『ファイナルファンタジー』(以下、『FF』)、『サガ』シリーズと並んで、スクウェア(現スクウェア・エニックス)を代表するRPGとして歴史を刻んできた『聖剣伝説』シリーズ。 2026年6月に同シリーズが35周年を迎えたことを記念して、スクウェア・エニックスのYouTubeにて、シリーズの生みの親である石井浩一氏、過去にシリーズ作開発に携わった田中弘道氏、北瀬佳範氏による座談会動画が公開された。
本記事では、この動画の収録の際に集まった3名へのインタビューをお届け。当時のスクウェアの雰囲気や、ゲームハードのスペックに限りがある中でクリエイターたちが編み出した工夫、そして今後のゲームクリエイターのありかたについてうかがった。
なお、『聖剣伝説 -ファイナルファンタジー外伝-』から『聖剣伝説3』までの開発の思い出は、上記の動画にて詳しく語られている。ぜひ本記事と合わせてチェックしてほしい。
石井浩一(いしい こういち)
『FF』シリーズの立ち上げに携わった後、『聖剣伝説 ~FF外伝~』を開発。以降、多数の『聖剣伝説』シリーズ作を手掛ける。現在はグレッゾ代表取締役社長。
田中弘道(たなか ひろみち)
『聖剣伝説2』、『聖剣伝説3』開発の中心人物。『FF』シリーズも多数手掛ける。現在はガンホー・オンライン・エンターテイメント執行役員。
北瀬佳範(きたせ よしのり)
スクウェア・エニックス取締役。『FF』シリーズのクリエイターとして有名だが、ゲームクリエイターとしてのキャリアは『聖剣伝説』からスタートしている。
新人だった北瀬氏が、初代『聖剣伝説』開発で大活躍
――『聖剣伝説』シリーズのインタビューに北瀬さんが参加されるのはかなり珍しいことかと思います。せっかくの機会ですので、北瀬さんが入社されたころの思い出を伺えればと思います。
田中
北ちゃんは、スクウェアに応募してくる際、大学の卒業制作を送ってきたんですよね。『スター・ウォーズ』のパロディ作品だったと思うんですけど。
北瀬
いま採用面接を受ける人は、自分で作ったゲームを送ると思いますが、当時の自分はぜんぜんそんなスキルも持っていなかったので。そもそもアニメ業界にいましたからね。だから大学の卒業制作で作った映像作品を送って。
田中
それが採用の決め手でした。
――当時、採用活動に田中さんも関わっていたのですか?
田中
面接はしていないと思うんですけど、ほぼすべての書類に目を通していたと思います。
――1990年ごろのスクウェアに、「もっと人を増やしていこう」という動きがあったのでしょうか。
田中
もっと人を増やしたのは、それより少し後ですね。
北瀬
そうですね。僕が入った後に、新卒でスタッフを採用することが増えましたね。
田中
だから北ちゃんが入ったころは、ちょっとしか応募がなくて。よくうちに来ようと思ったね、って。
北瀬
僕は、面接は御徒町に行きましたね。最初の出社は(御徒町から移転後の)赤坂だったんですが。御徒町の(ちょっと古ぼけた)ビルを見て、「本当に、ここはスクウェアのオフィスなのかな?」って思いましたよ(笑)。
田中
東銀座のオフィスが、あまりにも家賃が高すぎて、いられなくなったんです。それで御徒町に。
北瀬
でもその後、赤坂に行ったっていうことは……。
田中
業績がよくなったんですね。『ファイナルファンタジー』がやっと出て。
石井
そういえば、『FFXVI』のディレクターをやっていた高井浩の面接は、自分と田中さんで出たんだよ。それで、あいつは応募したのを後悔したらしい(笑)。ガラの悪いふたりが出てきたから。
※高井浩氏の“高”の字は、正しくは“はしごだか”です。――高井さんも同時期に入社されたんですね。
北瀬
僕に近いんじゃないかな。
石井
近いよ、たぶん。あのころ、上田(※1)、亀岡(※2)、哲(※3)とかが入ったんだよね。
※1 上田晃氏。『聖剣伝説2』オープニングで、赤いフラミンゴを羽ばたかせた。
※2 亀岡慎一氏。『聖剣伝説 レジェンド オブ マナ』キャラクターデザインなどで知られる。
※3 野村哲也氏。『ファイナルファンタジー』や『キングダム ハーツ』シリーズを手掛ける。田中
活きのいいのが。
北瀬
活きのいいヤカラたちが(笑)。
――北瀬さんはアニメ業界から転職してきて、入社された当初はデバッグをされていたそうですね。その後、開発に初めてしっかりと関わった作品が『聖剣伝説 ~ファイナルファンタジー外伝~』だとか。
北瀬
入社して2、3ヵ月は、『ファイナルファンタジーIII』と、『ドラゴンクエストIV』だったかな。そのふたつをプレイして、感想リポートを書けと言われましたね。新人にやらせることが何もなかったから、リポートでも書かせておくかという感じで(笑)。その後、同じタイミングで入社したいのぶー(※4)が『サ・ガ2 秘宝伝説』のチームに行ったんですよ。じゃあ、僕は『聖剣伝説』だね、ということになりました。
※4 井上信行氏。『聖剣伝説 レジェンド オブ マナ』エスカデ編のシナリオを担当。――当時、石井さんからゲームの作りかたのレクチャーなどはあったのですか?
北瀬
石井さんはいろいろなことを絵にして紙に描いてくれたので、とてもわかりやすかったですね。
石井
どういうゲームにするかという、設計図みたいなものを自分が書いて、説明して。あとは「足りないところをお願い」と。
――未経験の新人が担うには、かなり重い役目ですよね……?
石井
北ちゃんはめちゃくちゃ重い役でしたね。企画をデータ化しなくちゃいけないから。
北瀬
当時は役が重いかどうかもわからず、とにかくやっていた、という感じですけどね。
田中
社内の企画資料は、『FFIII』までは全部、紙に書いていたんです。でも『FFIV』以降は、PCが発達してきたから、だんだんみんな紙に書かなくなって。でも、石井くんだけは頑固に紙に書き続けていたんですよね。
石井
ゲームを俯瞰で見れなくなっちゃうから、紙に書いておかないと。データだと、部分的にしか見れなくて。
北瀬
当時は、スクウェア印の方眼紙があって、それにいろいろ書かれていましたね。
田中
あのころの紙資料は大量に残っているんですよ。スクウェア・エニックスの資料室に置いてあります。
北瀬
ワールドマップも石井さんが方眼紙に書かれていたので、それをデータ化していきました。




さまざまなアイデアを紙に記していたという石井氏。これは石井氏が当時描いた『聖剣伝説3』のキャラクター設定画だ。
――データの作りかたはどのように学んだのですか?
北瀬
田中さんが『サ・ガ2 秘宝伝説』で作った資料を見たりしたんですけど、やっぱり初心者が見てもわからなくて……“ビットが立つと、こうなる”といった仕様が書いてあるんですけど、どういう意味なんだろうって(笑)。
田中
人に見せるためのものとして書いてないですからね(笑)。
北瀬
そういった仕様書を見ながら、プログラマーといっしょに取り組んで、なんとか完成に漕ぎ着けました。
――北瀬さんが『聖剣伝説』シリーズに関わったのは、この初代『聖剣伝説 ~ファイナルファンタジー外伝~』のみなのですよね。
北瀬
そうですね。『聖剣伝説』が終わった後は、河津さん(※5)のチーム、『ロマンシング サ・ガ』(以下、『ロマサガ』)のチームに行って、マップを作りました。
※5 河津秋敏氏。『サガ』シリーズの生みの親。――『聖剣伝説』チームと『サガ』チームには、どんな違いがありましたか?
北瀬
『聖剣伝説』シリーズはやっぱりビジュアルにこだわっていますよね。リングコマンドもそうですし、モード7(※6)を使ったフラミーの飛行とか。一方、河津さんのゲームはその対極にあって……。
※6 スーパーファミコンの描画のための機能。背景の拡大・縮小・回転の機能をサポートするモード。田中
質実剛健。
北瀬
当時、ゲームのマップを作る際は、16×16のパネルを敷き詰めて作るのがふつうだったんです。敷き詰めたら敷き詰めるだけデータの容量が大きくなる。でも『ロマサガ』のマップって、そういう仕組みじゃないんです。いわゆるWindowsのペイントソフトで、サークルを描くような感じで描くんですよ。
田中
それはね、『サ・ガ2 秘宝伝説』でも同じなんです。
北瀬
そうなんですか。あれは『サ・ガ2 秘宝伝説』の仕組みなんですね。この仕組みでマップを作ると、容量を節約できるんですけど……ペイントソフトで円とか四角とかを描くような感じで作るわけですから、ビジュアル的には正直シンプルというか。
田中
ゲームボーイは、それでよかったんですけどね。
北瀬
そう、ゲームボーイはそれでよかったと思うんですけど、スーパーファミコンだと……それこそ『FF』や『聖剣伝説』が、モード7を使ってグラフィックを豪華にしていくなかで、『ロマサガ』では、四角を描いていたんです(笑)。
――確かに『ロマサガ』では、たとえば『聖剣伝説2』のオープニングでフラミンゴが飛ぶような、ビジュアル面で訴えてくる演出はあまりなかった……かもしれません。『ロマサガ』らしいですけども!
北瀬
データ的にはすばらしい手法なんです、たぶん。四角を活用してマップを作る際、始点と終点の座標を指定するだけでいいので。パネルを敷き詰めるよりもデータ量を節約できる。でも、描くほうのテクも必要なんですよね。たとえば、サークルを引いたとしたら、その終点から新しい図形を描くと、容量を節約できたりするんです。そういうふうに頭を使わなければいけませんでした。その努力が報われたとはちょっと言い難いビジュアルだったんですが(笑)。

スーパーファミコン時代のスクウェア開発秘話
――北瀬さんは『ロマサガ』を作られた後、『FF』シリーズや『クロノ・トリガー』に参加されていますね。『聖剣伝説2』と『クロノ・トリガー』は、もともと“○鳥プロジェクト”(※7)としてルーツを同じくしていたということは、北瀬さんが『聖剣伝説2』に行く可能性もあったのでしょうか。
※7 当時、「鳥山明先生のキャラクターデザインでゲームを作ろう」という企画が持ち上がる中で、田中氏はスーパーファミコン用CD-ROMシステム向けにアクションRPGを企画。同システムが世に出なかったため、その企画を『聖剣伝説2』として再構築することに。鳥山明氏とのプロジェクトは、後に『クロノ・トリガー』となった。北瀬
いやあ、どうでしょう。タイミング的に、なかったんじゃないでしょうか。
石井
北瀬
そうです。『FFV』、『FFVI』、『クロノ・トリガー』ですね。
田中
『FFVI』が出てから『クロノ・トリガー』なんだ。『クロノ・トリガー』、発売されるまですごい時間かかったな(笑)。
北瀬
『FFVI』の後、一応、スーパーファミコン向けに『FFVII』の企画が一度立ち上がったんですよ。で、少し進めてたんですけど、『クロノ・トリガー』が緊急事態だということで、スーパーファミコン版『FFVII』は中止して、『クロノ・トリガー』チームに行きました。
――『聖剣伝説2』が出たのが1993年8月、『クロノ・トリガー』が出たのが1995年3月ということで、リリース時期にだいぶ差が出たんですね。
田中
もともと○鳥プロジェクトは、スーパーファミコン用のCD-ROMシステム用に立てていた企画だったんですけどね。そのシステムが出なくなってしまったので、じゃあロムカセットで『聖剣伝説2』として作ろう、ということに。
北瀬
もし、CD-ROMを使ったゲームとして作っていたら、どんなゲームにする予定だったんですか? アニメーションを入れたり?
田中
まだまだCGという文化がなかったので、そこまで考えていませんでしたね。ヴィジュアルワークス(※8)が立ち上がる前でしたし。容量の問題も、あんまり意識していなかったと思います。
※8 スクウェアの子会社として1999年に設立。高品質な映像制作を担当。後にスクウェアに合併された。現在はスクウェア・エニックスのイメージ・スタジオディビジョンが、映像制作の役割を担っている。――『クロノ・トリガー』の少し後のお話をうかがいます。石井さんと田中さんは、しばらくバラバラのチームでしたが、『FFXI』で再びいっしょに取り組まれていますね。北瀬さんは、そのころは『FFX』でしょうか。
田中
そのころ、3作同時に発表しましたよね。
石井
“スクウェア ミレニアム”(※9)ね。懐かしい。
※9 2000年1月29日に行われた発表会。『FFIX』、『FFX』、『FFXI』が同時に発表され、話題を呼んだ。
週刊ファミ通2000年2月18日号より。「スクリーンで『FF』シリーズ3作品が発表されると、会場は驚きで騒然となったのだ」と記されている。
田中
当時の宮本オーナー(※10)が、「スクウェアっていうのはフェラーリや」って言ってて。
※10 宮本雅史氏。スクウェアの初代社長。北瀬
そんなこと言ってたんですか(笑)。
田中
『FF』ってのは、フェラーリみたいに、すべてのタイトルの総称であって。その中でいろいろなモデルが出てくる。だから『FF』も1ラインじゃなくて並行で出すんだ、って。
――だから『FFIX』、『FFX』、『FFXI』が同時発表になったのですね。そういえば……けっきょく、北瀬さんと田中さんは、同じチームになることがなかったのでしょうか。
北瀬
言われてみると、そうですね。
田中
そうだね。不思議な感じだね。
石井
北ちゃんはね、演出とかイベントのセンスがよかったので、坂口さんが『FFV』チームに入れたんだよね。ちょうど『FF』が演出を強化していってたから。
北瀬
それこそ、『聖剣伝説』を作っていたころに、隣では『FFIV』を作っていたので。キャラクターが頷いたり、細かく動いたりするのを横目で見て、「なるほど、『FF』はこっちのほうに行くんだな」と思ってましたね。
石井
北ちゃんは、イベントの間の取りかたが上手なんだよね。時ちゃん(※11)が作ると、演劇みたいな感じになるんだけど。
※11 時田貴司氏。『FFIV』や『ライブ・ア・ライブ』などを手掛ける。北瀬
時田さんはご自身でも、リアルな舞台をやっていますからね。
――確かに、とくに『ライブ・ア・ライブ』は、イベントシーンに演劇の雰囲気があるように思います。北瀬さんが演出が得意というのは、やはり大学で映像を学んだり、アニメ業界にいたりした経験があるからでしょうか。
北瀬
アニメのルーツがそこまで影響しているかはわかりませんが……やっぱり『聖剣伝説』でいろいろ学んで、ゲームの文法、間の取りかたを学んだのが大きいかもしれません。本当に、『聖剣伝説』の開発では恵まれたというか、いろいろと任せてもらえて、試行錯誤しながら経験を積むことができました。
石井
当時、本当に北ちゃんのことをアテにしていましたからね。期待以上に力を発揮してくれたので。北ちゃんがいなかったらヤバかったなと思います。
北瀬
でもやっぱり、石井さんが0から1を生み出していたから、進めることができたんです。0から1を生むところは、時間もかかるし、発想や思いつきが必要なので。僕は、1をその後どう100に広げていくかというところを担当しましたが、0から1を石井さんがすでにやっていてくれたので、作りきれたと思います。

つぎの世代のクリエイターは、0から1を生む力が必要
――1990年代は、ひとりのスタッフがシナリオを書き、マップを描き、データを実装し……と、複数の役割を担っていたと思います。いまは分業が進み、ひとりのスタッフがゲームの全貌を把握するのが難しくなっていると思いますが、そんな中で、現代のクリエイターはどのように研鑽を積んでいくべきだと思いますか?
田中
それはこの1年で、絶対に変わりますね。いかにAIを使いこなすかで変わってくると思います。
北瀬
これまで、さまざまな技術がゲーム開発を支えてきたように、AIがゲーム開発をサポートする場面は増えていくと思いますが、それをどのように活用していくかは慎重に検討しなくてはいけませんね。
田中
著作権の問題が絡んできますので、グラフィック面での活用はとくに慎重にならなければいけませんが、プログラムに関しては、状況はもうすでに大きく変わっています。インディーゲームのクリエイターがそれを使いこなしているので、さらにインディーゲームが出てくるようになると思います。大手のゲームメーカーは、その波に飲み込まれないように、作りかたを考えないといけない。
北瀬
そうですね。昔は、インディーゲーム開発者が少人数でゲームを作りたいとなった場合、まずエンジンを作る必要がありましたが、いまはUnrealやUnityのようなエンジンがあるので、ゲーム開発のベースができているんです。そこに新たなツールなどの技術のサポートが加わることで、経験が浅い人でもゲームが作りやすくなって“ゲームを作って、完成させる”経験がしやすくなるのは、大きな変化だと思います。
田中
製品化はさておき、アイデアを形にするだけだったら、AIを活用することですぐにできるようになりましたから。アイデアをどう具体化していくか、という試行錯誤の作業がめっちゃ速くなりましたね。
北瀬
ただ、先ほどもお話ししましたが、0から1を生むところは、人間がいないといけないんです。そこは絶対に変わらないので、つぎの世代のクリエイターは、0から1を生む力が絶対必要です。
田中
よりいっそう、アイデア勝負になっていくので、そこがいちばん大事ですね。
北瀬
その後の、1を100にするところの工程で、従来の人間の作業に加えてAIやエンジンのサポートを得て効率化できれば、人間は0から1を生む工程により集中できるんだろうなと思います。
石井
製品にAIを活用する際は、慎重に検討しなければいけませんが、自分としてはワクワクしているところもありますね。ゲームのプロトタイプを短期間で作れれば、「じゃあ、もっとこうしていこう」と、検証して磨いていくところに時間をかけられるし。ただ、最初と最後は、やはり人間がやらないとダメだろうな、と思っています。AIだけで完結させると、キレイだけど、やっぱり人の温もりがないような感じになるのかなと。
北瀬
2年前、長男が結婚しまして、父親として式の最後に締めのあいさつの機会があったんですけど……コメントの素案をAIに作らせてみたらどうだろう、と思って試してみましたが、やっぱり味気なくて、自分で考えました(笑)。
――そこはやっぱり、人間の真心が必要なのかなと思います……! それでは最後に、『聖剣伝説』ファンに向けて、ひと言いただけますでしょうか。
北瀬
『聖剣伝説』は、僕にとってゲーム人生の起点となるタイトルですので、とても大事に思っています。スクウェア・エニックスとしても、しっかりと大切にしたいIPです。IPを続けていくためには、やっぱり皆さんの熱い応援が必要ですので、これからも『聖剣伝説』を応援していただければと思います。
田中
『聖剣伝説』シリーズは2作目と3作目としか関わっていませんが、自分的には、いちばん脂が乗っていた時期に作ったタイトルです。全部出し切った、という気がしています。それで燃えカスとなってしまって、いまは皆さんを見守る役に回っているんですけど(笑)。自分の作りたいものを全部出し切った珠玉の一品と思っているので、大事にしていただけたらと。
石井
『聖剣伝説』を通して、ユーザーさんからの愛を感じることがたくさんありました。皆さんから感謝を伝えていただいていますが、逆に自分が感謝しているというか。そういう作品を作れたこと、ユーザーさんから愛を受け取れたということが財産だなと、『聖剣伝説』のことを考えるたびに実感しています。これからも『聖剣伝説』をよろしくお願いします。
