2021年5月20日にPLAYISMからNintendo Switch、プレイステーション5、プレイステーション4版が発売されたパズルゲーム『マニフォールド ガーデン』。

 インスタレーションアーティストの出自を持つ、クリエイターのWilliam Chyr氏がつくりあげた本作の世界は幾何学的な造形で構成されていて、どのシーンを切り取っても美しくて静謐で、シンプルにものごとが進みそうに感じられる。しかし、その印象はゲーム開始数秒で打ち砕かれる。

 一人称視点で進む本作の操作は、一般的3Dゲームのソレと変わりない。左スティックで移動し、右スティックで視点を動かす。そんな操作について把握した直後、プレイヤーは異常事態に気がつく。「進むべき道っぽいのが、頭上にある」。

『マニフォールド ガーデン』レビュー。頭がおかしくなりそうな重力操作、無限落下&ループする世界の先に待つのは「マニフォールド!」と叫びたくなる知的興奮

 ジャンプはないし、壁をのぼるアクションがあるわけでもない。「どうやってあそこに行くんだ?」と思ったタイミングで、画面には「R2ボタンを押せ」(今回のレビューではプレイステーション4版を利用した)という意味の指示が表示される。それに従ってボタンを押すと、画面がぐるんと回転し、目の前にあった壁は地面になり、直前まで立っていた場所は高い壁になる。

 『マニフォールド ガーデン』のプレイヤーにはジャンプはないし、壁をのぼる能力もないが、重力を操る力があるのだ。そしてプレイヤーは理解する。シンプルに見えていた世界を進むのは、とてつもなく頭を使うことになりそうだ、と。

重力操作という“飛び道具感”のあるシステムを取り入れつつ、地に足のついたパズルゲーム

『マニフォールド ガーデン』レビュー。頭がおかしくなりそうな重力操作、無限落下&ループする世界の先に待つのは「マニフォールド!」と叫びたくなる知的興奮

 重量操作がシステムのキモとなっているゲームと聞いて『GRAVITY DAZE』シリーズを思い浮かべる人も少なくないと思うが、同シリーズにあった"空へ落ちる”ような浮遊感は『マニフォールド ガーデン』にはない(が、後述するとおり“空へ落ちる”ようなシーンは存在する)。

 前述のとおりプレイヤーはジャンプができないので、高所からの落下以外はつねに地面に足がついている状態だし、重力転換ができるタイミングも足場となる面が近距離にあるときに限られる。重力操作という“飛び道具感”のあるシステムを採用しつつも、本作は心意気的にもプレイフィール的にも地に足のついたパズルゲームになっているのだ。

そして、僕が本作に対してグッときているのはまさにその点だったりする。重力操作というシステムがあればいくらでもダイナミックなパズルアクション(浮遊する足場を重力転換を駆使して飛び移ったりとか)が実現できそうなものだが、『マニフォールド ガーデン』はそうはなっていない。

 愚直なまでにパズルゲームで、クリアーのために必要なのはゲームタイトルにもあるとおり“マニフォールド(Manifold)=多種多様の、多面的な”の思考のみ。言い換えれば繊細な指使いや瞬間的な判断力は必要ないわけで、スクリーンショットやPVから漂う人を選びそうな雰囲気とは裏腹に、幅広い人が楽しめる作品となっているのだ。

「マニフォールド!」と叫びたくなるほどの興奮が訪れる瞬間

『マニフォールド ガーデン』レビュー。頭がおかしくなりそうな重力操作、無限落下&ループする世界の先に待つのは「マニフォールド!」と叫びたくなる知的興奮

 William Chyr氏は本作の開発に7年をかけたという。個人開発からスタートしたという事情はあるにしても、この規模のタイトルとしてはだいぶ長い。恐らく、その長い開発期間の多くはレベルデザインに捧げられている。

 印象的なグラフィックや重力操作といった特徴的なシステムに目が行きがちだが、この作品のコアとなっているのは、言葉による一切の説明を排しながら誰もが理解できるルール設定、そして優れた難度調整の階段だ。

 「重力操作を駆使して頭上にある扉の開閉スイッチを押して部屋を出る」という初歩的なパズルからスタートし、重力方向に影響を受けるキューブ、水路、足場とギミックが増えていくのだが、その増えるタイミングなどがじつに絶妙なのである。

 なお、各種ギミックの具体的な説明は以下の記事に詳しいので、合わせてチェックしてほしい。

 たとえば、本作をしばらく遊んでいると、脳が『マニフォールド ガーデン』の世界に慣れてきて、立体的な空間がまるでひとつながりの平面に見えてくるような瞬間が訪れる。壁は地面で、高い天井は深い谷で、上り階段は下り階段である! なんて具合に視界のピントが合うように、世界がガラッと変わって見える……気がするのだ。その瞬間は「ユリイカ!」ならぬ「マニフォールド!」と叫びたくなるほど興奮してしまう。

『マニフォールド ガーデン』レビュー。頭がおかしくなりそうな重力操作、無限落下&ループする世界の先に待つのは「マニフォールド!」と叫びたくなる知的興奮

 が、興奮とともも訪れた平面世界を楽しめる時間は短い。新たなギミックの投入によって、世界は再び頭を悩ます立体空間に戻るのだ。

 ……うーーーん、うまく説明できたかすごく不安なのだが、とりあえずパズルに対する“理解と難解の行ったり来たり”の按配がすごく心地よくて、やめ時を失うって感じである。急に雑な説明になってしまったが、正直こればっかりは実際に遊んでもらわないことには理解してもらえないと思うので、話を進めよう。

無限地獄のごとく落下し続けられるのが最高にキモチイイ

『マニフォールド ガーデン』レビュー。頭がおかしくなりそうな重力操作、無限落下&ループする世界の先に待つのは「マニフォールド!」と叫びたくなる知的興奮

 『マニフォールド ガーデン』のシステムの要が重力だとすれば、構造の要は無限ループにある。本作のフィールドは大きくわけてふたつあり、ひとつはここまでに述べた重力パズルをキーとした部屋の連なりだ。ゲームを開始時、プレイヤーが置かれている場所もこっちである。そして、いくつものパズルを解いて部屋を抜けた先に広がるのが、無限に広がる空間だ。

 初めて無限空間を見たとき、海を連想した。遥か彼方まで広がる海原に小島がポツンポツンとある、そんな光景に度肝を抜かれてしまった。そして、当然やったのが無限空間へのダイブ……正確にはジャンブができないので、ただの落下である。

 ここで少し話が脱線するが、ゲームにおいて落下は長らく“ミス”の代名詞だった。しかし、ポリゴンを用いた3D表現の登場によって、落下を楽しむ表現が花開いたと思う。

 自分が記憶する限り、家庭用ゲームで本格的に“落下表現”がエンタメ化されたのは初代プレイステーションの初期タイトル『ジャンピングフラッシュ!』だった。3D空間の中をタイトルどおり高く“ジャンピング”したあとに、地面がグングンと迫ってくる落下の快感は、14インチのブラウン管テレビが相手でも股間がヒュッとなるスリリングさだった。

 3D表現が高度化した現代のゲームにおいては、落下は“落下表現”なんて特別視する必要がないほど一般化されているが、それでも『GTA』シリーズ(念のため言っておくと、3Dグラフィック化された『III』以降の話です)で、飛行機かヘリを奪ったのち、とくに理由なく上空からダイブする瞬間の楽しさは何物にも代えがたいものがある。

 ……というわけで、話を『マニフォールド ガーデン』の落下に戻すと、もし“ゲームの落下表現史”なんてものがあったとすれば、確実にそこに載るレベルでヤバい。なにがヤバいって、落下が無限に続くのだ。地獄へ至る道には、2000年間落下し続ける“無間地獄”なるものがあると聞いたことがあるが、それくらいの勢いで無限に落下することができる。

 もちろん、本当に無限なわけではなく、実際には空間がループしているだけだ。本作では前後左右上下、方向を問わず無限に広がっているように見えるところがあるが、実際には一定距離ごとに同じ場所がループしているのである。言うなれば、合わせ鏡の世界を歩いているような状態だ。

『マニフォールド ガーデン』レビュー。頭がおかしくなりそうな重力操作、無限落下&ループする世界の先に待つのは「マニフォールド!」と叫びたくなる知的興奮

 だから、無限の落下も位置を調整することで、飛び降りた場所へちゃんと戻ってくることができるし、前へ前へ向けて落下する(なんか変な日本語だがそうとしか言いようがない)ことで、遠く離れた対岸へたどり着けるのである。

 ちなみにValveの名作パズルアクション『ポータル』シリーズにも無限落下ができるシーンはあったが、あれは落下のくり返しによって生じるスピードを活かした大跳躍のためのものだった。対して『マニフォールド ガーデン』のソレは、よくも悪く『ポータル』ほどスリリングではなく、あくまで落下によって“正解の場所”まで移動をするための落下。

 やはりここでも“愚直なまでにパズルゲーム”な顔をちゃんと見せてくるのが、個人的にはとてもグッときてしまうのだ。

『マニフォールド ガーデン』レビュー。頭がおかしくなりそうな重力操作、無限落下&ループする世界の先に待つのは「マニフォールド!」と叫びたくなる知的興奮

 誤解を恐れずに言えば、『マニフォールド ガーデン』は見た目で損をしているタイトルだ。

 William Chyr氏のつくりあげた世界は極めてアーティスティックで、それを見るだけでも十分にプレイする価値はあると思う(フォトモードのつくりこみも素晴らしい!)。

 一方で、すぐれたビジュアル表現であるがゆえに“雰囲気ゲー”と勘違いする人もいそうだし、そもそもパズルゲームと理解しない人も出てくるかもしれない。

『マニフォールド ガーデン』レビュー。頭がおかしくなりそうな重力操作、無限落下&ループする世界の先に待つのは「マニフォールド!」と叫びたくなる知的興奮

 しかし、くり返し述べたとおり本作は“愚直なまでにパズルゲーム”であり、僕がもっとも惹かれたのはパズルゲームとしてのレベルデザインの丁寧さと秀逸さである。変な言いかただが、見た目に騙されず注目してほしいタイトルだ。

執筆者紹介:キモ次郎
元ファミ通編集部ニュース班。パズルゲームはちょいちょい遊ぶのですが、ちゃんと最後までクリアーすることは稀だったりします。『マニフォールド ガーデン』はクリアーできました。

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