――小林さんや小寺さん、内田さんのお話から、仕様書を作らずに開発を進めたということを教えてもらったのですが……。
高梨 なかったですね。何となくおおまかに「こういうことができるといいね」ということが決まってから、実際に仮のデータを組み上げて、雰囲気をつかんでいく感じでした。仕様書を書いている時間がなくて、「もう、みんなで決めていってしまったほうが早いね」という一面もありました。
――あえて言えば、みんなの頭の中に仕様書はあったということですね?
高梨 そうですね(笑)。本制作に入る前に、コンセプトアート担当の石原に、けっこうな枚数の絵を描いてもらっているので、そのへんがひとつの指針にはなっています。困ったら、石原の絵に戻って考えればいいという。しっかりとした基準があったという意味では、すごく恵まれていたかもしれないですね。
――逆に言えば、コンセプトアートをちゃんと形に落とし込める才能のある人たちが揃っていた?
高梨 それはあると思います。みんながみんな癖のある人たちばかりですが(笑)、多彩な才能が揃っていました。いまのスタッフじゃなかったら、いまの『エデン』とは違った作品になっていたはずです。そのへんはわからないです。もっとうまくいっていたかもしれないし、わからなかったかもしれないし。とはいえ開発は、試行錯誤の連続でした。とくに最初のころとか。
――あら、どのようなところがですか?
高梨 極端な話、最初に目指していたところって、もっとジャンルの境界線がないような、「これって、ゲームって呼んでいいの?」というようなものだったんです。ゲームなのか、グラフィックイコライザーなのか、ちょっと判断がつかないような。結果として、ゲームっぽく完成したのは、いい点もあるし、悪い点もあると思いますね。
――あえて、極端に走るのは抑えた?
高梨 最初のころはいろいろ考えました。『エデン』という作品を遊んでくれるターゲットを考えたときに、やっぱり水口哲也の作品を愛する方々だったりするわけじゃないですか。そうすると、『Rez』のような作品を求めているということはすぐ念頭に浮かぶ。「ああいうものを求めているんだろうな」というところで、『エデン』は基本シューティングで行こう、というのは最初から揺るがないところだったですね。最終的にはそこに落ち着いたんですよね。もうちょっと冒険したいというところもありつつ、独りよがりにならないように抑える……というのはありました。
――それでも、世間一般の基準に照らし合わせたら、相当冒険している作品ではありますね。
高梨 そうなんですよね。最近すごく減りましたよね、とんがった作品って。『エデン』の開発に関わったメンバーって、当然王道のゲームも大好きなわけですが、「いまのブランド指向の強い開発状況にひと泡吹かせたい」というのはあると思うので、そういう部分は大切にしたかったです。
――ああ。『エデン』では、“気持よさ”や“シナスタジア”という表のテーマはありつつ、裏ではいまのゲーム業界の風潮に風穴を開けてあげたいという思いがあったのですね?
高梨 はい。けっして「そういうふうにやるぞ!」と声を揃えたわけではないのですが、必然的に見ているところはいっしょでした。もっと言えば、今回の『エデン』を基本に、さらに違うものに派生していけたらいいなと思っているんです。つぎはさらにとんでもないことができるかも……と、みんなは口には出さないですが、なんとなく虎視眈々と狙っています。
――その足がかりが『エデン』?
高梨 そうですね。たぶんユーザーの皆さん的には、『エデン』は『Rez』の続きという認識かもしれないですけど、僕ら的にはスタートのタイトルという感覚に近いです。とはいえ、僕らの中で『Rez』に対するリスペクトはあって、最初にディスカッションしたときに「『Rez』と比べてどうなの?」というのは、大きな基準になっていました。そういう意味でもやりやすかったです。何でもないところからの手探りすることほど苦しいことはないので……まあ、僕らの中で『Rez』に関わっていたスタッフはほとんどいないのですが、
――皆さん『Rez』がお好きで、『エデン』は『Rez』に対するアンサーソングみたいなものなのかしら?
高梨 うーん、どうでしょうね。それはあるかもしれないですね。
――さて、高梨さん自身は、どのような感じで『エデン』に関わったのですか?
高梨 全体を見ながらバランス調整、といったところでしょうか。みんなが勝手を言っているときは接着剤のような役割を果たして、保守的な方向に進んでいるときは逆に壊して……とか。一方で、時計を睨みつつ、「こんなんじゃ、終わらないよ?」とお尻を叩いてみたり。
――アートディレクターさんの枠からはみ出していますね(笑)。
高梨 実際のところ、つまらない話をすれば、ゲームは完成しないと発売されないので、『エデン』に関しては、そこはつねに監督していました。いいものを作るけど、スケジュール感のないスタッフもいるので、「なにやっているの?」とか、相当にくどいくらいに言わないと進まない人も多い(笑)。でも、ほかにスケジュール感が強い人がいたら、気にしなかったかもしれない。
――そういう立ち位置を担わされたということですね。アートディレクターとしてはどのようなお仕事を?
高梨 まずは取り掛かりとして、石原のコンセプトアートを僕のほうで、“動くコンセプトアート”みたいな形で落とし込みますね。で、おおよその方向性を決めたら、その絵をプログラマーさんに見せて、「どういうデータがほしいの?」という話をするという感じでしょうか。
――コンセプトアートをデジタルに落としこむ作業なのですね?
高梨 そうですね。ただ、これは僕の性格なのかもしれないのですが、そのままで作るのは好きじゃないんです。実際、2次元が3次元になったときって、絵だと映えるけど、立体だと映えないというケースは多々あります。根本問題として、「そのまま作って(スケジュール的に)間にあうのか?」ということもある。そのへんのことをもろもろ踏まえて何となく頭の中で崩す感じで作ります。石原のコンセプトアートを、何となく噛み砕いて自分が都合のいいように消化する感じですね。
――アート面で苦労したことは?
高梨 あまり苦労はなかったですよ。うちには、強力なプログラマーもいますし、技術と知識があれば、ある程度何とかなったかなと。まあ、実際のところ技術的なところで見れば、『エデン』はそんなにすごいことはやっていないんですよ。わかる人が見ればわかることなのですが……。「すごい!」と評価してもらえるとしたら、それは見せかたが上手だったのかなと思います。
――アート面から『エデン』の特徴である“気持よさ”や“シナスタジア”へアプローチするための試みは?
高梨 うーん……。今回、音に合わせて画面はいろいろと動いているのですが、ほかのゲームだったらアニメーションとして“動きのデータ”として持つところなのですが、『エデン』ではそういうデータは一切持ってないんですよ。画面に表示される映像は、モーションデータではなくて、「このデータの、この色とこの音をここに合わせて動かす」という情報でつながっているんです。
――あらかじめ作られた動きではなくて、状況に応じて自在に変化する感じといったところでしょうか。
高梨 『エデン』には、ユーザーのコントローラの入力にちゃんとインタラクティブに反映させるのが大前提としてありました。通常のゲームのような、最初からあらかじめ用意されていているアニメーションデータを、コントローラの入力に合わせて変えるというのは、ちょっと違ったんです。もっともっと、アナログにファジーに変えていかないといけないし、何回遊んでも同じ絵にならないようにしないといけない。まあ、プレイが上手になればなるほど、絵と音と色がきれいにつながっていくような絵作りをめざしていましたからね。音楽に関わっているスタッフも多いので、そのへんはうちの強みだったかなと。たとえば、Aというデータは同じでも、データのつなぎかたを何種類も用意しておけば表現はがらりと変わる。そういうことをやっていました。まあそれでも、最終的に完成したものは、まだまだ硬いかなという印象はありましたけれど……。組み合わせが無限にあるわけではなくて、つなぎかたを何種類が持っているという段階でロジカルじゃないですか。僕らのほうで制御できる。でも、ファジーというものは、本来制御とかいう考え自体が存在しないですからね。
――うーん、そうなると収集がつかなくなってしまいますよ?
高梨 そうですね。最初はそこまで考えたのですが、あまりにも音とゲームとプログラムがくっつき過ぎるとゲームとして調整しづらくなるという話になって、いまの感じになりました。
――なぜ、そこまで収集がつかないものを志向されるのですか?
高梨 水口の好みじゃないですかね(笑)。それで、彼の「こういうものを作りたいんだ!」という1本の芯があるからこそ、僕らもそれに合わせてやってみようという気になる。さっきも言いましたが、有象無象のひとつになるよりは、とんがっている作品のほうが、作っていておもしろいというのは、みんなの共通認識だったので、「たいへんだけどやる?」というのは、作っていて思っていたことです。
――ここは見てほしい、ここはしてやったりといった点はありますか?
高梨 『エデン』はステージごとにテーマが違っていて、ビジュアルも異なるので、そのへんは別々のゲームとして楽しんでいただけるといいかもしれません。それぞれタイプの違うステージなので、けっこう好みが分かれるかもしれません。実際に作っている開発者でも、好き嫌いがわかれましたね。
――とくに開発者に好まれたステージなんてあります?
高梨 本当にバラバラですよ。個人的には“パッション”がけっこう好きかなあ。開発したタイミングもあるのですが、ビジュアルとゲームとしての遊びのバランスもけっこうこ慣れてきていたところで、遊んでいて単純に楽しいです。“パッション”はとにかく仕掛けが多いので。そのぶん、アート的にはいちばん手間はかかりましたけど(笑)。うちのディレクターはけっこう無茶を言ってくるので、どうやって形に落とし込んでいくかで、本当にたいへんでした。
――どんな無茶ぶりを?
高梨 たとえば、中ボスにいきなり人が出てくるんですよ。「なんで、ここに人がいるの?」と思ったりするのですが、『エデン』はイメージ先行でモノが作られている部分はありますからね。どうやって遊びにするかで試行錯誤しました。そもそものアイデアは、走っている人が攻撃を仕掛けてきて……という感じだったのですが、単純作業の連続だったんですね。音的にもぜんぜんつまらないし。それで「どうする?」ということになったのですが、最終的にはこっちの敵にはこの攻撃しか効かなくて、こっちの敵にはこの攻撃しか効かないというふうに属性をわけて、ロックできる場所を体の部位ごとに設定したんですね。あとは音も撃つ場所ごとに変えるようにして。それで奏でている感はあるので、BGMにあわせて弾を撃ったりとかもできる。とくに何かすごいゲームプレイが必要というわけではないのですが、印象に残るエリアにはなっています。
――ああ、試行錯誤ぶりが伝わりますね(笑)。
高梨 はい(笑)。ほとんどのステージがそんな感じだったので、「いい加減にしてくれ!」と(笑)。まあ、作りかたとしてはおもしろかったんですけどね。終わったからそう言えるのですが……。
――では、最後に読者へのメッセージをお願いします。
高梨 そうですね……では、ちょっとした耳寄り情報を(笑)。『エデン』は海外ではXbox 360版のあとにプレイステーション3版を出すのですが、そのため開発のタイミングは多少ずれがあるんですね。プレイステーション3版のほうは、Xbox 360版の開発が終わった後で、残ったスタッフ何人かと3ヵ月くらい作業をしていたのですが、僕がこういう性格なので、Xbox 360版とはけっこう中身が違うんです。
――あら、そうなんですか?
高梨 そうなんです。絵とか相当違いますよ。背景ひとつとってみても変えていますから。好きな人は見比べてみるとおもしろいと思います。
――なぜ中身を変えたのですか?
高梨 プレイステーション3用にデータを最適化する期間ではあったのですが、僕的にはただ単に最適化するだけじゃつまらないという考えかたがあって、「変えちゃえ、変えちゃえ」という(笑)。あと、プレイステーション3版は3Dへの対応もあったので、どうせデータを叩くのなら、3Dにしたときにもっと見た目が映えるようにしたかった。
――海外で発売時期がずれたことのメリットかしら(笑)。
高梨 まあ、ふつうはやらないと思うんですけどね(笑)。「どうせやるなら、とことん変えてやれ!」という。実際のところ「ここを変える」とみんなにリポートしていたわけではないので、中身を変えたつぎの日に出社すると、プロデューサーから「なんか、見た目がおかしくなっているけど、バグじゃないの?」とびっくりされたりして(笑)。もちろん、Xbox 360版のほうもいいんですよ。まあ、Xbox 360版とプレイステーション3版はバージョン違いということで楽しんでいただけるとうれしいですね。
――そのへんの自由度の高さも『エデン』ならではといったところかもしれませんね。
高梨 そうですね。楽しまないと。『エデン』はとても疲れるプロジェクトだったのですが、いやなストレスはなかったです。スポーツを終えたあとのようで爽快でした。そういう意味では、「いいタイトルに出会えたな」という実感があって、すごく幸せだったと思います。
■キューエンタテインメント歴
3年半
■これまでに手がけたおもな作品
『セガラリー2』(ドリームキャスト・PC)
『タイピング・オブ・ザ・デッド』(アーケード・PC・ドリームキャスト)
『ジェット・セット・ラジオ』
『ガン・ヴァルキリー』
『サカつく』シリーズ(セガサターン・PC・プレイステーション2)
他多数。
■座右の銘
ハードに、マイペースで!
■特技
絵とか、ものづくり全般(あたりまえか)
自転車
■趣味
自転車に乗ること!(ゆっくりから、レースまで)
■好きなゲーム
結構やりますが、心のそこから震えるようなものに出会ったことはまだない。そういうものを自分が作れればいいと思っている。
■水口さんにひと言!
楽しい仕事をもっとちょうだい。
いっぱいお金を持ってきてくれれば、後は、天才的な現場がばっちり仕事するので、心配無用ですよぅ。