2021年11月27日~28日の期間中、オンライン上で開催された“CEDEC+KYUSHU 2021 ONLINE”。本イベントは、日本最大のコンピューターエンターテインメント開発者向けのカンファレンスとしておなじみのCEDEC(コンピュータエンターテインメントデベロッパーズカンファレンス)の九州版だ。
その初日となる27日には、フロム・ソフトウェアによる“フロム・ソフトウェアのゲームグラフィックス制作の拘り -より印象的な絵を目指して-”が披露された。登壇したのはフロム・ソフトウェア福岡スタジオの下記3名。
- シニア3Dグラフィックアーティスト 末武睦大氏
- 3Dグラフィックアーティスト 井手匠氏
- 3Dグラフィックアーティスト 立石美央氏
ステージ背景制作について
まずは立石氏が、フロム・ソフトウェアのステージ背景作りについて解説。なお立石氏は入社2年目とのことで、これまで先輩たちから学んできたことを含めての解説となっていた。
ビジュアルコンセプトの選定
最初は、背景におけるビジュアルコンセプトについて。コンセプトで決めておきたい目標は、“ひと目見るだけで、物語まですぐに伝わる”背景作りだ。そのために必要な要素は3つ。
コンセプトの設定
ひとつ目はコンセプトの設定。画面には『ダークソウル3』のイルシール市街らしき場所が映し出され、それぞれコンセプトが説明された。立石氏は最初に見たとき「綺麗な街並みだな」と思ったそうだが、先輩デザイナーに聞いたところ、高貴な者たちが住む街なので、ゴシック風の建築物が並んだ美しい街並みにしているそうだ。また、先輩デザイナーからは「発展した都市の近くには、必ず輸送に適した川が近くにある」と聞いて、立石氏もなるほどと思ったとのこと。実際、このマップには川が置かれている。
また、不死街らしきスポットでは、1発で異常性や不気味な印象を与えたかったため、死体などを使うようになったと聞き、立石氏も「考えかたの勉強になりました」と語っていた。
コンセプトを伝えるためのオブジェクト・ビジュアル
ふたつ目は、そのコンセプトを伝えるために、どんなオブジェクト・ビジュアルを使用するのか? ということ。
画像は、『SEKIRO』の仏師がいる荒れ寺。大量に掘られた仏が置かれており、ひと目見ただけで長い月日をかけて仏を掘っていることがわかる。おかげで、初めてみたプレイヤーでも「このキャラクターは重要人物に違いない」と、すぐに判断できるようになっている。
リアリティのある演出
最後の項目は、リアリティのある演出を取り入れること。画面は葦名城内部。とある部屋では、地図と座布団が何枚か置かれており、“ここで作戦会議をしていたのだろうか?”ということが見てとれるので、絵に説得力がある。
また、葦名城の主・葦名一心の部屋には、屏風や刀などがあるため、1発で「この人は偉い人なんだ」ということがわかる。さらに、机のそばに書物がいくつか置かれており、ここで本を読んでいるのだろうかと予測でき、ちょっとしたオブジェクトだけでリアリティが増しているのだ。
3つをまとめると、文化や世界全体の設定まで掘り下げてビジュアルに反映するコンセプトを決め、そのコンセプトを伝えるためのオブジェクトを決めること。そして、ただ配置するのではなく、そこに説得力を持たせるのが大事だということだと、立石氏は感じたそうだ。
ステージのレベルデザイン
背景におけるレベルデザインとは、ゲーム中のルート選定や、探索できる場所の道しるべとなるモノのこと。レベルデザインでの目標とは、ストレスなく戦闘を楽しめることや、快適な探索が味わえることにあるという。こちらも3つの要素が大事だと、立石氏は語る。
行動範囲の明示
まずは行動範囲の明示について。画面には『SEKIRO』の葦名城城壁が映し出され、1発で「絶対にジャンプでは登れない高さだ」ということがわかる。プレイヤーが「もしかしたらいけるかもしれない」と思ってしまうような、あいまいな高さの壁は作らないようにすることが大事だそうだ。
もしここが登れそうな場所に見えて、つい超えられるのかジャンプを試したのに登れなければ、プレイヤーとしてはストレスになるだろう。
また、あいまいな隙間も作らないようにしているという。どんなゲームでもよくあると思うが、“ここ通れそうだな?”と思って通ろうとしたら、「ああ、ここは通れないのか」という隙間は多々あるだろう。なぜかガッカリしてしまう要素なので、そうならないために通れない場所は明確にデザインしているそうだ。
さらに、落下死について。「ここ降りられそうだな」と落ちてみたところ、落下死したりダメージを受けることも、ゲームではよくあること。『SEKIRO』ではそれを失くすために、“ここから落ちたら絶対に死ぬだろう”という、断崖絶壁にしているそうだ。ここについては、『ダークソウル』シリーズでは「いけそうだけど落ちたら死ぬ」みたいなスポットも少なくないので、『SEKIRO』だけの話のように感じた。
自然な誘導
ふたつ目は“自然な誘導”の重要性。画像は『ダークソウル3』のステージ中の別れ道。プレイヤーはどちらに行けばいいのか迷うところだが、実際のゲーム中は右手に松明が置かれているので、こちらが正解ルートだと把握できるようになっている(探索したい人は左へ先に行くだろう)。
プレイヤーをさらに強く誘導したい場合は、ランドマークを使用するという。
画像は『ダークソウル3』のアリアンデル雪原~礼拝所に向かうシーン。吊り橋の前から礼拝所が見え、そこに向かおうと思わせてくれる。ただ、やりすぎると“ゲーム側にやらされている”と、プレイヤーが思ってしまうので、なるべく背景に溶け込ませるように設置するのが重要なのだとか。立石氏は趣味が登山とのことで、この話を聞いて「たしかに頂上が見えてきたら、あともう少しなんだと元気になるのと同じだ」と共通点も見えたそうだ。
視界の確保
最後が、視界の確保について。たとえば木々が立ち並ぶ森林地帯であっても、必ず進行方向の視界は確保できるように、木を置いているという。また、ボスと戦うエリアには、視界を遮るようなオブジェクトを極力置かないようにしているそうだ。オブジェクトのせいで視界が悪くなり、ボスに負けてしまっては理不尽な要素として、プレイヤーとしてはかなりストレスになるだろう。そのため、とくに快適なマップ制作を意識しているそうだ。
3つをまとめると、迷うことなく、ストレスになることなく探索・戦闘が楽しめるマップ、ということだろう。ステージのビジュアル自体が、ゲームの進行自体につながっていることがよくわかる。
背景グラフィックのクオリティー向上
以上のコンセプト、レベルデザインを経て、実際にゲームに落とし込むにしても、やはりグラフィックのクオリティーは重要な要素。フロム・ソフトウェアとしては、CGっぽさを感じさせずにゲームを楽しんでもらうべく、グラフィック制作に取り組んでいるそうだ(ここの目標は、もちろんタイトルにもよるだろう)。
非直線的シルエット
まずはシルエットを崩し、ポリゴンらしさを削ることが重要だと立石氏は語る。画像の建造物は、五重塔をモチーフにしたもの。よく見ると背景の木々や岩と相まって、背景全体のシルエットが複雑化している。直線的なモノが多くなると、どうしてもポリゴンらしく見えてしまうので、直線のシルエットを消す、遮るために岩や木を置いているそうだ。
道中に置くオブジェクトは、世界観をさらに深堀りできるアイテムが良いと立石氏は語る。画像は葦名城本城前、そのままだと直線的でやや寂しいが、左右に火、旗、岩などをバランスよく設置することで、賑やかになった。
特徴的な彫像や照明などを置くことが多いそうだが、立石氏いわく「フロム・ソフトウェアでは、死体関連のモノを置くことが多いです」とのこと。筆者「たしかに!」と、つい笑ってしまった。
リピート感の緩和
続いては、リピート感の緩和について。柵や柱などは使い回ししやすく、地続きになりどうしても単調に見えてしまう。一部分を破壊してパターンを作るなどして、少ない工程でリピート感を消しているとのこと。壁のテクスチャについては、ほかのテクスチャをブレンドしたり、ツタを配置することで地続き感を消しているそうだ。
地面は、画面の大半を占めるので特に気合を入れて制作するのだとか。床タイルは破壊や劣化表現を、布も経年劣化による表現を加えたりしている。ただ、特徴的ではないマップで床にこだわっても、さほど画面効果が生まれないため、変化が分かりやすいものを入れ込むという。
そして、ライティングも重要。明暗を分けることで、ゲーム画面がガラリと変わるため、立石氏にとっても楽しい部分なのだとか。ゴチャゴチャと明るくするのではなく、破壊表現などが見えるピンポイントの場所を照らすそうだ。そして、空気感も大事だという。
背景へのこだわり
ここまではあくまで、セオリーとして大事にしていること。最後は、より印象的な絵作りができる、フロム・ソフトウェアらしいビジュアルについて。ステージ背景から、プレイヤーにより印象的な体験を味わってもらうため、さまざまな工夫を凝らしているという。
まずは“抑圧、解放のギャップ”について。狭い通路を抜けた先に、広大な背景が広がるシーンは、フロム・ソフトウェアタイトルではたびたび見受けられるシーンだ。これらは意図的に用意しているそうで、視界が開けることで、ギャップの効果により見せたいモノがダイレクトに伝わるほか、背景のクオリティの高さも同時に味わえるというわけだ。
また、ボスエリアのデザインクオリティーも、こだわって制作しているという。ついボスに目がいきがちだが、背景もそのボスに紐づいて印象を形作る重要なスポットだ。ただし、先述したようにカメラの邪魔になる障害物は置けないので、周囲の背景でいかに印象的なステージを作るのかをとことん追求しているそうだ。
ステージ構成を単調に見せないのも大事だという。すべてのステージを徹底的に作り込むのは、広大すぎて不可能に近いそうだが、できる限りはどのステージにも絶景ポイントを入れ込むようにしているそうだ。
さらに屋内ステージなどのシチュエーションを複数用意し、プレイヤーを飽きさせないようにしているという。たしかに、“金剛山 仙峯寺”を思い返すだけでも、さまざまなシチュエーションが用意されていた。
キャラクター制作について
以上が、立石氏が実務や先輩などから聞いて学んだ、フロム・ソフトウェア流の背景・ステージ制作術とのこと。おつぎはキャラクターの制作話が、末武氏から語られた。キャラクターはすべて『SEKIRO』のモデルを用いての解説。キャラクター制作は、実際の流れを説明し、こだわりのポイントなどを語っていくというものだった。
ラフモデルの制作
ラフモデルとは、大まかに最初のモデルを形作る、原型のようなもの。デザイン画の良さをなるべくプレイヤーに届けるべく、いくつかの注意点を設けて制作しているという。
映し出されたのはボスのひとり“首無し”の原型。デザイン画をもとに製作し、プレイヤーの視点からどんな印象になるのかも見るために、デフォルトのポーズも入れた状態で調整していくという。そこからさらにキャラクター性を引き立てるために、さまざまな個性を加えていくという。
また、布の動きの検証もしているという。服を着ているキャラクターは袖などの揺れモノがあるため、仮の服を用意して、それに合わせてモデルを調整しているという。こうすることで、ゲーム内でより自然な布の動きを実現できるそうだ。
そしてラフモデルでは、最後に完成形までの計画を立てる。いわゆるボスである強敵たちは、ほかのキャラクターたちと異なる、大きな頭身を持っていることや、豪華な服やアクセサリーなどで個性を際立たせたという。とくにプレイヤーの視点から見るシルエットを大事にしているとのこと。
詳細モデルの制作
続いては詳細モデルの制作。詳細モデルとは、ゲーム用のポリゴンに落とし込む前のモデルのこと。ポリゴン数を基本的に気にせず、自由にモデリングするターンだ。ここでは、リアリティを重視してモデリングしているという。
まずは硬さの表現について。詳細モデルでは、ラフモデルをもとに細かいディテールを作り込んでいく。細かい要素を足すために、デザイン画や設定を徹底的に読み込み、キャラクターの背景や世界観を想像して制作するという。
続いてはキャラクターの装備している武器や小物などの制作について。とくに形状が複雑で、どう作ればよいのか分からない物体については、実際にどう作っているのか、どういう仕組みで動くのかを把握して、そのまま作っているという。多少の時間とコストは掛かるものの、こちらのほうが悩む時間がなくなるので、逆に効率的かつリアリティにつながるのだとか。
リトポロジー化
リトポロジーとは、詳細モデルをゲーム内モデルに落とし込むために、ローポリゴン化したものだ。詳細モデルで制作した高いクオリティを、そのままゲーム内に反映させるべく、さまざまな工夫をこらしているようだ。ここについては、完全にゲーム開発者向けの説明だったので、本記事ではスライドのみで、解説は割愛。
テクスチャの制作
最後が、3Dモデルに貼り付けるテクスチャの制作。まず重要なのは、プレイヤーの目をキャラクターに向かせること。キャラクターの特定の場所にカラーや質感を付けることで、プレイヤーの視線をそこに誘導しやすくしているという。キャラクターにあえて明るいところを作って視認性を上げたりしているそうだ。
また、リアリティの追求にも工夫がいるという。たとえば布の繊維を作り込んだところで、プレイヤーはアップで見ないとわからないため、そこにこだわっても意味がない。擦り切れた袖や、使い込まれた武器の持ち手、すり傷などを加えることで、視認しやすく、かつリアリティーが増すのだとか。
『エルデンリング』で味わおう!
最後には井手氏が、フロム・ソフトウェアにおけるゲームグラフィック制作全体の狙いを解説しつつ、2022年2月25日に発売予定の最新作『ELDEN RING』(エルデンリング)について、「今回紹介したような要素が入れ込まれた作品です」とアピールされ、セッションは終了となった。