カプコンから2024年7月19日に発売されたアクションストラテジーゲーム『 祇(くにつがみ):Path of the Goddess 』(以下、『祇』)。プラットフォームはプレイステーション5(PS5)、プレイステーション4(PS4)、Xbox Series X|S、Xbox One、PC(Steam、Windows)。Xbox Game Passにも対応している。 その新作タイトルの発売に合わせて、重要無形⽂化財保持者(⼈間国宝)・桐竹勘十郎さんの監修・出演による、 『祇』 と文楽のコラボ映像が公開された。演目のタイトルは 『山祇祭祀傳 巫女の定の段』(やまつみさいしでん みこのさだめのだん) 。この演目では、ゲームの前日譚が描かれている。
文楽とは、人形浄瑠璃のこと。日本伝統の人形劇と言えばわかりやすいかもしれない。複数人で操作する人形の動きを目で楽しみ、17世紀後半に大坂で開始された 『義太夫節』 、“太夫”と呼ばれる語り手と三味線の音で表現される物語を耳で楽しめる。まずは以下のCAPCOM CHANNELより、動画をご覧いただきたい。
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いかがだろうか? 人形の演技のすばらしさもさることながら、主人公の宗(そう)と巫女の、ゲームに忠実な造形にも目を惹かれたのでは? いったい、どのように作られたのか気になるだろう。 そこで本稿では、文楽の舞台裏で取材を行った模様をリポートする。古式ゆかしい文楽と、カプコンの新規タイトルである 『祇(くにつがみ):Path of the Goddess』 に興味を持っていただければ幸いだ。
人形浄瑠璃がまさかのグリーンバックでCGによる背景と合成 まずは本番収録の直前に文楽劇場のステージを見に行った。パッと見ふつうの劇場のようだが、演技をするのは人形と、それを操る人(主遣い、左遣い、足遣い)なので、それに特化した形状になっている。 そして、ステージの背後はグリーンバックになっており、完成された映像ではCGによる背景が合成される。まさに伝統と先端技術の融合と言えるだろう。皆さんの中には、「人形遣いも緑色の服にすれば人形だけが動いて見えるのでは?」と思う方もいるかもしれない。しかしその考えは無粋というもの。人形遣いの存在感があってこその文楽だ。
舞台全景と客席。本番前なので皆さん忙しそう。邪魔にならないように取材しないと。
床が一段低くなっているのがわかる。手前の壁(手摺)を地面に見立てて演技を行う。
舞台の横には、“床”と呼ばれるエリアがある。ここで太夫が語り、三味線が奏でられる。筆者は音楽に詳しくないが、三味線の音色やリズムは思いのほか激しく、ロックだと感じた。
舞台の右に見えるのが床。
太夫と三味線。本番では写真の衣裳の上に“肩衣”と呼ばれるものを羽織る。
ひとつひとつのパーツが手作業。命を吹き込まれる人形たち 人形の制作現場も見せてもらった。手足や頭ごとに保管された人形のパーツに圧倒され、そのひとつひとつが手作業であることに驚いた。かしら(人形の頭)の髪を櫛でとかし、ドライヤーをかけているあたり、完全に扱いが人間と同じだ。
ちなみに人形の大きさは小学校低学年の子どもくらい。思ったより大きく、丁寧に作られていることがわかった。
さまざまな人形の衣裳が保管されていた。
そして、 『山祇祭祀傳 巫女の定の段』 のために作られた人形はこちら。
宗(左)、巫女(右)の人形。
こちらはゲーム画面での宗と巫女・世代(よしろ)。
先述した通り、これらの人形は子どもくらいのサイズ。このスケールの人形を精巧を作るには、相当な手間がかかったに違いない。
コラボのきっかけは『祇』開発陣からのラブコール そもそも、なぜ文楽と 『祇』 がコラボすることになったのか。開発のきっかけや狙いについて、 『祇』 ディレクター・川田脩壱氏と、カプコン映像事業部の野添大祿氏、そして人形遣いであり、重要無形⽂化財保持者(⼈間国宝)でもある桐竹勘十郎さんを交えて鼎談を行っていただいた。
桐竹勘十郎さん(きりたけかんじゅうろう)
人形遣い。重要無形⽂化財保持者(⼈間国宝)。文中は勘十郎。
川田脩壱氏(かわたしゅういち)
カプコン『祇(くにつがみ):Path of the Goddess』ディレクター。文中は川田。
野添大祿氏(のぞえたいろく)
カプコン『祇(くにつがみ):Path of the Goddess』ナラティブエディター、作中歌作詞を担当。『山祇祭祀傳 巫女の定の段』では監督を務め、床本執筆も担当している。文中は野添。
――まずは、コラボのきっかけをお聞かせください。
野添
もともとは 『祇』 のディレクターである川田が文楽の熱烈なファンなんですよ。それで川田といっしょに文楽を観に行った際に、ものすごく感動して、こんなすばらしいものがあるのなら……ということでお声がけをさせていただきました。⽂楽とカプコン、形は違えど⼤阪から世界へ⽂化を発信している同志として、何かごいっしょにできないかというのが始まりでした。
川田
『祇』 の画作りという観点で考えたとき、“演目感”はとても意識していた部分でもありました。そのため、文楽とのコラボを実現できたことは非常にありがたいことです。
勘十郎
初めてコラボのお話をうかがったときは、すぐには頭の中でまとまりませんでした。何をどうすればいいのかと。とは言え、僕もこれまでいろいろなコラボをやってきましたし、そういうのも好きなので、お受けすることにしました。 ――勘十郎さんはゲームをプレイすることはあるのですか?
勘十郎
孫たちとちょっと遊ぶことはあります。自分の性格的にしっかり(ゲームを)やり始めたらおそらく止まらなくなると思うので自制していますが。ゲームも日本の文化として世界に発信できる、すばらしいものだと思います。 ――『祇』のゲーム画面をご覧になられたときはいかがでしたか?
勘十郎
グラフィックがとにかくすごいですね。キャラクターも魅力的ですし、とにかく驚かされました。それと同時に、どういった人形にすればよいかと、どんどん不安のほうも大きくなってきましたが(苦笑)。 当初は人形を作ってちょっと動かすだけかなと思っていたのですが、しっかりとした物語があって、床本まで作っていただけて。
川田
そうなんです。野添が書いた床本に目を通したときの感想はいかがでしたか?
勘十郎
最初はどなたが書かれたか知らないまま読ませていただいたのですが、非常に重厚というか、重々しい床本で、とてもよかったと思いました。通常は、床本を見てすぐに曲を付けられることは少ないのですが、今回は初見ですぐに曲を付けられると感じました。 実際に曲を作るのは三味線(担当の方)なのですが。非常にいいものに仕上がったのではないかと。 ――人形はどのように作られたのでしょう?
勘十郎
キャラクターをもとに人形に仕上げるまでの過程をまとめた資料もいただいて、またびっくりしましたね。この上にはこの服を着せて……とか、顔の化粧のしかたなどを本格的に調べていらして。時代考証も含めてしっかり考えられているところに感動しました。
川田
人形は、衣裳の段階で何度か見せていただいたのですが、今日実際に演技されているところを見て、誇張抜きで“魂が宿っている”と感じました。本当に生きているというか、生命力を人形から感じました。 ――床本を書かれたときの話もお聞きしたいです。
野添
自分としてはまだまだではあるんですけど、過去の床本を読み込み、その多くが五七調で書かれているんだなとかいろいろと参考にしつつ、まずはたたき台になればと思って書きました。 そこから国立文楽劇場の方々や、太夫の方、三味線の方、そして勘十郎師匠にお見せして、「これでいける」となったときは非常に光栄でした。本演目の太夫である豊竹芳穂太夫と三味線の鶴澤友之助さんとのブラッシュアップを行い、今日実際に本番を迎えたときには、⾃分が想像していたものよりも何倍もいいものになっていました。本当にありがとうございます。 また、文楽では“角出しのガブ”という、かしらが変形する人形がありまして、綺麗な娘の顔が一瞬で鬼に変わるものがあるんですよ。 『⼭祇祭祀傳 巫⼥の定の段』 ではこれを通常の演出と逆に使って、畏哭が浄化される様⼦を表現できないかと、恐る恐る提案してみました。そしたら快諾していただけて非常にありがたかったです。
勘十郎
あの発想はなかなかないですね。 ――⼈形拵えは勘十郎さんみずから手掛けられたとお聞きしています。かなりたいへんそうですが……。
勘十郎
じつは僕、子どものころは漫画家志望だったんですよ。だから絵を描くのもデザインを考えるのも好きだったので楽しかったですね。ただ、キャラクターのイラストだけではわからないところもあって苦労しましたが。この帯はどこからつながっているのだろうとか。衣裳部の人たちと相談して何とか形にできました。 人形拵えというのはけっこうたいへんなのですが、今回は特殊なケースなのでほとんど自分で作りました。この勾玉も僕が作ったんですよ。
――グリーンバックで演技して、あとから背景を合成するというのはこれまでもやっていたのでしょうか?
勘十郎
これまではやっていないですね。本番では仕上げがどうなるか見えていないので、想像を巡らせつつ演技しました。 ――今回の映像の見どころはどこだとお考えですか?
川田
宗と巫女にどのような過去があったのかがわかる演目になっていますので、ぜひゲームをプレイされる方はご覧になってください。
野添
あと、音もすごく大事です。語りと三味線はもちろんですが、人形遣いが足拍子で演技するところも迫力がすごいです。ぜひヘッドホンや大きなスピーカーで、音響も楽しんでください。