虚淵氏と布袋劇の意外な出会いとは?

 虚淵玄氏(ニトロプラス)と台湾の人形劇布袋劇において随一の知名度とクオリティーを誇る制作会社・霹靂社との日台合同映像企画作品『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』が、いよいよ2016年7月8日(金)より、TOKYO MX、BS11ほかにてスタート。これを記念して、アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』や『PSYCHO-PASS サイコパス』などを手掛け、本作では原案・脚本・総監修を務める脚本家の虚淵玄氏にインタビューを敢行! 布袋劇との意外な出会いや、本作にかける意気込みを訊いた。

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』虚淵玄氏(ニトロプラス)が衝撃を受けた布袋劇のすごみとは? 放送開始記念ロングインタビュー_11

 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』は、台湾の伝統的な人形劇“布袋劇”で描く武侠ファンタジー人形劇。キャラクターデザインはニトロプラス率いるグラフィッカー陣、人形の造型アドバイザーはグッドスマイルカンパニーが担当し、キャストには鳥海浩輔さん、諏訪部順一さん、中原麻衣さんら豪華声優陣が集結している。

 虚淵氏が偶然出会った布袋劇に魅せられたことから生まれたという『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』。制作発表会やイベントなどでたびたび虚淵氏の布袋劇に対する熱意は語られているが、今回のインタビューでは、改めてその魅力や同作の見どころを直撃した。

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布袋劇の魅力は「進化に対する恐れのなさ」

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』虚淵玄氏(ニトロプラス)が衝撃を受けた布袋劇のすごみとは? 放送開始記念ロングインタビュー_10
▲虚淵玄氏(ニトロプラス)

――虚淵さんと布袋劇の出会いを、改めて教えていただけますか。
虚淵 2014年の冬だったかな。『Fate/Zero』の台湾語版を出版していただいた際に、台湾のイベントでサイン会に招かれたんですよ。初めての訪台だったので、イベント前に観光の時間をもらったときに、たまたまそのタイミングで霹靂社さんが自社のコンテンツの博覧会をやっていたんです。

――それは虚淵さんが招待されたイベントとはまったく別のイベントだったのですか?
虚淵 まったく別です。「京劇だかカンフーだかよくわからないけれど、とにかく伝統芸のイベントをやっているので覗いてきませんか」と言われて、行ってみて度肝を抜かれました(笑)。イベントは博覧会で、歴代人形の展示とビデオの上映が行われていました。ですので布袋劇の演出を生で見たわけではありませんが、「これがこう動きます」という見本のようなものは見せていただいて。そこで初めて生の布袋劇を見ました。

――初めて出会った布袋劇はいかがでしたか。
虚淵 ショックでしたよね。アナログであれほどの活劇をやるという衝撃もさることながら、サーカスや奇術のような驚きもあり。すごく広い博覧会だったので、その時点で霹靂社さんの歴史や、どれくらいの時間をかけて、どういう人気を博してきたかというのがひと目でわかる展示だったんです。そして「こんなにすさまじいコンテンツを、日本人はなぜ知らないんだ」という驚きがありまして。その驚きと悔しさと、「これは日本に持って帰ってみんなに教えなきゃマズいぞ」という気持ちがありましたね。じつは一度、2002年に『聖石傳説』という霹靂社さん制作による布袋劇の映画が来てはいるんですよね。その時点でも霹靂社さんの布袋劇はすごい進化を遂げていましたが、いまなら『聖石傳説』のときはまた違った方法で、日本で勝負できるコンテンツになっている、「これは新たなチャレンジができるタイミングだ」と思いました。

――具体的には、布袋劇のどういったあたりに感銘を受けられたのですか。
虚淵 アクションの激しさもしかり、伝統芸能ということにこだわらないフットワークの軽さですね。たとえば衣装も、伝統的な中国服から無国籍なハイファンタジーにどんどんどんどん舵を切っていくんですね。人形の顔も一定ではなくて、その年その年でどんどんバージョンアップしていく。その研鑽のすさまじさです。そして実際に映像で観てみると、何のためらいもなくSFXやCG合成をどんどん取り入れているんです。この伝統芸能でありながらエンターテインメントを追求する態度というか、進化に対する恐れのなさに感銘を受けましたね。まさに未来に生きている伝統という、その両立ぶりがすばらしいものだと思うようになりました。

――布袋劇を日本に輸入するにあたり、すでにある作品を翻訳する方法もあったかと思いますが、オリジナル作品を生み出すことになった経緯というのは?
虚淵 最初の入り口はまさに、字幕をつけて日本で売ろうということだったんですよ。ですが、まずは勉強と思ってDVD-BOXを買ってホテルで観たところ、明らかに第1話が前のシリーズの続きなんですよ(笑)。どうやら前のシリーズのラスボスらしいキャラクターが戦うところから始まって。しかもオープニング映像では、主人公が異次元の歯車だらけの世界のなかで、両肩に鎖をつながれて、ギリギリギリギリ歯車に押されているんですね。「何があったらこんなことになっているんだ!?」と思いました(笑)。彼はそんなふうに、宇宙のどこかで囚われの身になっていて、彼の化身、アバターみたいな存在が現実世界でラスボスと戦っているらしい、と。こんなの説明のしようがない(笑)。「これをいきなり日本に持ってきたところでワケがわからなくなるぞ」と頭を抱えちゃったんですね。

――なるほど(笑)。
虚淵 30年間ずっと素還眞(ソカンシン)というヒーローの活躍を描き続けているシリーズなので、敷居がものすごく高いんですよ。それに人形の進化もあり、2012年くらいから一気にスーパードルフィーのような造形に近づいてくるので、「最近のシリーズを紹介しなきゃ」と思う反面、新しいシリーズでは素還眞がよくわからないことになっている状況で。「これをどういうふうに訳せば……」と思いましたし、さらに言えば、1話が90分あり、その90分がDVD-BOXの中に30話あるんです。台湾では週刊誌のように、毎週毎週コンビニで90分のDVDを100円200円で売っているんですね。そういうスタイルでリリースしている作品ですから、そのまま日本に持ってきたところで、まず放送する放送局がないですし、お客さんにどう説明して入り口に立ってもらうかも難しい。迷いに迷い、手探りで霹靂社さんとやり取りするなかで、「日本向けのシリーズを新しく作って、布袋劇というジャンルの入り口にしましょう」ということになりました。それで興味を持ってもらった人に、改めて素還眞の世界に入ってもらう方法論で行こうという戦略になったんですよ。

――まずは膨大な布袋劇の歴史の入り口に立ってもらおう、と。
虚淵 布袋劇の魅力を、今回の『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』で多少なりとも理解してもらえれば、話のとっつきにくさなどは傍に置いておいて、観てもらえると思うんですよね。「素還眞のことはおいおい調べればいいや」という感じで、最新シリーズを観てもらえると思ったんです。たとえば、ウルヴァリンの過去を全部知らなければ『X-MEN』を観られないというわけでもありません。まずはアメコミの形式さえわかれば、どこから読んでもなんとなくわかるじゃないですか。そういう入り口になる企画を作ろうということで、本作が始まりました。

――布袋劇に感銘を受け、どのように霹靂社とコンタクトを取られたのですか?
虚淵 こちらからコンタクトをする前に、あちらからコンタクトいただけたんですよ。と言うのも、サイン会の直前に博覧会に感動して、DVD-BOXを買ってはしゃいだ状態でサイン会に行ったので、サイン会の取材で「スゴいものを見つけましたよ」と言っているところが現地の新聞に載ったみたいなんですよね。“たまたま見かけた布袋劇がお気に入り”みたいな(笑)。それを霹靂社さんがご覧になったらしく、「ご興味があるなら、組んでみませんか」というお話を、こちらが向こうに出す企画を書いている最中にもらえたのです。運命的なものを感じましたね。

――霹靂社とは、どのように制作を進めていかれたのでしょうか。
虚淵 日本向けの布袋劇をただ作るというところで終わらせず、壮大な大河世界の入り口になるものを作りたいという話を再三して、意志の共有をしていきました。「この演出は布袋劇では古臭いかもしれないけど、日本人にとっては初見なので、あえてやってくれ」という要素がけっこうありましたね。じつはこの企画が立ち上がったころ、霹靂社さんが「これからは人形よりもCGじゃないか」と舵を切りかけていたのです。実際に、人形を使いつつもCGの割合をすごく増やした作品があり、それの外伝を書かないかというお話もあったのですが、日本人はむしろCGに慣れてしまっていて、アナログ人形のほうに興味を惹かれるはずですから、「そちらとしてはやり尽くしちゃった古い技術に思えるかもしれないが、むしろ世界に持ち出すんだったらそこなんですよ」という話を何度もしました。「なるべく人形で見せられるところは人形を使い、昔ながらの作品を作りたい」とこちらからも提案して。ですので、『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』は霹靂社さんとしては先祖返りのような作品ではないかなと思います。

――今回はキャラクターデザインをニトロプラスのグラフィッカー陣が担当されていますが、霹靂社のリアクションはいかがでしたか。
虚淵 キャラクターデザインは、「好きなキャラを描いてこい!」とキャラクター表を全員に配り、早い者勝ちでいろいろ描いてもらいました。霹靂社さんの反応もよかったです。ただ布袋劇は造形がすごく独特で、構造上の縛りがありますので、アレンジはお互いに詰めていきましたね。肩がないとか、服を脱げないとか、足元をなるべく布、着物で覆わなければいけないとか。

――丹翡(タンヒ)などはとくに、日本のアニメ風の顔立ちをしていますね。
虚淵 そうですね、丹翡に関しては、顔の造形から霹靂社さんにチャレンジしてもらっています。こんな顔の布袋劇人形は初めてだそうです。布袋劇の女性キャラクターは、獵魅(リョウミ)くらいが主流なんですよ。丹翡はジャパニメーションの目の丸いキャラを意識して作ってもらった、霹靂社さんとしても挑戦的な造形だと思います。

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』虚淵玄氏(ニトロプラス)が衝撃を受けた布袋劇のすごみとは? 放送開始記念ロングインタビュー_02
『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』虚淵玄氏(ニトロプラス)が衝撃を受けた布袋劇のすごみとは? 放送開始記念ロングインタビュー_09
▲丹翡(声:中原麻衣さん)
▲獵魅(声:戸松遥さん)

――キャラクターデザインのほか、音楽を澤野弘之氏が手掛けていらっしゃいますよね。ヘビーロック調のヒロイックな音楽に仕上がっているように感じましたが、音楽面でのアプローチも日本ならではのものなのでしょうか。
虚淵 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』で大きなチャレンジになっているのが音楽方面の徹底、充実です。本家の霹靂社は監督があくまで効果音の一環としてBGMを当てているくらいのもので、楽曲に重きを置いていないのです。日本のアニメのように音響監督というプロフェッショナルが立ち、専門の効果音をスピーカーのバランスまで考えて収録するという工程がなかったので、『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』は台湾でもかなり高い評価をいただいたようです。霹靂社さんにも「音が変わったらこんなに変わるんだ」と驚いてもらえたので、「しめしめ」という感じですね。

――『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』には、虚淵さんが感銘を受けた本家布袋劇の“らしさ”は、どれくらい活かされているのでしょうか。
虚淵 いちばんの違いは、口白師ですね。布袋劇は講談に人形の動きを当てていく芸能ですから、講談師の語り口調やリズム、声色の使いかたがすでに芸のうちなんですね。あちらではスター格の口白師の方がすべてのキャラの口調を演じ分けて、滔々と語っていくスタイルなのですが、その美しさがわかるのは台湾語がわかる人だけで、日本人がいきなりわかるものではなかろうな、と。日本は声優さんの芸のほうが特化した芸能として成立しますから、そこは吹き替え声優を使うべきだろうと考えました。ただ、やむを得ず切り捨てた部分はそこだけで、後はなるべくいろいろな要素を拾っていますので、霹靂社さんの布袋劇を見て見慣れない演出が入ったときにも、「『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』で観たことがあるな」と思ってもらえるとうれしいです。

――“見慣れない演出”とは、たとえば?
虚淵 たとえば、布袋劇では劇中でいきなりミュージカルのように歌が入るんですよ。登場するときに、そのキャラクターがどんなキャラクターで、どんな立ち位置にいるという、キャラクターソングみたいなものを歌い上げるのですが、それは残しました。劇中、唯一台湾語の場所ですね。ここくらいは台湾語の言葉のリズムを観てもらったほうがいいと思い、あえてあちらの口白師の方に歌ってもらったものをそのまま残しています。なおかつ、いきなり歌が始まると面食らいますから、字幕も出して。

――バトルシーンのVFXやCG演出もド派手なものでしたが、ああいった演出も本家布袋劇にあるということでしょうか?
虚淵 まさにあのままです。あちらはビームを撃ってファンネルを飛ばして一人前の剣士ですから(笑)。『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』ではテレポートするキャラクターがいますが、本家の布袋劇ですと、全員があれをやります(笑)。場面転換でも歩いて出て行かないんですよ。みんなテレポートでつぎの場面に移るんです。それは様式美として成り立ってはいますが、いきなり観たら面食らうだろうな、と。「テレポートもアリなんだよ」という予習を『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』でしておいてほしいですね。

――虚淵さんは総監修としてクレジットされていますが、具体的にはどの程度監修をされているのですか?
虚淵 映像はもちろん霹靂社が制作しているのですが、会長さんが脚本家なんですね。ですので結果的に、現場では脚本家の発言に重きを置かれる前提で撮影されているんです。そんなことを知らずに始めてみたら、アニメとは想像もつかないくらいに「これどうでしょう」というチェックが回ってきて、気がついたら「全部監修してない?」と(笑)。結果的に総監修になっていたという感じですね。

――当初はどのくらいを想定されていたのでしょうか。
虚淵 当初はアニメくらいのイメージで、美術やデザインは完全にお任せかなと思っていたのですが、逐一相談がくるので、「こちらの意向をこんなに気にしてくれるんだ!」といううれしい誤算がありました。

――台湾でも試写会を行われたとのことですが、現地ファンの反応はいかがでしたか?
虚淵 大変よかったですね。自分としてもすごく励まされました。霹靂社さん自身が新しいチャレンジに貪欲な集団ですので、ファンの皆さんも「これはこれでおもしろい」と、多少違和感があっても流してもらえるみたいですね。

――ちなみに、現地での布袋劇の立ち位置というのは、どういうものになるのでしょうか?
虚淵 大河ドラマで『仮面ライダー』をやっているようなスタンスなんじゃないですかね(笑)。それも『サザエさん』くらい続いているという。いまでこそいろいろな娯楽が増えて、そのなかの一環になっているのですが、一時期は“上映時間は経済が止まる”と国会で問題になったことがあるコンテンツだったようです(笑)。視聴率98%もあって、それはお国が止まるよね、と(笑)。それほどの超人気作です。