ゲームのおもしろさだけでなく、テーマとなった題材が持つ本質にまで迫る、熱量あるレビューをお届けします。
“病み”を日常で見かける時代。だが本当に“病み”はカジュアルでいいのか
昨今、“病み”は属性や個性として扱われることも多くなり、日常的に“病み”に関わるものを目にするようになった。かつて精神的な病を患っていることを口にすることもはばかられた時代と比べれば、世の中は“病み”に対してオープンになり、肯定的になったようにも見える。
それを示すようにデザインやファッション文化においては、“ゆめかわ”に病的なエッセンスを加えて発展した“病みかわ”というジャンルが生まれ、愛され普及している。また“病む”という言葉は、SNS上などでちょっとした不調を表現するのにも気軽に使われるようになった。愛の深さゆえに心を病んでしまう“ヤンデレ”も、いまやキャラクターの属性を表す言葉として一般化している。
ゲームにおいてもそうだ。
心の闇をテーマにしたゲームや、“ヤンデレ”と言われるキャラクターはもはや珍しくない。Steamの“精神的恐怖”のタグを辿ってみても、一見では恐ろしさがわからないゲームも多く並んでいる。『ドキドキ文芸部!』、『OMORI』、『NEEDY GIRL OVERDOSE』、『MiSide』など、近年のヒット作でそういった要素があるゲームはいくつも思いつく。
こうした背景から、“病み”はコンテンツ化しつつあり、気軽に取り扱ってもいいものになったかのように感じることさえある。
だが、本当にそうだろうか? もしかすると私たちは“病み”を都合よく、楽しく使える部分だけすくい取って利用しているのではないか? 本当は真剣に取り扱うべき事柄の、真剣になるべき部分が抜け落ちてしまっているのではないだろうか?
“病み”がカジュアルになった時代に、そう思わせてくれるゲームに出会った。『病みっ子トラブルメーカー』は一見すると“病みかわ”風とも思えるが、そこにある“病み”はかわいくもきれいでもない。描かれているのは、限界まで追い詰められた人間の心を“病み”がギリギリで支える姿だった。
“ピンク色をしたかわいい病み”は表層に過ぎない
![[IMAGE]](https://cimg.kgl-systems.io/camion/files/famitsu/65949/aa017e0caf9119cc47e6729799c0161ba.jpg?x=767)
『病みっ子トラブルメーカー』は2024年11月9日にBoothで無料公開された後、2025年2月13日にSteamでリリースされたフリーゲームだ。開発元は“お湯めの”、パブリッシャーは“半角全角感嘆符”となっている。
まずは以下に、同作品のストアページのあらすじを引用する。
主人公の「ドクター」は、プレイヤーである「あなた」の選択で行動を決める。
精神科医である「ドクター」が、目覚めたのは病院だった。
「ドクター」は患者たちの退院までの5日間、彼女たちをお世話をする必要がある。
しかし、患者たち×3はとびきり甘くてとびきり可愛くてとびきりの「トラブルメーカー」で…?
プレイヤーである「あなた」の選択によって主人公の結末が変わる選択型鬱ゲーム
しかし実際にプレイしてみたところ、受けた印象はまったく違った。この作品は本当にリアルな“病み”と向き合い、作品を通じてそれを強烈に出力している。そしてその“病み”の描写はプレイヤーに痛みを覚えさせるほど強い印象を残すのだ。
![[IMAGE]](https://cimg.kgl-systems.io/camion/files/famitsu/65949/a11f5315d0fdebb3df4e4554339df02f2.jpg?x=767)
ゲーム内容の紹介に移ろう。プレイヤーは“やみや医院”という病院の院長である“ドクター”。ナースの“リリカ”をアシスタントに、3人の入院患者を担当している。
やみや医院はピンクでファンシーな非現実的な姿をした病院。画面の中心にはトラブルメーターと呼ばれるハート形の機械があり、患者たちのトラブルの数をカウントしている。トラブルの数が一定量を超えると機械が暴走し、さらに大きなトラブルを引き起こしてしまうというシステムだ。
だが、入院患者はいずれ劣らぬトラブルメーカー。入院患者は口の悪いギャル“グサグサ病みっ子”のラボナ、タバコとギャンブルを愛する怠惰な“ダラダラ病みっ子”のリーゼ、いつ見ても眠そうで、ドクターをお兄ちゃんと慕う“フワフワ病みっ子”のハルシオンの3人。彼女たちが退院するまでの5日間、トラブルを起こさずにやり過ごさなければならない。
![[IMAGE]](https://cimg.kgl-systems.io/camion/files/famitsu/65949/a9c3c0da200c92b4703ae40246d591184.jpg?x=767)
ゲーム内でやることはシンプルで、その日病院内で見つけたアイテムを患者の女の子に渡して、ご機嫌を取っていく。その日手に入れたアイテムをすべて消費するとその日は終了となる。誤ったアイテムを渡すとトラブル発生につながってしまうが、アイテムの中には3人全員が好きではないアイテムもある。そういったアイテムは渡さずに捨てなければならない。また、女の子たちから質問を受けることもある。受け答えに失敗すると、これもトラブルを引き起こす原因になるので慎重に答えよう。患者のカルテの制作など、ミニゲームも合間に登場する。
失敗によって発生するトラブルはさまざまで、ホラーゲームのような演出をともなったイベントも多い。そういった演出が苦手な方は、プレイする際は注意してほしい。
ここまでを読んでも、多くの人は「リアルな“病み”と向き合うなどと言った割に、内容は非現実的」、「女の子にプレゼントを贈ったり会話したりでご機嫌取りをしているだけか」、「リアルな“病み”と向き合うと言ったわりには、美少女ゲームのようにしか見えない」と思うかもしれない。それもそのはず、ここはまだ序章で『病みっ子トラブルメーカー』の本質にはいたっていないのだ。
つぎの項から、本質となるゲームパートを紹介していく。ただしこの先はネタバレを含む内容を書いていくため、これ以降はその点に留意して読んでいただきたい。
“病み”が心を保つ最後の砦になった人間と、それを追体験するプレイヤー
すべてのエンディングを確認するまでに10時間ほどプレイしたが、ここまで説明した内容は序盤の1時間くらいの内容でしかない。SteamやBoothの紹介文として書かれたあらすじや、掲載されたスクリーンショットも、ネタバレ部分に触れないように調整されているため、その後に用意されたコンテンツについては紹介されていない。
では、この序章の後に待ち受けているのは、どのような内容なのか。ここからはそこを紹介していこう。
条件を満たすと、やみや医院で患者たちの退院を見届けて以降を遊べるようになる。ここでは患者との交流パートからはうって変わって、院内を進みながら主人公・ドクターの回想を読み解いていくストーリーになる。このドクターの内面に迫るパートこそが本作の肝要な部分であり、先述した“病み”への向き合いかたを示す、プレイヤーに対してもっとも強烈に印象を刻み込む部分なのだ。
![[IMAGE]](https://cimg.kgl-systems.io/camion/files/famitsu/65949/ac05049e7cad7c646280ae12cfc7b6682.jpg?x=767)
作品の序盤で舞台となっていた“やみや医院”の患者たちの“病み”がかわいらしく肯定的に描かれる、ファンシーな病院の世界はいわゆる“リアル”ではない。
一方で、ドクターの過去の描写はどこまでもリアルに描かれている。主人公が生まれ育った家庭は、母親が医者を目指すことを強要し、勉強以外の娯楽に触れさせることを禁じるなど常軌を逸した教育を行う、いわゆる教育虐待家庭。勉強以外を禁じられた環境に置かれたにもかかわらず、主人公の成績は伸び悩み、学校や学習塾では笑いもの扱いされて孤立してしまう。そうした日々を過ごすうちに、いつしか自身を非難する幻聴が聞こえたり、幻視も起こすようになってしまう。
『病みっ子トラブルメーカー』は、こうした幻聴、幻視といった症状の描写に容赦がなく、似たような経験をした人にとっては思わず苦しくなるであろう表現が続く。その一方で「これならば精神に不調をきたしてしまうのも仕方がない」と深く納得してしまうほど冷酷に、そして克明に、彼を取り巻く環境が描写され続けるのだ。
![[IMAGE]](https://cimg.kgl-systems.io/camion/files/famitsu/65949/a664ae8c982121da3fca221a419faff92.jpg?x=767)
そして主人公は自身を苦しめる環境を忘れるため、想像上の友人を作り上げる。ときにはよき理解者となり、ときにはストレスのはけ口にもなっていた空想の友人だが……。彼が作り上げたはずのそれは、いつしか主人公の意思を無視するかのように振る舞い始め、彼を励まし、肯定し、許してくれる存在へとなっていった。だが、存在が大きくなりすぎたそれは、やがて治療すべき病だと診断される。
しかし現実の辛さに耐えるためには、彼には自分が作り上げた“病み”が必要だったのだ。あらゆる場所から疎外された彼が自分の心を守るためには、それが病であっても友とするしかなかった。彼がいくら周囲から「おかしい」と言われたとしても、心の拠り所となっていた妄想に逃げ込まなければ、彼はもっとひどいことになっていたかもしれない。それならば、その“病”を治療して逃避先をなくしてしまうのは本当によいことなのだろうか?
主人公の幼少期をゲームを通じて追体験した私は、いつしか自然にそう思うようになった。周囲から見れば“おかしい”のかもしれないが、彼の過去をともに追ってきたプレイヤーとしては、ここまで追い詰められた彼が生きるための支えを作り出したことを“おかしい”とは感じないし、本当にそれを治療するのが正しいのかどうかにも迷いを覚える。彼の精神を保つ最後の砦である“病み”、そこにもはやカジュアルに扱っていい雰囲気もない。
『病みっ子トラブルメーカー』という作品のすばらしいところはまさにここだ。主人公がそのとき何を見て、何を感じ、何を選択したかがリアルに追体験できるため、精神に不調をきたした理由に、深く納得できるのだ。
“病む”ことをテーマにするゲームは数多いが、生々しく主人公の半生を描き、いかに心を壊していったのか、そして“病む”とはどういうことなのかを納得できる形で共有してくれる作品は稀有だ。小説や映像作品でも同じような題材は扱えるかもしれないが、本作にはゲームならではのギミックも存在しているため、得られる説得力はかなり強い。プレイヤーが見て追体験していたものが、あるとき大きな意味を持ったのだと気付けた瞬間には、思わず鳥肌が立った。
![[IMAGE]](https://cimg.kgl-systems.io/camion/files/famitsu/65949/a6bc212592ea2714988d0487e207dad58.jpg?x=767)
一方で、この点は『病みっ子トラブルメーカー』が万人におすすめできないポイントでもある。主人公を取り巻く教育虐待や、学校でのいじめ、精神的な病といった描写が、あまりにも綿密すぎるのだ。また、ジャンプスケアやグロテスクな描写などのホラー的な表現も多い。こういった点はゲーム起動時に注意書きが表示されるものの、作中で描かれたものに近しい経験をした人にとっては、深刻な精神的苦痛を受ける可能性がある。また同じような理由で、実況プレイにも適さないゲームといえる。
ゲームの制作者である“お湯めの”氏はnoteでこの作品に関する小話を投稿している。それによると、この作品を製作した背景のひとつには「“心のもやもやや過去のトラウマ”を表現として消化し、自分の作品に利用する目的」があったとのこと。また自身も鬱病や統合失調症を患っており、その原因は家庭環境や、ストーカー被害を受けた経験にあるだろうとの診断を受けているという。同氏は「創作において作者よりも作品に集中してほしい」とも書いているため、ここで深くその件に立ち入ることは避けたい。しかし、そうした経験をした“お湯めの”氏が個人で製作した作品であるがゆえに、その体験がダイレクトに反映され、プレイヤーに強い印象を与える作品になったのだろう。
『病みっ子トラブルメーカー』は作品を通じてみずからの経験を昇華しようとする、ひとりの人間による強烈な心の叫びが産んだ作品なのだ。だからこそゲームを通じた“病み”の追体験が、ここまでプレイヤーの記憶に深く刻み込まれるのだろう。本作に魅せられ、圧倒されたひとりのプレイヤーとして、『病みっ子トラブルメーカー』はこの現代であらためて“病み”のありかたをとらえ直す、大きな意味があったのだと思う。
この作品のストアページだけを見れば、そこにあるあらすじやスクリーンショットからは、昨今のカジュアル化した“病み”を取り扱ったゲームであるかのように見える。しかし、実際にプレイしてみると、“病み”というものに対して、これほど真に迫った描写をした作品はそうそうないのではないか。
ゲーム序盤こそ、気軽に扱ってよい“病み”の雰囲気がある。しかしそれ以降は一転して、本当に“病み”という状態にならざるを得なかった人間の姿を、息苦しくなるほど克明に描写する内容へと変貌する。そしてそこで描かれる“病み”からは、やはり気軽に扱えないアンタッチャブルな雰囲気を感じざるを得ない。そして苦しい中で“病んで”しまった主人公の人生を、ゲームを通じて追体験した私たちプレイヤーは、いつしか彼に本気で同情してしまう。彼が現実の苦しさから“病んで”しまったことにも、「こんな状態なら病むのも当然だ」と理解さえしてしまう。
気軽に扱われるようになった近年の“病み”だが、『病みっ子トラブルメーカー』の“病み”の描写は、それを尊厳を持って扱うべきものに引き戻し、改めてそれを考える機会をくれた。これからも、心を病むということについて考えるとき、きっとまた『病みっ子トラブルメーカー』と、ドクターのことを思い出すだろう。











