2025年1月29日、日本一ソフトウェアの社長が交代した。新社長は2025年1月1日に代表取締役副社長に就任したばかりの猿橋健蔵氏。もともと身体を悪くしていた当時の世古社長のサポートをするべく副社長に就任した猿橋氏だったが、2025年1月24日の世古哲久氏の急逝を受けて副社長就任の約4週間後に代表取締役社長に就任することになったのだった。 日本一ソフトウェアと言えば、『 魔界戦記ディスガイア 』シリーズを始めとするケタ違いの数値が出るシミュレーションRPG、『 流行り神 』や『 夜廻 』といったホラーゲームなどのシリーズ作もあるが、それ以上に数多くの新規IPを多く出しているメーカーでもある。 2025年3月14日には『 日本一ソフトウェア UNTITLED// 』(アンタイトルド)と銘打った新作発表会の番組を配信し、6本の新作タイトルを発表。その中の5本が新規IPという、続編やリマスターが多い昨今の中、珍しいチャレンジを行っている。 突然の就任となった猿橋新社長のもと、新体制となった日本一ソフトウェアはどんなゲームを作っていくのか。今回、2025年3月21日に執行役員に就任した溝上侑氏(代表作:『夜廻』シリーズ、『MAD RAT DEAD 』(マッドラットデッド))とともに、今後の展望、そして、新作についてお話をうかがった(インタビューは2025年4月中旬に実施)。 猿橋健蔵氏(写真左)、溝上侑氏(写真右)
猿橋健蔵氏(さるはし けんぞう)
日本一ソフトウェア代表取締役社長。2006年に日本一ソフトウェアに入社し、開発二部の部長、管理部部長などを経て、2025年1月29日に代表取締役社長に就任。(文中は猿橋)
溝上侑氏(みぞかみ ゆう)
日本一ソフトウェア 執行役員。『夜廻』シリーズのディレクター、『マッドラットデッド』ディレクターなどを歴任し、2025年3月21日に執行役員に就任。(文中は溝上)
突然の社長就任。溝上氏は開発の旗振り役に ーーまずは猿橋さん、溝上さんのこれまでの経歴と言いますか、何をされてきたのかを読者の皆さんに教えていただけますか?
猿橋
私が日本一ソフトウェアに入ったのが2006年です。新卒で入社して営業に配属され、営業まわりや販売に関する後方支援などを10年くらい担当してきました。その後、弊社の子会社が海外にありまして、その中の日本一ソフトウェアベトナム(NISV)に単身赴任することになりました。NISVは本社で制作しているゲームの3Dグラフィックまわりの開発を担っていまして、人事の関係でそこの現地責任者になれと。 ーーいきなり海外赴任、しかも開発まわりの責任者になったんですね。
猿橋
はい(笑)。そこで2年くらい経ったころにコロナ禍がありまして、日本と海外の行き来がしづらくなるかも、という話が出てきたこともあり、NISVをベトナム人のスタッフだけで回せるように整えて、日本に帰ってくることになりました。帰ってきたらまた営業に戻れるのかなと思っていたんですが、そうではなく開発に行ってくださいと。 弊社の開発はいろいろ変遷があるんですが、私が戻ってきたタイミングでは開発がふたつの部門に分かれていたんですね。そのひとつを見ていたのが当時の開発部長だった多々内(多々内良則氏)で、私はもうひとつの部門を見ることになりました。タイトルで言うと、『 屍喰らいの冒険メシ 』や『 魔界戦記ディスガイア7 』、『 シカトリス 』の担当ですね。 ーーそれはプロデューサーといった関わりかただったのでしょうか? 猿橋
そうですね。ただゲームの中身はほとんど関わらず、スタッフの座組と、タイトルに課題があればそれを整理するといった調整、どういう方向性でアウトプットするかという交通整理で、感覚的には作家を動かす編集者に近いかもしれません。 そのあと、経営などの管理部門に移って約2年くらい経ったころに、前社長の世古(世古哲久氏。2025年1月に急逝)の体調がよくないということもあって、2025年1月1日に副社長に就任してサポートするという予定でした。ただそのあとに世古の訃報があり、急遽、1月29日に代表取締役社長になった、という状況です。 ーー世古さんの訃報に驚きました……。突然の社長への就任はたいへんだったと思います。
猿橋
副社長になるというのも、世古が戻って来ることを主軸に会社をどう回すかということを考えていたんです。それが突然社長に就任するとなったので、本当にバタバタしてしまって。スタッフが不安にならないように「大丈夫だよ」ということを示さなくてはいけない、という気持ちが強くて、当時は社長になるといった実感もあまりなかったんですよね。 ーー実感する間もなかったんだと思います……。続いて、溝上さんの経歴もおうかがいさせてください。
溝上
私は猿橋ほど話すこともないんですが……。2013年に日本一ソフトウェアに入社して、入社2年目から『夜廻』のディレクターをやっています。 『夜廻』を作った経緯は、うちの特色でもある“日本一企画祭”という、開発だけでなくデザイナーや営業なども含めて企画を出して、おもしろそうであれば実際に制作に動くというイベントがあるんですが、『夜廻』はその2作品目として承認されて、ディレクションをすることなった、という流れですね。 ただ、もともとはデザイナーなので、いまでも絵を描いたり、ほかのプロジェクトでグラフィッカーとして作業をしたり、ということもしています。 ーー入社2年目で『夜廻』のアイデアが採用されて、そのままシリーズ化されるというのもスゴいですよね。
溝上
『夜廻』のあとに、続編の『 深夜廻 』、新作の『MAD RAT DEAD』、そして『 夜廻三 』までディレクションをして、あとは2024年に発売された『 BAR ステラアビス 』は最初の企画段階やキャラクターの設定、グラフィックまわりをちょっと担当しましたね。 以前はディレクターという肩書きでよかったんですが、グラフィックもやってシナリオも書いて、ちょっとだけ口を出すみたいなこともして、最近肩書きが難しくなってきたなって思います(笑)。 『MAD RAT DEAD』
ーーディレクターをやったあとに、グラフィックの一部だけ担当するといったことは、ゲーム開発的には珍しい気がします。
猿橋
『BAR ステラアビス』がちょっと特殊なプロジェクトだったんですよね。
溝上
当初はグラフィックでお手伝いをする、みたいな話だったんですけど、まだ企画が動いていなかったので「誰もやってないなら、私が企画立てちゃおう」みたいに考え始めて、システムも提案して、という経緯でしたね。本来はグラフィックが「これやろうぜ」みたいに言い出すのはおかしいんですが、わりと私だから許してもらえたのかもしれません(笑)。
猿橋
「やろうぜ」という言い出しっぺがいたら、自然とそっちに流れていくからね。
溝上
私、けっこう旗振るの得意なんですよ。「みんな、こっちー」みたいに。
『BAR ステラアビス』
ーーなるほど。今回、日本一ソフトウェアの新体制として、溝上さんが執行役員に就任されましたが、これは猿橋さんの新方針というイメージなんでしょうか?
猿橋
私と会長の北角(北角浩一氏)の考えが強かったと思います。先ほどのお話もあったように、溝上は旗振り役と言いますか、開発に対する影響力、動き出す力が強いんです。『夜廻』や『MAD RAT DEAD』といった新規IPを生み出した功績はもちろんですが、それだけでなく外から見えない社内的な動きも大きい。
溝上
目の前でこんな褒められることないから照れちゃう照れちゃう(笑)。
猿橋
面と向かって言わないからね(笑)。執行役員という形にしたのは、社外向けの発信もありますが、溝上に自分のプロジェクトだけでなく、ほかのプロジェクトにも目をかけてほしい、気にかけてもらいたいという社内向けのメッセージもあります。役職としては執行役員ですが、イメージとしては執行役員兼プロデューサーですね。 ーー自身のプロジェクト以外でも旗振り役やリーダーシップを発揮してほしいと。
猿橋
そうですね。制作における物事を前に進める力にはすごく期待しています。『夜廻』みたいなゲームを作るのに、めちゃくちゃ明るく引っ張っていってくれますから。
溝上
あのゲーム(『夜廻』)を見てから、これ(溝上さん)が出てくるとけっこうびっくりされます(笑)。「こんな人なんだ」みたいな。 ーー(笑)。溝上さんに執行役員のお話が来たときは、いかがでしたか?
溝上
さっきのような話をされるんですが、くすぐったいんです(笑)。ふだんはちょっと怒られるというか、走りすぎて「ストップ、ストップ」、「どうどうどう」と静止される側だったので、それが急に「お前に期待しているぞ」みたいなことを言われて。「うちの会社、どうした?」と。うれしかったり、照れくさかったりもしましたが、それ以前にポカンとしちゃいましたね。
ーー突然言われると、そうなりますよね。今後の溝上さんの立ち位置としては、開発の統括をされるイメージなんでしょうか?
溝上
(猿橋さんに)そうなんですか?
猿橋
開発の担当取締役としては多々内がいるので、溝上は経営目線より現場目線を重視してほしいと思っています。溝上もプロデューサーとして開発予算などはちゃんと見ていますが、経営的な数字よりはお客さんを見る側として権限を持って動いてもらう。現場で制作を推進して、これまで日本一ソフトウェアができなかったこともやってもらう、“旗振り役”という言葉がいちばんしっくり来るんですよね。 ーー現場から企画が上がってくるとして、溝上さんはその企画を判断する側なのか、もしくは現場といっしょになって立ち上げる側なのか、と言うと、どちらなんでしょうか?
猿橋
どちらもあると思いますが、まずは後者ですね。現場で悩んでいる、企画を考えたいと思っているスタッフがいたとしたら、いっしょにご飯を食べに行ったりして背中を押してあげるとか。いま会社として、そういった社内交流も推進しているんです。でも、溝上はいま企画の審議委員会には……。
溝上
入っていないですね。これからなんだと思います。「この企画はここを推せばもっとよくなる」とか、そういうことができる体制も必要なのかなと。
猿橋
そうですね。他社さんはわからないんですが、うちの会社ってもしかしたらちょっと変わっているかもしれなくて。企画の良し悪しは経営層があまり見ていないというか、若い層が見ているんです。プロジェクト審議委員会というものがあるんですが、20代から30代前半くらいのメンバーだけで判断をしていて、経営層は上がってきた企画の予算や売上計画などは見ますが、企画のほうはジャッジせずに現場の若い感性でやってもらえるようにしているんです。 ーーそれは現場にとってはうれしいですね。溝上さんは現場から新しい企画がどんどん生まれるように推進しつつ、ご自身の新作も進めるんですよね?
溝上
はい。自分のタイトルももりもりやっているんで、そこはまったく問題なく。私、続編を望んでいただいているタイトルも多いので。『夜廻』もですが、『MAD RAT DEAD』も待ってくださっている方が多くて。それをどう動かすのかは課題ですね。
猿橋
そうだね。でもいまやっているのは新作だね。
溝上
そう。新作、作りたがりなんです。 ーー新規IPですか。先日の新作発表会『日本一ソフトウェア UNTITLED//』の中には、溝上さんのお名前はありませんでしたが……?
溝上
ないですね。まだ発表できていないです。
猿橋
まだ発表できる段階ではないので、改めて発表させていただきます。 ーー楽しみにしています(編注:溝上氏の新作のお話は後述)。
新規IPに挑戦しないと死んでしまう ーー日本一ソフトウェアの新体制として、おふたりから見た自社の現状、課題などがあればお聞きできますか?
猿橋
就任して2ヵ月ちょっとの新米社長の目線で、手前味噌にもなりますが、うちの会社はまだまだポテンシャルというか、伸び代がとてもあるなと感じていて。それは先どお話をした経歴にもあったように、私が社内をいろいろな角度であちこちを見てきたからだと思うのですが、尖った部分や潜在能力はあるものの、それがまだ混ざり合っていないように思うんですよね。それは今後解決しなくてはいけない課題でもあるんですが、開発の中だけの話ではなく、部署間や子会社との連携にも原因があるのかもしれない。それを調整して、みんなの力を発揮できるようにするのが私の役割なんじゃないかと思っています。
溝上
私の思う課題は、開発に限らない話でもありますが、会社が岐阜にあるので、他社さんやほかの情報を得る機会が圧倒的に少ないんですよね。コロナ禍以降でなかなかお会いできない機会も増えてしまって、けっこう孤立したな、という印象があって。とくに社外の人からうちがどう見えるのか、という情報をもうちょっと知りたいなと思っています。
猿橋
それはすごくありますね。発売しているタイトルに対するお客さんの反応や気持ちを知る機会が、ここ数年は少なかったんじゃないかと思っていて。生放送などの配信番組もそうですが、リアルのイベントも含めて、お客さんとコミュニケーションを取れる場、つながりを作れる場を設けていきたい、と考えています。私だけでなく、溝上などの開発の現場に近いスタッフに出てもらって、肌で感じられるような。
溝上
お任せください。私、出たがりなんで(笑)。
猿橋
溝上以外のスタッフもね(笑)。顔出しをしたくないという人もいますが、最近はアバターなどで出ることもできますし。僕らが何を考えているかをちゃんと伝えたいし、お客さんがどう思ってくださっているかを知りたい、というのがすごく強いですね。 ーー以前は“ゆるっと日本一”といった生放送を定期的に配信されていましたが、最近はなくなっていましたね。
猿橋
生放送だけに限らないと思いますが、ある程度は定期的にコミュニケーションが取れる場というのはあったほうがいいかなと思っています。 ーー先日の『日本一ソフトウェア UNTITLED//』のあとには、声優の今井麻美さんといっしょに二次会の配信をされていましたよね。YouTube上で、視聴者のコメントとリアルタイムのやり取りもされて。
猿橋
コメントがとても好意的というか、温かいものが多くて。ああいった番組をすると、いい反応と悪い反応の両方あるのがふつうだと思っていたんですが、想像以上にいい反応が多かったです。それは、おそらく期待してくださっていることの表れだと思っていますので、その期待にちゃんと応えなくてはいけないと強く感じました。
VIDEO
ーー視聴者のコメントを見ていると、新規IPの多さに対して喜びの声が多く、「日本一らしい」といった反応があったように感じました。
猿橋
おっしゃっていただいた通り、「日本一らしい」とか「こういう動きをしてほしかった」という声が多くて、他社さんからも「見ましたよ」とか反応を直接いただいたりして、私たちが想像していた以上に反響があったことを実感しています。 ーーおふたりが思う“日本一ソフトウェアらしさ”、ユーザーが期待している部分はどういうところだと思っていますか?
猿橋
お客さんから我々に期待されているものはふたつあると思っています。ひとつは世界観にこだわるゲーム制作。もうひとつがプレイヤーの突き詰められるデータのシステム設計。そのふたつが我々の出す商品に対して求められているし、応えなくてはいけないところではないのかなと。 それは、その両方を満たしていてもいいですし、どちらかだけでもいいのかもしれない。たとえば溝上が作るものは、世界観が強く前者にあたると思っています。
溝上
日本一ソフトウェアは世界観などで最初に強いフックがあるのと、ほかの会社ではなかなか作れないものが作れる会社なんだと思います。たとえば『夜廻』では、物語の冒頭に飼い犬が命を落とすんですが、以前、他社さんにそのシーンを見せたらけっこうドン引きされたんですよね……(苦笑)。 これ以外にも、あまり自覚はなかったんですが、他社さんだとできないことをしているんだなという実感することが多いので、おもしろそうであれば思い切ってやっちゃおうという風潮はある気がします。 ーーゲームだけに限った話でありませんが、コンプライアンスの遵守や配慮をするうえで、過去には問題なかったものも現代では表現しづらいといったものが増えている、といったこともあると思うのですが、溝上さんはそういった制約はどのように感じているんですか?
溝上
感じてないです(笑)。 ーーそれがいいですよね。「ここは踏み込めない」、「いまの時代的に……」となりそうな部分を踏み込んで、かつ、問題なく表現できるというのは大きい。
溝上
「めっちゃいいこと思いついた!」みたいに進めちゃうところはあって。もちろん限度はありますが、うちの会社の空気感としては、過度にストップさせるということはないな、と思います。 ーーそれは溝上さんのバランス能力が優れていることもあるでしょうし、『夜廻』で言えば絵柄やグラフィックの雰囲気で緩和されているのもありますよね。
溝上
そうですね。あの見た目のキャラクターなので、逆に「ここまでやらないとダメだよね」という意識もあります。
『夜廻』
ーーなるほど。
溝上
そういう新しいタイトルと、挑戦的なスタイルもうちらしさだと思いますね。怖いもの知らず、と言いますか、先ほどの話にもつながりますが、ブレーキ踏むどころか、アクセル踏み込んじゃうことにおびえない。
猿橋
そうだね。行くか、行かないかの二択なら行く、という。 ーー昨今のゲーム業界では、1本のタイトルにかかる制作費が上がっていて、新しい挑戦がしづらいので続編が増える、という背景もあると思うんですが、そのあたりはどのようにコントロールされているのでしょうか?
猿橋
“続編を作る”という選択は、経営的に見て売上や利益が予想しやすいということでもあるんですが、弊社の場合はそういった感覚よりも、続編を望んでいるお客さんがいるから作るほうが強いんですよね。ですので、続編を望んでいただけるのであれば、それは出していく。一方で、挑戦をしなくなるというのは、僕らにとって泳がないと死んでしまう魚のようなイメージで、たぶん僕らも死んでしまうと思うんです。
溝上
挑戦したがり、実験したがりなんでしょうね。
猿橋
だから、そこを惜しまないというか、やってみようという感覚で、押さえつけないようにはしていると思います。
溝上
その挑戦で成功している体験もあるんですよね。『夜廻』もけっこう挑戦的なタイトルだったんですが、受け入れていただけて。
猿橋
打席に立ってバットを振らないと始まらないですし。もちろん空振りもあるんです。でも、その空振りもムダではない。僕らは中小企業ですし、大手ゲームメーカーさんではできないことをやっていくことに生き残る道があると思いますので、意識的に挑戦をしている部分もありますね。 ーー1本の制作費が上がっているというのは、日本一ソフトウェアでも同じような状況でしょうか?
猿橋
それは、うちも同様ですね。
溝上
挑戦的なタイトルはそこまで制作費をかけない中で作るしかないと思います。これは昔からですけど、開発者のアイデア頼り、アイデア勝負と言いますか、何らかの解決方法も含めて編み出していく。
猿橋
すべてが解決するアイデアというのは難しいんですが、一方で、人はある程度の制限があるほうが力を発揮しやすい、という側面もあると思っていまして。何らかの問題が発生して、それを解決するために、いくつもの選択肢があると、それはそれで迷いますし、判断には豊富な経験も必要になりますよね。 それが手段や範囲が限定されていれば、その中の最善策を考えるために、たとえば別の部分を特化させる、といった解決方法も出てくるかなと。溝上は「欲しい」と言うかもしれませんが、制作費が数十億とふんだんにあって、開発期限も延ばしていい、となっても、逆に困る面もあると思うんです。
溝上
私は途中で飽きちゃうと思いますね(笑)。大手メーカーさんとか、本当にスゴイと思うんです。長い期間をかけて大作を作るのはどうやっているのか知りたい。 制作費や期限の制限が厳しいのは開発者泣かせではありますが、私自身はこの環境が悪いとはあまり思っていなくて。ゲームプレイにRTA(リアルタイムアタック)というジャンルがあるように、ゲーム開発にとってのRTAというか、そういう作りかたとして、いまの状況を楽しむというふうに考えています。
猿橋
その影響なのか、若手に地力がつくのが早いんですよね。しっかりやり遂げてくれる。
溝上
うちの場合、すぐに開発に入ってもらって、3年も経てば中堅くらいの感覚ですね。そこは他社さんよりも早いと思います。
猿橋
6年も経てば大ベテランですね。 ーータイトルにもよると思うんですが、ゲーム1本あたりをどれくらいの期間で作っているんですか?
猿橋
ゲームによってまちまちですが、いまはだいたい1年から1年半くらいです。
溝上
ちなみに、『夜廻』は6ヵ月で作っています(笑)。 ーー早すぎる(笑)。
溝上
だから、私ずっと走ってるんです。RTAなんです。
猿橋
よくたとえ話として出るんですが、人生でゲームを何本作れるのかと考えたときに、5年に1本だと40年をフルに使っても8本くらいになってしまう。それが1年から1年半で作れば、数は4、5倍になるわけです。もちろん早ければいいというわけではありませんが、1本を仕上げるという経験はつぎのタイトルに積み重ねられていきますし、とくに若いうちに経験を重ねてほしいとは思っていますね。
インタビュー終了……と思いきや、つぎつぎ出てくる溝上氏新作情報 ーー先日、2025年3月14日に発表された『日本一ソフトウェア UNTITLED//』の新作についてもおうかがいします。いきなり6本発表されたことに驚きました。発表されたものでは、『風雨来記5』以外はイラストやスライドのみでの発表だったわけですが、あれは発売がまだ先のものもあるけれど、新体制として新規IPに注力していく、といったメッセージだったのでしょうか?
猿橋
じつは『日本一ソフトウェア UNTITLED//』をやろうと決めたのが、1月末に社長に就任して、2月に入ってすぐだったんです。ですから、準備期間は1ヵ月あるかないか。そうすると、ある程度ゲーム制作が進んでいたとしても、皆さんにお見せできるような素材ができないものも多かったんですね。 ただ、ゲームというのは、ゲームが発売されてそれ自体を楽しんでいただくことは当たり前として、発売前に「どんなゲームなんだろう」と想像して楽しみにしていただく時間や、発売後にゲームの感想を人と話したり、グッズやイベントでゲームの体験を思い出したりする、その前後を含めてゲーム体験だと思っていまして。 そういう意味もあって、今回はあえて想像をしていただきたい、という想いで公開する素材を絞ったところもあります。 正直に言うと、けっこう冒険でした。昨今のゲーム発表は、ほぼ完成形のゲーム画面や動画がしっかり作られている状況ですから、イメージを固めた状態でお伝えされるんですよね。でも、僕らの場合、準備期間も短かったですし、そういった想像をして楽しんでいただきたい、ということも意識して、皆さんのフックになるような部分を作りつつ、テンポよく出せるような発表にしました。 ーーなるほど。では実際は、もうちょっと制作が進んでいるんですね。
猿橋
そうですね。できていないものもありますけど(苦笑)。ただ、実際はもう少し素材を出せる部分はあったと思います。 ーー発表された新規IPでは、『Curse』、『GOBBLE』が2025年、『連呪』(レンズ)が2025年夏(※)、『凶乱』、『シニガミ姫』が2026年と発売時期も発表されました(※インタビュー後、『連呪』は発売日が2025年8月28日に決定した。それ以外のタイトルはいずれもプロジェクトネーム)。これは、どれもだいたい発売日を想定して動いているのでしょうか?
猿橋
はい。ホラーものの『 連呪 』はホラーの時期に、原田たけひとさんの『 凶乱 』は原田たけひとさんのいつもの時期に。前後はあるかもしれませんが、だいたい時期は想定しています。 ーーでは2025年は新作が多い年になりますね。
猿橋
結果として多くなりましたね。それもあって『日本一ソフトウェア UNTITLED//』で発表したかった、というのもあります。 ーー『日本一ソフトウェア UNTITLED//』は、これからも定期的に続けていくのでしょうか?
猿橋
最初にやろうと決めたときは、続けていくかどうかも決めていなくて、お客さんの反応次第、望まれているのであれば続けたいなとも思っていました。実際にお客さんの反応としては、いい形で受け入れていただいたと思うので、スパンや形式はわかりませんが、何かしらの形で続けていきたいと思っています。 ーーNintendo DirectやState of Playといったプラットフォーマーの配信もありますし、gamescomや東京ゲームショウなどのイベント合わせの配信もありますし、メーカー独自のものも難しいですよね。
猿橋
そうなんです。そういった大型発表とは違う色付けをしていきたいというか、先ほどの話にもつながりますが、日本一ソフトウェアじゃないとできない形式や内容をやっていきたいと思っています。独自性を出したい、というよりも、そうしないとつまらないですし、見てもらえないだろうな、と。 ーー楽しみにしています。今回の発表では新規IPのものが多くありましたが、たとえば『ディスガイア』だったり、定番のシリーズものも動かれているんでしょうか?
猿橋
はい。続編ものはちょっと先のタイミングになってしまうかもしれませんが、望んでいただいているのもひしひしと感じていますので、しっかり作っていきます。本当であれば、続編も新規IPもすべて開発を走らせたいのですが、どうしても開発の人員的にラインを増やせなくて。ですので、いっしょに作っていただける方を募集中です。
溝上
開発者募集中です! さっき開発RTAとかイヤなこと言っちゃったかな……。
猿橋
どうなんだろう。いまの方がどういう開発を目指されているかはわからないんですが、若いうちから開発の中心でがっつりしっかりやりたい、と思っている方にはうちは向いていると思います。 ーー大作の場合は、どうしても分業制が強く開発の長期化も進んでいるので、5年で1本の制作でマスターアップの経験が限られる、といったことも増えていますよね。
猿橋
そういう意味では、うちはどんどん打席が回ってきますから。
溝上
あれ、もう私の順番? みたいな。
猿橋
「つぎはキミだ」というのが早いですね(笑)。大募集しています。岐阜ですけど。
溝上
岐阜楽しいよ。ポイントとしては超楽しい! ーー参考にならないポイント! いろいろ多岐にわたってお聞きできましたが、何か話足りないとか、言っておきたいとか……。
溝上
私、言っておきたい!
猿橋
まだあるんだ(笑)。
ーー溝上さんの新作はいつくらいになるんですか?
溝上
来年(2026年)ですかね。まだわからないんですけど、2026年くらいを予定しています。めっちゃいいですよ。まだまだ作らなきゃいけないんですけど、けっこうできています。
猿橋
開発期間的にはまだですね。先ほど1本の開発が1年~1年半くらいと言っていましたが、溝上の新作は2年ちょいはかかりますね。
溝上
そうですね。ちょい長め。でもRTA慣れしているんで、見た目の部分はだいたいできあがったんです。あとは中身を作っていく。
猿橋
中身もしっかりと。
溝上
しっかりしてるのかもしれないし、してないのかもしれない。
猿橋
どういうこと。困るわ(笑)。
溝上
大丈夫です! ーー(笑)。溝上さんはすでに『夜廻』という成功しているIPを持っていますが、今後のクリエイターの目標として、どういうゲームを作っていきたいという想いがあるんですか?
溝上
やったことがないものがまだまだ多いので、どんどん新しいことをやっていきたいんですよね。じつは、まだフル3Dのゲームを作ったことがないですし、ジャンルもホラーやアクションは作ったけれど、RPGも作ってみたいし。 あとは『MAD RAT DEAD』で音ゲーとアクションを組み合わせたように、いろいろなゲームを混ぜ合わせて新しい体験が生み出せるといいなと思っています。発想的には、かなりインディーに近いというか、インディーの魂が宿っているので、見たこともないもの、興味を引くものを作りたいですね。 ーー溝上さんは企画を考えるときに、たとえばこれは何万本売る、といったところまで考えるんですか?
溝上
めっちゃ考えます。じつは意外と考えるタイプなんです。「ここまで作ればこれくらいかな」と思ったりしていて。もちろん計画通りに行くかどうかは場合によるんですけど。
猿橋
溝上はそういう二面性を持っていて。クリエイティブ的な「こう作りたい」という想いと、でも同時にたくさんのお客さんに遊んでもらうために「こういう作りにしないといけない」といった気持ちもあるので、このジャンルだと市場はどのくらいあるか、といったところまで分析して作っているんですよね。
溝上
話してると、こんな頭おかしい感じですけど(笑)。
猿橋
私としては「もっと作りたいものを作っていいよ」と思ったりもするんですが、溝上の中ではそれだけじゃなく先を考えて作っていて、相談を受けたりしますね。
溝上
いちおうね。企画のスタートは、自分としてグッと来るもの、感情に揺り動かされるものが好きで、お客さんにもそういう体験をしていただきたいので、そういった部分を優先して作り始めるんです。でも、一方でそれだけで突き進むと「これどれだけ売れるんだ?」と言われたときに何も言い返せなくなるので、売れるためのこともちゃんと考えないとなって思っていますね。 ーー最後の最後に溝上さんのとてもいいお話をお聞きできました。では最後に、新体制としてはまず2025年の展開になりますが、読者に期待してほしいポイントを教えてください。
溝上
まずは溝上さんの新作ですね!
猿橋
やっぱりそうですね(笑)。2025年のうちに発表したいと思っていますので、楽しみにしていてください。
溝上
『夜廻』ファンの方も、『MAD RAT DEAD』ファンの方も、皆さんにご満足いただけるものになっていると思います。
猿橋
そういった期待にちゃんと応えられるものができているなという実感がありますので、発表するのが楽しみだなと。 あとは2025年に新作をどんどん出していきます。そういう新しい挑戦をしていくことに対して、お客さんからの反応もとても気になりますので、Webでもオフラインイベントでも機会があったら、何らかの形でメッセージやコメントなどの反応をいただけるとうれしいです。そういった我々の動きに注目してください。
溝上
お客さんも新しいものに挑戦してほしいですよね。 ーーコメントしたり、イベントで猿橋さんや溝上さんに伝えたりと。
猿橋
そうですね。お客さんにとっての挑戦かもしれませんが、ぜひお気軽にお願いします。