“VR元年”と呼ばれる2016年だからこそのセッション

 2016年3月3日~4日、福岡にて、ベンチャー・スタートアップ向けのイベント“B Dash Camp 2016 Spring in Fukuoka”が開催された。本イベントでは、国内外のインターネット業界の第一線で活躍する経営者や業界関係者など、錚々たる面々が登場し、貴重なセッションなどが行われた。

 3月4日には、“2016年から始まる未来~The Future of VR Games”と題されたセッションが行われ、水口哲也氏(エンハンス・ゲームズ Founder/CEO)が出席。モデレータは藪考樹氏(モブキャスト 代表取締役社長 CEO)が務めた。
 水口氏はモブキャスト創業時からの付き合いがあるそうで、2015年1月には米国法人エンハンス・ゲームズとモブキャストが共同で、『ルミネス』シリーズおよび『メテオス』シリーズの権利を取得している。

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 3つのテーマに沿って行われた今回のセッションリポートをお届けしよう。

時代が追いついた~水口哲也氏がVRの現在と未来を語った“2016年から始まる未来~The Future of VR Games”の模様をリポート_01
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▲藪考樹氏(モブキャスト 代表取締役社長 CEO)
▲水口哲也氏(エンハンス・ゲームズ Founder/CEO)

●I.VR Market(Worldwide)

 まず藪氏から、VRに関する市場規模(ワールドワイド)が説明された。Tracticaによると、2020年までにVR市場は全体で約2.7兆円。VRコンテンツでは約1.7兆円となり、ゲームコンテンツをその売上の40%と仮定すると6800億円になると紹介された。
 この数値について水口氏は、「今年はVR関連でさまざまなものがスタートしますが、十分考えられる数字」と分析した。VR市場は、まずはゲームなどのコンテンツが主導し、さらにさまざまなエンターテインメントが入ってくると予想した。続いてBloombergによる2025年のVR/AR市場の内訳予測の円グラフが示され、ゲームがもっとも大きい割合を占めている。入口はVRによる没入的なコンテンツでスタートし、だんだんとソーシャル的なARへと発展していくと見る。水口氏は、ゲーム同様、音楽やスポーツなどを含めたライブイベントに大きな需要が出てくるだろうという。個人的な見解として、「感覚的に片目8Kが臨界点」とし、それを超えると人間の目を超えてしまうが、10年以内に“片目8K”は実現し、示された数値にはリアリティーがあると話した。
 藪氏も、映像技術の発展によりVR中継ができるようになり、ライツビジネスのひとつとして“VR配信権”が出てくるはずだとし、それには水口氏も同調した。2020年の東京オリンピックには間に合わないだろうが、VRを使うことで、いずれ“Super Specialシート”といった特別な席ができるだろうとも予測した。藪氏もビジネス的な見地から、(NFL)のスーパーボウルや(ゴルフの)マスターズのVR配信ができるようになれば、権利獲得も相当たいへんになるだろうと話した。
「音楽アーティストでも、“VRの配信は○○で”となる可能性があるでしょうね」(水口氏)
 一方で、医療等の専門分野に関しては、解像度や機器の導入費用など、要求されるもの高くなるため、市場をけん引するものではないという。そのため、両氏はマネタイズを含めたVR市場の立ち上がりは、きっとゲームから始まるという見方で一致した。

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 藪氏が海外における“VRの熱狂具合”について水口氏に聞くと、その立場によって異なり、シリコンバレーのような技術の最先端や投資家たちはすでに盛り上がりが一周し、現実的なものとして捉えているそうで、一方、ユーザーレベルでは新しい体験を求めているとのこと。昨年12月に開催された“PlayStation Experience 2015”でPS VR対応の『Rez Infinite』を発表した水口氏は、それをヒシヒシと肌で感じたという。日本ではスマートフォンがゲーム市場を席巻しているため、その温度差も感じるそうだ。グローバルで約4000万台を販売しているプレイステーション4だが、とくにアメリカのユーザーは新しい体験を求めている。また、初代PSから現在のPS4まで、どんどんグラフィックや音楽はきれいになってきたが、基本的には四角いモニターの中で遊びを提供してきたわけで、そこに本当の意味での大きなイノベーションはなく、ゆえに今回のVRによるゲーム体験に変革にエキサイトしている人が非常に多いと話してくれた。

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 つぎに藪氏が示したデータは、グローバルでどのくらいの企業がVR市場に参入しているかというもの。それによると、ハード関連で43社(うち日本は2社)、VRゲームは約90タイトル(うち日本は11社13タイトル)、PS VRの2016年配信予定タイトルは15タイトル(うち日本は1タイトル)。
 水口氏は、SCEが“Morpheus”から“PS VR”に名称を変えてきたことに本気度を感じたのだそうだ。いわゆる周辺機器やアクセサリーではなく、ひとつのカテゴリーを作ろうとしている姿勢が現れているといい、実際にSCEAのスタッフの本気度の高さを肌で感じているという。また、Oculus RiftやHTC Viveの販売価格に対し、「恐らく再来週のGDCで発表になると思うが、PS VRが発売時期や価格設定をしてくるのかによって、市場の反応が大きく変わるでしょうね」と水口氏。それにかぶせるように藪氏が「クリエイターとして、いくらくらいがよいか」とズバリ尋ねると、「う~ん、やっぱりね699(=69900円)はないでしょうね。それだとユーザーは失望してしまうと思う」とし、またSCEの強みはプラットフォームを持っているおかげで、VR市場に可能性を見出すのなら、ソフトウェアを中心に展開できることだと分析した。ユーザーが持っている「VRには興味があるけれど、環境を整えるのがたいへん」という懸念に対し、「PS4につなげてこの値段なら体験したい」という価格設定があるだろうとのこと。「ここでは値段を言いませんし、そもそも知りませんが、かなりアグレッシブな価格を出してくるのではないか」と水口氏。

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●II.Enchance Gamesの挑戦

 エンハンス・ゲームズは、2014年にアメリカ・カルフォルニア州に設立・登記された会社。ご存知の通り、水口氏はこれまで『セガラリー』に始まり、『Rez』や『ルミネス』など、25年に渡ってゲームクリエイターとして活躍してきた。水口氏の作るゲームの特徴として、体験する気持ちよさや新しさを追究してきたことが挙げられる。なかでも2001年の『Rez』を作った当時の水口氏の頭の中では、VRのイメージで作られていたそうだ。「将来はこうなったらいいな」という妄想を持ちつつ、当時の3:4の画面にアイデアを押し込むのはツライ作業だったのは容易に想像できる。いまのVRの環境は、『Rez』を作っていた当時の水口氏が考えていたイメージが具現化されたようなもので、VRの時代が来たらライセンスを獲得して必ず再現するべく、それがPS VRの『Rez Infinite』へとつながるのだ。

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 ちなみに水口氏は、「『Rez Infinite』は今年の秋から年末にかけてリリースする予定」とポロリ。当時の画面で表現できなかった部分も当然作り、解像度はフルHDかそれ以上にも対応できるようにデザインしているそうだ。もちろん、サウンドも立体的に聞こえるように配慮している。そして、“PSX 2015”で公開された動画(シナスタジア・スーツを着た水口氏がサプライズで登場した動画)が紹介された。

PlayStation Experience 2015: Rez Infinite - Live Debut | PS VR

 VR化が待ち望まれてきた『Rez Infinite』が、国内外のメディアから賞賛を浴びたのは周知の通り。また、東京・六本木ヒルズで開催されている“Media Ambition Tokyo”では、3月21日まで18時~22時まで、このシナスタジア・スーツを体験できるイベントを開催中だ(要整理券)。
 現在でも『Rez』が“昔発売されたゲーム”という認識ではなく、新しい体験として捉えられているのは、水口氏にとってとてもうれしいことで、勇気や力を得たそうだ。また今年のGDCは“VR GDC”と言われるほど、VRに特化した発表やセッションが非常に多く、さらにUnity主催の“Vision Summit”なども開催されるなど、VRが過熱する一年になりそうだ。

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●III.VRゲームはマネタイズできるのか?

 最初に示された数字は、PS4のワールドワイドでの普及とアクティブユーザーの(推定月間6500万人)について。このユーザーは、テレビや映画と同じように、生活の一部にゲームが必要不可欠と考えている層で、年齢層も幅広い。PSストアの月間売上もグッと伸びている。VRが出る前から、すでにそれだけのユーザーの裾野が広がっていて、満を持してPS VRが登場することになる。
 そういった状況について、藪氏は「VRに参入するタイミングはすぐそこまで来ている」と言い、水口氏に『Rez Infinite』をどのようにマネタイズするつもりなのか質問した。
 水口氏は『Rez Infinite』は“売り切り”で販売し、値段は検討中でまだ発表はしないとのことだが、いま注力していることは「本当にいいものをきちんと作る」というシンプルな考えかた。
 2001年に制作された『Rez』は新しい体験としてユーザーは認識されているので、新しい『Rez Infinite』は新しいユーザーはもちろん、当時のユーザーもまた反応してくれるはずで、ユーザー数はかなり増えるだろうと見込んでいる。VRに新しい体験を求める人たちは今後どんどんと増加することを考えれば、本当にいいものを作ることで、5年後、10年後も売れ続けるコンテンツになるはずだと水口氏は言う。
 販売形態も未定ではあるが、「デジタル配信は非常に楽」(水口氏)。ストアに置くだけで売れるので、余計なコストがかからないのが最大の利点だ。10年前にやりたかった販売形態がいまならできるようになり、また以前よりコストがかからなくなったという。加えて技術的な確信や開発エンジンが充実したこともあり、10年前の労力を100とするなら、現在は70~80くらいの感覚なのだそうだ。優秀なスタッフを厳選し、少数精鋭で作業を行うエンハンス・ゲームズは、多くの社員を抱える必要がなくなり、水口氏はそれを“アライアンス”と呼んだ。また、その“アライアンス”を参考にしたのが、モブキャストの“プロ契約”。高いスキルや実績を有した人材に対し、就業規則にとらわれず、自己管理で働いてもらう雇用形態だ。藪氏は「水口さんの行っている雇用形態をマネしたのが、“プロ契約”です」と明かしてくれた。
 環境が整い、技術も進化していることもあり、昔なら苦労したような事案が減ってきたという。しかし、水口氏が心掛けているのは、最初に綿密なプリプロダクション……開発前の準備を行うこと。現在手掛けているプロジェクトの中にも、一年半ほどプリプロダクションを続けてきて、やっとのことで開発に着手したものがあるそうだ。

 成熟しつつある市場があり、コストの軽減や開発期間の短縮が顕著ないま、3D開発の経験者がいればすぐにでもVR市場へ参入できる。しかし、もっとも必要なものとして水口氏は発想の転換を挙げた。ゲームをただVR化すればいいのではなく、VRならではの新しい体験を提供すること。そこを履き違え、それまでと同じ目線や発想でVRのコンテンツを作っても苦労するだけだろうとアドバイスしてくれた。藪氏も、ここ数年、若い優秀なエンジニアはIT業界に流れてしまったことを危惧した。
 一方で「チャンスでもある」と水口氏。水口氏がゲーム業界に入った当時はいまのように開発環境も整っておらず、自分たちで苦労しながら環境を整えたり、スキルをアップさせていったそうだが、そのころ苦労したクリエイターはまだゲーム業界で働いているので、彼らのもとで新しいタレントが出てくる可能性やチャンスがあるという。

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 最後に藪氏が今回のセッションを、「VRが来るか来ないか、少なくともゲームに関してはすぐそこまで来ている。今年、大きな売上を見込めるコンテンツが出てくるのは間違いない。日本では参入している会社が少ないが、ゲームのVR市場が大きくなっていくと、技術者も増えていき、映像やARの分野のエンジニアも増えていくはず。2016はVR元年として、参入するタイミングではないだろうか」とまとめた。
 また水口氏は、「やりたいものがたくさんあり過ぎて、現在のスピードで進めると間に合わないので、思い切って考えかたを変えて、資金調達をしようと思います」と宣言。藪氏が「会場にお越しのベンチャー・キャピタルの皆さん、今年はVRが大チャンスですから、いますぐ行動してほしいと思います」と強力な援護射撃を行い、セッションを締めくくった。

 セッション終了後、水口氏と藪氏にインタビューを行った。興味深いおふたりのインタビューは後日公開するので、乞うご期待!

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