『学マス』ひとつのライブを制作するのに半年以上。アイドルたちの“らしさ”から振り付けを考え、汗の表現は5種類を使い分け。UnityのTimelineで実現する妥協なき精神【CEDEC2024】

by村田征二郎

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『学マス』ひとつのライブを制作するのに半年以上。アイドルたちの“らしさ”から振り付けを考え、汗の表現は5種類を使い分け。UnityのTimelineで実現する妥協なき精神【CEDEC2024】
 2024年8月21日から23日にかけて開催されている、日本最大のゲーム開発者向け技術交流会“CEDEC 2024”。本記事では、21日に行われた“UnityのTimelineを活用したライブ制作のこだわり~「学園アイドルマスター」制作事例~”の内容をまとめてお届けする。

 本セッションで登壇したのは、株式会社QualiArtsの小沼千紘氏と今井駿汰氏。セッション前半では小沼氏より『学園アイドルマスター』(以下、
『学マス』)におけるライブの演出や振付がどのように考えられているのかを解説。後半では今井氏よりツール上でどのようにライブシーンが作られているのかが語られた。
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ライブ演出の土台にあるのはアイドルたちのパーソナリティ

 まずは小沼氏より、ライブ演出全体について“演出の土壌構築”、“技術的手法について”、“画のコントロール”の3点が解説された。ここでは演出構築の観点から見たライブの考えかたやこだわり、重点を置いたプロセスなどが紹介されている。

 『学マス』におけるライブのコンセプトは、プロデューサーとアイドル、1対1の関係性だからこそ得られる、“ソロライブ”ならではの魅せかた、表現を確立することだった。ソロならでは、『学マス』ならではの勝負の仕方を考えるうえで、アイドルの努力と成長のプロセスをダイレクトに感じられるリアルなライブ体験が重視されたという。

 出会った時点ではそれぞれの課題や問題を抱えたアイドルたちが、プロデュースを通して精神的にも成長してパフォーマンス力を身に付け、その成果がソロライブでリアルに体験できる。これが
『学マス』の目指したライブ体験の理想的なフローだ。
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 ライブ演出については、楽曲を受け取ってから分析と思考を重ね、そのうえで振付や構成、照明演出などを決めていき、それと並行してモーションキャプチャーなどのデータ制作も進めていく。
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オレンジ色になっている要素が本講演で触れられる部分。
 『学マス』では楽曲を受け取った際、必ずその曲を歌うアイドル自身の理解と解釈を深める段階が踏まれるとのこと。そのアイドルにはどんなバックボーンがあり、どんな個性を持っているのか、アイドルとしてどのような成長を描くのか、といった要素を深掘りするのは当たり前にも聞こえるが、このプロセスを経るのとそうでないのとでは、演出から読み取れるメッセージ性やその説得力が違ってくるという。
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セッション内で紹介された実例。キャラクター性とも言えるパーソナルの要素と、内面の思考パターンなどに関わるメンタル面からアプローチがされている。
 分析と思考を経て、そこで得られた解釈をもとに、“そのアイドルらしさ”に重点を置いた振付を作るべく、動きの言語化が行われていく。小沼氏はライブパフォーマンスが「さまざまなかたちでメッセージ性を打ち出せる総合エンタメ」であるとしたうえで、『学マス』は各アイドルのストーリーを重視してイメージを固めるのも特徴だと語る。

 通常、振付を考える際は楽曲が中心になることが多いが、
『学マス』ではよりパーソナルな要素を動きとして取り入れたうえでベースとなる振付を構築。そこにカメラやファンへのサービスも盛り込んだうえでモーションキャプチャーを進める。
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 上記のスライドでは文字が小さく読みにくいが、振付のテーマを説明する文章のなかで「重要な設定として、短期間ではあれど主人公と莉波は幼いころ一緒に遊んだ記憶がある幼馴染関係にあります」、「莉波でいうところの“好き”の感情は、木陰からひっそり眺めているだけで私は幸せです。といった奥ゆかしいものではなく、感情だけで言えばストレートなものだととらえていただきたいです」など、楽曲イメージ以外の記載も見られる。

 振付そのものに加え、表情や視線といった顔まわりの表現もキャラクター性を伝える重要な手段として、各アイドルの特徴的な要素を言語化するプロセスがあるという。こういった言語化により、チーム内でキャラクター性の認識がブレないようにしていくことが重要であると小沼氏は語る。

 表情については、自然体の状態とアイドルとしてステージに立った際の表情とで変化がある場合、それも個々のパーソナリティを踏まえてライブに落とし込むことで、より説得力のある魅せかたができるという。単純に曲や振付に合わせた表情ではなく、その子はどんなパフォーマンスをするのか、といった部分を深く考えているからこそひとりひとりの個性が光るのだろう。
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 振付、表情に続いて必ず演出に盛り込まれるのが、カメラへのアピールだ。カメラアピールを作るうえで、画作りの観点からカメラの正面に目線を向けたくなるのは“あるある”であり、そのほうが顔もしっかり見えるとはしつつも、『学マス』ではそういった考えかたはしていないという。

 ライブ中のアイドルたちは、あくまで会場の観客に向けて全力でパフォーマンスをしている、という前提があるため、画的なかわいさだけを追い求めてしまうとご都合的な流れになってしまい、ライブのリアルさが損なわれてしまう。
『学マス』では観客に向けた目線を多く取り入れ、そのうえでアイドルがカメラの存在に気付いてからアピールをする、という流れを1カットに収めている。
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 実際のライブでも、カメラマンはベストなアングルを探ってつねに動いており、アイドルは必ずしもその位置を把握しているわけではない。そのため、気付きのプロセス抜きでカメラの位置を知っているような動きをすると計画的な演出に見えてしまい、リアルさが削がれてしまうのだという。

 また、カメラアピールの前後のカットではアピールを受けるカメラが見えるカットを入れ、カメラとアイドルとの位置関係が視覚的に把握できるようにすることでもリアルライブ“っぽさ”が演出されている。リアルのライブでは広い視野でライブを見るが、ゲーム内では決められたカットしか見えないため、その限られた画面でも変化をリアルタイムに追えるような工夫が凝らされているとのことだ。
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 アイドル自身の動きを設計したうえで、楽曲に合わせた演出テーマなどをまとめた照明指示などの資料が制作される。ライブでは原曲にないオーディエンスからの声、ライブ固有のセリフ演出なども含めて演出の設計が行われており、そういったライブならではの要素でその場限りのライブ感を強めているという。
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 総じて、演出の土壌構築においては“動作で語って表情で伝える”ことを重視している、と小沼氏は語る。まずはアイドル個人の分析を行って解像度を上げ、それを言語化することでチーム内での理解のブレを防ぎ、そのうえでリアルタイムライブならではの演出を意図的に、計画的に盛り込むことが肝だという。
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汗や瞳の表現だけでなく、観客の描きかたもライブのリアルさを支える

 続いて紹介されたのは、ライブ感をより強くするための“技術的手法”。まず紹介されたのは、汗の描きかた。『学マス』では時間経過によって変化する発汗表現が行われており、ダンスの得意不得意や楽曲の難易度などにより、ライブ中に汗が出始めるタイミングも変化するようになっている。

 また、汗をかいた状態で身体を大きく揺さぶるような動きがあると、パーティクルエフェクトによって飛び散る汗が描写される。これもライブ中の時間経過を画的に表現しつつ、臨場感を増すための演出だという。リアルなサイズだと視認性が弱いため、飛び散る汗はあえて大きめの粒として表現しているとのことだ。ほかにもレイアウトによって頬やアゴを伝う汗など、5種類以上の表現が使い分けられている。
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発汗表現についてはアイドル間で流用するための仕組みも実現されているそうだ。
 顔まわりの表現としては、瞳のうるうる感やきらんと光るアニメーション表現も行っており、こちらはライブのラストシーンや、より強いフレーズを歌う際に、印象を強めるための演出として行っているという。こちらの詳細については別のセッションで解説するとのこと。
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 そのほか、アイドルをモニターに映すためのカメラを用意することで、より豊かなモニター表現が可能になっている。客席の演出についても無線制御のコンサートライトを再現することで、よりライブ感が高められている。これらについてはセッションの後半でも触れられている。

 観客のモデルについても複数のパターンを用意しており、観客が目立つシーンではポリゴン数が高いモデルを使うなど、演出や会場規模に合わせて使い分けがされているそうだ。また、カメラ手前に映る観客はローポリモデルを使用し、自然となじむ画作りを行っている。
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 モデルだけでなく、ファン層の違いを表現するためにコンサートライトの形状や歓声の男女比などもアイドルごとに設定しており、アイドルだけでなくライブ会場全体にくまなくこだわりが詰め込まれている。
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 ライブ中に舞い上がる紙吹雪などの特殊効果についても、打ち出されてから舞い降る様子、そして床に落ちている状態と変化を描くことで、よりリアルなライブ体験が生み出されているという。アイドルがカメラに向かって水鉄砲を撃った際のゆがみエフェクトなども取り入れ、あらゆる面でライブが楽しめるようになっている。
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多彩なライト表現や光の遮蔽表現なども豊かになり、ライブシーンはよりリッチに作り上げられている。
 リアルなライブ体験を生み出すうえでは、どこまでをリアルに表現し、どこまでをデフォルメで描くかのメリハリが重要だという。『学マス』では生ライブならではのパフォーマンスや時間経過による変化、そして会場の一体感が味わえる観客表現などにこだわったことで、いまのライブシーンを作り上げることができている。
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シーンの主役を決めて視線を誘導する、画のコントロール

 続いては、“画のコントロール”。ユーザーの視線を誘導するためのテクニックが紹介された。小沼氏は、人間の目線は情報の変化が大きいところに向きやすいとし、画面の中の主役を決めて演出をコントロールすることが重要だと語る。

 『学マス』では各アイドルの個性に合わせてカメラの構成演出を変えており、カメラワークそのものでもキャラクター性を感じられるようにしているという。
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 光と影を使った強調というテーマでは、よい例と悪い例を出しつつ、視線誘導の重要性が説かれた。モノクロで強調されたスライドを見るとよくわかるが、悪い例では背景とアイドルの明暗が同程度になっており、情報が分散しているため視線が定まりづらい。一方でよい例を見ると背後からの強い光を受ける逆光のかたちでコントラストがはっきりしており、自然とアイドルに目線が向くようになっている。
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 視線誘導のテクニックはコントラストによるものだけでなく、被写界深度を使ったものもある。振付に合わせて顔から手にフォーカスを移す、一瞬ピンボケの状態を挟んで顔のアップに移るなど、ピント調整を行った表現でも自然と注目すべきポイントに目が向くようになっているとのことだ。
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 画のコントロールについては、画の中の情報を精査し、コントロールすることでつねに演出の“主役”が立つ画作りを心掛けることが大事だという。視線をうまく誘導することでユーザー側の認識のブレがなくなり、より印象が強いシーンに仕上げることができるとのこと。
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 総じて、説得力あるライブ演出を考えるうえでは、分析と思考によるアイドル理解の深掘り、それを言語化して共有すること、そして「この画、ライブで見たことがある!」という感覚を呼び起こすために、ライブ“っぽい”を画として具現化することが重要だという。
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UnityのTimelineを使ったステージの演出技術

 ここからは、今井氏による技術的な解説だ。まずは、『学マス』のライブはUnityのTimelineを使って制作されているということが明かされた。こちらはEdit Mode(ゲームを起動していない状態)で制作を行えること、高速でシークしながら作れるため確認が早くできること、そしてプレビューと実機上の見た目が一致するというのが大きな利点だという。
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 ライブシーンに必要なカメラ制御には、カメラの切り換えとカメラのアニメーションが存在する。カットの切り換えについては、各カットに必要なバーチャルカメラをシーン内に配置していき、トラック上でどのカメラをアクティブにするかを指定することで切り換えを行っているという。アニメーションについてはUnityに標準搭載されているアニメーショントラックを利用することで実現しているそうだ。
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 演出部分でも取り上げられていた被写界深度の表現は、ポストプロセス(画面を表示する前にフィルターやエフェクトをかける処理)を使用して実現しているとのこと。こちらはピントを合わせる距離の設定が必要なのだが、そのままではオートフォーカス機能がないため、カメラが動くとピントがズレてしまう。カメラを動かすたびにピントを調整するとなるとひと苦労だが、そこを自動化することで作業を効率化している。
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 カメラ制御に関してはCinemachineを使っており、これを使うことでアイドルがカメラに向けて水鉄砲を撃った際のゆがみエフェクトなども実現できるようになったとのこと。この表現はカメラの手前に、カメラに追従するオブジェクトを配置することで実現できているという。追従表現はそのままだと負荷が大きく、端末スペックによってブレが生じる可能性もあったが、Cinemachineの更新イベントにフックすることで、ブレなしで表現できるようになったそうだ。
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 カメラの配置位置やアニメーションなどはカットごとに制作する必要があり、100カットあればそのぶんだけ設定が必要になるため、こちらも手作業で行うとかなりの作業量が発生してしまう。しかしここについてもカメラトラックの自動生成ツールを作ることで大幅なコストカットを行っている。
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 ライト制御については、多数のライトを使った表現を実現するために、Deferred Renderingを採用しているとのこと。一度にアクティブにできるライトは32個までだが、シーン内には100以上のライトが存在するという。
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 リッチなライト表現ができるようになったが、各ライトのキーフレームを設定するのはたいへんということで、ライトの配置やアニメーションの設定についても効率化が行われている。ライトアンカーを使用することでライトの配置が直感的に行いやすくなり、さらにラインアンカートラックを作成して、ふたつのライトの状態を補完するかたちでアニメーションを作成。手軽に設定が行えるようになったとのこと。

 ステージの上を移動するアイドルに追従するライティングが手軽に作れるようになったほか、アイドルが動いてもつねに一定方向から光を当て、色味などを保持することが容易になったという。
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ステージに投射されるライトの演出についてはLight Cookieが使用され、使い慣れたUIで手軽にライトの大きさなどを設定できたとのこと。
 『学マス』のライブシーンではほぼ全フレームでポストプロセス制御を行っているが、標準の機能ではVolume(効果の強さ)のアニメーションができないため、独自にアニメーション用のトラックを追加して対応したという。これによって露光演出の動的な変更が実現できたそうだ。なお、アニメーションの仕組みについてはソースコードを公開して解説が行われているとのことなので、気になる人はチェックしてみよう。
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 ライブシーンで適用されているポストプロセス制御は、会場の空気感を演出するフォグや画面外から差し込む光の表現であるパラフィン、前述したピント表現に用いるDoF、素早く動かした部位のブレを表すオブジェクトモーションブラー、アイドルに当たるライティングを制御するアクターパラメーターなどがあるという。

 オン、オフの比較で見ると各種制御の効果はまさに一目瞭然。これらの制御を組み合わせることで、
『学マス』のハイクオリティなライブシーンが作られているとのことだ。
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 ステージ機材の制御についての内部的な話は割愛されたが、光の種類や回転の方向、回転するタイミングのバラつきやBPMに合わせた点滅表現などの機能が存在。これらを組み合わせることで照明演出を行っている。照明だけでも制御の種類が多く複雑に見えるが、ここについてはパラメータを可視化することで直感的な設定ができるようになっているとのことだ。
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 ステージ機材の制御に設定するトラックのひとつにBPM表示トラックというものがあり、こちらはBPM設定に応じてインジケーターが変化するため、エフェクトの音合わせなども手軽に行えるそうだ。
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 ステージに照射するライトなどの発光物制御については、UV(2Dテクスチャを3Dモデルに貼り付ける際に使う座標)上で操作したものが直接反映されるようになっているため、こちらも設定はスムーズに行えるという。ライトの照射に限らず、モニター上に映し出される動画やアイドルをとらえたカメラ映像なども同様に設定ができるため、さまざまなステージ演出が実現しやすくなっているそうだ。
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負荷を徹底的に可視化して制作をより効率的に

 ライブシーンではエフェクトを置こうと思えば際限なく置けてしまうため、負荷対策を考えることも重要だという。ライトの負荷については、負荷の大小によって色が変化するツールを使用し、制作中にも視覚的に確認が行えるようになっている。
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 エフェクトのパーティクル数についても、制作時にはパーティクルが10万を超えることも。さすがに重くなってしまうため、パーティクルやエミッターの数をリアルタイムに表示するツールが導入されたそうだ。各値に基準を設け、それを超えないように制作を進めることで安定して動作するシーンが作れるという。
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 同じピクセルに複数の描画が重なることをオーバードローと言う。これも負荷の原因となるのだが、『学マス』ではこちらも可視化することで負荷を把握しやすくしているそうだ。こちらについても基準を設けることで、シーンが重くなってしまうことを避けているという。
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 Timelineを活用したライブシステムについてひと通り解説を終えた今井氏は、Timelineのおかげで作業効率が上昇し、Unityの仕組みと組み合わせることでカメラやライト、ステージ機材に各種発光物を駆使した演出も実現できるようになった、と発表内容を締めくくった。

 発表後には1問だけ質疑応答が行われ「1ライブごとの制作にはどの程度時間がかかるのか」という問いに対し、小沼氏は細かい部分については答えられないとしつつ、「楽曲をもらってから全体がフィックスするまでには半年以上はかかっていると思う」と回答していた。なお、
『学マス』のモデルや構造などについては別セッションで解説されるとのことなので、気になる人はそちらもチェックしてみよう。
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集計期間: 2025年01月15日17時〜2025年01月15日18時