●秘蔵資料も惜しみなく披露

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 デジタルハリウッド大学の公開講座として、“監督とプロデューサーが語る 映画『鉄拳 ブラッド・ベンジェンス』ができるまで”が、2011年8月12日に行われた。こちらは、2011年9月3日の劇場公開を間近に控えた、フルCG映画『鉄拳 ブラッド・ベンジェンス』の制作秘話などを、監督・毛利陽一氏、プロデューサー・水島能成氏の両氏をゲストに招き語ってもらうというもの。毛利監督と水島プロデューサーのインタビュー記事はファミ通.comでもお伝えしているが(⇒記事はこちら)、「どういった流れで映画ができるのか?」をテーマにしたトークイベントは、制作途中の絵コンテや設定資料の披露などもあり、ほかでは聞けない貴重な内容となった。写真撮影がNGとなってしまったのは残念だが、ここではその模様をリポートしよう。

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 トークイベントの導入部となったのは、『鉄拳』が映画になったきっかけ。「もっと早く映画になってもよかったんですけどね」と前置きした上で水島氏が披露してくれたのは、『鉄拳3』のリリース時に、当時ナムコの社長だった中村雅哉氏より、「早く『鉄拳』のフルCG映画を作ってくれ」という要望があったというエピソード。アーケード版の『鉄拳3』がリリースされたのが1997年だから、約15年前の話となるが、「当時はCGで90分持たせるだけのクオリティーにするにはハードルが高かった」と水島氏。韓国のプロダクションに相談に行ったりしたものの、技術的に難しくてけっきょくは映画化は実現しなかったという。それが、『鉄拳5』や『鉄拳6 BLOODLINE REBELLION』などでデジタル・フロンティアおよび毛利陽一監督と組んで「日本でも作れるのではないか?」と映画の企画がスタートすることになったのは、ファミ通.comのインタビューでも語っている通りだ。「監督を毛利さんにお願いした理由は?」との、モデレーターを務めたデジタルハリウッド大学 准教授、高橋光輝氏の質問には、「率直に言って、毛利監督しかいなかったんです」(水島)とのこと。『鉄拳』はキャラが多く世界観が複雑。個性的なキャラを理解した上で、さらにCGを作る能力が必要になる。その点、毛利監督はいちばん長く『鉄拳』のムービーを作っているし、『鉄拳』キャラを愛している。毛利監督しか選択肢はなかったのだという。

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▲毛利監督。

 といった前振りがありつつ、公開講座ではメインとなる『鉄拳 ブラッド・ベンジェンス』の制作過程が語られた。まずはシナリオ。『鉄拳 ブラッド・ベンジェンス』のシナリオを担当するのは、佐藤大氏なのだが、水島氏は「大さんのおかげで予定が狂いました。夏までにシナリオをあげてもらうはずが冬になったんです。皆さんもプロデューサーになったら、シナリオライターさんにはスケジュールは厳守してもらうようにしてください(笑)」とコメント。じつは佐藤氏はデジタルハリウッド大学の講師でもあり、そのことから来る辛口コメントだったのだが、会場からは期せずして笑いが。それに対して毛利監督がすかさず「シナリオですべてが決まってしまいますからね。ここをするっと流してやってしまうと、それがそのまま映像になってしまう」とフォロー。図らずも、プロデューサーと監督との抜群のチームワークを見せた。ちなみに、毛利監督は、「大さんはシナリオで説明をしないから僕は好きです。いろいろ汲み取れて自分なりに解釈をして形を作ることができますから」とのことだ。

 シナリオのつぎは絵コンテとなるのだが、絵コンテの前に取り組んだのが、大まかな設定資料を作って「芝居のイメージを膨らませていく」(毛利)という作業。まずは毛利監督のほうで、実際に舞台設定などを描いて、どんな芝居をさせるか、どんな立ち居振る舞いをさせるかを決めるのだという。さながらそれは、世界観の設計図を決める行為に近いのかもしれない。その上で、毛利監督は「こういう感じで絵コンテを書いてください」と各絵コンテ担当にお願いしたのだという。『鉄拳 ブラッド・ベンジェンス』には、樋口真嗣氏、岡村天斎氏、宮地昌幸氏、片山一良氏といった、名だたる映画監督が顔を並べているが、絵コンテは映画を4つのパートに分けて適材適所でお願いしたとのことだ。

 おつぎは、CGには切っても切れないモーションキャプチャーで、毛利監督は『鉄拳 ブラッド・ベンジェンス』で使用されたモーションキャプチャーの秘蔵動画を紹介。モーションキャプチャーのアクターはオーディションで決定されており、キャラの動きにあった動きができるかを見ているといった裏話を聞くことができた。興味深かったのが、「猫背の人は思いっきりキャラに反映されてしまう」というエピソード。「芝居とは関係ないが重要。猫背だと全部がだるっとして見えてしまう」(毛利)とのことで、猫背の記者などは、モーションキャプチャーには不向きなんだなあ……としみじみ思ってしまった次第。

 モーションキャプチャーのつぎはカメラワークで、カメラワークに従ってアニメーションを詰めていく。実際のCG制作にあたっては、キャラのポーズなどを先に決めてから、顔や指、髪の毛、服装など、お芝居が要求される細かい作業に入っていくとのこと。カメラワークの作業は全体の作業量の5割を占めるという。ちなみに、アクターさんはモーションキャプチャーのあとで、顔に40個のマーカーをつけてフェイシャルキャプチャーを行うことになる。これは、動きと表情の収録はいっしょにできないからで、フェイシャルキャプチャーの際は、アクターさんは、事前に取った自分の動きを見つつ、表情の演技をすることになるのだとか。そのあとのライティングの指示なども監督の作業となる。

 最後に毛利監督が紹介したのがVコン(ビデオコンテ)。「アクションにはこだわりたいのでああいう方法を使いました」(水島)とのことで、『鉄拳 ブラッド・ベンジェンス』では、アクションパートは絵コンテではなくて、Vコンで制作されているのだが、会場ではそのVコンのナマ映像が流された。流されたのは、映画中盤でくり広げられるシャオユウとアリサとのバトルシーン(のビデオコンテ)なのだが、アクターさんの動きやカメラワークなど、まさに映画のシーンそのままの迫力。「この段階からしっかり作り込んでいるんだなあ」と感動することしきりだった。

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▲水島氏。

 公開講演の後半は、水島氏による『鉄拳 ブラッド・ベンジェンス』の宣伝スケジュールのビジネス戦略。「プロデューサーはたいへんだから、辞めておいたほうがいいです(笑)」と来場者を笑わせたあとで、水島氏より2011年5月12日の“Level Up Dubai 2011”での電撃発表から(⇒記事はこちら)、E3やコミコン(⇒記事はこちら)、ロサンゼルスでのプレミア上映(⇒記事はこちら)、ラスベガスで開催された対戦格闘ゲームのイベントEVO 2011 in Las Vegas(⇒記事はこちら)などでのプロモーション展開が語られた。「ゲームというのは、日本で制作をしてそれを全世界で売っていきます。映画を作るとなったときに、そのゲームと同じスキーム(計画)で考えました。最初から日本だけ……ということは想定していなくて、どうやったら世界で売れるかを検念頭に置いていました」(水島)との言葉通り、『鉄拳 ブラッド・ベンジェンス』では海外の展開がメインとなっているが、「日本はいちばん大切だと考えています」とのこと。2011年8月22日の完成披露試写イベントを始め、今後はいろいろな展開が期待できるかも。

 最後に、高橋氏からの「クリエイターやプロデューサーを目指す学生に向けてのアドバイスを」というリクエストに対する毛利監督と水島プロデューサーのメッセージを紹介して、リポートを終えさせていただこう。

毛利 映像全般に言えることは、好きじゃないとやっていけないということだと思うんです。「こういう作品を作りたい」という自分の思いを強く持って、それを実現するための努力を惜しまないこと。そういったものがいちばん大事なお仕事になってくる。CGは技術力が問われると思われがちですが、心の部分が強くなっていかないといけない。皆さんいろいろな作品を見て「これはすごい」と思われることもあるでしょうが、そこで自分が負けちゃうようなことにはならないで、「いつかこれを越えてやる」くらいの気持ちでいれば、いいものが作れるようになっていけると思います。自分磨きと好きであることを大事にしていってください。

水島 日本はいままで、クルマとか家電とか優秀なものを作る能力を持っていて、それを世界で売ってきたという歴史があります。これからは、そういったもの以上に皆さんのようなコンテンツを作れる方々が、日本で作られたコンテンツを世界で売っていくという時代になると思っています。それをやっていかないと日本の将来はないと個人的には考えています。まさに皆さんが活躍する時代。その中で、プロデューサーの方に期待したいのは、どうすれば日本のクリエイターが作ったすぐれたものを世界の人たちに届けていけるかを考えること。その舞台を作れるのは、監督ではなくて、唯一プロデューサーです。いままでの既成概念に捕らわれることなく、新しい考えかたでチャレンジしていってほしいなと思います。

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▲講演の最後には、デジタルハリウッド大学の学生さんからふたりに花束が贈呈された。

▲花束を贈った学生さんと、モデレーターを務めた高橋氏(右端)を交え記念撮影。