第6回: なぜ『さいなん:かいせん』という災難が起きるのか――自分が知らない言語にローカライズするときに起きやすい問題

公開日時:2013-07-05 00:00:00

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 毎度こんにちは、LYEです。 ここ数日インターネットを賑わしている『さいなん: かいせん』のお話、皆さんはもうご覧になったでしょうか?
 コレ、Xbox LIVE Arcadeで配信されている『Scourge: Outbreak』というTPSタイトル(公式サイト配信ページ)の、なぜか体験版だけが『さいなん:かいせん』となっていることが話題になっているのですが、ゲームの中身の日本語テキストも不自然というか、意味不明だったりするのです。

 本ブログとしては「なぜひどい品質の翻訳が~」シリーズを終えた直後ですが、あのシリーズは結構パッケージタイトルのお話がメインだったので、今回はいい機会ということで、タイトルにもあるように「他の言語を知らない人がどうローカライズを扱ってしまうか」という話を、より小規模な、デジタル配信タイトルをローカライズするケースと絡めて (第四回の脱線話でも書きました) フワーっと取り上げてみたいと思います。

 なお、私は件の作品に直接携わったわけでもなければ、誰かにインタビューしたわけでもありません。単にローカライズ野郎としての私のゴーストがささやく内容を記しているだけだということを、ここで明確にしておきます。それでは、今回もよろしくお付き合いくださいマセ!


コストの話

 まずはお金の話。AAAタイトル(予算が大きい大型タイトル)でもしばしばろくでもない翻訳が起きうるというのは皆ご存知と思いますけど、そういった大規模タイトルで切ない翻訳が起こる時は、秘密主義とかワークフローに問題があることが多いんですね。AAAタイトルでローカライズ費用が全体に占める比率なんて本当に数%とかそういうレベルなので。まずはそこが、小規模タイトルと違います。

 さて一方で、Xbox LIVE ArcadeやPSN、ニンテンドーeショップ、Steam、さらにはApp StoreやGoogle Playといったデジタル配信プラットフォームで配信されるタイトルは、AAAと比較したら開発にかかっている予算がずいぶん少なくなる、というのは想像に難くないと思います。
 でも、翻訳にはお金を払わなきゃならない。だからどうやったら黒字を維持したままローカライズできるかを、AAAタイトルの時よりも真剣に考えます。
 この他、本当は新作ゲーム作りに専念したいのに、完成したゲームのローカライズに手間がかかるのが嫌、得られる売上が作業量に見合わないかも、などの懸念もあります。インディーゲーム開発者のこのへんの苦悩については今年のGDCでTiger Style社が発表されていました。

 そんなこんなで、要するに「金も人も少ない」チームがタイトルをローカライズするとなったら、ローカライズ版がどの程度の売り上げてくれるか調べるのが普通です。周囲に聞いてまわれば、過去にローカライズした経験のある友人を見つけて数字も聞けるでしょう。
 そうすると、これ以上予算かけたらこのロケール(言語x地域の単位)は赤字になると考えておこう、と線を引くのは自然な考えですよね。ただでさえ、小規模なスタジオがゲームを発売することのリスクは大きいわけで、何かが赤字になるリスクは極力避けたいのは当然です。で、一番安くて品質的にも大丈夫そうな方法は何か、を考えだすところから物語は始まります。
 以下では、一番安くて品質的にも大丈夫そうな方法として考えがちな(分かる人が見たら裸足で逃げ出したくなる)仮説をいくつか紹介していきます。 ちなみに、先に紹介するものほど過激思想です。

 なおくどいようですが、これらはLYEのゴーストが囁いているだけであり、実際に特定のタイトルのお話をしているわけではありません。ただ、こういう事が原因だったんじゃないのかな、というひとつの考えである点、ご了承ください。


自分の専門外のコトについては、人は無自覚に仮説を重ねがちよね、という話

 さてさて、ハリキって紹介した後、バッサバッサ切っていきますよー!

仮説1:「原文が文法的に正しく書いてあったら、Google翻訳で多分ギリイケるんじゃないか」
 コレ、架け橋ゲームズの相棒であるザックに「あっちの開発者にマジでそう思ってる人いるの?」って聞いてみたところ、「大多数はイケるわけないって認識してるけど、そういう人は残念ながら少数いると思う」という回答が。
 実際、機械翻訳で何とかなるかっていうと、少なくとも、物語があるものはイケません。機械翻訳は書類やマニュアルといった「お固い」文章はある程度得意としていて、EUで政府間でやりとりする大量の文書を機械翻訳しようぜというプロジェクトが立ち上がっていたりしますが、それ以外の分野では切ないほどダメです。
 あと、ゲームのUIにありがちな数個の単語で構成される短い表現(“INSERT COIN”、”FINISH HIM!”)は機械翻訳が苦手なものの代表です。要するに、機械翻訳とゲームは食い合せがとても悪い。

 おそらくデジタルゲームは、小説などと並んで機械翻訳が最後まで苦戦するフィールドの一つだと思います。蛇足ですが、Google翻訳は厳密には機械翻訳(文を分解・解釈して機械的に置き換える)と手動翻訳(誰かが翻訳した内容が対訳データベースにあるのでソレを参照する)のハイブリッドなので、厳密には機械翻訳とは言えません。それでも、商用レベルの訳文が出てくることはまれですが。でもいつ超進化してボクの仕事が無くなるのかとワクワクガクガクしています。

仮説2:「翻訳者は言語のプロなのだから、テキストさえあれば翻訳できる」
 これ割と思われがちですが、そんなハズありません。たとえば「I love you」を翻訳してみてください。愛してる? ブッブー、このフレーズは“ディストピアSF夏目漱石スペース海兵隊RPG”の主人公のセリフなので正解は「月がきれいですね」です。どうです、コンテキスト(文脈)なしに翻訳する気分は! ヒャッハー!!新鮮な肉だー!
(編注:LYE氏が何か忌まわしい記憶を思い出して爆発してしまいましたが、要するに原語テキストだけぶん投げられてもそのままミスなく翻訳できるわけねぇだろ、ということです)

仮説3:「2つの言語に精通している人は誰でも翻訳できる」
 ノオオオオオオウ!ノオウ!ノオオオオオウ!ハッ、すみません興奮してしまいました。翻訳者といっても、たとえば文芸、特許、法律、エンタメなどさまざまな分野があります。なんで分かれているかというと、ひとつのジャンルに特化するだけで結構大変だからです。それぞれにノウハウや常識があり、それらを学び、最新に保ち続けるから専門性のある翻訳ができるわけです。
 たとえばゲームで言えば、今回の作品では「Blind Fire」が差別用語を用いて訳出されていますが、これは日頃からゲーム翻訳に携わる人なら絶対に起こりません。また、主人公の属する「こだま小隊」も、日頃からゲームを遊んでいる人なら「エコー小隊」とするでしょう。

 逆にボクなんかは「こだま小隊」!?って興味を惹かれましたけれど、そういう点では、日本ゲームの変な翻訳の代名詞である「All your base are belong to us」とも近い話かもしれません。余談ですけどこのフレーズ、LYEが今年サンフランシスコ行った時に空港の入国審査で仕事聞かれて「ゲームの翻訳関係」って言ったら、空港の入国審査官に「じゃあキミがきちんと仕事するとAll your baseはもう起きないんだね」って言われたくらい、カルチャーに溶け込んでます。むしろ一周して、これほどのネタだから、忘れ去られてしまう前にインターネットの流行ネタ(meme)絶滅危惧種リストに指定しようとかジョーク動画が作られるレベルです。

 ファミコン時代はまだローカライゼーション業界がまともに形成されておらず、各社が手弁当で対応していたのでちょっと英語ができる人が翻訳……ということもあったようですが、デベロッパーが直接デジタル配信する時代になってふたたびローカライズのノウハウがない人が増え、まさかの歴史は繰り返す!です。
 私は個人的に、『さいなん』は日本語ネイティブでない、下手するとさらに日常的にゲームを遊んでいない人が翻訳したのではないかと考えています。

仮説4:「翻訳とは、一部の例外を除けば言語Aから言語Bへロスなく変換する作業である」
 これは、私の経験からするとみんな薄々そうじゃないと理解しつつも「そう信じたい」と考えているコトが多い仮説だと思います。

 でも実際は違います。レ○ブロックの作品をダ○ヤブロックで再現しようとする作業が翻訳です。『さいなん:かいせん』についてはこちらで「本作はスペイン語→英語→日本語と翻訳されたのではないか」という興味深い指摘がなされております。先の例で言えば、レ○で作ったものをダ○ヤで再現し、それをさらに別のブロックで再現したわけで、そりゃ別のものになるよという話です。
 一部で話題の「山湖秘伝隊」も、このアクロバティックな2連変換で生じたアレのようです。(編注:開発元のTragnarion Studiosはスペインのデベロッパー。パブリッシャーのUFO Interactiveは日本のゲームのローカライズ経験があることや、Tragnarionの公開している日本語資料を見てみると、Tragnarion側でローカライズテキストを用意している可能性が高い)

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仮説5:「言語AとBを流暢に話せる人は、A→BとB→Aの両方で翻訳できる」
 これもありがちな誤解ですが、基本的に翻訳業界では「自分の母国語のみが出力言語となりうる」というのが一般的な見解で、たとえばボクなんかも英日専門で日英はやりません。なぜならボクは英語では機微をうがつことができないからです。
 なお、極めてニッチな領域においては、適当な翻訳者が見つからないため逆方向の翻訳を行なうこともあります。たとえば、日本の文学作品を日本文学の教授が英訳する、といったケースです。
 あとは……複数の言語をネイティブレベルで操る人もいますが、そんな人はそうそういません。帰国子女でも外国育ちの日本人でも、だいたいはどちらかの言語はネイティブレベルに達していないことが多いです。

仮説6:「翻訳会社に通すと高いがフリーの人に直接出せば安い。翻訳会社は中抜きしているだけ」
 これはあまり知られていないのですが、翻訳会社が「翻訳サービス」というとき、通常は「翻訳 + レビュー」を指すんですね。ですが翻訳業界外の人が「翻訳」と聞くと、誰かが翻訳して終わりだと考えられると思います。ここに色々な切なさが詰まっているわけです。

 たとえば打ち間違い(タイプミス)の類は、ひとりがどれだけチェックしても見落とすので、レビューの段階でも拾っていきます(もちろん言語テストでも……このタイトルはそういうレベルではありませんが)。またひとつのタイトルを複数の翻訳者に分割して依頼する場合、最終的に統一感を出すのはレビュー担当者の仕事です。


 という感じで、6つの仮説を紹介しました。想像してみてください、これら6つの誤解が惑星直列のように揃ってしまい、本人たちの知らぬうちに大災難を引き起こす様子を……ブルブル。

 ただですね、ここで紹介している仮説が本当にヤバい理由は、意思決定者がこれら仮説に疑いを持たず、ソレに基づいて意思決定しちゃってるところにあるのです。
 もしも「<いずれかの上記仮説> とオレは思ってるけど、翻訳は専門分野じゃないし、正しいかどうか確認しとくか」と考えていたら (そしてその結果増えるコストを飲めるなら)、より良い翻訳を生み出すための別の措置が講じられたでしょう。
 でもすべての仮説を疑いながら生きていくのは不可能なので、開発側は手探りで失敗しながら、ローカライゼーション側はなかなか業界に行き渡らない声を上げ続けながら、進んでいくしかないのでしょうね。少なくとも、ファミコン時代と違って、世界にはノウハウをもっている人がいて、インターネットもあるんですから。

 あと、小規模タイトルと小規模チームのいいところは、プレイヤーと開発者の距離が近いということですね。Twitterとか、Facebookページとか。ありがとうインターネット。
 あなたが「この翻訳がスゴ/ヒドい!!2013」にノミネートされるタイトルを見つけたら、そのことを直接伝えることが世界を良くしていくと思います。何がダメかを添えてダメだと指摘すれば「おお、そうなのか!」って学んでくれるし、何が良かったかを添えて褒めれば、「おお、あの会社/人/ワークフローは成果を出してくれた!」となってくれます。効果測定超大事。(編注:実際、開発側ではすでに翻訳ミスを認識しているらしい)
 そして何より開発者には、自分が作ったゲームを、異国の誰かがプレイしてくれているという確かな感触が伝わるのです。世界良くなりそうじゃないですか!!!!!!

 相変わらず長くなってしまいましたが今回はこのあたりで。それでは次回まで、ハッピーゲーミング!

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LYE
ゲームローカリゼーション支援野郎。業界外から一念発起してゲーム業界を目指し、某有名デベロッパーでのローカライズ担当などを経て、2013年4月にアメリカ人の友人と架け橋ゲームズを立ち上げ。ゲームのローカライゼーションやウェスタナイゼーション、英日コミュニケーション支援を行なっている。過去には『レフト 4 デッド』や『あつまれ!ピニャータ2:ガーデンの大ぴんち』、『ディズニー エピックミッキー ~ミッキーマウスと魔法の筆~』、『スキタイのムスメ』などのローカライズプロジェクトに携わっている。公式サイトはこちら