『GTA3』で大きく変化したゲーム業界
2016年8月24日~26日の3日間、パシフィコ横浜で開催された、日本最大級のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC 2016”。会期1日目の8月24日に開催されたセッション「Why Japanese People! 日本のクリエイターよ、大志を抱き遥かなる大海を超えろ!」のリポートをお届けしよう。
本セッションで講演を行うのは、Digital Development Management 日本支社取締役のBen Judd(ベン・ジャッド)氏。日本のゲームはどうすれば海外でヒットするのか、その手段を紹介するという内容だ。
ジャッド氏は現在、ゲーム特化エージェンシーの会社DDMに所属。多くのメーカーと取引があり、どの会社でどのようなプロジェクトが動いているということを把握しているため、「誰よりも客観的な立場で状況を分析できる」と語る。
まずは、現在のゲーム業界の状況が解説された。“日本で物事をスタートさせるのは、簡単ではない”と語るジャッド氏だが、その理由は「鎖国を行ったという過去があるため、自然と鎖国的な決断を下してしまう、“島国根性”があるように見える」だそうだ。ゲーム業界でも鎖国的な期間があり、たとえばファミコン時代は欧米市場では後付け、という考えかたであった。最近のモバイルゲームでは、この例が顕著であるという。
しかし、スーパーファミコンや初代プレイステーション時代、日本のパブリッシャーは海外展開に成功してきた。実例として、『バイオハザード』、『メタルギア ソリッド』、『スーパーマリオブラザーズ』、『ゼルダの伝説』、『デビル メイ クライ』といったシリーズを挙げた。「当時、ワールドワイドでヒットしたゲームはかなり珍しい」(ジャッド氏)。
しばらくその状況が続いたが、あるゲームがその時代を終わらせた。言わずと知れた『グランド・セフト・オートIII』だ。ヒットしたのはもちろん、これまでテレビゲームを真剣に取り上げることはなかった、アメリカの有名なニュース番組でも扱い始めた。これは「ありえないことだった」と当時を振り返るジャッド氏。『GTA3』の登場で、ゲーム業界は大きく変わったという。
海外では『GTA3』タイプのゲームが増加し、海外ユーザーの興味は、日本のゲームから海外ゲームへ徐々に移っていった。ジャッド氏は当時、東京ゲームショウのソニーブースへ行ったところ、海外産タイトルが半分以上もあったことに驚き、「これは僕が知っているTGSではない」と感じたそうだ。
さて日本でも、“『GTA3』っぽいゲーム”を作ろうとチャレンジ。だが、いずれもあえなく失敗した。理由のひとつは、“ハリウッドから遠すぎる”こと。「『GTA3』の魅力のひとつは、ハリウッドの声優や俳優を使っていること。海外のパブリッシャーはハリウッドに近いから彼らを利用しやすい」とジャッド氏。
もうひとつの理由が予算。これは「全然違う」そうで、たとえばジャッド氏がカプコンに在籍していたとき、カプコンで作成したオープンワールドゲーム『ビートダウン』は、「おそらく『GTA3』の1/20ぐらいの予算」だそうだ。
オープンワールドのゲームを1から作成する場合は、100億円ぐらいかかるそう。海外のパブリッシャーはそのことをわかっているから、企画書に“オープンワールド”という単語があるだけで「えーっ!」と敬遠するとのこと。「日本には、これだけ予算をかける勇気があるパブリッシャーはないだろう」とジャッド氏は話す。
ごく最近では『ポケモンGO』が世界的にヒットしているが、こちらは売り上げの大半がGoogle、Apple、Nianticという海外メーカーへ行くため、「海外の成功例となってしまう」と語る。
日本のゲームを海外でヒットさせるための3つのカギ
では、どうすれば日本のゲームが海外でヒットするか。「前置きが長くなりましたが、ここからが本題です」と、3つのキー戦略を提唱した。
ひとつは、“ファンの視点からゲームを考える”こと。そのひとつとして、以前のIP(知的財産)を復活させる手法が紹介された。
まずはケーススタディとして、ジャッド氏が以前手がけた、『バイオニックコマンドー』シリーズについて言及。3Dでキャラデザインを行ったが、「これが大失敗。ファンはこのキャラデザインに、原作のエッセンスを感じなかった」と当時を振り返るジャッド氏。「ファンの気持ちを無視しては失敗する」と原因を語った。また、コアなファンは、3Dよりも2Dを好む傾向があることにも触れる。「当時はファンの声を半分しか聞いていなかった」(ジャッド氏)。
実際に復活させるとして、どのブランドのゲームを作るべきか。プロデューサーの立場では、いろいろ聞きたいことがあると思うが、こんなことを聞くといいという「いい質問」を紹介。
ひとつは、ターゲット。日本なのか、海外なのか、そして年齢層は。「それは基本でしょ」と思われるかもしれないが、日本に詳しい人は、海外市場を見たときにズレが生じるそうだ。逆に、海外の人も、海外市場と同じ意識で日本市場を見ても、ズレが生じてしまう。「いろいろな視点で考えなくてはならない」(ジャッド氏)。
実際にリリースするならば、より多くの数が売れるように狙いたいところ。しかし、ジャッド氏は「ビジネス的には、よりせまいターゲット層を狙うことはアリ」と語る。「みんななぜかマスマーケットを狙うが、最近のタイトルでは、マスマーケットを狙わなくても十分黒字に仕上げられる」(ジャッド氏)。
その手段のひとつが、多くのユーザーからではなく、ユーザーひとりあたりに使ってもらう金額を多くすること。せまいターゲット層のファンは、「欲しがっているゲームが与えられていない」状況にあるとジャッド氏は分析。そこに求められているIPを復活させれば、ファンはダウンロードコンテンツやプレミアムパッケージを買ってくれるというわけだ。そのサポートシステムのひとつがクラウドファンディングで、「少ない人数で、より儲かるタイトルが作れる」とジャッド氏は語る。とくに海外では、豪華な特典が付いたプレミアムパッケージが盛り上がるそうだ。「ニーズがあるのに、そのニーズに向けて商品を出していないのは、ビジネスとして基本的にアウト」(ジャッド氏)。
ジャッド氏はまた、IPを復活させる時期が重要とも指摘。適切なタイミングは、原作がリリースされてから5~10年。根拠に関しては「『ストリートファイターIII』から『ストリートファイターIV』を見るとわかりやすい」。「いつものように『ストリートファイターIII』から2年後に続編が登場したのであれば、『ストリートファイターIV』はここまでビッグにはならなかったであろう」と語る。また「現在はビッグなシューティングが出ていないから、しっかり作ればヒットすると思う」と、シューティングが狙い目であるとも述べた。
さらに予算の問題にも触れた。AAAクラスのタイトル、たとえば『コール オブ デューティ』シリーズのような規模で復活させるのであれば、狭いユーザー層を狙うのは間違いだが、「ビジネスとしては10億円ぐらい儲かるのもアリ。今後はそのような考えかたも必要になってくる」と語る。とくに海外のAAAタイトルは100~200億円、場合によっては400億円も予算をかけているので、「そのまま勝負するのは戦略ミス」とのこと。
続いて、ジャッド氏が考えた、海外ユーザーが復活を待ち望んでいるタイトルが紹介された。いずれもゲーマーには有名なタイトルで、パブリッシャーも大手であるため、「“ユーザーの声は理解しているのでは?”という疑問も当然あがる」とジャッド氏。だが、実際にリリースされないのは、リスク回避を強いられているからだと解説した。
その原因のひとつが、上層部は数字しか見ないから。プロデューサーがよい企画書を出しても、上層部が数字的にイマイチと判断したら、企画は通らない。
ジャッド氏は「現在はインディー系が盛り上がっていて、2Dのドット絵ゲームを遊びたがっている人がとても多い」と分析。10年前にPSPでリリースされた『極魔界村』を例に挙げ、「10年前と現在では、市場が全然違う。いろいろな値段帯もあるので、ビジネスモデルを工夫していけば儲かる」と、ドット絵に大きな可能性があることを述べた。
続いて、いい復活例も紹介。『ファイナルファンタジーVII リメイク』や『Sonic Mania』が挙げられた。「『Sonic Mania』は、ここ10年の『ソニック』シリーズでいちばん盛り上がっている」とジャッド氏。
ふたつめのキー戦略は、クラウドファンディング。DDMは『Mighty No. 9』や『Bloodstained: Ritual of the Night』など、メジャーなキャンペーンに10回ほど参加し、これまで約15億円もの投資金を獲得。「世界でもっともクラウドファンディングのキャンペーンを成功させてきた会社」(ジャッド氏)。「ファンの気持ちを理解し、どのようなパッケージングをすればファンが盛り上がるか、おもしろい内容にできるかのノウハウがある」と語る。
大手パブリッシャーは、クラウドファンディングに注目するべきだと意見を展開。恐れるべきかどうかは半々だそうだ。
まず恐れるべき理由だが、それはファンを奪われるから。「ファンが望んでいる物をIPパブリッシャーが出さなければ、違う人がリリースし、そのIPのファンはそちらに奪われてしまう」と解説。クラウドファンディングに投資する人は、多くのお金を出してくれる人。「そんなファンを失うのは恐れるべき」と語った。「販売本数だけで見るわけではなく、ひとりがどれだけお金を出してくれたかも重要」(ジャッド氏)。
逆に恐れなくていい理由は、「うまく使えば、フォーカステストと同様のことを、低コストで行える」からだそうだ。フォーカステストを行うにはゲームのプロトタイプを作成しなければならず、その費用は2~3億円。だが、クラウドファンディングならば、キャンペーンを250万円ほどで展開できる。「無料でのPR効果も強い。ファンを大切にすれば、ずっとそのファンはついてくる」(ジャッド氏)。
クリエイター視点でも、恐れる理由は半々だ。恐れるべき理由としては、「いいゲームを作れなかったら、2~3万円を出してくれた熱狂的なファンを裏切ることになり、ずっと根に持たれる」と解説。またクリエイターとしての評判も下がるため、今後の活動に尾を引くことになる。ただし、名作を作れれば、続編を2~3本作れるほどの資金が集まるほど成功することもあり、リターンも大きい。
続いて、クラウドファンディングのキャンペーンを成功させる秘訣が紹介された。そのひとつが、特別なキャンペーンにするために、商品化したときの仕掛けを考えること。たとえば『Bloodstained』では、ダウンロード版だけではなく、ディスク版を作成することを決め、これが非常に盛り上がったそうだ。「通常ならば、このゲームの価格帯は4000円前後。だが、ディスク版の価格は6000円ほど。先ほど述べた、よりお金を使ってくれるファンが購入してくれるんです」とジャッド氏。
またキャンペーン中の情報公開も重要。『Bloodstained』では事前に決めたネタを週に3回ぐらいの頻度で公開。ネタの内容も重要で、“アートがもらえる”と公開した際には、それだけで資金が400万円ほど集まったそうだ。
キックスターターは最初と最後の5日間は盛り上がるが、間の20日間はまったく盛り上がらない停滞期。「その期間にも定期的にチェックしてもらえるよう、どのような情報を出すかも大切。『Bloodstained』では戦略的にインフルエンサーを利用し、停滞期でも所々で5万ドル、8万ドルぐらいの資金を得られた」とコツを語る。
さらに、ファンの声を聞くことも重要とのこと。たとえば「主人公は女性がいい」とファンの声が上がったとき、リアルタイムに内容をシフトしていく柔軟性も求められるそうだ。「クリエイターはみんな職人で、こだわりがある。作品を変更したくないとは思うが、ファンの声を聞くかどうかで、明暗が分かれることもある」(ジャッド氏)。
最後のキー戦略は、グローバルトレンドに乗っかること。ここ3~5年、欧米は3つのトレンドにフォーカスしているという。
ひとつめのトレンドは、e-sports。Activisionがe-sportsの企業を買収するほど儲かっているが、「日本は出遅れている」とジャッド氏。その理由のひとつは、カプコン以外のパブリッシャーが消極的とのこと。また日本人は対戦よりも協力を好むという、文化のズレもあるそうだ。e-Sports向けのゲームを作る場合、開発時から取り組んでおくことが絶対条件で、「後付けは絶対にダメ」と強く提言した。
もうひとつのトレンドは、アイテム課金。海外メーカーは、日本のモバイル市場におけるガチャシステムの成功例を研究し、『コール オブ デューティ』や『Destiny(デスティニー)』といったAAAクラスのゲームに組み込まれ、成功しているそうだ。「海外で成功させるには、タイミングが大切」(ジャッド氏)。
3つめのトレンドは、インフルエンサー。彼らはいわば“デジタル版ハリウッド”で、ブラッド・ピットやトム・クルーズと同じぐらい影響力があると言われている。うまく活用すれば利益はかなり変わるそうで、「彼らが“買って”と言うと、彼らのファンの4人にひとりは買ってくれる」とジャッド氏。ギャランティを払ってレビューしてもらう手もあるが、“このタイトルを早く遊ばせてあげるから、レビューしてほしい”というように、予算をかけずにPRとして利用する方法もあるそうだ。もっとも、「日本ではパブリッシング的な見地から、理解やアプローチは難しい」とジャッド氏は分析。
3つのキー戦略を述べてきたが、共通して重要なのは“ファン”であると総括するジャッド氏。また、パブリッシャーは、よりファンの目でゲームを見て、新しい物に挑戦することも重要と述べた。その理由として、『Bloodstained』、『マインクラフト』、『ロケットリーグ』といったタイトルを例に挙げる。「大ヒットしたゲームだが、いずれも大手パブリッシャーはパスしてきた企画。つまり、パブリッシャーは間違えた目でコンテンツを見ている」(ジャッド氏)。
最後にジャッド氏は「皆さんがゲーム業界に入ったのは、きっとゲームが好きだったから。ゲームの開発や企画書を、初心に戻って見てくれたら、いちファンとしてありがたいです」とコメント。会場からは大きな拍手がわき起こり、セッションは幕を閉じた。
過去のゲームを復活させて海外でヒットさせる。そのための手法が理解できる、興味深いセッションであった。なお今回のCEDEC 2016では海外視点で日本のゲームを語るセッションが多数あり、ファミ通.comでもいくつか取材している。まったく異なる意見が述べられているケースもあるため、読み比べてみるのも、楽しいかもしれない。
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