ムックや映像といった関連商品 or コンテンツを作っている際の出来事や裏話などの悲喜こもごもを語るコーナー。基本的には役に立たないコンテンツだとは思うが、すごい情報が明らかになることもあるかもしれない。そうなったらうれしい。
 
2010/06/21 日常生活に稲荷【烏帽子】を実装する 後編

 前半の公開から時間があいてしまった。

 前半はこちら。

【制作初日:本体部分】

 材料が揃ったところで実際の制作作業に入る。簡単に箇条書きすると、

1.サザエの被りものにウレタンボードを巻きつける
2.革系の生地を帯状にカットして被りものに巻きつける
3.本体の塗装
4.発泡スチロールをカットして突起物の形にする
5.突起物の塗装
6.突起物を接着
7.仕上げ

 という流れになる。思うように形が作れなかったために<1>の作業は難航したが何とかクリアー。<2>の難度はそれほど高くはなく、集中したらさくさく進んだ。雑念を捨てて静かに作業に没頭する。その姿はひとりの職人と言ってもいいだろう。伝統工芸の職人は後継者不足に悩まされているというが、稲荷【烏帽子】職人は僕しかいないと思うので、一代で廃れる可能性が高い。

<1>ウレタンボードを巻きつけるのが地味に難しい。
<2>無心で布を切っていく。

<2>熟練の手つき。
<2>布の端を処理したらタケノコみたいになった。
<2>直接、ウレタンボードに布を貼り付け、
<2>額部分にあてがう。

 つぎは<3>塗装だ。本格的な塗装に入る前に、塗料の定着具合をテストしようと容器のフタを開けたら「グォーッ!」とすごい勢いで稼動し始めた。えっ、きみ、今までは本気じゃなかったの? それはまるで拒絶の意思を表しているようだった。こんなに激しく拒絶されたのは初めてだ。拒絶された相手がもし女子だったら、僕の繊細なハートはずたずたになっていたことだろう。初めての拒絶相手が空気清浄機でよかったのかもしれない。期せずして、僕は大人の階段を登った。

 もともと塗装は外でやる予定だったから別にいい。そう思いながら素材や塗料を玄関の外に持ち出した。ダンボールで作った簡易塗装ブースに本体を置き、一気にスプレー塗料を吹き付ける。本体部分には青と茶色の布を使っており、茶色のほうにグレーのスプレー塗料を吹き付けて微妙なマダラ模様を作る――予定だったが、厚塗りしすぎてほぼグレー一色になってしまった。うーん、まぁこれでいいや(一般的な職人とは異なり、稲荷【烏帽子】職人はすぐに妥協する)。

<3>塗りたくない場所には新聞紙でマスキング処理。

 作業中、お隣りの小学生男子に「何してるの?」と声をかけられたので、「仕事だよ」と答えた。世の中にはいろいろな仕事があるのだ。彼は興味深そうに見ていたが、しばらくするとお父さんを連れてきた。僕もご近所の目を意識する年頃なので、「雑誌の編集者をやってまして、撮影で使う小道具を作ってるんですよ」と説明した。何だか言い訳がましい。お父さんは「へー、そうなんですか」と言って去っていった。「係わり合いになりたくないなぁ」とか思われていたらどうしよう。

【制作2日目:飾り部分】

 翌日から<4>以降の作業に入った。本体部分はそこそこバランスよくできたが、制作難度は飾り部分のほうが高そうだ。ここからが本番である。

 まずは熱で焼き切るヒートカッター(火属性の片手剣みたいなものだ)で発泡スチロールをカットしていくのだが、これがまた超おもしろい。

<4>これ、剛種武器なんじゃないか?

 大して力を入れなくても切断されていく発泡スチロール。手にしているものが高熱を放っているというスリル。これらが複雑に混ざり合い、僕を興奮の渦に巻き込んでいく。おれ、いま、超強い。この快感は読者のみなさんに伝わっているだろうか。本当に楽しいんですって。

 至福の時間は終わり、つぎは塗装。本体のときも思ったのだが、僕は塗装が苦手だ。というか、美術関係全般が苦手なのだ。絵を描くなんてもってのほか。おもしろかった出来事を簡単なイラストで友人に説明しようとしたら、「おまえには世界がそう見えているのか」と心配させたことがあるレベルである。
 そんな切ないエピソードはいったん忘れて、発泡スチロールの塗装だ。

 発泡スチロールはデコボコしているため、普通に塗っても塗料がきれいに定着しない。あらかじめ下地を塗って表面を滑らかにする必要がある。なので、下地→茶色(サビ色)→緑色→光沢を出すためのクリアカラーという順番で塗っていった。一色塗るたびに乾くまで待たないといけないので、この作業だけで6時間近くかかっている。

<5>新聞紙に並べて一気に下地を塗る。

 ちなみに、下地塗りまでは自宅で行い、あとは会社に持ち込んで作業しました。

 普段、僕は7階フロアで仕事をしているのだが、塗装は1階の庭で行った。大人なので、塗装スプレーを部署内で使うと同僚が嫌がるということを熟知しているのだ。当然、エレベーターで何往復もすることになる。何度かエレベーターで局長や常務たちと一緒になり、そのたびに「それ何?」と聞かれた。偉い人も興味津々だ。もしかして、完成時のクオリティーが僕の査定に響くのだろうか。気を引き締めねばなるまい。

 茶色は全体に塗るだけなのでスプレーで大丈夫だが、部分的に塗る緑色には小さな筆を使う必要がある。部署の端に作業スペースを設けて、ひたすら塗り続けた。その目つきは日本人形の顔に筆を入れる職人のように真剣そのものだっただろう。2度目の職人タイム到来である。

<5>小さな筆で丁寧に塗り、
<5>ティッシュでこすってグラデーション風に。

 緑色が乾いたらクリアカラーを塗り、突起物パーツは完成。反省点は緑色が想定よりも明るい色だったということ。もう少し深い色にすればよかったが、まぁいいか(一般的な職人とは異なり、稲荷【烏帽子】職人はすぐに妥協する)。

 ここまできたらラストスパートだ。プリントアウトした画像と見比べながら、できたパーツを強力な両面テープで本体に貼り付けていく。慎重にやっているようで、はっきり言ってバランスは適当だ。理論より職人の感性が大切というときだってあるだろう。日本刀は作られた時代を考えるとオーバーテクノロジーの産物と言われているが、それは刀鍛冶たちが己の感性を信じて鎚を振るった結果なのである。パーツの数が合わなかったが、まぁいいか(一般的な職人とは異なり、稲荷【烏帽子】職人はすぐに妥協する)。

<6>両面テープで慎重に接着。
<6>真剣な面持ちで全体のバランスを確認。

 顔を出す部分の周囲を赤ペンでフチ取りし、布のつなぎ目に黒いラインを引けば完成だ。ダルマの目に筆を入れるような気持ちでペンを持つ。慎重にペンを走らせ、ついに稲荷【烏帽子】が完成した。仕事をやり遂げた僕は、男としてひとつ成長したに違いない。完成した稲荷【烏帽子】を今後の仕事にどう活かしていくか、というのがつぎの課題だ。

<7>こんなダルマ、ないよな。

 最後に、稲荷【烏帽子】職人を目指すヤングのためにアドバイスを。稲荷【烏帽子】を作るときのいちばんのコツは「おれ、何やってるんだろう」と思わないことである。

アンニュイ稲荷。