ロゴジャック広告

『愛よさらば』人の心を動かせないゲームを作るくらいなら、やめよう。世間を無視して愛を注ぐと大失敗すると悟った男は「クラファン失敗で即開発中止」の覚悟に行きつく

by寺島壽久

『愛よさらば』人の心を動かせないゲームを作るくらいなら、やめよう。世間を無視して愛を注ぐと大失敗すると悟った男は「クラファン失敗で即開発中止」の覚悟に行きつく
 インディーゲームには光があれば陰もある。

 2025年7月に行われた日本最大級のインディーゲームイベント・BitSummit the 13thで“メディアハイライトアワード”を受賞したばかりのゲーム『
愛よさらば』は、クラウドファンディングに成功しなければ即座に開発中止になる予定だったという。

 現時点で目標は達成しているのでひと安心とはいえ、本作は開発開始からたった3ヵ月でBitSummitに出展し、コンセプトを認められたタイトルだ。順風満帆に見えるゲームがいったいなぜ?
広告
“東京ゲームショウ2025最新情報まとめ”はこちら(ファミ通.com)
[IMAGE][IMAGE]
こちらはトレーラーをキャプチャーした画像。

クラファン失敗で即開発中止。シビアな判断に至った理由

 『愛よさらば』はお絵描きをしながら進めるビジュアルノベルだ。絵を描くことが禁止され、AIが世界を平和に統治している100年後の未来を舞台に、8人の絵描きが反旗を翻し、絵を描いて世界を変えていく。

 特徴は、プレイヤーが実際に描いた絵をAIが判定して進むゲームシステム、そしてAIが統治する世界にお絵描きを判定するAIが反逆していく物語。システム面、物語面ともに尖っており、BitSummitにおける受賞も納得の1作だ。なお、ファミ通.comではBitSummitでも取材しているので、詳細はこちらを見ていただきたい。
 開発するUZZ(うず)は、『ロリポップチェーンソー』、『王様物語』、『シャドウ・オブ・ザ・ダムド』、『BLACK BIRD』、『勇者ヤマダくん』、『RULE OF ROSE』、そして最近では、集英社ゲームズから発売された『ハテナの塔 -The Tower of Children-』を手掛けてきたゲームデザイナーの池田トム氏が2025年に立ち上げたゲームスタジオ。『愛よさらば』は同社の初タイトルにあたる。

 東京ゲームショウ2025のインディーゲームコーナー『愛よさらば』ブースにて、ディレクターの池田トムさんから、このような判断に至った経緯を聞いた。
[IMAGE]
――本作がBitSummit the 13thでメディアハイライトアワードを受賞したことは記憶に新しいですが、開発終了の可能性があると聞いて驚きました。いったいどういうことなのでしょうか?

池田
 そもそもこのゲームは、BitSummitでの反響が中途半端だったら開発中止にしようと、最初から決めていました。BitSummitで受賞したのでギリギリ続いて、まだギリギリの状況なんです。世間の注目を集められず、「人の心を動かせないゲームを作るぐらいなら、やめよう」という判断を、クラウドファンディングの達成(※)という形で下している状況です。
※取材した9月28日時点では達成率90%。現在は100%を超えている。[IMAGE]
――以前、『勇者ヤマダくん』を制作されていた頃、「いいものを作れば売れるから、自分が信じるものをじっくり作ろう」とおっしゃっていたことを覚えているのですが……。なぜ、今回はリリース前から外部に見せるようにしたのでしょうか? 失礼ですが、クラウドファンディング失敗で開発中止にするなんて、池田さんらしくないように感じます。
[IMAGE]
パズル要素の強いRPG『勇者ヤマダくん』。当初はスマホ版からスタートし、現在はSwitch版とSteam版が配信中(画像はSteamストアページより引用)。
池田
 そうですね、昔の自分は作り始めたら最後まで黙々と作る、開発者は前に出ない、そんなタイプでした。しかし、オニオンゲームスから始まってインディーゲームを作り始めて10年くらいの間、成功も失敗も経験して信念を曲げるというか、別の作り方を模索するように考え始めました。

――どういった経験が影響したのでしょうか。

池田
 いちばん大きいのは、やはり失敗の経験です。ゲームを作るって本当にたいへんなんですよ。徹夜を続け、愛情を注ぎ、仲間たちの時間や労力を使って作ったものが見向きもされないと、本当に途方もない虚無感に襲われる。インディーゲームは“好き”が高じて作るものですが、“愛が憎愛に変わる”ことがあるんですよ。愛を注いだものに反応がないとき「なんでこんなことに」という憎悪になってしまう。

――XX年作っていたゲームが売れない、なんていう話はインディーゲーム業界にはゴロゴロしていますね。

池田
 そんなときは、ついてきてくれた仲間に対しても、最近の言葉で言うと“やりがい搾取”みたいなことになってしまいがちなんですよ。だからこそ、本気を出す前に「これはいけるか?」というリサーチをしっかり行う、というスタイルに変わったんです。BitSummitへの出展や今回のクラファンは、世に問うためのテストマーケティングの一環です。

“いいものを作れば売れる”と思っていた池田トムを変えた成功と失敗

――世界的なビッグタイトルにも関わってきた池田さんをそこまで変えた、具体的な成功と失敗の例を、言える範囲でいいので教えていただけないでしょうか。

池田
 言える範囲ですと、『勇者ヤマダくん』や『ハテナの塔 -The Tower of Children-』などが挙げられますね。開発期間が2年とか3年と長期化してしまい、その間に時代は変わるし、自分自身の情熱も薄れてしまう。

 開発期間が長いと、その膨大な開発費が重しになって、スケールを無理に広げたり、課金を強くしてみたりと、ゲーム性が損なわれるようなことをやってしまいがちでした。コアな内容にガラパゴス化してしまい、思ったよりも遊んでもらえなかったという体感があります。


――長くかかりすぎると、いろいろな弊害が出るのはわかります。では、一方の成功例は?

池田
 いちばん成功したのは『BLACK BIRD』です。開発スタートから作り切るまでが半年~7ヵ月程度と非常に素早かった。そしてリリースした年のBitSummitで大賞を取りました。このテンポが大事なんだと思いました。

 開発している間にゲーム自体が古くなってしまうこともある。発表時は新しいインディーゲームを作っていると思っていても、時間がかかりすぎるといつの間にか似たコンセプトのゲームが先に出て、自分が後追いになってしまうこともある。

 (予定していた開発期間の)1年が2年になると疲れてしまう。7ヵ月でキュッと集中するからこそ、熱量が乗り、その時の旬を逃さず最後まで作りきれる。パッションがもっとも乗っている時期に一気にやるべきだと気づきました。


――たしかに、時間をかけすぎると、同じコンセプトやビジュアルスタイルのものが先に出てしまうというのは昔からの課題のように思えます。

池田
 あと、近年のせちがらいインディーゲームの状況の影響もあります。インディーゲーム市場って、盛り上がっているようで盛り上がってないんですよ。

――そうは言っても実際に勢いはあるし、リリース本数は増えていませんか?

池田
 たしかに年々盛り上がっている空気はあるのですが、売る場所として見るとライバルが増えすぎている。2020年から2024年でSteamでリリースされているゲームは倍まで増えています。

 つまらないゲームが多いならいい……と言うと語弊があるかもしれませんが、おもしろいゲームが増えている状況です。ユーザーとしてはうれしいと思いますが、開発者からすると世間が見てくれないものに愛を注ぐと無駄に終わってしまいやすくなっている。

――実際、私も今年のゲームは多すぎて遊びきれないと感じています。
[IMAGE]
Steam DBより。ゲームのリリース本数はうなぎのぼりに増えている。
池田
 つまり、開発費をペイできる確率が下がっている。群雄割拠の時代だからこそ、開発期間を短くして、愛情を注ぐところを考えて作らなければならないんです。愛をかけるときに、世間を無視して愛を注ぐと大失敗する。華やかなインディーの裏にあるせちがらい状況だと思っています。

――その経験から“世間の反応”がなければ開発を止める極端なテストマーケティング駆動になったのですね。趣味として作るだけのインディーゲームもありますが、ある程度のチームで開発費を回収したいと考えると本当にたいへんな時代になりました。

AIと表現の自由への一石

池田
 誤解を避けるために言うと、今回は極端ですが、つねにそういった開発をするつもりはないです。『愛よさらば』では、一石を投じたいというメッセージ性が先行しているから、というのがあります。お金儲けや、広い人に遊ばせるというより、「世界に物言いたい」というゴールが明確なんです。

 世間に一石投じたいのに、まったく反応がないということは「一石だと思っていたものは意思ですらなかった、俺が間違っている」ということ。だから、極端にしています。

――一石を投じる……どんなメッセージが込められているのでしょうか。

池田
 ひとつはAIについてです。現代、AIなしではゲームを作れない時代になり、多くのクリエイターがAIの便利さに“怠け”てしまっていることに危機感を持っています。もし使うなら「ちゃんとAIのことも考えておもしろく料理しないとだめ」だという、自分への自戒の念がありました。AIの使い方について一石投じたい。

――単にAIで省力化するのではなく、AIを使う理由があるゲームデザインが成されている、ということですね。

池田
 もうひとつ、決定的に大きかったのは娘の存在です。娘は絵が好きなのに、人に評価されるのを嫌がり、絵をランドセルの底に隠していました。これが「絵が好きなのに見せるのが嫌」という現代病なんじゃないかと。学校の先生にも相談したら、最近の子にはそういう傾向があると。

 しかし、『愛よさらば』を遊ばせたところ、一晩で70枚も絵を描いたんです。ゲーム内のAIキャラクターが絵を判定してくれる仕組みが、“人じゃないから恥ずかしくない”という安心感を与えた。そのとき、「こんなに絵が好きなのに描かないんだ」という衝撃と感動で涙が止まりませんでした。

――最近はChatGptを友だちとして、ふだん話せないことについて会話するとか、そういった使い方が増えていると聞きます。AIの“気軽に聞ける、恥ずかしいことでも返してくれる”という特性が、人の目を気にしないで済むクリエイティブの解放につながったというのは理解できます。

池田
 まさにそうです。人間に聞くのは申し訳ないことも、AIには聞ける。絵も同じで、人に見せるのは恥ずかしいけど、AIだったら平気なんです。『愛よさらば』は、この感動から「作らなきゃいけない」、「一石投じて世に出さないといけない」という気持ちが先行して生まれたものです。
[IMAGE]
手軽にイラストを描けて、すぐにAIからフィードバックがもらえる。
池田
 この強いメッセージ性があるからこそ、極端なテストマーケティングを選びました。世間に石を投げたのに反応しないということは、作っているものが間違っているからです。しかし、現時点でBitSummitで賞をいただき、クラファンも達成できそうなところまで来ている。これでこのメッセージは世に問う価値があると判断できれば、愛をもっと注いで開発を継続できます。

 いかがだっただろうか。

 任天堂が“Indie World”というインディーゲーム専門番組を始めて久しく、いまやインディーゲームという言葉はどこでも聞くようになった。おもしろいゲームを安く購入できて、我々プレイヤーとしてはうれしい時代だが、その陰には開発者のたいへんな競争があることがインタビューからうかがえる。

 なお、取材時はクラウドファンディングの目標額に達していなかった本作だが、東京ゲームショウ2025の会期中に目標額に達し、開発の継続が決まった。

 この先も何かのタイミングで開発チームはメッセージを投げ込んでくるはずだ。AI時代に掲げるメッセージが気になる方は、彼らをフォローしてメッセージを受信してほしい。
“東京ゲームショウ2025最新情報まとめ”はこちら(ファミ通.com)
この記事を共有

本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります

週刊ファミ通最新刊
週刊ファミ通表紙
購入する
ebtenamazon
電子版を購入
bookWalker
特設・企画