さまざまな企業、団体が参加しての観光情報ゾーン、展示、ワークショップ&セミナー、スタンプラリーなど、城好きなら見どころ満載のイベントとなっている。10周年を迎えた今回は、2024年の20754人を上回る23017人を集め、過去最高の来場者数を記録した。
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また、今回もコーエーテクモゲームスがブースを出展、さらに12月21日には3階三の丸会場にて“シブサワ・コウ トークライブ”を開催していた。本稿では、このトークライブの模様をお届けする。
コーエーテクモゲームス、そして歴史シミュレーションの前夜とは
最初のトピックは『信長の野望』、『三國志』の両シリーズ誕生について。シブサワ・コウ氏による、光栄(コーエーテクモゲームス設立当初の社名)創成期から飛躍までの歴史が語られた。
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シブサワ氏が光栄を設立したのは1978年。前年、繊維不況により倒産に追い込まれた家業を再興するべく、栃木県足利市の山に囲まれた一軒家で、同じ染料問屋として創業したという。しかし経営のきびしさに抗うことができずに苦しい日々が続く。そんな中、経営の能力を身に付けるべく本屋へと向かったシブサワ氏は、経営に関する書籍を買い漁るうちに運命の出会いを果たすこととなる。
それは、当時流行しつつあったパソコンに関する書籍であった。興味を持ったシブサワ氏は、さっそくパソコンを買って自分でもいろいろと試してみたいと考えた。しかし、当時のパソコンの価格は大卒初任給の数倍とも言われ、現在よりもずっと高価な品物。おいそれと手を出せるものではなかった。
そこで手を差し伸べてくれたのが、現在シブサワ氏唯一の“上司”でもある恵子夫人である。なんと高校生のころから株式投資を行っていたという恵子夫人は、1980年に、保有していた任天堂の4000株を売却し、そのお金で新品のパソコン“シャープ・MZ-80C”をプレゼントしてくれたのだ。
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いまでこそ世界的なゲームメーカーとしてその名を轟かせている任天堂だが、そのころはまだファミリーコンピュータも発売されていなかった(発売は1983年)。後にこのことを振り返って「何かのご縁があったんですね」とつくづく思ったそうだ。
パソコンを手に入れたシブサワ氏は、独学でプログラミングの技術を身に付け、ソフト開発にのめり込んでいく。当初は取引先向けに、在庫管理や工程管理といった業務用のソフトを制作していたという。一方で、業務外の時間(夜)にはゲームを作って遊んでいて、それを通じてプログラミング技術を向上させていたようだ。
その甲斐あって誕生したのが1981年に発売されたウォーシミュレーション『川中島の合戦』である。通信販売でかなりの売上を記録し、シブサワ氏はゲーム開発への手応えを得たという。その後、染料販売事業から撤退してソフト制作一本に絞ることになった光栄は、1983年に発売した『信長の野望』が大ヒット。
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翌1984年には足利市から神奈川県横浜市・日吉に本社を移転し、続く1985年にはテレビの人形劇や小説、マンガなどで知られていた『三国志』をゲーム化した『三國志』を発売する。
そのころは自宅の一部を改装して開いたパソコンショップ“光栄マイコンシステム”を拠点に、そこに集まるパソコン好きの学生たちとプログラミングやゲームについて話をしながら、優秀な学生はアルバイトとして雇い、ゲーム開発も手伝ってもらっていたという。
シブサワ氏は「ゲームは遊ぶことも楽しいが、作ることはもっとおもしろい。さらに、作ったものを改善していくプロセスも楽しい」と、現在も衰えぬゲーム開発への意欲とその魅力を語った。近年はさらにeスポーツなど“観て楽しむ”、新しいゲームの在りかたにも興味を持っていて、さまざまな要素でゲーム談義ができるのは幸せだとまとめていた。
『三國志』シリーズ40周年を振り返る
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40年間で発売されたナンバリングタイトルはじつに14作品。大型リメイク作品である『三國志8 REMAKE』や、多彩な派生作品なども合わせるとその数はかなりのものになる。このトークライブでは、ナンバリングタイトルをメインに振り返っていく。当時は作品ごとにユーザーからの声を取り入れながら、さまざまなシステムを加えていったのだ。
『三國志』シリーズのいちユーザーでもあり、『三國志14』、『三國志8 REMAKE』ではプロデューサーを務めた越後谷氏にとって、とくに記憶に残る作品は2000年に発売された『三國志VII』だそうだ。それまではひとりの君主を選び、勢力全体を動かす“君主プレイ”でゲームが作られていたのだが、この作品では君主以外のさまざまな武将を動かしてその立場に応じた視点でプレイできる“武将プレイ”を採用。「企画会議でも“変化”が必要ではないか、と議論されていた」と当時の状況を越後谷氏は語っている。
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一方、シブサワ氏の印象に残ったのは2003年発売の『三國志IX』。1枚マップで中国全土を表現し、オープンワールドのような設計であったことが画期的だったと評価する。そのころになると、家庭用ゲーム機はもちろんPCもグラフィック、サウンド、処理できるデータの量など大幅にスペックがアップしており、表現の幅も広がっていた。それによるリアリティーの向上が、ゲーム性を大きく変えていったのだという。
しかしそれは同時に、開発に必要な作業も増大することを意味する。それにともなって制作期間も長くなり、とくに『三國志11』(2006年発売)以降は発売までの間隔もかなり広がっている。
技術的な部分だけでなく、武将やイベントなどもボリュームアップが続いていた。『三國志14』(2020年)ではついに登場武将数が1000人に達している。越後谷氏は、「『三國志14』のデータをそのまま武将プレイの『三國志VIII』に持ち込んだらどうか」と考え、『三國志8 REMAKE』の企画をスタートさせる。
またシリーズ作品を振り返ってみると、作品ごとに地域・国による人気の差が生じているとのこと。たとえば『三國志8 REMAKE』のような武将プレイの作品はとくに韓国で人気を集めているが、1枚マップを採用した『三國志IX』や『三國志11』は中国で評価が高い。もちろん、現地において“流行り”の時期と被ったなどの理由もあるかもしれないが、はっきりとした地域差が出たことは開発陣にとっても興味深い事象だったようだ。
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テーマの締めくくりに「いつもどんな君主、武将を使っているのか」と質問されたシブサワ氏は「孔明(諸葛亮)が好きなので蜀、劉備などの勢力を選ぶことが多いですね」と語り、「(『三国志』の武将たちは)皆志半ばで亡くなっているので、自分がプレイヤーとして何とかしてあげたいと思ってしまいます」と歴史ファンらしい本音も漏らしてくれた。
文化や“外敵”の有無が影響している日中の城の違い
まずマイクを取った小笠原氏は日本の城について語っていく。
現在、日本における城のイメージは、城下町を含んだ城郭としての“平城”の印象が強い。しかし、中世の日本の城は“山城”と呼ばれる、山中や山頂に築かれた砦のようなものがメインだった。
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経済が発展してきて、戦闘よりも領地を治めることの重要性が増してきたため、より人口の密集した町に近いところに拠点を置き、大量の物資を蓄えるケースが増えてきたという。大規模な平城が作られるようになり、石垣の技術も発展して現存する独自の建築様式が確立されていった。戦国時代後期には城は戦闘だけでなく、領国のシンボルとしての役割も果たすようになり、その結果天守閣のようなものが作られるようになったのだろう、と小笠原氏は語っていた。
その中でも「最強に守れる城は?」という質問を受けた小笠原氏。(甲信の)武田家びいきとして、「もし勝頼がここに入ってくれていたら、武田も残れたかもしれない」と、大河ドラマ『真田丸』にも登場した真田父子の居城“岩櫃城”を挙げていた。
『信長の野望』では、武将だけでなくこの“城”の表現も、戦国時代を象徴する2大要素として重要視しており、ハードのスペック向上で表現の幅が広がるにつれ、再現性にもこだわって作るようになったという。
越後谷氏は中国、三国時代の城について解説。日本とは風土や文化の成り立ちが違うと前提を置きつつ、中国の城はイコール平城と言っていい、と語る。その最大の特徴は高い城壁の内側に都市を整備して作る“城郭都市”という仕組み。とくに大都市は左右対称の配置で南大門があったり、宮殿や市場の位置もある程度決まっていたりるという“都城方式”となっており、日本の平城京や平安京などはそういった作りかたを真似て整備された町なのだそうだ。
中国は日本と異なり“異民族の襲来”という危機に脅かされていた。異民族は物資だけでなく住民自身をも略奪していく。そのため、城壁を高くして町全体を守る必要があったのだ。ただ、三国時代は歴史上“もっとも異民族が来なかった時代”でもあったため、城の建築技術に関してはあまり発展することはなかったようだ。一方で、とくに三国鼎立後は大規模な戦闘も少なくなり、文化が発展していった。
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ただ、ゲームで中国の城を再現するのはなかなか難しいようだ。約1800年前のものであるため、現存する城趾はほぼ皆無で(あっても明の時代に復元されたものがほとんど)、文献にも残っていない。多くの部分を想像で補って作るしかないのである。
防衛、そして行政の拠点として作られた日本の城と、大規模で異民族からの守りを考え高い城壁を持つ中国の城、それぞれ異なる思想で作られており、その見た目などで差異を感じられるのもコーエーテクモの歴史シミュレーションをプレイする楽しさのひとつだと言える。
最後に『信長の野望 覇道』および『三國志 覇道』というスマートメディアを中心としたオンラインシミュレーション『覇道』シリーズの攻城戦についても触れられていた。両作品における攻城戦を比べてみると、日本と中国の城の違いがよくわかる。『信長の野望 覇道』では本丸と曲輪を巡る攻防が、『三國志 覇道』では城壁の内部ではなく周辺で行われる攻防が“攻城戦”として描かれているのだ。
おもしろかったのは、『信長の野望 覇道』においてヘビーユーザーとして知られているシブサワ氏のプレイスタイル。“無課金”、“微課金”、“中課金”、“廃課金”と、課金の度合いを調節した4つのアカウントを作成し、4つの端末で同時に動かしているのだそう。実際のユーザー視点でどうゲームを楽しめるのか、を実験しつつも、結果として廃課金よりもさらにお金が掛かってしまっていて、なかなか一般プレイヤーには難しいスタイルではあるようだ。
さらに戦国ウォークゲーム『信長の野望 出陣』にも言及。日本城郭協会が認定した“日本100名城”、“続日本100名城”とのコラボレーションにより、日本各地の名城を直接訪問することで称号やお城にゆかりのある名城武将を獲得できる「名城図鑑」が実装されているのだ。
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今年はNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』も放送中。豊臣秀吉、秀長の兄弟が居城としていた数々の城も登場するが、それらは『信長の野望』シリーズにおいてもリアルな造型で実装されている。話題となった“天空の城”竹田城は、秀吉が姫路城主の時期に秀長が居城としていたという資料が残っているそうだ。
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最後に、それぞれから来場者へ感謝のメッセージが語られた。
小笠原氏 「楽しい時間をいっしょに過ごさせていただき、ありがとうございました。今後も城や戦国時代を通じて皆さまと盛り上がり、お城や戦国がより多くの人に楽しまれるようにがんばっていきたい」
越後谷氏 「中国の城郭しかご紹介できませんでしたが、私自身日本のお城も大好きなんです。昔からお城に興味を持って育ってきたので、この後“お城EXPO”を見て回ろうかと思っています」
シブサワ・コウ氏 「コーエーテクモと言いますと、歴史のおもしろさを伝える会社というイメージがあると思われますが、これからも世界のゲームファンに向けておもしろい歴史ゲームを発信していきたいと考えています。さまざまなジャンルのゲームも作ってきて、これからも作っていきますので、ぜひ楽しんでいただければ」
城を通じて歴史と文化を楽しむ――このトークイベントは、ゲームが単なる娯楽を超えて、歴史や文化への興味を深める入口となり得ることを改めて示す機会となった。40年の歴史を刻んできた『三國志』シリーズ、そして『信長の野望』シリーズは、これからも新たな形で歴史の魅力を伝え続けていくだろう。
シミュレーションとしてはもちろん、武将やお城にもこだわって制作されているコーエーテクモゲームスの歴史シミュレーションゲーム。これからの展開にも期待を抱かせつつ、トークライブはここで閉幕となった。
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“お城EXPO 2025”について
お城EXPOでは、パシフィコ横浜ノースの4階にわたるフロア全体でさまざまなブースやステージイベント、企画展示、講演などを展開していた。スタンプラリーなども用意されていて、お城に興味がある人なら朝から晩まで楽しめるだろう。同日であれば再入場も可能になっているのもうれしいところだった。
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1階はさまざまな企業、団体のブースが立ち並ぶ“城めぐり観光情報ゾーン”。今回はなんと137ものブースが出展。奥にはステージや物販コーナーもあり、多くの人で賑わっていた。
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2階には“日本100名城&続日本100名城パネル展”を始め、展示や特別出展ブース、休憩&弁当・軽食販売コーナーなどが並んでいた。
3階でも多彩な展示のほか、セミナーなどが多数行われていた。個人的には、名物となっているらしい“城の自由研究コンテスト・優秀作品展”を楽しんできた。小中学生が学校の自由研究として発表し、高く評価された展示が飾られているのだが、どれも企画力、調査力、さらに“見せかた”まですばらしいデキで、記者も少し反省してしまった……。
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4階のメインは企画展示。セミナーなどのコーナーに加え、『月刊ムー』との企画や甲冑展“伊達家の美と武-甲冑が語る戦国の記憶”、映像ルームなどが出展されていた。甲冑展では甲冑などの試着コーナーもあり、とくに親子連れの来場者たちが盛り上がっていたようだった。
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1階のイベントステージでは、くまモンらご当地キャラクターや武将隊によるパフォーマンスが行われ、現在放送中の大河ドラマ『豊臣兄弟!』で寧々役を務める浜辺美波さんによるトークライブなどが行われていた。
“お城EXPO”は本当に多数の企業、団体が関わって構成されている。さらにそれぞれの個性に手を加えることなく自由に出展が行われているため、統一感のある展示というよりは、群雄割拠の賑やかさが随所に感じられるイベントとなっていた。次回はいったいどんな出展があるのか? お城が、歴史が好きな人はぜひ足を運んでみてもらいたい。





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