2026年5月22日から5月24日にかけて京都・みやこめっせで開催される“BitSummit PUNCH”。本イベントで出展されているPARCO GAMESブースにて異色のアドベンチャーゲーム『DEPERSON』を試遊してきたので、その感想をお届けする。

同じくPARCO GAMESブースで出展されていた『Finding Polka』のレビューも掲載しているので、こちらもチェックしてみてほしい。
歪んだ人々と接する中で浮かび上がる“自分”
筆者は作家性が感じられるゲームが好きだ。「俺(私)の世界を見てくれ!」というクリエイターの声が聞こえてくるようなゲームが好きだ。その点、本作はまだ序盤を遊んだだけだが、大好きなゲームになる予感がしている。
主人公はアーロンという青年。本作の物語は、彼がほとんどの記憶をなくした状態で病院と思しき謎の施設で目覚めたところから始まる。

最初は自分の名前すらわからない状態。椅子に座ると爪を噛む様子や、猫背な立ち姿からは繊細そうな印象を受ける。

そんな彼が唯一思い出したのは、目覚めたときベッドの傍らにいた女性・ベル。
自分の名前は? 入院している理由は? なぜ記憶をなくしている? いくつもの謎を抱えながら同じ施設で治療(?)を受けている人々と交流し、自分が何者なのかを探っていく。
ただ、施設にいる人々は皆、どこか歪んでいる。同性愛者だった妻に逃げられ人生を終わらせることを望むDV退役軍人、火事で全身に重度の火傷を負いながらも「自分は美しい」と主張する青年、動かなくなった異形の赤子を鬼気迫る様子で守る母親……。
試遊した範囲ではわからなかったが、そんな彼らと同じ施設に入っているアーロンもまた、歪んでいるのだろう。

重度の火傷を負ったダイゴというキャラクター。「炎がすべてを奪った後に残ったものこそ美しい」という独自の美学を持っており、包帯でグルグル巻きの自分も美しいはずだと語る。
しかし彼らと接する中で、歪みはあくまで表面上のもので、それは彼らの本質ではないと感じるようになる。
たとえば、上で紹介したダイゴは自分は美しいと語りながらも、自分の置かれた惨状を理解しているようなそぶりも見せる。まるで自分自身を納得させるように美しさへの見解を語り、「僕はいまでも美しいかな?」と、アーロンに問いかけてくる。
外面だけ見れば歪んだ異常者たちだが、そうなった理由は十分に理解できるものだ。歪むしかなかった彼らに寄り添い、悩みを解決したり願いを叶えたりすることで、アーロンは“忘却の残響”を獲得し、自身の過去と思われる映像を思い出していく。

画面左の青白い魂のようなものが“忘却の残響”。
ちなみに、上記のダイゴはもとから放火癖があったようで、火傷の原因も自分が偶発的に起こした火事。ちゃんとしたヤバいヤツなのだが、それでも、なんだか親しみが湧いてしまうのはなぜだろう。
人間、生きていれば誰しも歪んだ部分を持っているものだ。筆者自身、大いに歪んでいると自認している。だからこそ、本作のキャラクターは我々プレイヤーに刺さる。第一印象は激ヤバでも、その心境を推し量ることでほとんどのキャラクターが愛すべき隣人に変わっていく。
なお、本作はステージ内でアーロンが決まった数の“忘却の残響”を集めるとつぎのステージに移る形式。一部例外となる重要人物はいるようだが、基本的に各キャラクターとは一期一会だ。
その中で、プレイヤーはさまざまな選択を下すことになる。「僕はいまでも美しいかな?」というダイゴの問いかけにどう答えるか、自死を望む退役軍人に銃を渡すかどうか……。下した決断によって物語の展開は大きく変わっていく。

試遊した範囲では体験できなかったが、5人のキャラクターを切り換えながら操作することになるという。

なかにはショッキングな展開もあるので、万人にオススメできるわけではないが、プレイする人によっては心の奥深くに突き刺さる、強烈な作家性を放つ作品だ。現在Steamでチャプター1をプレイできるデモ版が配信されているので、ぜひ本作の歪んだ世界を歩き回ってみてほしい。