手が届く入手方法が用意されていると、より多くの人がストレスなく遊べるようになると感じた。
ちなみに、“ポケモンセンター(公式グッズショップ)限定配布のポケモン”のような、リアルイベントで入手する特別感も好きなので、全部がゲーム内で完結すべきだと言うつもりはない。オンライン対戦必須であるという点が、個人的に大きな差分だった。
もうひとつ困ったのが、マップに“ハシゴ”が表示されない問題だ。ミアレシティは縦方向にも立体的に作られた街だが、どこにハシゴがあるのかがわかりづらく、高所に行きたくても辿り着けないことが何度もあった。方向音痴の私にとって“行きたい場所に二度と行けない”のはほぼ宿命ではあるが、地図上でハシゴの位置がわかれば、もう少し快適に探索できたのではと思う。
総括:『ポケモン LZA』なぜ“いま”遊ぶべき作品なのか
Switch2のスペックを活かしたシームレスな移動、ボイスをあえて排したことで生まれる想像の余白、キャラメイクによる“自分だけの物語”の構築。そして、『ポケモン X・Y』や『ポケモン LA』から続く『ポケットモンスター』シリーズの問いを静かに受け継ぎながら、街に刻まれた傷と再生を丁寧に描くストーリーテリングが印象的だった。
どの要素も単体で優れているが、それらがひとつの街に集約され、互いに補い合うことで、『ポケモン LZA』という作品が完成している。広い世界を旅するのではなく、“街の変化とともに自分が変わっていく”という体験は、これまでのポケモンにはなかった新しい感覚だ。『ポケモン LZA』が提示した“ポケモンの新しい楽しみかた”は非常に魅力的で、シリーズの次の方向性を示す大きな一歩だと感じている。
ミアレシティという街で出会い、迷い、時に立ち止まりながら、それでも前に向かって歩き続ける——その積み重ねが、本作を単なるゲームではなく、自分だけの旅の記憶へと変えてくれる。『ポケモン LZA』は、まさに“今”だからこそ触れてほしい作品だ。シームレスにつながるこの街の構造を、自分の足で確かめてほしい。



















