2020年夏のホラーイベントはガチで怖くなりすぎて抑えに回った
――2020年8月から現在までで、特に印象に残っていることがありましたら教えてください。
武内自分としてはアルトリア・キャスターの実装によって、ゲームの環境がずいぶんと変わったことが、かなり印象的でした。
――あれは意図した変化だったのですか?
奈須はい。一度ここでArtsパーティーを底上げして、一部のコアなTYPE-MOONファンにしかわからない“対粛正防御”(※9)という言葉を出しつつ、選択肢を増やすのが目的でした。アルトリア・キャスターとスカサハ=スカディがもう少ししのぎを削るのかなと思ったら、思いのほかアルトリア・キャスター一色になってしまったのは、ちょっと失敗でした。
――アルトリア・キャスターの登場後、ところどころでQuickの全体宝具を持つサーヴァントが実装されたのは、環境の調整という意味もあったのでしょうか?
奈須サーヴァントの実装スケジュールはだいぶ以前から決まっていましたし、サーヴァントの宝具はあくまで、キャラクターのイメージによるものです。例えばモルガンの宝具をArtsにしたら、それは絶対にみんなに愛されるでしょうけど、モルガンはやっぱりBusterなので。よほどのことがない限り、サーヴァント設定から調整されます。なので、環境の調整などではないです。
――モルガンといえば、イラストがアルトリア・キャスターと対の形になっていますね。
武内じつはそんなに狙っていたわけではありませんでした。もともとモルガンとしてやりたいと思っていたデザインラインがあって、それが結果的に、アルトリア・キャスターと対になるような感じになったんです。ただ、物語的にもそこに意味合いを作ってくれていたので、個人的にはありがたかったですね。
――それでは、奈須さんから「対にしてほしい」という要望があったわけではないんですね。
武内ないです(笑)。
奈須絵あがりに関しては武内にお任せでしたが、セリフ(宝具ボイス)などはアルトリア・キャスターとモルガンは対にしました。同じ韻でまったく違うことを言っていたりする。そのあたりでユーザーさんに、根底で大きなつながりがあるんだろうな、というのを感じてほしかったのですが、まさか絵でも対になっているとは。
武内具体的にはモルガンの絵が先にあって、そのあとにアルトリア・キャスターの第二段階を描いたんです。次に、物語に必要だということで第一段階を用意して。第三段階は王様にしたいという自分からの想いがあって、いくつかの構成を出した中で決まったのが、あのイラストでした。
――奈須さんの印象に残っていることは?
奈須昨夏の“サーヴァント・サマーキャンプ!”がおもしろかった。テーマが“ホラー”に決まったとき、それなら古今東西のホラー映画をオマージュして、ホラーを知らない若い世代に向けたカタログのようなものになればいいな、と考えました。ライターチームにひとり、B級ホラーが大好きなヤツもいるしな! と(笑)。
武内でも、本気で怖がっていた人もいたよね。
奈須最初のビデオテープで、ディライトワークスさんが本気を出しすぎて(笑)。あれでも最初のムービーからは、少しマイルドになっているんですよ。当初はもっと怖かったんです。
武内アニメCMも、最初のコンテはガチのホラーだったんです。ホラーとしてデキがよすぎて、お蔵入りとなってしまいました。
――クリエイティブに携わる人にはホラーはテンションの上がるテーマなんでしょうね。
奈須観る側は怖いと思いますが、作るぶんには楽しいんですよ。当たり前ですが、制作側の人間はネタを知っいてるから、怖くないんです。
――このイベントでは、エミヤとイリヤスフィールのやり取りも楽しめました。
奈須武内くんに「エミヤの霊衣は大学生の頼れるお兄さんにして」とお願いしました。でも、最初にあがってきたセリフ回しがいつものエミヤだったので、「今回は大学生のお兄さんなので……」と一通り、奈須の方でリライトさせてもらいました。言われてみれば「大学生のエミヤ」とか、自分しか分からない。
武内このイベントでは虞美人もよかったですし、徐福ちゃんもかなり話題になりました。
奈須徐福ちゃんはダークホースでしたね。最初は立ち絵もありませんでしたが、それくらいは作ろうとTAKOLEGSさん(※10)にお願いしたら、想像以上のクオリティーになりました。
武内TAKOLEGSさんの絵は“水辺を彩る江戸祭”での北斎のイラストがものすごく好きで、お願いできてよかったと思っています。
――ちなみに、このシナリオの制作にあたって、ホラー映画を観たりしたのでしょうか?
奈須改めて観る必要はなかったというか、ライターチーム的には必修科目だったというか。
――そんなおふたりが、いちばん好きなホラー映画を挙げていただけませんか?
奈須昔、『リング』(※11)と『CUBE』(※12)を観るまでは、じつはホラー映画は苦手だったんです。20年くらい前に武内くんが『CUBE』を借りてきて、「おもしろいらしいから観ようよ」と誘ってきて……。最初は拒否していたのですが、観始めたら5分でハマってしまいました(笑)。それからは、ホラーをよく観るようになったんです。
武内いちばんと言われると難しいのですが、『28日後...』(※13)がすごく好きでした。ゾンビものもホラーに含めていいですよね?
奈須自分はゾンビものはホラーだと思っていないんですけどね。さまざまな要素が全部入っ
てるエンタメですから。愛、友情、裏切り、ぐだぐだ、爆発……。
――後半もホラーなんですね(笑)。最近も、武内さんのオススメで映画を観ているのですか?
武内むしろ最近は、奈須から紹介してもらうことのほうが多いですね。
奈須ホラーとは話が少しズレるのですが、第2部 第6章を作るときに影響を受けたのが、『高慢と偏見とゾンビ』(※14)という映画なんです。ゾンビによってイギリスが滅んでいるという内容で、滅びている雰囲気が絵的にもたいへん素晴らしくて。あと、貴族のたしなみが護身術を習うことなんですけど、日本の護身術を習っているのがいちばん格調高いとか、よくわかんない設定でおもしろいです(笑)。
――まさか『高慢と偏見とゾンビ』が第2部 第6章に影響を与えていたとは。
奈須ちょっとだけね(笑)。
――奈須さんはいつ休んでいるのかわからないほど、マンガを読んだりゲームをプレイされたりしていますよね。
奈須ゲームに関してはいまのクオリティーがわからなくなると困るので、楽しむ半分、仕事半分でプレイしています。ゲームをやらなくなったら制作から引いて経営に回ったほうがいい。
『Fate/hollow ataraxia』本編では味わえないカレンのはっちゃけた姿を描きたかった
――5周年記念のアプリ『FGO Waltz』(※15)にも触れたいと思います。この作品のミス・クレーンと、『FGO』のコラボイベントの彼女は、イメージが少しだけ異なるのですが……。
奈須同一人物ですって! 1ミリもズレてないでしょ(笑)。たとえば、メールのやり取りがていねいで常識的に感じる人でも、直接会ったらオモシロ人間だったなんてこと、山ほどあるじゃないですか。……いやまあ、実際のところはシナリオ担当の田中天さんに「自分の好きなキャラクターで作っていいですよ」とお伝えしたら、こちらの要望をすべて盛り込んだうえで、変顔とか遊び心も入れてくれた。自分はとくにミス・クレーンの、ダメなオタクモードのときの会話がすごく好きです。あの言語センス、マネできねぇーー!
――『FGO Waltz』コラボでは、バトルで中央に配置されたサーヴァントに“センター効果”が付与される、という新システムも登場しました。
奈須あれも楽しかったですね。専用の歌が流れるという。川澄綾子さんが『私の銀河』をレコーディングしてくれたんですけど、それがすごく良くて。本当はイベント開始時から、えっちゃん(謎のアイドルX〔オルタ〕)がセンターに立ったらあの歌を流したかったんだけど、あれはシナリオの最後に流れる曲だから、ネタバレになっちゃうんです。なのでもったいないけど、これは最後までとっておこうと。シナリオの最後までいけば、えっちゃんの専用曲になるのでいいんですけど。
武内もともとは、バトルモーションで軽く鼻歌を歌わせたい、みたいなところから始まった企画でした。そこから「歌を作りましょう」と、どんどん広がっていった感じですね。作曲の毛蟹くん(※16)が「イベントすべてを背負うくらいのつもりで曲を作った」と言っていて。毛蟹くんにはリメイク版『月姫』でもオープニング曲を提供してもらっていますが、TYPE-MOONのことを本当によく理解してくれているんです。
奈須毛蟹さんは同人版の『月姫』からの理解者なので。だから、ちょっとした注文ですごいものが返ってくるんです。毎回すばらしいファンレターをもらっているようなものですから、こちらも本当に力がもらえるんですよね。
――イベントの最後で謎のアイドルX〔オルタ〕が新しい霊衣をもらっていましたが、ゲーム実装されなかった理由は?
武内あの霊衣は、もともと実装しない予定でした。
奈須あがってきたイラストがよすぎて、「こんなものを見せられたら、みんな欲しいと言うに決まっているじゃん!」と武内くんが言い始めて「その通りだ」と。でもいまから入れるのは難しいから、「これはイベントだけのもの」とユーザーの皆さんに察してもらうしかありませんでした。
――てっきり実装されるものだと思い込んでイベントをクリアーしました(笑)。
奈須そう思わせてしまったのは、われわれの落ち度です。
武内ほかのサーヴァントの霊衣がすごく多かったため、そこまでの配慮をする力が残っていませんでした。
――次は“超古代新選組列伝 ぐだぐだ邪馬台国2020”について。レイドはすごくドラマティックな結末を迎えましたね。
奈須あれはスゴかったねぇ。結果を反映するのが遅くて、「倒せていないじゃないか」というご指摘もありました。でも本当に最後の最後でギリギリ間に合って、超メイクドラマだったんですよ。「これはいけるのか? ……いけたー!」みたいな。
――もし負けていたら、どうなっていたのですか?
奈須負けた場合も作ってありましたが、その後の流れは大きく変化しませんでした。負けシナリオの場合、「●●たちがギリギリで防いでくれました」ぐらいの内容です。
それにしても「邪馬台国を新選組でやる」と言われた時は、経験値さんスゴいと思いました。「なんでこの組み合わせなの?」と聞いたら、「邪馬台国が好きなんで」と言われて、「ならいいよ」と(笑)。
――卑弥呼のキャラもすごく良かったですよね。
武内卑弥呼を田村ゆかりさんに演じてもらえたのも、素敵でしたね。
奈須オレですらまだ叶えていない夢を叶えやがって(笑)。
武内TYPE-MOON的には思い入れのある声優さんですから。“ぐだぐだ”のキャスティングは毎回、経験値さんが自分の好みで決めているのですが、独特のこだわりがあっておもしろいですよね。
――経験値さんは、壱与(いよ)のサーヴァント化は考えていないんですか?
奈須言ってる。「壱与を出したい」「はいはい、そうですね」って受け流しています(笑)。
――“虚数大海戦 イマジナリ・スクランブル”も振り返っていただけますか?
奈須amphibianさんの『レイジングループ』(※17)がすごくおもしろくて、ご本人にお会いしたときに「もしスケジュールが合うようなら『FGO』でも1本書いてください」とオファーしたのが始まりでした。その後『FGO』の小説アンソロジーにamphibianさんが参加することになって、そこで小説のプロットとして提出されたうちの1本が“虚数大海戦”だったんです。
――イベントそのものがamphibianさんのアイデアだったということなんですか?
奈須そうなんです。自分としてもネモと新キャラクターのゴッホがツートップになる話をやりたかったので、ネタもちょうどよかったし、何といっても“虚数大海戦”という言葉の響きがすばらしかったので、「これを『FGO』のシナリオとして執筆してほしい」とお願いしました。ただ、amphibianさんとしては初の『FGO』の仕事でフォーマットに慣れていないこともあって、これに関しては自分が監修に入りました。
――つぎは“サン・バレンティーノ!”について。なぜ『Fate/hollow ataraxia』とのコラボではなく、バレンタインのイベントでカレンが登場したのでしょうか?
奈須バレンタインにふさわしいサーヴァントは誰だろうと考えて、今回はローマ神話のアムールというか、日本人が思い浮かべるキューピッドを出そうと思ったからです。とは言え、キューピッドをそのまま出してもおもしろくないので、彼女を出したというわけでした。
武内カレンに関しては、とにかく森井しづきさん(※18)のデザインが絶品すぎました。
――『hollow』の“はいてない”修道服ではなくなっていましたね。
奈須そこは森井さんにすごくこだわりがあったようです。「『hollow』の修道服を描いていいのは武内さんだけだから、そこは線を引きたい」と。「あ、厄介なファンだ、これは説得できない」とうれしくなって、「では学生服と、キューピッドのイメージと、あなたが考えるいちばん強いカレンを描いてください」とお願いしたら、ゴッドカレンのデザインが上がってきたんです。初めは“アムール神”という設定でしたが、この絵を見たらもう“ゴッド”と言わざるを得ないなと(笑)。
武内宝具のデザインが抜群によかったです。森井さんのデザインは、本当に大好きでして。毎回、目にするたびに指先まで痺れるような衝撃を受けています。
奈須自分はこのイベント制作のとき『月姫』リメイクのマスターアップで毎日死んでいたのですが、森井さんのイラストを見た瞬間に「これは自分じゃないとカレンにならない」と時間を作って自分が書くことに決めました。本編ではカレンに幸せな時間などはないのですが、『FGO』といううたかたの夢に参加するのなら、幸せそうにはっちゃけていい。そしてそれはまだ誰も書いていないものだから、自分がやるしかなかったんです。
――小清水亜美さんの演技も素晴らしかったです。
武内「あなたの精神的な飼い主です」って(笑)。
奈須小清水さんにさっき言ったような説明をお伝えしたら、「なるほど。はっちゃけます」と言ってくれて、ああなりました。難しい注文だったのですが、めっちゃ可憐なボイスをいただきました。ありがとうございます。
――まさか、ベイビィカレンまで出てくるとは思いませんでした。
奈須カレンを出すなら、ついでに『カプセルさーばんと』(※19)の宣伝もしておくのです。そこは僕らも大人ですからね(笑)。