『ポケモンレジェンズ Z-A』レビュー。すべてがシームレスにつながる世界へ。新たに再定義した冒険体験の構造【コンテスト優秀賞作品】

『ポケモンレジェンズ Z-A』レビュー。すべてがシームレスにつながる世界へ。新たに再定義した冒険体験の構造【コンテスト優秀賞作品】
 2025年11月に実施した、ファミ通.com“ゲームレビューコンテスト”。優秀賞の水無瀬あずささんによる『Pokmon LEGENDS Z-A』のレビューを掲載します。
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『Pokémon LEGENDS Z-A』はどんな作品なのか

 『Pokémon LEGENDS Z-A』(以下、『ポケモン LZA』)は、ミアレシティという“ひとつの街”だけを舞台にした、シリーズでも異色の体験設計が特徴の作品だ。従来のように街から街へ移動しながら冒険が進むのではなく、“街そのものが変化し、物語になる”という大胆なアプローチを取っている。この一点だけでも、『ポケモン LZA』が提示する新しいポケモン体験の方向性が伝わってくる。
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“街そのものが物語になる”──ミアレシティを舞台に描かれる新たなポケモン体験。
 本作はNintendo Switch 2向けに最適化されつつ、従来機のNintendo Switchでも遊べる設計になっている。Switch2の発売当初は入手が難しく、「このままではポケモンが遊べないのでは」と不安に感じていたプレイヤーも多かったと思うが、そうした事情への配慮が行き届いているのはありがたい点だ。

 私が本作を購入した理由はシンプルで、『
ポケットモンスター 赤・緑』から『ポケットモンスター』シリーズを遊んできた身として、新作は自然と触れたくなるという想いがあったからだ。そして、Switch2を手にし、まずは本作を買い求めた。UI(ユーザーインターフェース)の反応、世界のつながりかた、そして没入感の作りかた――技術の進化が作品の体験をどう変えるのかを知りたくて、吸い込まれるようにプレイし始めた。

 というわけで本稿では、とくにSwitch2版の『
Pokémon LEGENDS Z-A Nintendo Switch 2 Edition』についてレビューを行っていく。

『ポケモン LZA』が描く“ひとつの街”という舞台装置の巧妙さ

ひとつの街で完結する“閉じた世界”が生む濃度

 ポケモンシリーズといえば、街から街へ旅しながら物語が展開するのが通例だ。しかし『ポケモン LZA』は、ミアレシティという“たったひとつの街”を舞台に、時間経過と物語によって街そのものが変化していくという設計を採用している。個人的に、この発想の転換こそ本作の最大の挑戦であり、シリーズにおける大きな分岐点だと感じた。
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物語とともにワイルドゾーンが広がっていくミアレシティのマップ
 閉じた世界は、どうしても“狭さ”や“単調さ”に結びつきやすい。

 実際プレイ前は、「冒険の幅が限定的になってしまうのでは」と心配していた。だが、遊び始めてみると、その懸念は心地よく裏切られる。夜になると一部エリアが“バトルゾーン”に変貌し、ストーリーが進むたびに“ワイルドゾーン”(野生のポケモンが出現するエリア)が増えていくのだ。街そのものが生き物のように変わり続けることで、“閉じているはずなのに広がっていく”という不思議な体験が生まれていた。

 広がりの方向が“地図の拡張”ではなく、“時間”や“構造”の変化に置かれている点が新鮮だ。街のどこを歩いても“つぎにどう変わるのか”が気になり、ゲームを進める手が止まらない。終盤まで飽きる瞬間がなかったのは、この設計思想の妙によるところが大きい。

 余談だが私は極度の方向音痴で、Google Mapsを使っても迷子になるレベルである。ミアレの路地裏に入ったが最後、だいたい現在地を失う。目的地に一発でたどり着けたことはほぼなく、ポケモンセンターや主要ランドマークに一瞬で移動できるファストトラベル機能に何度救われたかわからない。とはいえ、この“迷いながら歩く”時間も含めて、この街にほんとうに暮らしているような生々しい感覚があった。

すべてがシームレスにつながる体験構造

 Switch2を手にして最初に遊んだタイトルが『ポケモン LZA』だったこともあり、まず驚かされたのは処理速度の圧倒的な速さだった。広い街を歩き回っても画面切り替えがほとんどなく、ロードを意識する瞬間がない。この“切れ目のなさ”こそ、本作が生み出す没入体験の核心だと思う。
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高低差のある立体構造もロードなしで移動でき、探索体験をより自然で生きたものにしてくれる。
 2025年6月に発売されたSwitch2には、NVIDIAと共同開発したカスタムSoCが搭載されていると言われている。GPUにAmpere世代が採用され、レイトレーシングやDLSSといったPC向けハイエンド技術にも対応したことで、描画の重さを抑えつつ世界全体を滑らかに表示できるようになった。高リフレッシュレートや4K出力にも対応しているため、街の光や影、遠景の建物の輪郭が自然に見える。加えて大容量メモリや高速ストレージの採用もあり、背景データの読み込みが速く、プレイ中に“止まる瞬間”が明らかに少ない。

 こうしたハード面の強化は、『ポケモン LZA』のように“街全体がつながっている”作品と相性が抜群だ。とくにミアレ美術館は象徴的で、展示品の細かなつくり込みやキャプションの読み取りを挟んでも描画の重さを感じない。大量の展示物が配置される空間で、明確なロードなくそのまま散策できるのはSwitch2の恩恵だと実感した。

 私はこれまで“没入感=リアルなグラフィック”だと思い込んでいた。

 たとえば、スクウェア・エニックスの大作RPGのような超高精細なキャラクターモデルこそ、没入体験の鍵だと考えていたのだ。しかし『ポケモン LZA』は、“高精細さ”よりも“切れ目のなさ”が没入を生むことを証明してくれた。Switch2と本作の組み合わせだからこそ体験できた新しい気づきだったと感じる。

『ポケモンX・Y』、『Pokémon LEGENDS アルセウス』に連なるテーマとシリーズの問い

 本作は『ポケットモンスター X・Y』(以下、『ポケモン X・Y』)の数年後を描いており、舞台となるミアレシティだけでなく、登場人物や街の空気にも“あのころ”の面影が随所に残っている。

 マチエールやフラダリといった懐かしいキャラクターたちがつぎつぎと姿を見せる瞬間には、まるで旧友と再会するような感覚があり、シリーズ経験者としては思わず胸が熱くなった。こうした“再会”の積み重ねが、本作の没入感をさらに強める要素として機能している。

 とはいえ、
『ポケモン X・Y』未経験者が置いていかれるような構造にはなっていない。正直、私自身も『ポケモン X・Y』のストーリーをほぼ忘れていたのだが、それでも本編を進めるうえで困ることはまったくなかった。過去作を知っていれば響く箇所が増えるという程度で、物語の軸は初見でもしっかり理解できるよう工夫されている。

 さらに印象的なのが、ミアレシティの大美術館で開催される企画展だ。ここでは『
Pokémon LEGENDS アルセウス』(以下、『ポケモン LA』)の世界が“歴史”として紹介されており、『ポケモン LA』をプレイしていた身としては、展示を見るたびに当時の記憶がふとよみがえる。「あのバトルきつかったな……」と遠い日を思い出す感覚と、『ポケモン LZA』で初めて接続されるシリーズの文脈。この“時間をまたぐつながり”に、思わず感動してしまった。
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『ポケモン LA』の世界が“歴史”として語られる特別展。時間を跨いだつながりが胸を打つ。
 そして何より心に残ったのは、ミアレシティに刻まれた“傷跡”だ。『XY』で街が受けた大きな被害は、住民の会話や街の景観にさりげなく残されている。傷跡は表に出ないが、確かにそこに存在しているのだ。その積み重ねが、終盤の「だからこそ、この街は自分たちで守るんだ」という仲間たちの共闘シーンに、説得力を与えているように感じた。

ポケモンを仲間にし、育てる楽しさは健在

 『ポケモン LZA』の舞台がミアレシティひとつに限定されているとはいえ、ポケモン本来の魅力――仲間にし、育て、進化させ、図鑑を埋めていく楽しさはしっかりと健在だ。従来作の“旅する冒険”とは異なり、捕獲や育成がすべて街の中で完結するため、体験の手触りがこれまでと大きく変わっているのも興味深い。

 街のあちこちでは野生のポケモンに遭遇でき、その捕獲体験が“街の出来事”として日常の一部に溶け込んでいる。従来のように広い草むらに出向くのではなく、“通りを曲がったらフワッと現れる”、“路地の奥にひっそり佇んでいる”、“ハシゴを上がるといきなり攻撃される”といった、生活圏の延長で出会う感覚が新鮮だ。図鑑の説明文にもミアレの生態系が織り込まれており、街の文化や人々の暮らしと、ポケモンがどのように共生しているのかが丁寧に描かれている。

 また、街に点在するカフェが交流スポットとして機能しているのもうれしい仕掛けだ。いっしょに訪れることでなつき度が上がり、ときには記念写真を撮れる。私はゴーストタイプのポケモン“シャンデラ”が相棒なのだが、シャンデラと街を歩き、カフェで休み、戦闘で傷つけば苦しそうに声を上げる姿に、思わず胸がぎゅっとなる瞬間があった。街の中でいっしょに生活している感覚がこれほど強く生まれるのは、本作ならではだろう。
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お気に入りのポケモンとカフェでひと休み。ミアレの街で“暮らしながら絆を深める”体験ができるのも『ポケモン LZA』ならでは。
 ポケモンとただ旅を“共にする”のではなく、“街でいっしょに暮らす”体験へと進化している。育成が日常の中に自然と溶け込むこの設計は、単なる機能ではなく、『ポケモン LZA』が描く世界の温度を決定づける大事な要素だと感じた。

コマンド式からアクティブバトルへ――緊張感の質の変化

 本作では、従来のターン制コマンドバトルではなく、ポケモンもトレーナーもフィールド上で同時に動くアクティブな戦闘が採用されている。ぼんやりしていたらふつうに攻撃されるし、距離の取りかたひとつで勝敗が分かれる。このリアルな危機感は、『ポケモン LA』で確立されたLEGENDSシリーズの系譜といえるが、『ポケモン LZA』では街という生活圏で発生するぶん、より生々しく感じられた。

 とくに、『ポケモン LA』から追加された要素の、“オヤブン”と呼ばれる体が大きく強力なポケモンは圧巻だ。巨大な体躯で通りをふさがれると、思わず本能的に後ずさるほどの迫力がある。というか、初見で遭遇したときは、振り返る間もなく全力で逃げた。あの恐怖感は、それ以前の『
ポケモン』シリーズにはなかった体験だと思う。
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オヤブンの圧倒的な威圧感に思わず足がすくむ。従来作にはなかった“本能的な恐怖”を味わえる瞬間。
 こうしたアクション性を支えているのは、Switch2による高速ロードとシームレスな設計だ。ミアレシティの複雑な街路を走り、角を曲がり、広場へと飛び出す。その移動のすべてが切れ目なくつながっているからこそ、戦闘中の空気の変化をそのまま味わえるのだ。

 そして何より緊張感を高めているのが、“トレーナー自身も攻撃対象になる”というルールだ。ポケモンにはHPゲージがあるが、トレーナーにはない。攻撃を受けるたびに画面端が赤く染まり、何度も食らい続けると気絶して、最後に訪れたポケモンセンターまで戻されてしまう。この赤い演出、もしかして出血しているのでは……? と一瞬ヒヤッとするほど生々しい。

 私はアクションゲームが得意ではないので、気絶寸前まで追い込まれることが何度もあった。「人間にも回復アイテムを使わせてほしい……!」と心底思いながら、路地裏を転がり避難していたのはいまではいい思い出だ。

ライバルであり仲間でもあるミアレの人々も魅力的

 『ポケモン LZA』の魅力は、ポケモンだけではない。ミアレシティという街そのものが物語の中心に据えられている以上、そこに暮らす人々の存在が、プレイヤーの体験を大きく左右する。彼らは単なるNPCではなく、「街を守りたい」という意志を持った仲間であり、ときに競い合うライバルでもある。

 街を守る自警団“エムゼット団”は、その象徴的な存在だ。物語が進むにつれて彼らの行動や立場が少しずつ変わり、主人公との絆も深まっていく。戦いを通じてわかり合い、ときにはぶつかりながら、最後には共闘へと向かう――その関係の変化が、ミアレシティという街に豊かな温度を与えている。

 そしてもうひとつ、『ポケモン LZA』のドラマを支えるのが、“ZAロワイヤル”の上位ランカーたちだ。彼らはそれぞれ独自の哲学と戦いかたを持ち、主人公にとっては越えるべき壁であると同時に、街に欠かせない戦力でもある。彼らと戦い、理解し、仲間として肩を並べるようになる過程は、本作ならではの横のつながりを実感できる瞬間だ。

 シリーズ経験者として胸が熱くなるのは、『ポケモン X・Y』から続投するキャラクターたちの“数年後”の姿だ。あのころの面影を残しながらも、過去の出来事を静かに背負い、それでも前を向く彼らの姿には、シリーズの時間軸が確かに流れていることを感じさせられる。

 また、どのキャラクターに肩入れするかで物語の見えかたが変わるのもおもしろいポイントだ。私はどくタイプ使いで“サビ組”のボスでもあるカラスバが“推し”なのだが、街のあちこちで彼にまつわる噂や小話を耳にするたびに、思わずニヤッとしてしまった。推しが街の文化に自然と溶け込んでいる感じが、たまらなくうれしい。
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個性と物語を持つ登場人物が、ミアレシティをより魅力的な舞台にしている。
 ミアレシティは、NPCの数以上に“物語の視点”が存在する街だ。彼らがそれぞれの思いを抱え、街を守るために動く姿があるからこそ、プレイヤーの歩みもまた、この街の物語の一部として息づいていると言えるだろう。

あえて音声を“消す”という大胆な選択

 近年、多くのゲームではキャラクターボイスが当たり前になり、声優のキャスティングが発表段階から大きな話題を呼ぶ。しかし、本作では、キャラクターをしゃべらせないという方針を貫いている。

 キャラクターが声を持たないからこそ、プレイヤーは“自分の中の声”を投影し、個々の関係性や感情を自由に膨らませながらプレイできるのが魅力だ。声が与えられていない世界は、一見すると情報が少ないようでいて、じつは想像の余白が最も豊かに残されている。“心の中で補っていく体験”そのものが、ポケモンの魅力なのだと思う。
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このシーンもボイスはない(写真じゃ伝わらないが!)。
 もちろん、この設計に理由があったのかはわからない。初期作品のころは容量の都合が大きかったのかもしれない。それでも今日にいたるまで、この“しゃべらない”方針がシリーズのアイデンティティとして受け継がれているのは興味深い。

 また、本作では表情・フキダシ・エフェクトといったビジュアル表現の積み重ねによって、キャラクターの感情や場面のニュアンスを的確に伝えている。声を使わず“見せる”だけで状況を理解させる手法は、日本のMANGAやANIME文化と強い親和性があり、独自の美学を感じさせる。海外のプレイヤーがこの無音の演出をどう受け取っているのかも興味深いところだ。

高い自由度のオシャレ要素が支える“自分だけの物語”

 『ポケモン LZA』では、キャラメイクの自由度が過去作と比べて大きく進化している。服装や髪型はもちろん、前髪の形、眉の形やカラーコンタクトの色まで細かく調整でき、自分に近い姿を作ったり、まったく別の“理想像”を作り出すこともできる。このあたり、とくに『Switch 2 Edition』では、本体のスペック強化も影響しているようで、細部の表現が自然に見えるため、作ったキャラクターがそのまま世界に溶け込んでいく感覚があった。
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細かな顔パーツまで作り込めるキャラメイク。自分だけの“主人公像”が、街の中で自然に息づいていく。
 街にはブティックが点在しており、服やアクセサリーを選ぶ楽しさも健在だ。現実さながらの買い物体験がそのままゲームの“遊び”として成立しており、ストーリーそっちのけでコーディネート沼にハマる人が出るのも納得できる。SNSを見ていると、“見た目はあえて男性のキャラクターに設定しつつ、夜だけ女性服を楽しむ”といった自由な遊びかたをしているユーザーも多く、プレイスタイルの幅広さに驚かされた。

 興味深いのは、主人公のバックボーンがほとんど語られない点だ。前作『ポケモン LA』にも共通する特徴だが、この“背景の薄さ”がいい意味でプレイヤーの想像を引き出し、主人公をどこかミステリアスな存在にしている。キャラメイクで作り上げた自分が、物語に自然と差し込まれる感覚が心地よい。

 ……とはいえ、本作の主人公は“ミアレシティに観光で来た人物”という設定のはずだが、どこのホテルに泊まっているかとか、観光旅行(?)が終わる日や仕事の話もいっさい出てこない。街に居座り続ける姿を見ると「この人、本当に観光のつもりで来たの?」とツッコミたくなる謎も残る。ただ、こうした軽い引っかかりも含めて、『ポケモン LZA』の主人公は不思議と愛着が湧く部分と言えるだろう。

プレイヤー目線で感じた“もう一歩”のポイント

 『ポケモン LZA』は非常に完成度の高い作品だが、実際にプレイしていると「もう少しだけこうだったら便利なのに……!」と感じた点もいくつかあった。以下は、あくまで一プレイヤーとして困ったポイントをまとめたものだ。

 まず気になったのは、一部の“メガストーン”の入手手段が、オンライン対戦に限定されている点だ。メガストーンは街のショップで購入したり、特定アイテムと交換して入手できるものもあるが、数種類だけはランクバトル(オンライン対戦)の景品としてしか手に入らない。

 対戦好きのプレイヤーにとっては問題ない仕様かもしれないが、一定数いる“対戦をしない層”にとっては、必要なアイテムが永遠に手に入らない。私自身、ゲッコウガが好きでよく使っているのだが、そのメガストーンが対戦景品としてしか入手できないことを知り、かなり残念に感じている。

 私はもともとオンラインプレイをほとんどしないタイプで、できればゲームの中だけで完結した体験をしたい派だ。SNSを眺めても同じ悩みを持つユーザーが一定数いることがわかったので、対戦を好まない層にも手が届く入手方法が用意されていると、より多くの人がストレスなく遊べるようになると感じた。

 ちなみに、“ポケモンセンター(公式グッズショップ)限定配布のポケモン”のような、リアルイベントで入手する特別感も好きなので、全部がゲーム内で完結すべきだと言うつもりはない。オンライン対戦必須であるという点が、個人的に大きな差分だった。

 もうひとつ困ったのが、マップに“ハシゴ”が表示されない問題だ。ミアレシティは縦方向にも立体的に作られた街だが、どこにハシゴがあるのかがわかりづらく、高所に行きたくても辿り着けないことが何度もあった。方向音痴の私にとって“行きたい場所に二度と行けない”のはほぼ宿命ではあるが、地図上でハシゴの位置がわかれば、もう少し快適に探索できたのではと思う。

総括:『ポケモン LZA』なぜ“いま”遊ぶべき作品なのか

 『Pokémon LEGENDS Z-A』は、単に舞台がミアレシティひとつに限定された作品ではない。閉じた世界の中で、街が呼吸するように変化し続ける“時間の冒険”を描いた作品だ。

 Switch2のスペックを活かしたシームレスな移動、ボイスをあえて排したことで生まれる想像の余白、キャラメイクによる“自分だけの物語”の構築。そして、『ポケモン X・Y』や『ポケモン LA』から続く『ポケットモンスター』シリーズの問いを静かに受け継ぎながら、街に刻まれた傷と再生を丁寧に描くストーリーテリングが印象的だった。

 どの要素も単体で優れているが、それらがひとつの街に集約され、互いに補い合うことで、『ポケモン LZA』という作品が完成している。広い世界を旅するのではなく、“街の変化とともに自分が変わっていく”という体験は、これまでのポケモンにはなかった新しい感覚だ。『ポケモン LZA』が提示した“ポケモンの新しい楽しみかた”は非常に魅力的で、シリーズの次の方向性を示す大きな一歩だと感じている。

 ミアレシティという街で出会い、迷い、時に立ち止まりながら、それでも前に向かって歩き続ける——その積み重ねが、本作を単なるゲームではなく、自分だけの旅の記憶へと変えてくれる。『ポケモン LZA』は、まさに“今”だからこそ触れてほしい作品だ。シームレスにつながるこの街の構造を、自分の足で確かめてほしい。
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