第8回: 「翻訳」という薄皮を踏んで滑って転ぶ件について

公開日時:2013-12-02 00:00:00

 ごぶさたしてます、LYEです。海外では次世代機が出揃った今日このごろ、ゲーマー諸氏はいかがお過ごしですか?

 LYEはというと、先日iOS向けに『インヘリテージ』(インドネシア産日本ラヴ横シュー)と『Waking Mars』(遊びは軽く世界は重厚なSF火星ゲーム)、Steam向けに『Knock-Knock』(フレコミが「インタラクティブ都市伝説」)と立て続けに日本語版リリースをお手伝いしまして、それなりに忙しく過ごしております。

 で、今日はこの3本のローカライズを進めていく上で凄く強く感じたこと、翻訳は原文の上に乗っかる薄皮で、人はそれを踏むと滑って転ぶよなあというコトについてを書いてみたいと思います。


薄皮って何の話よ?
 洋ゲーを遊んでいて、「このセリフなんか不自然だ、翻訳がクソなんじゃねーの」と思った経験ないでしょうか?
 今回僕が話したいのは、「その思考が生じるのって翻訳されたバージョンだからだよね」ということ、そして「そのせいで、表示されているテキストの内容に疑心暗鬼になってることないです?」ということです。

 ここで僕は翻訳をオリジナルの上に重ねられた薄皮と表現し、この“翻訳を間に挟むことで疑心暗鬼が生じる”という現象を、薄皮踏んづけて滑ると勝手に名付けました。
 もちろん原語でゲームを遊んでいても「これバグなんじゃねーの」と疑心暗鬼に陥ることはあります。しかし残念ながら昨今は、誤訳によってそう感じることのほうが多いわけです。

 つまりですね、原語で意図的に「不自然だ」と思わせるセリフがある場合、それを正確に翻訳しても、多くのプレイヤーが「また誤訳/意訳し過ぎだ、こんな道理の通らないセリフがあるわけない」と思って、合理的なストーリー/ゲーム体験になるよう脳内補完をかけちゃうんです。

 そうして掛け違えられたボタンは、下手をするとゲーム体験全体をブッ壊しかねない。また、その時点から翻訳品質に対する信頼が吹っ飛んでいるから、それ以降に出てくる不自然な点はすべて「翻訳担当者の不備」であり、「自分は本来のゲーム内容を楽しめていない」と思ってしまうからです。

 以下に具体的な例を出してみましょう。


超具体的な例:『スキタイのムスメ』(iOS/PC)
 僕は架け橋ゲームズを立ち上げる前、フリーランスで翻訳者をしていた時に、ハチノヨンさんというローカライズ会社のお仕事で『Sword & Sworcery:EP』(日本語名『スキタイのムスメ』)の翻訳を担当することがありました。

 本作はファンタジー設定ながら現代テイストの不思議系テキストが散りばめられた独特の世界観を持つタイトルで、僕も最初に遊んだ時には「一体これは何なんだ」と思いました。
 それで僕は頭をひねって、できるだけ日本語で等価になるよう気合入れて翻訳しました。英語話者が英語版を遊んだ時に感じるであろう「なんじゃこりゃ」をしっかり再現するように翻訳したわけです。

 結果、手前味噌ですけどかなりいい仕事ができたと思いますし、事実英語版プレイ済みで日本語版を遊んだ多くの方から「こんな風に日本語化できるとは思わなかった、良い翻訳だ」と言っていただけました(僕の訳文をさらにブラッシュアップしてくださったハチノヨンの皆さんとグラスホッパー・マニファクチュアの方々に改めて感謝)。

 ……で! ワクワクしながらネットを漂い、プレイヤーの反応を探ってみました(関わったゲームがリリースされた時には必ずやってます)。
 すると「翻訳者のマスターベーション」とか「世界観ぶち壊しのクソ翻訳」といった反応がちょいちょい見つかったんですね。僕は悲しむとか怒るとか以前に混乱しました。俺けっこういい仕事できたハズなんだけど……何が起きたんだぜ?と思ったわけです。


期待と、いい意味での裏切り
 あれから数年、実は僕ずっとこれについて考えてきました。で、これを考える上でカギになるのは、「プレイヤーの期待」と「いい意味で裏切るコト」だと考えるようになりました。

 ローカライズがどうのという話に関係なく、ゲームを遊ぶときには「これはきっとこんな風に楽しめるゲームに違いない」という期待があると思います。これが、「プレイヤーの期待」。一方で、ストーリーや世界観を楽しむゲームでは「こうなるとは思わんかったわー」という瞬間が一番楽しかったり盛り上がったりします。こっちが「いい意味での裏切り」。

 で、ゲージュツの話をする時って「既存のなんかをブッ壊してなんぼ」とか「期待をいい意味で裏切ったろ」みたいな話ってやっぱりあると思うんです。すべてのゲームが何もかも期待したとおりだったら、遊ぶ意味無いですもんね(競技ツールとなり得るような「完全情報ゲーム」は別ですが)。

 なのでいわゆるイノベーティブなゲームには「驚かしたろ、感情揺さぶったろ」がどういう形にせよあるよね、という事がほわーんと言えるでしょう。もちろんストーリーだけじゃなくてゲームメカニクス上で裏切ってくることもありますけど(たとえば『Portal』の後半で「こんな風にポータルガンを使えるとは!!!」みたいな驚きがあるとか)。

 でも世界観だとかそういった部分で裏切りをカマされると、翻訳されたバージョンではプレイヤーが薄皮踏んで滑っちゃうんですよ。『スキタイのムスメ』もそうですし、おそらく今度うちから出す『Knock-Knock』もそうだし。


さてどうしようね?
 そんなこんなをまとめると、「翻訳されたバージョンを遊ぶゲーマーはゲームに全てを委ねて遊ぶことができず、常に背後から(誤訳/過剰な意訳に)刺されるのではないかと怯えながら遊んでいる」となります。だって完全に委ねられていれば、スゲエ不自然なテキストが出てきても「スゲエ不自然なテキストだなー」と素直に思ってもらえるわけですから。

 これについてはずっと解決しようがなくね?と思っていたんですが、最近になってひとつ解決策となりうる道を思い至りました、というか気づかせてもらいました。
 それは架け橋ゲームズが出したゲームについて「訳文がすごく自然でよかったです」というコメントをいくつかいただいた時のこと。超うれしくてダンスステップ踏んでた時、ビリャビリャビリャーっと雷に打たれたんです。そうか、誰が翻訳担当したか分かってて、信頼を寄せてもらえていたら、薄皮踏んでも滑らねえじゃんと思ったのです。

 これは映画や小説なんかでも同じですよね。コアなファンは訳者で選んだりするし。
 書籍の場合はコンテンツの品質がほぼイコールでテキストの品質だし、「訳者あとがき」が付いたりするほど存在感がある。
 映像系だと、米ドラマ好きな人なら「これスゲー楽しめたなーと思ったら翻訳を東北新社が担当してたわー」みたいに気付く人もいるんじゃないでしょうか。ドラマだとさらに、第一話の翻訳品質から得た信頼のある状態で第二話を見るので、書籍やゲームよりも「安心」して見る下地があると思います。
 たとえ視聴者が翻訳者を意識していなくても、「このドラマでセリフに違和感を感じたら、それは後で回収される伏線と考えてよかろう、前回もそうだったし」と。

 そんでもって、書籍は翻訳者が明示されててだいたい1人(せいぜい2人)だし、映像コンテンツも翻訳者/社がスタッフロールに載ってます。携わってる翻訳者の人数が少ないというのは、家庭用ゲーム機のパッケージタイトルとの大きな違いでしょうね。でもインディー/モバイルみたいな小規模ゲームだったら、一人でだって余裕で対応できるボリュームです。

 僕らのような者には都合のいいことに、これからもモバイルやインディーといった小規模なゲームは増えていくでしょう。そうすっと一人とか二人みたいな少人数で翻訳が完結するので、ウチみたいにクレジットに載せてもらったりするケースが増えていき、最終的に従来の家庭用ゲーム機タイトルにも「誰が翻訳したか明記するのが普通」という風にもなっていく「かもしれない」
 そうすれば、少なくともハードコアにゲームを遊ぶ人にとっては「あの人/会社がやったなら、背中任せて遊ぼう」と思ってもらえるようになると思うのです(特に尖ったタイトルの多いインディーゲームシーンでは、これからどんどん大事になるんじゃねえかなあと思っています)。

 うん、コレ。たぶんコレだと思う。
 というわけで、架け橋は今後も名前出しながらがんばってきます。賛同してくださる翻訳関係者さん、一緒にやってきましょー!(あ、でも、名前出すの超こわいです。名前出さずに担当してた時と比較して5000倍くらい批判が胸に突き刺さります。ヒリつきます)

 というわけで、締まったような締まらないようなカンジで今回は終わりです! それではまた次回まで、ハッピー・ゲーミング!


今回の英単語
単語:Overkill(名詞)
意味:オーバーキル、やりすぎ
解説:MMORPG や格ゲーでは時折使われますね。HP1の敵に100ダメージ与えて倒すとかそういう感じです。そこから派生して不必要にいきすぎる、「やりすぎ」の意味でも使われます。
 ”That’s an overkill” みたいに冠詞を付けたくなりますが、Overkill は不可算名詞なので付けない点に注意!

例文: So, do you think translating “I love you” to “月が綺麗ですね” overkill?
でさ、”I love you” を “月が綺麗ですね” と訳すのはやりすぎだと思う?

Using your Ult for that? that’s overkill
あそこで超必殺とかオーバーキルっしょ

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LYE
ゲームローカリゼーション支援野郎。業界外から一念発起してゲーム業界を目指し、某有名デベロッパーでのローカライズ担当などを経て、2013年4月にアメリカ人の友人と架け橋ゲームズを立ち上げ。ゲームのローカライゼーションやウェスタナイゼーション、英日コミュニケーション支援を行なっている。過去には『レフト 4 デッド』や『あつまれ!ピニャータ2:ガーデンの大ぴんち』、『ディズニー エピックミッキー ~ミッキーマウスと魔法の筆~』、『スキタイのムスメ』などのローカライズプロジェクトに携わっている。公式サイトはこちら