スコットランド沖に浮かぶ石油掘削リグ“ベイラD”で大事故が発生。施設がまるごと崩壊する危機が迫るなかで決死の対応に追われる作業員たちに、異形のクリーチャーまで襲いかかってくる! The Chinese Roomの『Still Wakes the Deep 』は、そんな極限的状況のサバイバルを描く一人称視点ホラーアドベンチャーゲームだ。 今回PCレビュー版をプレイしたので、その内容を紹介しよう。なお本作は6月18日にXbox Series X|S/PC(※海外ではPS5版も)で発売予定で、日本語にもテキストで対応。またXboxとPCのGame Passにも対応する。 VIDEO
サバイバルホラーではなく、ホラー的サバイバル体験のウォーキングシム 足を踏み外したら真っ逆さまの高所を進み、意を決して崩れた廊下を飛び越え、すぐ目の前に奇怪なクリーチャーがいる中で息を殺して潜む……。本作でプレイヤーは、そんなピンチを次々とくぐり抜けるサバイバル映画の主人公のような体験ができる。
ディザスター(パニック)映画的な側面があるのだが、高所や閉所の恐怖症の人には厳しいかも。
大量の触手とともに壁を突き破ってきた何か。もうひとつの側面がサイコロジカルホラー/ボディホラーだ。
しかしこのゲーム、一般的なサバイバルホラーゲーム“ではない”。戦闘要素や限られた物資をやりくりするようなサバイバル要素はなく、ステルス要素も簡易的なもの。全体の構造も直線的で、ゲーム的な選択の幅はあまりない。 開発のThe Chinese Roomは、『Dear Esther 』 (2012年)や 『Everybody's Gone to the Rapture 』(2015年)といった作品で知られるスタジオ。その作風を時に(主人公のアクションとしてはほぼ歩いているだけの)「ウォーキングシム」と揶揄されつつも、一人称視点ゲームの物語体験の可能性を模索してきた。 VIDEO
本作もまたその延長上にある「ホラー的なサバイバルを体験するウォーキングシム」と言っていいだろう。ゲーム的なチャレンジや選択の楽しさよりも、主人公に次々とピンチが訪れるサバイバル映画的な状況とそこで繰り広げられる物語を、一人称視点で体験することそのものに軸足がある。 正直、サバイバルホラーゲーム的なチャレンジを求める人がプレイすると、物足りないと感じるかもしれない。というか記者自身も勝手に身構えて「あれ、なんか違うな?」と困惑したりもした。だが本作の方向性に慣れると、そのユニークな良さもわかってくる。
ピンチをQTEで切り抜けるようなシーンも多め。
クリーチャーとしての巨大建造物と、“物体X”な異形たち さて、プレイヤーは粗野な作業員の“カズ”となり、刻々と変わる状況に応じて石油掘削リグの中を奔走することになる。ディザスター映画 『ポセイドン・アドベンチャー』 (1972年)とSFホラー映画 『遊星からの物体X』 (1982年)が融合したかのようにさまざまなトラブルが襲いかかる本作で、この石油掘削リグは最大のスターだ。
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リグは単なる主人公たちのサバイバルの舞台というだけでなく、主人公たちの愛憎のこもった仕事場兼住居であり、それ自体が生存者たちに立ちはだかるクリーチャーのようでもある。 音響演出も力が入っていて、低く響き続ける鋼鉄の軋む音は巨大な怪物のうなり声のようだ。カズは生存者を振り落とすかのように崩れていくリグにしがみつきながら、その配管だらけの腸(はらわた)の中を進んでいくことになる。
『遊星からの物体X』は人間たちが乗っ取られる話だったが、本作では慣れ親しんだリグも謎の生体組織に侵食され変貌していく。
リグが奏でるさまざまな音を作るためにこういうものを作ったらしい。
本作にはそれだけでなく、比喩ではないクリーチャーも出てくる。肉塊のようなボディから四方八方に触手を伸ばしながら進んでくる様子はあまりにも“物体X”だが、障害物などをまたぎながらインタラクティブに移動できるようにきっちり作られているので、異様な存在感と怖さはバッチリだ。 まぁ、「音がした方に行く」という行動原則がはっきりしていてステルスゲームの敵としてはややシンプルすぎるのだが、物を投げて注意をそらして横をすり抜けた……かと思いきや狭い通路などで追い回されたりもするシーンもあるので緊張感はハンパない。
触手をヒュンヒュンあちこちに飛ばしながら動く様子は存在感がありすぎ。安全地帯に逃げ込んでいれば絶対に安全な設計なのに緊張感が途切れない。
逃げ切れる猶予が大分あると感じたなら、“前に走りながら後ろを振り向く”コマンドがあるのでトライしてみるといいだろう。ゲーム的なメリットはあんまりないけど、背後から触手をシュルシュル飛ばしながら迫ってくる様子を見れば気分的な余裕も吹っ飛ぶ。
最初は少々驚くが、時間とともに沁みてくる九州弁ローカライズ サバイバル状況のドラマ体験を重視した作品として重要な役割を担うのが、方言によるセリフの数々だ。そして日本語ローカライズでは、長崎や博多などの九州弁を中心とした大胆な翻訳が行われている。
序盤から「イリイリしっぱなしばい」とか言われると、なんとなくわかるけど驚くわけですよ。
これは日本語だけトリッキーなことをしているのではなく、原語である英語版がそもそも方言を重視していて、ベイラDはスコットランドを始めとするさまざまな訛りが飛び交う場所として書かれている。英語版字幕も、わざわざ訛りの音に合わせたものとUKでの文字表記に直したもの(たとえば「Wean(子供たち)」が「Kids」になるなど)の2種類が用意されているぐらいだ。 各国語版でのローカライズにあたっては、スコットランドやイングランドのその他の地域の労働者階級の人々がそれぞれの方言で軽口を飛ばし合いながら働いている雰囲気をそれぞれの言語でも感じられるよう、開発側から訳者に注文があったのだという。パブリッシャーを通じて確認したところ、日本語版の訳者は自身の出身や工場で働いた経験などを活かして訳を行ったようだ。
「あー、うっさか!」リグの食堂でのおっちゃんたちの雑談。
記者は親族に長崎出身者がいることもあって最初から理解につまづくことはなかったが、それでも最初は驚いたし、「やり過ぎでは?」という感じも正直しばらくあった(スコットランド訛りの映画とかは普通に見る癖におかしな話だが)。 でもこれは段々状況がひどくなり、登場人物たちが泣き言を言うようになったり、極限状況の中で勇気や思いやりをふり絞るように精一杯の言葉を話すようになっていくと、俄然ハマる。序盤の日常会話からずっと彼らの言葉に触れた上でなら、積み重なる困難にカズが心の底から叫ぶ「ふざくんな!」がスッと入ってくるようになるのだ。
状況がより絶望的になっていくに連れ、最初感じていた違和感がどんどんなくなっていく。
幅広い人が体験できるよう配慮された極限のドラマ そんなわけで本作は、ディザスター映画とSFホラー映画が合体したようなシチュエーションでのドラマを一人称視点で体験するという作品で、ものすごく目新しいものはあまりなくとも、描写の質は高い。クリアーまでは公称では6時間前後、実際の記者のプレイでは5時間弱のボリュームがある。 最後に本作の難度についてもう少し掘り下げておこう。先に書いたように、ゲームの作りは直線的で、迷わずにスムーズにプレイできるようになっている。エリア内の行ける所を進んでいけば大体その先に目的地はあるし、補助機能も豊富だ。 たとえば目的地がどっちの方角にあるかのヒントをいつでも出せるし、登らなきゃいけない場所や一見通れるか微妙だけど行ける場所には必ず“黄色いペイント”が塗られていて目印になっている。ちなみにどちらもオプションで調整可能だ。
たとえばココだったら黄色いペイントの横の穴に逃げ込めばいい。
ここなら黄色い幕がかかった箱の上に行けばいいんじゃない? という感じ。
またステルスが要求されるエリアでは、しゃがんで逃げ込める場所や、遠くに投げて音を出すことで敵を誘導できるスパナや魔法瓶などのアイテムがかなり用意されている。そして後ろから追われるような場面は、よほど走り出すのが遅れたりしなければほぼ捕まらない(その上でステルス面をさらに簡単にするオプションまである)。 「こういうマップになってるってことは後でステルスやらされそうだな」とか、「ここを走らされるってことは手間取らなきゃそのまま走り抜けられるな」と察せてしまうのはやや興ざめなので、そのあたりの感覚をオフにして身構えずにプレイするのをオススメしたい。