『魔界都市CHI-BA』というゲームがあることは知っていた。千葉県そっくりの世界を舞台に、千葉県の伝承を物語に組み込んだRPG。タイトルは『魔界塔士Sa・Ga』のオマージュだろうか。千葉県好きの千葉県民である僕はリリースを知って興奮した。 その後、ちいき新聞で取り上げられて興奮が加速する。もちろん遊んだ。

ちいき新聞は千葉県(一部、茨城県含む)で配布されているフリーペーパー。



僕はスマホ版でプレイしたので、画面写真にバーチャルコントローラー(画面左右の方向キーと○×ボタン)が映っている。BOOTHでPC版が販売されているほか、Steam版も準備中。
『魔界都市CHI-BA』は千葉県の各地を巡るロードムービー的なゲームだった。土地を守る精霊から力を授かって鬼と戦うというもので、その精霊は各地の民話などがベースになっている。
スタート地点はイチカワ(市川市)。僕が住む船橋市の隣なので電車ですぐ。船橋駅から市川駅までJR総武線快速で6~7分だ。近い。


ゲーム内には千葉県に関するオマージュが満載。この大きいお店の名前は、近隣住民ならよくお世話になっているであろう商業施設に似ている。
当然、最初は市川市の伝承が出てくるわけである。その名も“手児奈(てこな)”。お隣さんの市川市には親近感を抱いているし、神話や民間伝承にも興味はあるものの(『女神転生』が好きなので)、恥ずかしながら手児奈のことは知らなかった。

手児奈はイチカワの南東=右下にある“手児奈の霊廟”に祀られている。
その昔、イチカワ(市川市)には手児奈という特別に美しい娘さんが住んでいたそうだ。噂は広く轟き、ひと目見ようと都からお役人がやってきたり、恋煩いで体を壊す男が出てきたり、彼女を巡って争いが起きることもあった。
手児奈は繊細でやさしい性格だったのだと思う。自分がいなくなればケンカもなくなると、海に夕日が沈むように彼女も海へ。翌日、浜には手児奈の亡骸が打ち上げられたという。切ない。

歴史ガイドのNPCが手児奈の伝説を教えてくれる。
不憫に思った住民たちは手児奈を手厚く埋葬した。その場所がゲーム内に出てくる“手児奈の霊廟”だ。Google検索すると“手児奈霊神堂”というお堂がヒット。きっと手児奈の霊廟のモデルに違いない。JR市川駅から徒歩15分。見に行こう。
夏休みの自由研究は“手児奈の史跡探訪”

8月の暑い日、市川駅にやってきた。隣の本八幡駅には市川市文化会館があるので及川光博さんのライブでたまに行くが、市川駅で降りたのは初めてかもしれない。
何かをきっかけに自分が住む県に興味を持ち、初めての場所に足を運ぶ。そして自分の目で確かめる。これは自由研究である。今年は夏らしいことができなかったので、これを夏休みの思い出としたい。

千葉県と同じ形のマスコットキャラ・チーバくんで言うと市川市はこの辺。チーバくんを持っているのは撮影係として同行してくれた妻。

駅前の案内板を確認。

これかな、手児奈霊堂。近くに手児奈橋や手児奈橋公園もある。

イラスト風の地図もあった。かわいい。
上の写真のイラスト地図には“いちかわ文学の散歩道”と書いてある。市川市は文学を振興しており、永井荷風が晩年を過ごした土地でもあるらしい。いきなり市川市の知らない顔が出てきた。
街中には歌を刻んだ石碑や万葉集のパネルがあって、万葉顕彰の碑なんてものもある。和歌が好きなのかなと思ったら、手児奈の美しさは万葉集にも詠まれているようなのだ。
万葉集! 中学生が習う日本最古の和歌集である。成立したのは7世紀後半頃。1200年以上も詠み継がれた手児奈に導かれて僕は市川市を歩いている。ふしぎな気分。


ぬい撮りしながら歩く。
市川駅の北側に出て、手児奈霊神堂に向けて歩き出すと、山崎製パン直営のレストランとスーパーがあった。

市川市は山崎製パンの創業地なので言わば春のパン祭りの本拠地。そこまでは知っていたが、レストランまであるなんて。きっとパンがうまい。今度食べに来よう。
さて。市川駅の北側から延びる道路の中で、いちばん広いのは市川手児奈通り。手児奈霊神堂へは左(西)側に入った大門通りをまっすぐのほうが行きやすそう。大通りより路地が好きなので、こちらをふらふら歩く。

市川手児奈通り。こちらはまた別の機会に歩きたい。

大門通りの入口に、どーんと日蓮宗真間弘法寺。手児奈霊神堂はこのお寺さんが管理しているらしい。

とてもちょうどいい路地。
駅前にあったイラスト地図によると、この大門通りは“万葉の道”とも呼ばれていて、民家の壁に万葉集の歌が飾ってある。市川の書家作のパネルを探しながら歩いた。見つけてはほほうと眺める。




前半はあまり見当たらなかった。これらは後半で見かけたパネルいろいろ。手児奈のことを詠んだ和歌は1枚にまとめられている(左下)。
道中では手児奈という小料理屋を見かけた。昭和25年創業の老舗である。暑かったのでビールでもいただきたいところだが営業時間外。どうやら名物は沖縄そば。市川と沖縄のマリアージュ。
昔からあるお店の名前に使われているあたり、手児奈様とか手児奈さんなんて呼ばれて親しまれているのかなと想像する。そんな人がゲームの中で助けてくれるだなんて、温かみを感じる話だ。

このほかに、テコナという名前のマンションもあった。
京成本線の踏切を抜けると大きめの川に出た。真間川というそうで、ここにも万葉集の一首が貼り出されている。


葛飾の真間の浦廻を漕ぐ船の船人騒く波立つらしも
奈良県立万葉文化館の万葉百科によると、現代語訳は「葛飾の真間の浦を漕いでいる船の、船頭たちが騒いでいる。波が立ちはじめたらしいよ」。
“真間”はこの近辺の地名。人々が入り江の波の高さを噂するニュアンスがあるようで、当時のにぎわいを想像できる。和歌というものは31音に感情を込める詩歌だと思い込んでいたが、情景を詠んだっていいのだ。当たり前のことに気付く。

今度はかわいい橋が出てきた。
さらに歩くと、万葉顕彰の碑に加えて、“つぎはし(継橋)”と書かれたかわいい橋が目に入った。何だこれはと近くの説明看板を読む。
どうやら手児奈のことを詠んだ歌に出てくるのが、こういう橋らしい。これが、あの! である。現代で言えば、見えないものを見ようとして望遠鏡をのぞき込んだ踏切みたいなものじゃん! と、興奮した。もしかしたら難解な感情かもしれないが、ついてきてほしい。

その歌がこれ。
足の音せず行かむ駒もが葛飾の真間の續橋やまず通はむ
またも万葉百貨の力を借りてストレートに現代語訳すると「足音を立てずに歩く馬もほしい。葛飾の真間の継橋を通って、いつもかよっていこう」。どこにも手児奈の名前は書かれていないが、先ほどの説明看板によれば通う先は手児奈のもと。
メジャーすぎて省略され、行間からにじみ出る手児奈。人気がありすぎてもはや恐ろしい。

顕彰碑とは歴史的な出来事などを刻んだ石碑。この真間万葉顕彰碑は、万葉集の旧跡を記す石碑としては日本最古級とのこと。急に出てくるすごい史跡。
手児奈霊神堂は継橋からすぐ。



神社仏閣特有の“何となく神秘的な雰囲気”が好きなので、手児奈霊神堂の境内は心地よかった。暑いのだけど、ここだけ気温が1度低いような。
手児奈の悲話に心を痛めた行基菩薩というお坊さんが求法寺(手児奈霊神堂を管理する弘法寺の旧名)を建立し、手厚く弔ったのは天平9年(737年)のこと。時は流れて文亀元年(1501年)、当時の住職の夢枕に手児奈が現れ、「多くの人に供養していただいた御礼として、今度は私が皆さんを守護いたします」と残したと、公式サイトにある。めちゃくちゃかっこいい宣言だ。
こうして彼女は地元の女神となった。おもに安産や良縁の神様として祀られている。人心を惑わす美貌の持ち主なのだから、悪名高き傾国の美女に堕ちていたっておかしくないのに、そうではなくて、手児奈は心優しかったのだ。

さだまさしさんから、縁結びの木として霊験あらたかな桂の木が奉納されていた。昭和56年当時、市川市に住んでいたそうです。
『魔界都市CHI-BA』では精霊となってイチカワ(市川市)を守る手児奈。神様がゲームキャラとして登場するのは珍しくないが、“神様が神様になった経緯”までを肌で知ることはあまりなかったと思う。神様には神様のバックストーリーがある。

ゲームに登場する神様の多くは超有名なので、たいていの情報は溢れているけど、その神様を取り巻く空気まではわからない。手児奈の場合、信仰とは別の部分で市川市民たちに溶け込んでいたように思う。現地を歩くことで実感できた。
これはいわゆる“聖地巡礼”にあたる記事だと思う。ゲームやアニメに出てきた場所に行くこと=聖地巡礼と考える人もいるだろうが、それで終わったらもったいない。聖地になった(作品内に登場した)理由があるはず。そこまで踏み込んだらもっとおもしろい。

そんなことを考えながら水分補給しておりました。
手児奈のことをもっと知りたい。そんなときは公民館や役場である。土地の古い資料があるはずだし、簡単な手続きをすれば見せてもらえることも多い。
そう言えば大門通りの入口に公民館があった。RPGのフラグ立てくらいスムーズに進んでいる。

京成本線のカーブがぐいんとしていて、とてもいい感じ。

お腹がすいたのでクレープ屋さんに入ったらすばらしくうまかった。もちもちした生地が主役と言うか、噛むたびに香ばしい香りが鼻を抜ける。オザキクレープさん。また来る。


【左】店内では近隣の地図が配布されていた。これは便利。/【右】手児奈が水を汲みに来ていた井戸が現存。見たいが戻る元気がない。次回の散歩の楽しみとして取っておく。
クレープを食べて元気が出た。いっちょやってやるかと腕まくりして大門通りの入口まで戻る。公民館にやってきた。


お言葉に甘えて。
残念ながらこの日は図書室の休業日。だけど立派なタイル画を見られたので満足だ。

歌川貞秀筆“利根川東岸一覧”をもとにしたタイル画。でかい。

つぎ橋の近くに手子女(てこな)大明神とある。こういう漢字表記もあるのか。
このまま帰っては消化不良だ。何かないかとスマホで調べたら、市川駅直結の商業施設“I-linkタウン いちかわ”内に図書館があった。きっと古い民話の資料なんかが収蔵されているはず。

ちょっとした休憩スペースなどもあり、地元の人の憩いの場になっていた。

入口のチラシスタンドに第27回市川手児奈文学賞のパンフレット。やっぱりここは文学の街なのだなあ。
館内奥の地域資料コーナーには郷土研究の書籍や写真集が取り揃えられていて、お目当ての民話・伝承の本も並んでいる。全部読むのは無理なので何冊かパラパラと目を通した。『魔界都市CHI-BA』で知り、街歩きでぼんやり浮かび上がった手児奈像が、少しずつ解像度を増していくようでおもしろい。
市川市の本を読む中で見覚えのある単語が目に留まった。そうだ。僕はこれを一度見たかったのだ。市川駅の隣、本八幡駅近くの“八幡の藪知らず”である。
駅近禁足地“八幡の藪知らず”

八幡の藪知らずは『魔界都市CHI-BA』のイチカワにもある。ストーリーとは無関係だが、ゲーム内に存在するだけで地元の人は「おっ!」となる。
日本各地には“禁足地”というものが点在している。祟りがあるとか神聖だからだとか、とにかく「入ったらやばい」と語り継がれている場所だ。秘境みたいなところもあるのだけど、八幡の藪知らずは禁足地界の中でも比較的メジャーな存在だと思う。なぜか。
めちゃくちゃ立地がいいのだ。本八幡駅から徒歩5分。東京駅から考えても30分ちょっと。入ったら脱出不可能と言われている場所なのだけど、こんなに身近でいいのか。

やってきました本八幡駅。

住所で言うと千葉県市川市八幡。繁華街の先には住宅地が広がっている。
本八幡駅にはJR総武線と都営新宿線が乗り入れていて、少し歩くと京成本線も通っている。駅周辺には飲食店が多くタワマンも建っており、適度に栄えた住みやすそうな町だなと思う。
すたすた歩いていると、

急に姿を現す竹やぶ。これが八幡の藪知らずだ。ゲームだったらテクスチャーのバグを疑うところだが、現実である。

はす向かいには市川市役所。市川市の中心に突然の自然。
知ってはいたが、実際に見ると言葉に詰まる光景だ。神秘的で怖いような気がする区画がぽつんとある。そう広くはないが(幅18メートルほど)、ずっと昔から“入ったら出られない”、“入れば必ず祟りがある”と言い伝えられている。
図書館で読んだ本には、平将門公の家臣6人がこの地で泥人形になり、雨によって崩れたことで大地に怨念が入り混じった……と、そのようなことが書かれていた。怖すぎる。何で急に泥人形になっているのだ。
また、説明看板には“水戸黄門がこの中に入って神の怒りに触れた”というエピソードが書かれていた。何をやっているのだ。インフルエンサーが禁止区域に入ってやらかすのはいまも昔も変わらないのかもしれない。

入り口には鳥居と祠があったので手を合わせた。不知森神社と言うらしい。

別の角度から。怖いと言えば怖いけど、静謐とした空気は好き。
いわくつきとはいえ駅近の一等地。開発しようと声が挙がってもよさそうなものだが、関係者たちはそうしなかった。
科学が発達したこの時代に、連綿と語り継がれているものを大事にする感覚は何かいいなあと思う。超高層ビルを建てる際に地鎮祭をするとか。大人になってもじいちゃんばあちゃんの言いつけを守るような話だ。そういう人は好感が持てる。

ご婦人がかわいいワンちゃんと散歩していらっしゃったので写真を撮らせてもらった。お利口さんだね。
八幡の藪知らずのことは10年以上前から知っていたものの訪問する機会がなかった。きっかけをありがとう、『魔界都市CHI-BA』。
そろそろ日が落ちてきたけど、気分が乗ってきたのでもう1ヵ所くらい見に行きたい。
千葉寺はイチョウが名物
『魔界都市CHI-BA』ではイチカワ(市川市)→マツド(松戸市)と巡ってからチバ(千葉市)を訪問。立派なお寺でイチョウの精霊と出会う。

チバの南西にはポータータワー。リアルにあるタワーと名前が似ている。

チバの知事はケンサク。元千葉県知事の森田健作さんがモデルなのは間違いない。

チバ県庁の1階には名産品がずらりと並んでいる。落花生やびわは有名だが、さつまいもの生産量が全国3位とは知らなかった。

お寺の隣に立派なイチョウ。
千葉県の植物と言えば菜の花が有名だが、あえてイチョウを選ぶということは、実際のお寺にもでかいイチョウの木があるに違いない。“千葉 寺 イチョウ”で検索したら千葉寺がヒットした。最寄り駅は京成千原線の千葉寺駅で、本八幡から電車で50分ほど。
ちなみに、お寺の名前は千葉寺(せんようじ)、駅名は千葉寺(ちばでら)。ややこしい。

本八幡駅からJR総武線で船橋駅に向かい、乗り換えて千葉寺駅に到着。千のポーズ。
繁華街もある市川駅近辺とは違い、ここらは閑静な住宅街。高い建物がないので空が広い。千葉寺駅を北側に出ると右手には幹線道路。夏の湿気を含んだ風が頬をなでた。暑さが鳴りを潜めたわけではないが、昼間よりは散歩向きの気候だ。

幹線道路側を通ると大周りになるので、住宅地の中を抜けていくことにする。

公園の写真を撮ったら絶妙に怖くなってしまった。
10分ほど歩いて千葉寺に到着。残念ながら閉門時間を回っていたので中には入れなかったが、幽玄な雰囲気が気持ちいい。夏の夕闇とお寺のコラボレーション。

千葉寺の仁王門。かっこいい。


外から眺める雰囲気も最高。奥のほうに本堂があるみたい。
和銅2年(709年)に建立された千葉寺は千葉市最古の寺院。翌年の710年には境内にイチョウの木が植えられ、いまや高さは約30メートル。地域のシンボルになっているそうだ。きれいに色づく秋にもう一度見に来たい。楽しみが増えた。
ところで、記事を書く際にwikipediaを読んで、千葉寺には江戸時代発祥の奇習があると知った。その名も“千葉笑(ちばわらい)”。大晦日の深夜に素性がわからないように仮装をして千葉寺に集まり、権力者の不正に文句を言ってゲラゲラ笑いながら年を越すというもの。最高のカウントダウンライブだ。
近年は千葉笑い復興会・千葉笑い実行委員会が2010年度に発足。伝統ある地域文化を残すために活動しており、2025年末にもイベントとして千葉笑が開催されたとのこと。絶対おもしろいから参加してみたい。

千葉寺はチーバくんで言うとここ。のどの辺り。
こういう風習は全国各地にあるようだ。僕は新潟県出身で、地元の民謡・岩室甚句には「早く年貢を出さないと、恐ろしい代官所に言いつけるぞ。圧政を受けることになるぞ。それでもいいのか」のメタファー的な歌詞があり、歌って踊って騒いで鬱憤を晴らしていたらしい。
圧政を受ける側が煽るように歌うのだから、僕のご先祖様たちは精神があまりにもパンクだなと思う。
宿題の提出日に間に合わなかった
『魔界都市CHI-BA』は千葉県ネタを詰め込んだゲームだ。たとえば、主人公たちの名前は千葉県の地名や駅名が由来。
彼らはイチカワ総合高校に通う高校生で、バラキは原木中山、コーノは国府台、ミナトは千葉みなと。チドリは鳥のチドリだろうか。三番瀬や谷津干潟に飛来し、南房総の海岸はシロチドリの繁殖地らしいので、千葉県と関係が深い。
スタート地点のイチカワのモデルは市川市。ミナトは看護科だが、市川市に看護科を備えた高校はないので、モチーフは千葉市の幕張総合高校+市川総合病院かなと思う。


キサラヅ(木更津)の西には海ほたるにつながる道が延びており、戦う鬼はヤンキー風。木更津でヤンキーと言えば気志團だが、彼らは鬼より精霊に近いのでは……という気持ちもある。
史跡・旧跡はいたるところに残っている。ふだんは意識の外に外れているけど、『魔界都市CHI-BA』を遊んだことで目に留まるようになった。RPGのフラグ立てと同じだ。
これまでスルーしていたものがゲームを通じて意識の内側に入ってくる。本作を遊んだ市川市の子どもたちが「手児奈さんって何なんだろう」と興味を持ったらすてきだなと思う。ひとつ見たらほかのことも気になり、現地を歩いたりネットで調べたら別の情報にたどり着いて、知識が芋づる式に増えていく。
自由研究として始めた手児奈巡り。本当は8月31日に記事を出したかったが、間に合わなかった。1週間ちょっとくらいは先生も提出を待ってくれるかなと期待して、9月に公開した次第である。


よく歩いた後は大衆酒場でご飯。小学生みたいなことをやっておきながら、おじさんの聖地で締める。
そして朗報。11月リリースに向けて準備中のSteam版には僕が住む船橋も実装される。やったぜ。
メインのイベントはないが、強力なアイテムを買えるとのこと。船橋と言えば何だろう。ホンビノス貝、なし、小松菜、ばか面……。

今後、もし船橋の精霊を出すならさざんかさっちゃんを希望します。船橋は“政令”指定都市になれていないけど、こっちはぜひ精霊に。