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【ポケミク】『オーパーツ』煮ル果実さん&BAKUIさんインタビュー。Nへの愛を煮詰めて作った、執念の作品。AメロBメロの歌詞を対応させ回文に、文字数は“エマープ素数”に揃え(!?)、カラーコードの数値の合計も“エマープ素数”(!?)

byゆーみん17

by竹内白州

更新
【ポケミク】『オーパーツ』煮ル果実さん&BAKUIさんインタビュー。Nへの愛を煮詰めて作った、執念の作品。AメロBメロの歌詞を対応させ回文に、文字数は“エマープ素数”に揃え(!?)、カラーコードの数値の合計も“エマープ素数”(!?)
 ポケモンと初音ミクのコラボレーションプロジェクト“ポケモン feat. 初音ミク Project VOLTAGE High↑(ポケミク)”
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 本企画は2023年8月31日に始動。当初はポケモンのタイプの数“18”にちなんで18曲の楽曲を展開する、というものだったが、好評につきプロジェクトが継続することに。現在では24曲のオリジナル楽曲と、3曲のリミックス曲が公開されている。

 そして2026年3月20日~3月22日にはついに、千葉・LaLa arena TOKYO-BAYにて音楽ライブ“ポケモン feat. 初音ミク VOLTAGE Live!”の実施が決定した。“ポケミクの全楽曲が聴ける”ということが告知されており、もちろん本記事で紹介する
『オーパーツ』も披露されることが決まっている。そしてライブまでに今後も新曲が複数公開予定とのこと。
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 さて、2025年9月18日、2010年同日に発売された『ポケットモンスターブラック・ホワイト』(以下、『ポケモンB・W』)の15周年記念日にあわせて公開されたのが、煮ル果実さん(楽曲担当)とBAKUIさん(映像担当)による新曲『オーパーツ』だ。

 
『ポケモンB・W』に登場する謎多き人物・N(エヌ)をテーマにした本楽曲。公開直後から、煮ル果実さんが歌詞に込めた常軌を逸するこだわりやNの苦悩と覚悟を描いた映像表現が大きな話題を呼び、多くのファンを驚かせた。

 ここで判明した“常軌を逸するこだわり”とは、楽曲の1番と2番のAメロとBメロをひらがなにして発音した際、対応する一行の間でエマープ(※)の関係になり、さらにその文字数がエマープ素数(ここでは13、17)となっているというもの。
※素数でありながら、その数字を逆にした際にも素数となる関係。13⇔31や、17⇔71など。
 たとえば、1番の最初の一行の歌詞は「異化だけ匿う森と 幼い画布」。ひらがなにすると「いかだけかくまうもりとおさないがふ」。2番の最初の一行は「不甲斐無さ 劣りも上手く描け 打開」。ひらがなにすると「ふがいなさおとりもうまくかけだかい」。それぞれ逆から読んだ回文の関係であり、文字数が17字というエマープ素数である。このようなこだわりを詰めた大きな理由もインタビュー内でうかがった。

 強烈な愛を注ぎ込んだ煮ル果実さんと、BAKUIさんのおふたりによる裏話に注目あれ。
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煮ル果実ニルカジツ

作詞・作曲・編曲家。おもにVOCALOID楽曲のコンポーザーとして活動。ロックミュージックをベースに多種多様なジャンルを縦横無尽に行き来し、謎が散りばめられた中毒性が高い映像との相乗効果で、独特な世界観の作品を手掛ける。ずっと真夜中でいいのに。ナナヲアカリ、Sou、Ado等のメジャーアーティストにも精力的に編曲参加・楽曲提供を行っている。『オーパーツ』では楽曲制作を担当。

BAKUI

“頭から布が生えている人”を中心に、イラストやアニメーション、楽曲制作に携わるマルチクリエイター。自身で楽曲を制作し、MVの制作までも行っている。『オーパーツ』ではイラストレーションおよびMV制作を担当。

歌詞は回文、BPM・再生時間・トラック数・文字数・カラーコードは素数

――さっそくなのですが、煮ル果実さんのXでの投稿を受けて、『オーパーツ』に隠されたすさまじい仕掛けを知った多くのファンが驚愕したことと思います。歌詞が回文になっていたり、文字数がエマープ素数になっていたりと、とんでもない手の掛けかたと発想ですが、どのような経緯でこうなったのでしょうか?

煮ル果実
 まず増田順一さんへのリスペクトがあります。増田さんが『決戦! N』を作曲するにあたって、すべての音に素数を当てはめたということを、ブログ(※)で拝見していました。
※『ポケットモンスター』シリーズの作曲を担当してきた増田順一氏のブログ:https://www.gamefreak.co.jp/blog/dir/category/6/index.html
 ふつうでは考えられないほどのこだわりをもって作られた楽曲をお借りして作曲をするわけですから、僕もそれ以上にふつうからかけ離れた何かでぶつかっていかなければならないと思ったんです。そんなとき、ふと思い浮かんだのが“エマープ素数”のアイデアでした。

――思い浮かんだといえ、これをやり切るというのはすさまじい労力がかかっただろうと思うのですが……。

煮ル果実
 かけた時間や労力のことは考えないようにしています(笑)。思いついてしまったからには、それをやらなかったら“諦めた”という事実が残ってしまうんですよ。そしてそれは、これから先ずっと、じわじわと自分を苦しめ続けるんです。「じゃあもうやるしかない」と意を決して突き進みました! それからは毎日寝ても覚めてもずっと回文を考える生活でしたね。

――ふだんから回文作りには慣れていたり、親しまれているのでしょうか?

煮ル果実
 いえ! 初めてです。いままで回文を作ったことなんてなかったです(笑)。でも、脳トレみたいな感覚で楽しかったですよ。回文としては成り立つけれど、Nらしさが薄れてしまってボツにする。そんなことを何度も何度もくり返していました。

――そんな工程を経て、作品が公開された後の反響はいかがでしたか?

煮ル果実
 Xで歌詞の仕掛けについて発信したのは公開の翌日だったのですが、それ以前から気づいている方がたくさんいて、すごくうれしかったですね。ファンの方の考察力は本当にすごいと思います。ただ、ニコニコ動画で“いいね!”を押してもらうと表示されるお礼メッセージで「ヒント:エマープ素数」と書いたのはやりすぎだったかもしれないですね(笑)。

 『
ポケットモンスター ルビー・サファイア』であった点字の謎解きが大好きなので、同じように謎解きをしてもらいたいと思ってヒントを出してみたのです。投稿から数時間で答えにたどり着いた人もいて、驚かされました。

――ほかにもBPMが199だったり、動画の再生時間が2分51秒(251)だったり素数へのこだわりが各所に散りばめられていますよね。

煮ル果実
 199って、すごく美しい数字なんですよ。自体はもちろん、逆から読んでも(991)、ひっくり返しても(661)素数になるんです。しかも、無理やりあわせたわけではなく、曲にもピッタリ合うBPMなんですよね。ここまでうまくハマるなんて、運命的なものを感じてしまいました。

 運命と言えばほかにも、
歌詞をすべてひらがなにしたときの総文字数が541文字で、これも素数なんです。1サビでは「誘って募る 不等式のソナタ」となっているところをラスサビで「誘って募る 等式のソナタ」と変化させています。この変化は素数を狙ったものではなく偶然だったのですが、ここで1文字削っていなければ合計したときに素数にはならないので、怖いくらいに素数が寄ってきているような気がしてしまいます(笑)。
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――素数を愛した分だけ、素数からも愛されたのかもしれませんね。
煮ル果実
 そうかもしれません! じつは、誰に見せるものでもないトラック数も素数にしてあるんですよ。

――そんなところまで!?

煮ル果実
 “神は細部に宿る”という有名な言葉がありますが、これはまさしく真理だなと最近になって強く思うようになりまして。ただの自己満足かもしれませんが、制作の初期衝動ってそういうところから始まるものだと思うんです。だからそこで「いや、そんなことしても意味ないじゃん」と冷静にならず、「これはおもしろいぞ!」と信じて突き進むようにしています。

――聞けば聞くほどすさまじいエピソードがどんどん出てきますね。BAKUIさんは楽曲を聴いてどう感じられましたか?

BAKUI
 もうすごすぎて、怖いくらいでした。もちろん、すごくいい意味で。Aメロの単音で心地よく刻まれるリズムから一変して、サビでは重厚な音のハーモニーが押し寄せてくるのを感じたとき、心を直接掴んで揺さぶられるような衝撃を受けました。なんというか、効果音の使いかたも含めてメロディー全体が“Nの擬音化”のような感じで作られている印象があって、もはや畏怖の念を抱くくらい圧倒されてしまいました。

 そのうえで、“エマープ素数”の仕掛けを教えていただいたときには、悲鳴を上げました(笑)。そして、私もこの熱意に見合うクリエイティブを発揮しなければと躍起になって映像制作に取り組みました。
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――どのように発揮されたのか、ぜひお聞かせいただけますか?
BAKUI
 私のこれも自己満足的なこだわりなのですが……、制作した全イラストのうち白と黒以外のカラーコードの数値を合計すると、“エマープ素数”になるように調整しているんです。

――え……!?

煮ル果実
 これ本当にすごいんですよ!

BAKUI
 煮ルさんがあまりにもとんでもないことをされるので、私も何かしなければと思わされたんです。Photoshopのカラーパレットで指定した色のカラーコードをすべてメモしているのですが、コードの数字部分を合計すると、エマープ素数になるようにしています。

 たとえば、MV冒頭のプラズマ団イメージの稲妻のアニメーションで使用している水色(#8bf3ff)は、カラーコードの数字部分を合計すると 8 + 3 = 11 となり、“11”はエマープ素数になります。

――とんでもなさすぎるのですが、ちなみに手動で調整されたのでしょうか……?

BAKUI
 はい! ちまちまとカラーコードを入力して、足してと……。多分気付かれる方はいないと思いながら作業したのですが、やっぱり煮ルさんの情熱に応えないといけないですもんね。
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▲BAKUIさんの作業中のカラーパレットメモ

ふたりとポケモンの関係

――熱すぎる情熱が伝播していて、とても素晴らしいクリエイティブの循環ですね。インパクトがすごくて順番が前後してしまったのですが、改めて“ポケミク”に対する率直な感想から教えてください。

煮ル果実
 ポケモンも初音ミクも愛してやまない存在なので、企画が始まったときはひとりのファンとして「なんてすごいものが始まったんだ!」という喜びと驚きがありました。それと同時に、クリエイターとしての自分がそこにいないことの悔しさも噛みしめていました。「こんなに愛しているのに!」と。

BAKUI
 私も、ポケモンと初音ミクは幼いころからいっしょに育ってきた思い出があるので、発表を見てただただうれしく思っていました。当時の自分にはあまりにも遠い存在だったので、完全にファンとして眺めていたような感じです。

――では、そこにご自身がクリエイターとして参加することが決まったときはいかがでしたか?

煮ル果実
 ずっと待ち望んでいたので、自分のもとにもチャンスが巡ってきてくれたことが本当にうれしくて、感無量でした。本当に幸せです。

BAKUI
 真っ先に、「子どものころの自分に教えてあげたい」と思いました。私は初めてプレイしたのが『ポケモンB・W』だったので、煮ルさんから『ポケモンB・W』をテーマにすると聞いたときは大興奮しました。

――おふたりのポケモンとの出会いについても教えてください。

BAKUI
 ゲームは『ポケモンB・W』からなのですが、ポケモンとの出会いはテレビアニメでした。まだ物心がついていないころなので聞いた話になりますが、母がほかの番組を見ているにもかかわらず、リモコンを奪ってチャンネルを変えるほどにハマっていたみたいです。その後、小学生のころに映画『劇場版ポケットモンスター ダイヤモンド&パール ディアルガVSパルキアVSダークライ』を観たことで、より深くポケモンにのめり込むようになったのを覚えています。

 だから本当は『
ポケットモンスター ダイヤモンド・パール』も遊びたかったのですが、当時はまだ買ってもらえなくて。『ポケモンB・W』の時期になりようやく手に入れられたので夢中になってプレイしていました!

煮ル果実
 僕も出会いは小さなころなので記憶があいまいですが、アニメにハマっていたのは間違いないです。サトシとピカチュウの冒険を見るのがとにかく大好きでした。祖父が僕のために毎週録画してくれていたので、祖父の家に行くたびに録画を見返すというのがお決まりになっていたのを覚えています。

――とくに思い入れの強い作品は何でしょうか?

BAKUI
 やっぱり『ポケモンB・W』ですね。『ポケモンB・W』では、殿堂入りをするまで旅の途中で出会うポケモンたちが、すべてイッシュ地方で初めて登場する新しいポケモンというのが印象的でした。アニメで見たことがない、知らないポケモンがつぎつぎに出てくるのでとてもワクワクしましたし、友だちと交換をするのがすごく楽しかったです。

 私は
『ポケモンブラック』を買ってもらったのですが、きょうだいがもらった『ポケモンホワイト』も私が勝手にストーリーを進めてしまうくらい、夢中になっていました(笑)。

煮ル果実
 僕はこれまでのシリーズ作品をほぼすべてプレイしていますが、その中でも『ポケモンB・W』はほかの作品と比べても異質な印象があって、大好きな作品です。とくにシナリオ面でポケモンと人間の関係性について、よりシリアスな表現がされていた印象です。

――ポケモン音楽の魅力についてはどう感じられていますか?

煮ル果実
 音を聴くだけであのころの思い出が蘇るような、記憶に強く残るメロディーや音使いがすばらしいと思います。『ポケットモンスター 赤・緑』のころなんて、本当に少ない音数で構成されているにも関わらず、もうすぐ30周年を迎えるいまなお多くの人の記憶に残り続けていますよね。しかも、後続の作品が出るとBGMがアレンジされるのもまた最高なんです。大好きな曲のまた違った表情が見られて、毎回高揚感と満足感を与えてくれるので楽しみにしています。

BAKUI
 フィールドのBGMも、戦闘のBGMも、どの曲を聴いても“冒険の始まり”を思い出させてくれる、「さあ、行こう」と背中を押してくれるような感じがします。音楽を通じて、主人公と自分の心情が自然と重なっていくような気分にしてくれるんです。だからふとしたときに聴くと、当時の思い出がいっしょに蘇ってくるのだと思います。

――なかでもとくにお気に入りの楽曲を教えてください。

煮ル果実
 うーーーん、選ぶのが難しいですが……、でもやっぱり『ポケットモンスター 赤・緑』の『戦闘!チャンピオン』ですかね。オリジナル版もアレンジ版も、どれを聴いても別の鳥肌が立つような感覚があります。

 街のBGMで言うなら、『ポケットモンスター ルビー・サファイア』の
『カナズミシティ』が大好きです。いまでも頻繁に頭の中で自然と流れていて、勝手に自分で歌詞を付けたいくらいメロディーが気に入っています。

BAKUI
 私は『ホドモエシティ』がいちばんのお気に入りです。跳ねる木琴の音がすごく心地よくて、ベースラインはすごくかっこよくて、街の光景が浮かぶようなメロディーがもう最高です。当時はホドモエシティにいる状態でニンテンドー DSを横に置いて作業BGM代わりに使ったり、寝る前に枕元に置いたりしていたほどです。

「ライブツアーを終えて燃え尽きていた自分と、決戦前のNが重なって見えた」

――ここからは制作全体について詳しいお話を伺います。作曲に関して、『ポケットモンスター』シリーズのゲーム音楽を引用するにあたり、初音ミクが歌う楽曲として世界観を合わせる作業が必要だったかと思います。苦戦されたことはありましたか?

煮ル果実
 しいて言えば、使わせていただける音楽や効果音の選択肢が多すぎて、取捨選択に苦しんだという贅沢な悩みはありましたが、それ以外は何も難しいことはなかったです。自分の大好きなポケモンと初音ミクをいっしょに表現していいなんて、幸せすぎて夢のような時間でした。

 しかも、制作に必要な歴代のBGMや効果音をほぼすべて聞かせていただけたんですよ! 自分でもサウンドトラックは集めていますが、それでもすべては網羅できていないのでうれしかったですね。しばらくは休憩中や寝るときもずっと聴いていました。これは最高の役得でしたね。

――ふだんの制作と異なるところはありましたか?

煮ル果実
 ふだんからループ素材を使ってコラージュ的な手法で楽曲制作を行うことが多いので、そういった面では僕にとって慣れた手法で制作できました。ひとつ苦労した点を挙げるとすれば、AメロとBメロの変化を付けるところですかね。

 Aメロはメロディーをあえて平坦にして、ビブラートなどもつけずにオートチューンぽく作っています。それと対比させる形でBメロはノスタルジックな温かみが出るように調整しているのですが、最初はテイストがあまりにも別物すぎて違和感が大きかったんです。その違和感をなくす作業はけっこう苦戦しましたね。

――楽曲の題材としてNを選んだ理由について教えてください。

煮ル果実
 理由は3つあって、ひとつは個人的に大好きなキャラクターであること。ふたつめは、彼の生い立ちや育った環境、そして信念、そのすべてが僕が得意とする“キャラクターの人生の一部分を切り取る”という作風と親和性がとても高いと感じていたからです。
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――最後のひとつは?
煮ル果実
 当時はライブツアーとアルバム制作を終えたばかりのころでした。観に来てくれた人たちのおかげで、僕がその時期ずっと悩んでいた無力感からは解放されたけど、「これからどうしよう」と、ある種燃え尽きてしまっていたところだったのです。心が凪になって、何を体験しても動かなくなるような、それこそ少し悟った様な感覚になってしまったというか。そのマインドは自身の創作における敵だと思うので、再びワクワクするために徐々に意識的に理解出来ないものや、未知なものを追い求める様に心の動きを変えていきました。

 そんなタイミングでこのポケミクのお話をいただいたので、ずっと書きたいと思っていたNについての作品を作りたい、という想いと同時に、未知の世界に飛び込んでいく自分と、“これまで培ってきた信念が主人公たちによって揺るがされつつも、自分の目で確かめながら闘い続けるN”が、どこか合致する様に思えてきたんです。そこからはずっと「Nならどうするんだろう」と考えていました。これから自分の知らない何かに立ち向かう、まさにその瞬間をNならどう迎えるのだろうか。その問いが楽曲制作の出発点でした。

――その後、具体的にはどんなことから始められたのですか?

煮ル果実
 まずは曲のタイトルを決めました。最初にピタッとハマるタイトルがつけられると作曲に100%集中できるようになるので、僕はいつもタイトルから先に決めます。今回は立ち向かうべき“未知のもの”から連想して、『オーパーツ』に行きつきました。

 Nとの繋がりは持たせたい一方で、あまり直接的な表現はしたくないというジレンマがありました。『ポケモンB・W』には“こだいのしろ”や“こだいの○○”系の道具が登場するので親和性もちょうどよく、これまた偶然ですが文字数が5文字で素数という点も気に入っています。

――N関連で必ず使おうと決めていた楽曲や効果音はありますか?

煮ル果実
  『決戦!N』は当然として、『Nの部屋』と『戦闘!プラズマ団』などのプラズマ団の楽曲は絶対に入れると決めていました。Nの部屋に初めて入ったあのときの怖さと悲しさはいまでも印象に残っています。またプラズマ団の楽曲は悪の組織関連でもっとも好きな楽曲なので、入れられるところにはすべて入れていこうという心づもりでいました。思っていたよりたくさん使える場所があって満足しています(笑)。

――当初の精神状態から、楽曲制作を経て変化はあったのでしょうか?

煮ル果実
 はい、この楽曲制作でひとつ前に進めました。そんな意味でも自分にとって本当に大切で、思い入れがある一曲です。最大限この曲作りに打ち込めたと言えます。

――それは本当によかったです! 続いてBAKUIさんより映像制作についてもお話を聞かせてください。メインであるNを描くうえで意識されたことはありますか?

BAKUI
 『ポケモンB・W』のころのNを忠実に表現するよう意識しました。『ポケットモンスターブラック2・ホワイト2』(以下、『ポケモン B2・W2』)で少し心が開けたNではなく、掴みどころのない謎めいた不穏さが伝わるように細かく調整しました。コメントなどで「あのころのNだ!」と言ってくれているのを見て、すごくうれしくなりましたね。

煮ル果実
 まだゲーチスの支配による影響を色濃く受けていて、主人公たちと触れ合って変化していく前のN。ドラマティックなあの瞬間を切り取って表現したかったので、そのとおり再現してくれたBAKUIさんに感謝です。BAKUIさんが描くNが見てみたいという個人的な欲求も満たされました(笑)。
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――MV全体の構成としては、どのような意図があるのでしょうか。
BAKUI
 煮ルさんから“決戦前のNの悟り”がテーマだと聞いていたので、視聴者の方を主人公の視点として、その前に立ちはだかるNのすがたが画面の中心に来るよう配置しています。またNがこれまでに辿ってきた道を表現するため、映像全体を“Nの人生を追う走馬灯”のようなイメージで描きました。

――Nの後ろにNのポケモンたちが登場する際、ゲームでのドット絵とBAKUIさんが描かれたイラストを使い分けられていますが、これはどのような意図があるのでしょうか?

BAKUI
 じつはドット絵の方のポケモンたちは当初入れる予定がなかったのですが、あんなにもポケモンたちを愛しているNの走馬灯にポケモンたちが登場しないわけがないと思いなおしたという経緯があります。ドット絵を引用して表現したのは、私が当時初めてゲームをプレイした思い出の要素を少し盛り込みたかったからです。逆に、いま目の前にいるNの手持ちポケモンたちは鮮明に映し出したかったのでイラストを使用してと、そういった使い分けをしています。
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煮ル果実
 MVを作っていただく際、「どこで何の効果音がなっているか、細かく教えてください」とBAKUIさんから言われてすべてリストアップして送ったんです。それが映像にひとつ残らず活かされていて、細部まで丁寧に作り込まれていてさすがだなと感じました。

――たとえば、どういったところでしょうか?

BAKUI
 映像を作るにあたり、何よりも音に寄り添うことを大事にしたいので、お聞きしました。たとえば間奏で『戦闘!ゲーチス』が流れるところで、ピコンピコンという音が鳴っています。ゲーム中だとポケモンのHPが一定以下になったときに鳴る音で、ポケモンの動きがゆっくりになる演出がありますよね。それを表現したくて、あの部分だけわざとフレームレートを落としているので動きがカクカクしているように見えると思います。

煮ル果実
 うわー、なるほど! フレームレートが落ちていること自体は気づいていて、きっと意図的なんだろうと思ってはいたのですが。そういうことだったんですね。

BAKUI
 そうなんです。ほかには、2番のAメロで最終決戦でのNのポケモンたちの鳴き声が入っているところ。後ろではシルエット状態のポケモンたちがぐるぐる回っていますが、鳴き声に合わせて1匹ずつポケモンが姿を現す演出をしています。実際のポケモン勝負でも相手がポケモンをくり出すまでは手持ちポケモンが分からないので、それを再現するために最初はシルエットで描いています。
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まだまだあるぞ! 煮ル果実さん&BAKUIさんが語る『オーパーツ』のこだわりポイント4選!

「世を自然で見られる」&「証明し謳歌」に込めた思いとNへの解釈

煮ル果実
 ラスサビに入る前の「世を自然で観られる」というフレーズが僕はいちばん気に入っている部分です。どこか世を諦観している感じのするNですが、その内面には冷たさだけでなく熱さも確かに在って。不安や絶望に心を支配されることなく、過去を過去として受け入れて未来に進んでいくんだというメッセージ。それは当時の僕がもっとも言いたかったことでもありました。

 僕の個人的な思いをNの曲に入れていいのか迷いもしましたが、Nの本名とされているナチュラル・ハルモニア・グロピウス とも関連するような“自然”というワードを組みこめたことで、違和感なく成立させられました。
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BAKUI
 込められた思いの強さに毎回圧倒されますね……。私は、「証明し謳歌」というフレーズが好きです。最後の決戦で自身の信念を「証明する」という目的と、「謳歌」という神秘的な言葉の響きの組み合わせが素敵だなと感じます。

 謳歌には“声を揃えて歌う”という意味もあるので、ポケモンたちとともに育ってきたNのバックボーンを感じられます。その後にラスサビへと向けて曲調が上がっていく展開も、「世を自然で観られる」がかもしだす哀愁ごと包みこんで高揚していくようなイメージが私の中では浮かんでいて。

 唐突なのですが、私は “何かが始まる”とか“そのための準備”というシチュエーションに心惹かれる性質がありまして。「証明し謳歌」のフレーズやそこにいたるメロディーラインから、そうした雰囲気を感じ取れるところも個人的に推しポイントです。

煮ル果実
 これは個人的な想像なのですが、Nは「未来が見える」と言っているキャラだから、じつは最後の勝負の結末もわかっていたんじゃないのかなって思うんですよ。それでも、いままでの自分をすんなり諦めることはできなくて、負けることも承知のうえでぶつかってきていたんのではないかと思うんです。だからラスサビでは、ちょっと“諦め”や“哀しみ”のニュアンスを入れながらも、変え難い未来をそれでも変えようとするNの強い意志も表現しているんです。

 “謳歌”には、自分の恵まれた境遇などを他人にはばからず言動に表すという意味もあります。そちらの意味でも、Nには当てはまるのかなと思って「証明し謳歌」というフレーズを作りました。最初は素直に「証明しようか」としていましたが、僕の中ではいま話した内容がすごくしっくりきたので、後に変更しました。
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アイ・アクセシング・キューでNの思考を表現

BAKUI
 『ポケモンB・W』の作中で、ポケモンリーグの後ろからNの城が突き出てくるシーンがあります。さらにNの城からポケモンリーグに向けて階段のようなものが出てきて刺さります。あの場面が非常に衝撃的だったので、それをサビの背景で表現しています。

 奥から手前に向かって、Nを中心に異質な階段のようなものが伸びてくるような見せかたにすることで、視聴者(主人公)がそこに立ち向かわなくてはならないということを表しています。

 また、MV全体を通してNの視線の動きにもこだわっています。アイ・アクセシング・キュー(※)という法則を用いて、視線の方向でNの思考を表しています。
※アイ・アクセシング・キュー……眼の動きを分析することで、その人が「どのように考えているか」を読み取る技法。[IMAGE][IMAGE]

憎み切れない、ゲーチスの清々しいまでの悪役っぷり

煮ル果実
 ラスサビ前の間奏でゲーチスが出てくるところも好きです。ここは音楽的にも渾身の出来なんです。昨今主流の間奏を短くする傾向に真っ向から抗って、大好きなギターの音もたくさん入れて、超かっこいい間奏が出来上がったので、ぜひじっくり聴いてもらいたいです。映像としても、ゲーチスによる支配がNの人格形成にいかに深く関わっているかがわかる、怖くてかっこいいシーンになっています。
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――ゲーチスの行いを肯定するわけではないのですが、ゲーチスがいなければNがNとして存在することはなかったというのも事実ですよね。
煮ル果実
 そうなんですよね。『ポケモンB2・W2』ではゲーチスにすごく心ない言葉をかけられてしまうのですが、それでもNは親子の繋がりを捨てきれないんです。ゲーチスは自分の欲望を満たすための駒としてしか見ていないだけに、その対比がすごく心に来るなと思っていて。ゲーチスって本当に悪いやつだなって思うんですけど、なぜか憎み切れない要素もあるんですよね。歴代の敵役の中でもかなりお気に入りなんです。だから「ゲーチス!」のコーラスは絶対に入れたいと思っていました。

Nの後ろで円運動するポケモンたち

BAKUI
 サビを始め、さまざまなシーンでNの後ろでポケモンたちがくるくると回っています。じつはこの円運動の動きが、私がもっともこだわったところなんです。

煮ル果実
 Nといえば「ボクは 観覧車が 大好きなんだ」と言っていっしょに観覧車に乗るシーンが印象的だったので、それに関連した要素を入れ込んでほしいとBAKUIさんにお願いしました。そうしたら、観覧車を直接描かずにポケモンたちに円運動をさせることで表現するなんて。

BAKUI
 Nが観覧車に乗っているときに「あの円運動…… 力学…… 美しい 数式の 集まり……」という発言をしているので、ポケモン×円運動でNの好きなものどうしを掛け合わせてみようと思ったんです。ここはかなり感覚的なところですが、機械的な動きに見えるように回りかたを調整するのはかなりたいへんでした。ただ弧を描いているだけではなく、くるっと回った後の反動にもこだわって制作しているので、ぜひ意識して見返してみてください。

――何度聴き返しても新たな発見ができそうなくらい、細部までこだわりがぎっしり詰まっていますね! 最後に読者の皆さんへのメッセージをいただけますでしょうか。

BAKUI
 『オーパーツ』は、私にとっても特別な作品になりました。子どものころからの憧れだった初音ミクとポケモンへの愛と思い出を存分に詰め込んでいます。作品をご覧いただいた皆さんにとっても、当時の記憶やNのこと、ポケモンのこと、初音ミクさんのことを思い出すきっかけになっていればうれしいです。

煮ル果実
 僕のやりたいことをすべて詰め込んだ楽曲です。余すところなく聴きつくしてほしいのですが、なかでもサビの部分はとくにこだわっています。完成版を納品したにもかかわらず、「やっぱりキーを変えさせてください」なんてわがままも言いました。BAKUIさんにもポケモンさん・クリプトンさんにもご迷惑をおかけしてしまったのですが、それぐらい最後の最後まで妥協せずに作り切った自信があります。

 サビでは、Nが瞬間的に大量の思考を巡らせていることを表現するために、たくさんの音を使っています。そのすべてを聴き分けられるくらい、くり返し聴いていただけたらうれしいです。よろしくお願いします!
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