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『ICE on the EDGE』振付は『メダリスト』の鈴木明子さん。フィギュアスケート知識ゼロだった開発者がジャンプを見分けて演技構成点を気にするまで【キスクラは必須】

byミス・ユースケ

更新
『ICE on the EDGE』振付は『メダリスト』の鈴木明子さん。フィギュアスケート知識ゼロだった開発者がジャンプを見分けて演技構成点を気にするまで【キスクラは必須】
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 こんばんは。ミス・ユースケです。2024年12月、大阪の全日本フィギュアスケート選手権会場で試合を観戦。感動の演技あり波乱ありですばらしかった。照明の関係で写真がやけに不穏だけど気にしないでほしい。

 もっとフィギュアスケートを観たい。どうすればいいだろう。

 そうだ、あるじゃないか。フィギュアスケートを題材にしたPC(Steam)ゲーム『ICE on the EDGE(アイス・オン・ザ・エッジ)』が!
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 こうしちゃ、
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 いられねえ!
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来ちゃった。
 いてもたってもいられず、開発のメルポットにお邪魔することに。ディレクターの安原敏雄さんから開発秘話を聞かせてもらう。
※記事内の画面写真は開発中のものです。

いきなり大物の名前が出て心がざわつく

ユースケ
 どうしてフィギュアスケートのゲームを作ろうと思ったんですか? やっぱり昔から好きだったから?

安原
 いえ、前は全然でした。

ユースケ
 開発チームの中に熱心なフィギュアスケートファンがいるとか?

安原
 昔から好きだった人はいないんじゃないかな……。
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そりゃ真顔にもなりますよね。
 取材は不安から始まった。

 第一声から「やっぱりフィギュアスケートはいいですよねどの選手が好きですかあーあの選手すてきですよね派手なジャンプだけじゃなくてしなやかな腕の動きと指先がとくにそういえば
『ワンピース・オン・アイス』はご覧になりました?最近は宇野昌磨さんや羽生結弦さんもゲーム好きだと話題になっているからゲーム業界人としてはうれしいですよね!」などとまくしたてるプランが塵と消えていく。初手からものすごい急ブレーキである。

ユースケ
 フィギュアスケートのことを知らないのにジャンプを見分けられるの!?

安原
 あ、いまはフィギュアスケート好きですよ。『メダリスト』(※)は全スタッフの課題図書です。

ユースケ
 信頼できる答えが返ってきた。僕は鹿本すず姉(※)が好きです。
※メダリスト:とてもおもしろいフィギュアスケートマンガ&アニメ。米津玄師さんをも虜にした。 ※鹿本すず姉:『メダリスト』の登場キャラクター。かいらしすぎる女の子。
安原
 ユースケさん。

ユースケ
 はい。
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安原
 わかります。

ユースケ
 めちゃくちゃ溜めて言うじゃん。

安原
 そういえば『メダリスト』のアニメって振付が鈴木明子さんですよね。まったくの偶然なんですけど、『ICE on the EDGE』も振付を鈴木明子さんにお願いしてるんですよ。

ユースケ
 待て待て待て待て待て待て。

 「いやー、奇遇ですね」のテンションで出す名前じゃない。フィギュアスケートは氷上で踊るように滑る競技なので、振付を考える人がいる。鈴木明子さんは第一線級の振付師だ。フィギュアスケートファンがざわざわしてしまう。

 東京スカイツリータウンで行われた
『メダリスト』イベントでは、米津玄師さんの『BOW AND ARROW』でスケーティングを披露。いったんこれを見て心を落ち着けよう。


 プロフィギュアスケーターとしても活動しており、2013年には全日本選手権で優勝した実力者。バンクーバーとソチのオリンピックで8位入賞を果たすなど、現役時代は国際大会でも上位常連だった。大きく腰を落として滑る“ハイドロブレーディング”がかっこいいので各自調べてください。

安原
 じつはですね。最初に出した動画にヒントがあるんですよ。(PVを見ながら)ここです。
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スケートリンクの壁にHOWA MINATO(邦和みなと)って書いてある!
 邦和みなと(正式名称は邦和みなと スポーツ&カルチャー)は名古屋にあるスポーツ系の複合施設。ここのスケート場は鈴木明子さんのホームリンクなのだ。ちゃんと施設側の許可を得てゲームに使っているとのこと。

 こんな仕込みまでしているとは。世界クラスのスケーターを起用するあたり、
『ICE on the EDGE』はけっこうな規模のゲームなのだろうか。

安原
 そんなことはないですよ。開発スタッフは10人もいませんし。

 小規模だった。さっきから全体的に逆をつかれているので、なぜ作ったのか、どういうゲームなのか、いちから説明してもらうことにした。わかりやすく教えてください。

安原
 何から話そうかな……。フィギュアスケートってポーカーみたいだなと思ったんですよ。

 何を言っているの?

キスクラはほしい。絶対にほしい

 そもそも『ICE on the EDGE』はどういうゲームなのだろう。まだ情報があまり出ていないので、まずは基本的な部分から(開発中なので変更の可能性もある)。

安原
 主人公はコーチです。司先生(※)になりたい人に遊んでほしい。

ユースケ
 「えらい!」って選手を褒めたいですもんね。
※司先生:『メダリスト』の主人公・結束いのりさんのコーチ。元気いっぱい。
安原
 “オン・ザ・エッジ”という大会に向けて選手を育成していきます。全日本選手権とか実際の大会に合わせて作る案もあったんですけどね。プレイ体験とシナリオの関係もあって架空の大会にしました。

 「これが演技プログラムの編集画面。まだ開発中ですけど」と、安原さんは画面を見せてくれた。
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 右側に並んでいるのは選手が覚えたエレメンツ(演技要素=技)。練習を重ねると技が増え、この順番を入れ替えたりしてプログラムを作っていく。

 ゲーム的に考えると、得点の高い技を詰め込んだら高得点を狙える。だが、フィギュアスケートの振付はそんなにシンプルな話ではなく、ジャンプにいたるまでの過程も跳んだ後も評価の対象だ。その辺はどういう風に表現しているのだろう。

安原
 ゲーム内では演技構成点の要素も実装されています。選手の基礎パラメーターを上げないといい点が取れませんよ、とか。ジャンプだけ練習してもだめなんです。

ユースケ
 ジュニアから飛び級的に上がってきた選手の話みたい。ジャンプはすごい跳ぶんだけど演技のつなぎがぎこちなくて意外と点数が伸びなかったり。

安原
 基礎的なスケーティングは大事ですよ。ジャンプの成功率を上げたいんだったらフィジカルも鍛えないとですし。

ユースケ
 バランスのいいパラメーター上げは『ときめきメモリアル』で学んだので大丈夫です。任せてください。

 いい演技のために人間的な成長は欠かせないし、ときには恋をすることも大切だろう。そして同じくらい大事なのが諦めない心。僕はどちらも
『ときめきメモリアル』で学んだ。
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失敗しても諦めない。フィギュアスケートは失敗しても立ち上がるスポーツだから。
安原
 衣装を着せ替えるとスキルがついたりします。

ユースケ
 ほほー。そういうところはゲームっぽいですね。

 楽曲を選択するとエレメンツの並びが変わる。たとえば、曲Aではジャンプ・ジャンプ・ステップだが、曲Bではスピン・スピン・ステップのように。曲によっては後半にジャンプが集中していて、難度は上がるが高得点を狙いやすい(※)。
※ジャンプの得点:プログラムの後半に跳んだジャンプは基礎点が1.1倍になる。「疲れているときにジャンプするのはたいへんだから」という、要するにご褒美。
安原
 曲は……そうだなあ、『ハースストーン』で言うと“ヒーロー”です。

ユースケ
 ヒーロー! わかりやす!

 オンラインカードゲーム
『ハースストーン』では、自身の分身となる“ヒーロー”を選択し、能力に合わせたデッキを組んで戦う。『ICE on the EDGE』ではヒーロー=曲のよさを引き出す技でプログラムを組むのである。

 曲によって基本のエレメンツの順番は決まっている。ジャンプではどの種類を跳ぶか、コンビネーションにするかなど、戦略を決めるのはコーチの役目だ。エレメンツにはスタミナの概念があり、後半に行くほど体力を消耗しているため、技の成功率も落ちてしまう。
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安原
 最後に3連続ジャンプを持ってきたりできます。

ユースケ
 リアルでもたまに見る鬼プログラムだ。

 体力の上限は100固定で、エレメンツを強化するとスタミナの消費効率がアップ。バランスに頭を悩ませるのが楽しいデッキ構築ゲーと言える。

 安原さんは
「体力を100以上消費する、限界を越えるプログラムも組めます」と、にっこり。終盤はガス欠状態になるので成功率はガクッと下がるが、奇跡の高得点ジャンプを決める可能性も。

 あと少しでライバルに勝てるときに、ふらふらになりながらも3ルッツ+3ループのコンビネーションなんて決めたら泣いてしまう。

安原
 「おれが育てたお前はそんなもんじゃねえだろ!」って言いながら。

ユースケ
 鬼コーチすぎる。ステファン・ランビエール(※)だ。
※ステファン・ランビエール:フィギュアスケートコーチ。選手としてもトリノオリンピック銀メダリスト、世界選手権連覇など輝かしい実績を誇る。穏やかそうな雰囲気ながら、限界を超えるようなプログラムをよく作る。
 無理なプログラム構成は組めませんではなく、成功率が下がるというのがいい。ライバルに勝つにはこの構成しかないと悩みながら戦略を立て、選手に託し、固唾を飲んで見守る。

 このゲームには、“もしかしたら”があり得る。最終的には選手を信じるしかないのである。うわー! コーチだ!

安原
 演技に入る直前はこんな感じです。
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ユースケ
 自分と話してるイメージということ?

安原
 そうですね。このときに選択肢を出したいと思っていて。

 上の画像は、選手がリンクインし、自分(コーチ)はフェンスの外にいる状態。たいていここでグータッチをしたり声をかけたりして気合を入れる。

 演技が始まったらコーチは何もできない。ここが試合に介入できる最後のポイントで、『ドラクエ』で言うところの作戦を伝えるのだという。ガンガンいこうぜなのか、いのちだいじになのか。

 「このひと言で少しだけバフをかけるのもいいですよね」と安原さん。それもすごくいい。
選手はコーチを信じることで底力を発揮するのである。

ユースケ
 つまり、こういうことですね。
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安原
 おじさん同士のグータッチ、いります?

 ついテンションが上がって安原さんとグータッチをしてしまった。このコンビがフィギュアスケート界を席巻することになったらいいなと思う。そして、できれば佐藤信夫先生のくるくるぽん(※)を実装してください。
※くるくるぽん:佐藤信夫さんは浅田真央さんたちを指導した名コーチ。くるくるぽんとは、小塚崇彦さんの背中をなでた後にぽんっと送り出す仕草のこと。おまじないみたいで、とてもいい。
ユースケ
 こうなるとキスクラ(キス・アンド・クライ)もほし……

安原
 あります。

 食い気味だった。キス・アンド・クライとは選手とコーチが得点発表を待つ場所のこと。日本語的に表現すると、祝福と慟哭だろうか。改めて見るとすごい言葉である。

 ここでの待機中は選手とコーチの性格がにじみ出るので見ていておもしろい。すぐに泣いてしまう織田信成さんや脚を閉じなさいと坂本花織選手をたしなめる中野園子コーチ、中庭健介コーチより男らしい渡辺倫果選手などが有名(僕の中で)。
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ユースケ
 このカメラアングル! 正面から(選手とコーチをふたりとも)撮るんじゃなくて、あくまでコーチの目線ってことか。くー!

安原
 キスクラは絶対に必要です。

ユースケ
 強い意志を感じる。

安原
 “プレイヤーはコーチである”というコンセプトが大事ですから。コーチの一人称視点でシーンを作っています。コーチが感無量になる場所と言ったらキスクラじゃないですか。ここで選手の隣に座ることが大事なんです。

ユースケ
 ……。

安原
 どうしました?

ユースケ
 急に深いこと言うからびっくりしちゃって。

安原
 隣に選手がいるんだぞって距離感をちゃんと表現したくて。

 一見、むだに思えるこだわりだが、細やかな作り込みが、フィギュアスケート特有の雰囲気を濃密に作り上げていく。神は細部に宿る。ぜひぬいぐるみとティッシュケースを持ち込めるようにしてほしい。
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安原
 これはトレーニング画面です。目標とする試合があるので、時間というコストを消費してパラメーターを上げていく。

 トレーニングはかなりさくさく進むみたいだ。基礎パラメーターとエレメンツのレベルを上げて試合に出場。成績によってもらえるポイントを溜め、つぎの試合に進むのが基本的なゲームのサイクルとなる。

安原
 試合の合間にストーリーもあって。育成パートを8ターンにするか10ターンにするかみたいな調整をいまやっています。
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安原
 つぎのエレメンツは絶対成功するぜ! っていう必殺技ゲージもあります。超能力というか心象風景みたいなイメージ。

ユースケ
 ゾーンに入った瞬間ですね。

安原
 ちなみにキャラクターと衣装のデザインは『政宗くんのリベンジ』の(マンガを描いている)Tivさんにお願いしています。絶妙なかわいさとフィギュアスケートっぽさ。

ユースケ
 主人公らしくていい衣装ですよねー。
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 何人かライバル選手もいて、衣装はそれぞれに個性的。彼女たちと勝負したり交流したりでシナリオが分岐していく。

 ライバルキャラの絵はまだ温存しておきたいので、僕のリアクションから想像してください。

ユースケ
 この娘は大人びた感じですね。うちの奥さん好きそう。

ユースケ
 あ、この娘の曲は白鳥の湖でしょ。わかりやすい。

ユースケ
 この辺はマーチングバンドみたいな。

ユースケ
 かわいいなー。エキシビションでありそう。

フィギュアスケートはデッキ構築ゲーだった

安原
 私、もともとはゲームデザイナーでして。昔はHAL研究所やシリコンスタジオで、とくにルールを作ることが多かったんですね。ダメージの計算式ですとか。

 こういう仕事をしていると、ふだんからゲームのネタを探すのがクセになる。あるあるというか、一種の職業病かもしれない。編集者の僕も似たようなもので、頭が動いているときはたいてい記事のネタを考えている。

安原
 身の回りのものがゲームになったらどうだろうって考えるんですよ。いろいろ見てネタとしてストックしておく。ゲームを作る人はたいてい似たような習性があると思います。
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安原
 10年くらい前ですかね。たまたまテレビでフィギュアスケートを見て、よくよく考えたらルールを知らないなーと思ったんです。

ユースケ
 ジャンプとスピンをしたら得点が入るのはわかるけど、みたいな?

安原
 実況と解説の人は表現力とか音楽性とか言いますよね。それって何なの? って思ってました。

 気になった安原さんはルールを調べ始める。すると、漠然ときれいなだけだったフィギュアスケートの解像度が上がっていった。

 シングル競技の基本をざっくり説明すると、ショートプログラムとフリースケーティングの2回を滑り、その合計点で順位が決定される。フリースケーティングは12個のエレメンツ(技)を4分の中に収めるように構成。エレメンツはジャンプ、スピン、ステップに分類され、くり出す順番は選手とコーチにゆだねられる。

 このほかに、構成力、表現力、スケート技術で評価される演技構成点という要素もあり、ルールは数年ごとに改定される(この記事で書いているルールは2025年時点のものがベース)。

安原
 技の順番と組み合わせでもスコアが変わりますよね。後半は疲れるからジャンプの基礎点が1.1倍になったり。スピンの姿勢をたくさん組み合わせるとスコアが上がるけど、失敗する確率も上がったり。
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これもうゲームだなって

 安原さんの目に、
フィギュアスケートは“役を揃えて場に出すゲーム=ポーカー”と映ったのだ。ゲームを作る側の人はフィギュアスケートをそういう風に分解するのか。目から鱗である。

ユースケ
 練習して使える技を増やして、最強のプログラム構成を組む。カードゲームのデッキ構築に似てますね。

安原
 で、スタミナというコストを払って技を出す。難しいジャンプは高コストだからスタミナがあるときに使った方がいいわけです。

 のめり込むうちに、ゲームにしたくなってくる。実際の演技プログラムでは美しい一連の流れが重要だが、3DCGならぶつ切りの技をつなぎ合わせるのも難しくない。

 技をプログラムの構成パーツとして考えて、アクセルとフリップ(どちらもジャンプの種類)の跳ぶ順番を入れ替えるなど、高得点を取るための判断もゲーム的だ。
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ユースケ
 ものすごい勢いで詳しくなってるような。初速がすごい。

安原
 人より好きになるのがうまいんだと思います。

 また不思議ちゃんみたいなことを言い出した。

安原
 サッカーのゲームを作ったことがあったんですよ。ザッケローニ監督で、本田圭佑と香川真司がもうバリバリ現役のときなんですけども、当時は「……カガワ?」くらいでした。

ユースケ
 その人たちを知らないってそうとうだな。

 そんな安原さんがサッカーゲームを作るので、好きになるところから始めないといけない(親が勝手に許嫁を決めた恋愛マンガみたいですね)。

 歴史や群像劇が好きな安原さんは“そこに関わる人”に興味がある。サッカーマンガを入り口にして、選手のバイオグラフィーや人間像から思い入れを持っていき、すぐにこうなった。

安原
 『やべっちF.C』は毎週楽しみにしてました。『FOOT×BRAIN』は録画してましたし。

ユースケ
 大好きじゃん。
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安原
 知識が増えると、受容体みたいなものが脳みその中にできるんですよ。勝手に情報をキャッチするようになる。フィギュアスケートだったら、気づいたらジャンプの踏み切りがわかるようになってました。

 フィギュアスケートのジャンプは6種類あり、難しいほど高得点。僕は見分けるのが苦手なので、安原さんはすでに僕より詳しいのだと思う。

安原
 “勝手に入ってくる状態”をいかに早く作れるか。それがコンテンツを好きになる近道かなと思います。

 「今回も同じアプローチを取ったんです」と安原さん。
『ブリザードアクセル』を読み、『メダリスト』を読み、スケーター村主章枝さんの本を読み、Kindleでフィギュアスケート関連の本を探す。
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 知らないから作れないと諦めるのではなく、
知らないなら知ればいい。これ以上なくシンプルなアプローチだ。僕ら編集者やライターにとっても身につまされる話である。「知らないから記事を書けません」では話にならないので。

安原
 『Theチェリー・プロジェクト』ってご存じです? 武内直子先生がセーラームーンの前に連載していたフィギュアスケートマンガなんですけど、これもかなりよくて。絶版みたいなのでメルカリで買いました。

 もはや執念。

いまはもう頭の中にフィギュアスケート関連アンテナができあがっているらしく、X(Twitter)の公式アカウントは関連ニュースによく反応している。
ユースケ
 フィギュアスケートをゲームにできそうだ、と。でもそれに気づいたのはけっこう前なんですよね。では、どうしていま作ろうと思ったんですか?

安原
 会社的な事情もありまして。開発自体は2023年1月から始めたんですけども、その1ヵ月前に大口の仕事がキャンセルになって、スケジュールがぽっかり空いちゃったんです。

ユースケ
 あー。まあ、そういうこともありますよね。

安原
 そのクライアントとはいまも良好な関係を築いてますからね。その後も別のお仕事をいただいていますし。

ユースケ
 そこは心配してないので大丈夫です。

安原
 その仕事のために人を集めていたんですね。フリーランスの方にお声がけしたり、ほかの会社さんからスタッフを出してもらったり。
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安原
 それなのにうちの都合で「仕事はなくなりました」では筋が通らない。仁義としてよくないなって。せめて3ヵ月、こっちで仕事を作らないとご迷惑をかけすぎてしまう。かといって急に仕事は取れない。じゃあ自分たちでゲーム作るかって。

 メルポットはもともと“3DCGに強い会社”として業界内で認知されている。集めたスタッフのスキルセットを加味すると、やっぱりその強みを活かした方がよさそう。3DCGを活かせる題材はないか。

 あった。フィギュアスケートが。これもまたカードゲームのデッキ構築みたいな話である。

安原
 うちは小さな会社なので、そんなに大きなものは作れないんですよ。だからフィギュアスケートがよかったというのもあります。

ユースケ
 どういうことですか?

安原
 キャラクターがひとりですから。ペアとアイスダンス(※)はふたりだけど、シングルならひとり。で、マップは閉鎖空間。
※ペアとアイスダンス:男女カップルで挑む競技もあり、ペアはダイナミックな技、アイスダンスは優雅なスケーティングが特徴。ほかに、1チーム16人の一糸乱れぬ群舞が魅力のシンクロナイズドスケーティングという競技も。
安原
 これだと3Dデータの量が少なくていいので。

ユースケ
 そういうこと!?

 ゲームメーカーは大規模な環境が注目されがちだ。社内にモーションキャプチャー施設があります、本格的なレコーディングスタジオがあります、大量のデータを生産できます、など。
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 とはいえ、ゲーム開発にこれらが必須なわけではなく、コンパクトに作る手もある。4回転ジャンプばかりがフィギュアスケートの武器じゃない。
世界一美しいダブルアクセルを武器に頂点に立った坂本花織選手とも重なる

安原
 さすがにそれは言いすぎだと思うんですけど。

 まあまあ、謙遜しなさんな。いまの大インディーゲーム時代に合致した戦い方だと思う。クリアーまで何十時間もかかるような大作ゲームだけだと疲れるので、さくっと遊べる秀作ゲームも求められている。

安原
 マシンパワーをたったひとりのキャラクターに全部つぎ込めるのもいいんですよ。
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安原
 「アイドルゲームを作りましょう」ってなると、5人でユニットを組んだり、何なら10人も20人も出したくなる。そうなるとキャラを作るだけでくたびれちゃう。

 大人数のキャラを効率よく描画するためのプログラミング処理はすごくたいへん。開発側もそうだし、プレイヤーのPCにもそれなりのスペックが必要になる。その点、20人に割り振るはずだったマシンパワーをひとりにつぎ込めば表現の幅も広がる。

ユースケ
 表現力が大事。フィギュアスケートといっしょだ。

 安原さんの脳内にあったデッキビルド系のアイデアを取り入れ、仮の3Dキャラを制作。ジャンプやスピンのぶつ切り映像を作り、それをつないだらちゃんと踊っているように見えた。ドキュメンタリー番組だったらひと盛り上がりある瞬間である。

安原
 ゲームとして成立しそうだと確認できたので、正式にプロジェクト化しました。2年くらい前の話です。

鈴木明子さんに助けられた根性グラフィック制作

 最初にPVを見たとき、僕はキャラの動きからフィギュアスケートらしさがあふれているのがすごいと思っていた。開発スタッフの中には昔からのファンはいないようだし、いったいどうやって作っているのか。

安原
 泥くさく勉強するしかないですね。

ユースケ
 根性ですか。

安原
 根性です。

 急にスポコンものになってきた。

ユースケ
 モーションキャプチャーを使ったり?

安原
 いえ、手作業です。

ユースケ
 手作業!? 根性ですか?

安原
 根性です。

 キャラの動きをリアルに表現するには、実際の動きを取り込むモーションキャプチャーを活用するのが一般的だ(というイメージがある)。なぜ使わなかったのか。
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お金がかかるんですよ

 理由はあまりにも現実的だった。ですよね、としか言えない。

安原
 スケートリンクは60m×30mもあって、めちゃくちゃ広いので、通常使われるような光学式のシステムだとまず無理なんです。機材をレンタルして現地に仮設すると、それだけで数千万の世界。

ユースケ
 最近はAIを使ったやつありませんでしたっけ。

安原
 それも試しました。小さいカメラ(GoPro)をリンクの周りに16台設置して、画像解析をかけてモーションのデータを起こすっていう。でも、やっぱりリンクが広すぎて無理でした。

ユースケ
 アニメの『メダリスト』はモーションキャプチャーを使っているらしいですけど。

安原
 あー、この動画は私も見ました。これは慣性式ですね。やり方は正確にはわからないですけど、10秒とか30秒とか細かく撮って、あとで編集して1本の映像として見せるんだと思います。

 広いリンクにも対応しやすく、光学式より費用も安め。それでも「100万円程度はかかるのでは」とのこと。加えて、長時間続けるうちに位置情報がズレていく弱点もあるので、4分フルで撮るのは難しい。

安原
 映像作品としてはたぶんそのやり方がいいんですよ。でも、うちのゲームでは4分フル尺の通しの演技がほしくて。

 通しの演技にこだわる理由を聞くと、回答はシンプルに「フィギュアスケートのシミュレーションゲームだから」。キャラの見え方や開発コストなど、さまざまなバランスを鑑みて、通しで撮影したほうがいいという判断だ。

安原
 身もふたもない言い方をすると、シミュレーションゲームは究極のごっこ遊びじゃないですか。本気でフィギュアスケートごっこをやりたいので、いちばん盛り上がる演技シーンをぶつ切りにしたくないなーって。

 わかる。ごっこ遊びには手を抜きたくない。機材や技術的な問題のほかに、実際に滑るスケーター(鈴木明子さん)側の負担もある。モーションキャプチャーのスーツを着た状態で長く滑るのはたいへん。ふだんの衣装とは違うから、体を使う感覚が違うのだと思う。
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安原
 やっぱり鈴木明子さんにお手伝いいただいてるのが大きいですね。

 そう、鈴木明子さんである。世界的なスケーターがド根性グラフィック制作を支えている。

 フィギュアスケートのゲームを作ることになった。では振付をどうしようか。最初に思いついた参考例はアニメ
『ユーリ!!! on ICE』だった。振付を手掛けるのは元アイスダンス選手にして日本屈指の振付師・宮本賢二さん。ちなみに、賢二先生は『ワンピース・オン・アイス』の振付担当者でもある。

 同じようにプロに頼むのがいいだろうと方々をあたった結果、鈴木明子さんが快く引き受けてくれた。

安原
 収録は名古屋の邦和みなと(のリンク)でやるんです。うちのスタッフを連れて行って、ふつうじゃ見られない距離でプロの動きを見て、そこからキャッチアップできることもありますね。

ユースケ
 いいなー。次回があったら僕も行っていいですか?

安原
 いいですよ。

ユースケ
 軽いな。

安原
 いっぱいビデオを撮らせていただいて、参考にしながら(キャラの動きを)作っています。

安原
 いまはとてもいい時代で、ISU(※)もYouTubeに公式動画を上げてくれますしね。モーションアニメーターといっしょに「1日1個は見よう」と日課にしてます。
※ISU:International Skating Union=国際スケート連盟。
 振付をどういう風にオーダーしたのかと尋ねると、「先に4分の曲を作っておいて、それをお渡しして考えていただきました」と安原さん。

安原
 ちょっと特殊だと思います。『ICE on the EDGE』は演技の尺がフリースケーティングの4分なんですけど、エレメンツの数は12個じゃなくて8個なんですよ。で、滑るのはフリーだけ。ショートプログラムはなし。

ユースケ
 その辺はノービス(※)に似てますね。
※ノービス:フィギュアスケートは年齢別にシニア、ジュニア、ノービスの3クラスに分かれている。フリーとショートの合計点を競うシニアやジュニアとは異なり、ノービスは2分30秒ほどの演技を1回だけ行う。
安原
 8個にしたいちばんの理由は、単純に12個のエレメンツを編成するのはプレイヤーがたいへんだからです。

ユースケ
 そこまでしなくてもいいよっていう優しさだ。

安原
 技の構成をユーザーが選べる仕様にしたいわけですけど、そうするとエレメンツとエレメンツの間隔をどうしても空けないといけないんですよ。いろいろ試したら4分で8個がぎりぎりでした。

 この判断には悩んだという。4分は少し長いから3分にするか。それだとエレメンツは5個が限界だから味気ない。リアルのフィギュアスケートから離れすぎるのは少し違う。

安原
 リアルのショートプログラムだと2分40秒で7エレメンツなので、理論上は3分で7個もいけるんですけど、それは何か嫌なんです。
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安原
 演技が始まって20~30秒くらいは世界観を示すような振付をたっぷりやる人もいますよね。あれ、好きなんですよ。

 わかるー! 握手をした。フィギュアスケートはただ難しいジャンプとスピンをこなすだけの競技ではない。美しさは大事だし、曲の表現も評価の対象となる。最初の動きでその選手の個性が見えてくるので、ああいう時間は必要。

 仮に冒頭の振付に30秒使うとぎちぎちになり、ゲームとして成立はするけど、絵面がせわしなくなってしまう。それは嫌だと言うからこの人は信頼できる。

 後からこういった調整ができるのも、鈴木明子さんが汎用性の高い振付を作っているから。だが、じつは
最初の案は全部ボツにしてしまっているらしい。

安原
 「この仮説でやればゲームが成立するはずなので、こういう風に振り付けしてください」ってお願いして、1回撮ったんですね。

安原
 映像をもとにモーションデータを起こしてゲームに実装して動かしてみて、うん。
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これは無理だな

ユースケ
 おい。

安原
 そのときは最初の20~30秒を振付に使うというのに頭が回らなくて、4分間に対してエレメンツを均等に置いていったんですね。そしたら抑揚のない、なんかフィギュアスケートっぽくないものになっちゃって。

安原
 これはあかんやろと。ごめんなさい、こういう理由でもう1回撮り直したいです……とお願いしたら「わかりました」って。

ユースケ
 鈴木明子さんの優しさに救われた瞬間。
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よかったね。
安原
 エレメンツは8個で、この曲では後半にジャンプを多くしたい、くらいの希望は先に伝えるんです。フィギュアスケートの表現上の都合もあるので、難しかったら鈴木さんの方で変えていただいてもいいんですけど、ほぼお願いした通りに作ってくださって。

 「めっちゃかっこいいんですよ、鈴木さん」と安原さんは笑う。

安原
 収録の日までに、たぶん8割くらいの完成度で作っておくんでしょうね。1曲あたり2時間くらいかけて何回もテイクを撮っていく。こちらの意見も聞きながら仕上げていくみたいな。

ユースケ
 かっこいいー。プロだ。

安原
 滑りながら「こっちの方がいい」とか「後半はこうした方がいいと思うので、ラスト1分だけ収録させてください」とか。鈴木さんの意見を私の方で解釈しながらテイクをつないでひとつの演技を作っていく。

 用意している楽曲はいまのところ7種類で、どれもクラシックをアレンジしたもの。ちなみに、この辺は撮影した映像を見ながら説明を受けている。貴重な映像に、内心は興奮していたことを白状しておく。

ユースケ
 ん? これってよく考えたらクラシックをベースにした鈴木明子さんのオリジナル振付なわけですよね。

安原
 そういうことになりますね。

ユースケ
 よく考えたらそれすごくないですか? 若い選手に滑ってほしいな。


 スケーターによっては代名詞とも言える技を持っている。イリア・マリニン選手のラズベリーツイスト、宇野昌磨さんのクリムキンイーグル、中野友加里さんのドーナツスピン、荒川静香さんのイナバウアーなど。鈴木明子さんなら先ほども書いたハイドロブレーディングに期待してしまう。こういうの入ってますか?

安原
 特殊な動きで言うと、鈴木さんから「自分はできないけど、この動きを入れたらかっこいいから、あの選手の動きを参考にして」的なアドバイスをもらったり。モーションキャプチャーじゃないから自由に作れるんですよ。

ユースケ
 モーションキャプチャーじゃないからこそのメリットもあるんだ!

安原
 ちなみに、鈴木さんにリクエストすると「私、そこまできれいにできないんだけどなー」と言いつつもやってくれます。

ユースケ
 いい人すぎる。なんちゅう豪華なファンサービスだよ。

安原
 で、それをモーションアニメーターが根性でデータに起こします。

ユースケ
 根性ですか。

安原
 根性です。
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モーションアニメーターの根性により、スムーズなスケーティングを実現。やっぱり最後は根性なんだよ。
 ところで、「フィギュアスケートのゲームはいける」と判断した皮算用のひとつに“滑っているから”というのがあるらしい。理由を聞いたらなるほどなーと感心してしまった。

安原
 モーションを作るときによく“設置感”の話になるんですよ。

 しっかり作られたゲームは重力を感じるものだ。移動時にただ足を動かすだけだと違和感が出てしまう。キャラが走るときは、だっだっだっと一歩一歩の踏みしめを感じられたほうがいい。

安原
 横に滑ってるように見えると「ドリフトしてるじゃん」って言われるんですけど。

ユースケ
 そうか、スケートは実際に滑ってるから!

 そういうことかと膝を打った。重力を感じるように歩き方を修正する際は修正コストが高くつくが、
スーッと動くのが当たり前のスケートなら違和感を軽減できる。ちょっとずるい。

安原
 でも、目が肥えてくるとブレードの動きが気になるんですよ。このエッジ、変じゃない? とか、もっと深く傾けるやろとか。結局修正したくなるのでプラマイゼロ。

ユースケ
 好きになればなるほど粗も見えてくる。でも、そこも含めて好きになる日が来ますから。

安原
 恋愛の話してます?
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「念のため、ろくろを回してるポーズもしておきましょう」で撮った写真。
 続いて、ゲームプレイのサンプルを見せてもらう。そしてただのゲーム&フィギュアスケートファンみたいな世間話に花が咲く。

安原
 初期のころは別々の演目をつなげてジャンプをカットインさせて「意外とつながって見えるなー」とかテストしてました。

ユースケ
 通しで振付を作ってもらってるけど、ゲーム的には技を切り貼りするわけですもんね。

安原
 ただ均等に技を置くと、絵として飛ぶ(つながっているように見えない)んですよ。そこで1回計画を立て直して。
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ユースケ
 (演技への)入りがそれっぽいなー。

安原
 最初は始まったらいきなりひとつ目のジャンプをしてました。そんな振付、リアルにはないから違和感がすごかった。

ユースケ
 演技が始まってしばらく見て、「この人はきびきび動くタイプなのか」、「ゆったりした動きがいいな」って確認するのは大事ですからね。

ユースケ
 始まったら見守るしかないんですよね。ここ(画面端)にコーチカメラを出せません? コーチの動きを楽しみにしてる人は多いから。

ユースケ
 ゲーム配信するとき、ストリーマーの人はそこに自分を表示させてほしい。

ユースケ
 こういうのはゲームならではのカメラワークでいいなー。

安原
 リアルの試合では(極端に煽るのは)無理ですからね。
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ユースケ
 カメラワークとスイッチングはランダムですか?

安原
 ランダムの部分と、ある程度決まっている部分があります。見せ場は何パターンかの中でかっこよくなるように。

安原
 ちなみに、広告にCRI・ミドルウェア(ゲーム開発などに使うソフトを作っている企業)入ってます。

ユースケ
 え? あ、ほんとだ。あったあった。
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安原
 DynaFontさんも。協賛してもらってるんですよ。だんだん広告を増やしていきたいと思ってます。

ユースケ
 フィギュアスケート会場の広告と言えば日本企業(※)ですもんね。
※日本企業の広告:日本はフィギュアスケート人気が高いので、海外のスケートリンクにも日本企業の広告が入っていることが多い。
安原
 架空のものより実際の企業が入ってる方がおもしろいですよねぇ。

ユースケ
 あ、いますげえ鈴木明子さんっぽかった。腕を上げる仕草。
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安原
 まだエフェクトは全然入れてなくて。スケートの軌跡とかしぶきを作ってる最中です。

ユースケ
 お、きれいなドーナツスピン。このカメラワークはテレビ放送に似てますね。

ユースケ
 ちゃんと演技後の礼まであるのはいいなー。
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2026年のミラノ・コルティナオリンピックには合わせたい

 『ICE on the EDGE』は2026年の発売を目指して開発が進められている。冬季のミラノ・コルティナオリンピック(イタリア)開催年だから。

 フィギュアスケート好きゲーマーとして、期待することはいろいろある。理論上はキャラも楽曲も演技も無限に作れるから発売後もアップデートしてほしいとか、
試合会場のアナウンスはずっとフィギュアスケート好きを公言している声優の吉田真弓さんがいいとか。いまからわがままを言っても仕方ないので、まずは発売を静かに待とうと思う。

 フィギュアスケートを題材にしたゲームは少ない。前例が少ないこともあり、本作が成功するかどうか、まだわからない。高難度ジャンプに挑んだ
『ICE on the EDGE』は見事に着氷できるのか。果たして。
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この記事の企画書は、全日本フィギュアスケート選手権を観た興奮を残したまま大阪のホテルで書きました。右はとてもうまかった朝食の写真です。
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集計期間: 2025年03月25日18時〜2025年03月25日19時