2016年10月28日、一般社団法人デジタルメディア協会(AMD)主催による、“AMDシンポジウム 2016 AIが未来を変える!”が、ベルサール飯田橋ファーストにて開催された。AMDは、映画や出版、ゲームなどのソフト産業から、放送・通信、ソフトウェア開発などのプラットフォーム分野まで、幅広い業界団体が参加するコンテンツ関連産業の業界団体で、今回のシンポジウムはその活動の一環として行われたもので、昨年に次いで2回目の実施となる。

AIによって、ゲームの未来はどのように変わるのか? SIE吉田氏、SQEX三宅氏らが登壇したAMDシンポジウムをリポート_01
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▲冒頭では、AMD理事長の襟川恵子氏が登壇。AIの可能性について語った。
▲総務省政策統括官の今林顕一氏が来賓としてスピーチ。「AIをどう活用するかでゲームの世界も変わるのでは」とのこと。

 このシンポジウムの第2部“エンタテインメント分野におけるAI”では、エンタテインメント業界のキーパーソンが、現在手掛けているコンテンツに、AIがどのように使われているかを語った。

■登壇者
・ソニー・インタラクティブエンタテインメント ワールドワイド・スタジオ プレジデント 吉田修平氏
・スクウェア・エニックス テクノロジー推進部 リードAIリサーチャー 三宅陽一郎氏
・HEROZ リードエンジニア 山本一成氏
・日本マイクロソフト Bingインターナショナル【Bingサーチ&AIりんな】Japan&Koreaビジネス統括シニア戦略マネージャー 中里光昭氏

家庭用ゲームのAIがなすべきことは“おもてなし”

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▲ソニー・インタラクティブエンタテインメント ワールドワイド・スタジオ プレジデント 吉田修平氏。

 第2部で最初に登壇したソニー・インタラクティブエンタテインメント吉田氏は、家庭用ゲームにおけるAIのおもな役割を解説した。家庭用ゲームの目的は、プレイヤーを楽しませること。その中でのAIの役割は、“プレイヤーのおもてなし”であるという。

 では、おもてなしとは、具体的にどういうことか。吉田氏は下記の3点を挙げた。

・ゲームに適度な難易度(チャレンジ)を与える
 プレイヤーが“勝って楽しい”、“自分の腕前が上がっていって楽しい”と感じられるような、適切な難易度を与える。

・ゲームキャラクターが“生きている”と感じさせる
 キャラクターの人間らしさや動物らしさを表現することで、キャラクターにより感情移入できるようにする。これは近年ゲームクリエイターが力を入れている分野だ、と吉田氏。

・最後までゲームを遊んでもらうためのサポート
 道順やゲームの目的を教えたり、プレイヤーが忘れていそうなゲームの要素を指摘したりして、プレイを助ける。

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 これらのおもてなしは、簡単なことではない。何を“楽しい”と感じるかはプレイヤーによって異なるうえ、プレイヤーが楽しいと感じているかどうかを、ゲーム側が察知することも難しいからだ。しかもゲームにおいて、AIはすぐに判断を出すことを求められる。

 よりクオリティーの高いゲーム作りのために、AIは今後、まだまだ追求していくべき分野だ。吉田氏は最後に、“こんなゲームAIは嫌だ”、“こんなゲームAIは素敵だ”というアイデアを語った。嫌なAIの例としては、“強い敵が出るとパーティーの後ろに隠れる味方AI”、“ボス戦に遅刻する味方AI”、“プレイヤーの弱みばっかり攻めてくる敵AI”など。素敵なAIの例は、“最後の一撃はプレイヤーに譲ってくれる”、“プレイヤーが失敗しても、それは自分のせいだと言ってくれる”、“気になっているスポーツの途中経過を教えてくれる”などだ。吉田氏はユーモアたっぷりにこれらの案を紹介したが、こうして多数のアイデアを出していくことが、思いもよらないAIの誕生につながっていくのかもしれない。

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メタAI、ナビゲーションAI、キャラクターAIの役割

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▲スクウェア・エニックス テクノロジー推進部 リードAIリサーチャー 三宅陽一郎氏。

 スクウェア・エニックスのAIチームに所属する三宅氏は、『ファイナルファンタジー』(以下、『FF』)シリーズを題材に、ゲームの人工知能について語った。

 三宅氏が解説したのは、“メタAI”、“ナビゲーションAI”、“キャラクターAI”の3つだ。

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・メタAI
 場の全体、ゲームの流れを作るAI。たとえば、プレイヤーがピンチのときは、メタAIが“いま、プレイヤーが危険だ”と仲間に伝え、それを受けて仲間が助けに来る。メタAIからの指示で、キャラクターの行動が切り換わるのだ。

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・ナビゲーションAI
 ゴール地点がわかっている場合、そこへいたる最短経路を導き出すAI。ここで例として使われたのは『FFXIV』。トレントが歩く道をナビゲーションAIが導き出し、そのルートに従ってトレントが移動しているさまが紹介された。
 ナビゲーションAIは、バトルにおいても使われる。たとえば、プレイヤーを攻撃しようとして、勢い余って崖から落ちてしまった敵モンスターが、プレイヤーがいるところまで戻ってくる際、その道はナビゲーションAIによって導き出される。

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・キャラクターAI
 キャラクターAIは、階層化されたトレイから成り立つ。たとえば、“戦う”というトレイの下に、“(戦うために)移動する”、“攻撃する”といった、もう少し細かい行動が含まれるトレイが用意されているのだ。

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 三宅氏は、『FFXV』のニフル兵を例にキャラクターAIを紹介。スクリーンに映し出されたのは、階層化されたニフル兵の行動パターン。“移動しながら攻撃”といった並列思考も、すべてキャラクターAIによって管理されている。

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▲ツリーの中の緑色に光っている部分が、現在のニフル兵の思考だ。

 続いて三宅氏は、ゲームAIのこれからについて言及。ゲームをダイナミックに変える最新のメタAIの例として、『Left 4 Dead』のAIを紹介。このタイトルには、ユーザーの緊張度を判断し、ユーザーが緊張しすぎている場合は敵を減らし、ユーザーがリラックスすると敵の数を増やすというAIが搭載されている。

 かつてのゲームは、出荷時にゲームシステムや敵の配置、イベントなどが固められていた。だがメタAIによって、出荷した後でも、ゲームをダイナミックに変えられるようになった、と三宅氏。

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 また、これからのゲームに使われるAIとして、三宅氏はプロシージャル技術を紹介した。プロシージャル技術とは、AIによってコンテンツを自動生成する技術だ。例として挙げられたのは、『ファークライ2』。同作には、マップ上の植物を自動生成する仕組みが取り入れられていた。

 今後、たとえばオープンワールドのような、広大なマップを作るのであれば、まずはプロシージャル技術でたくさんのアセットを作り、そうして構成されたマップにメタAIが敵などを配置するという流れが考えられる。人工知能によって、ゲームがオートメーション化していくだろうと三宅氏は語り、プレゼンを締めくくった。

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『将棋ウォーズ』に搭載された、AIによるサポート機能とは

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▲HEROZ リードエンジニア 山本一成氏。

 HEROZの山本氏は、初めてプロ棋士に勝利した将棋プログラムとして知られる“Ponanza”の開発者。山本氏は、自身が手掛けたアプリ『将棋ウォーズ』において、どのようなAIを開発したかを紹介した。

 350万ダウンロードを突破した『将棋ウォーズ』には、AIによるサポート機能“棋神降臨”と“棋神解析”が搭載されている。前者は、プレイヤーがつぎに指すべき手を教えてくれる機能、後者は、対局の個々の場面で、どの手がよかったか、悪かったかを教えてくれる機能だ。

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 これらの機能が開発されたきっかけは“将棋を始めても、強くなれないゆえに、辞めてしまう人が多いこと”だという山本氏。プレイヤーが、勝つ楽しさを味わいながら将棋を続けられるようにしたいと考えて、『将棋ウォーズ』を手掛けたと述べた。

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▲HEROZは『将棋ウォーズ』以外にも、『ポケモンコマスター』など、AIを利用したさまざまなタイトルを手掛けている。

 なお、ファミ通.comでは、『ポケモンコマスター』発表時に、HEROZのキーパーソンにインタビューを実施している。興味がある人は、ぜひ読んでみてほしい。
[関連記事]超高度AI(人工知能)が生み出すまったく新しいポケモンの遊び! 最新スマホゲームアプリ『ポケモンコマスター』開発キーパーソンに聞く、本作の凄み

感情系AI“りんな”の人気の秘密

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▲日本マイクロソフト Bingインターナショナル【Bingサーチ&AIりんな】Japan&Koreaビジネス統括シニア戦略マネージャー 中里光昭氏。

 中里氏が紹介したのは、日本マイクロソフトが手掛けるAI“りんな”だ。りんなは、LINEとTwitterで友だちになれる、雑談を得意とする感情系人工知能だ。LINEでは460万人以上とつながっており、Twitterでは12万人以上がフォローしている。

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 感情系AIとはどういうものか――中里氏は、Windows 10に実装されているタスク型AI“コルタナ”と、りんなを比較して、その違いを解説した。たとえば、柴犬の写真を見せた場合。コルタナは「これは柴犬です」と言うが、りんなは「可愛すぎやんww いいなこんなかわいい子」と、感情のこもったコメントを返してくる。

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 そんなりんなの人気の秘密は、ユーザーの感情に寄り添う設計であることだ、と中里氏。「失恋して悲しい」といったネガティブな感情を理解してくれるのだ。また、すぐレスポンスが返ってくること、会話を長く続けられる設計もポイントだ。会話の往復回数が多いほど、ユーザーは“会話が楽しい”と感じられるからだ。

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 そして会話のバリエーションは、機械学習と深層学習で増えていく。最近のりんなは、ラップを歌ったり、ファンブックを出したり、ドラマ「世にも奇妙な物語」に出演したりと、さまざまな分野で活躍しているが、りんなの学習が進めば進むほど、活躍の場もさらに広がっていくのではないだろうか。

登壇者によるパネルディスカッション

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 4名のプレゼンテーションの後には、パネルディスカッションと質疑応答が行われた。モデレーターを務めた夏野剛氏は、吉田氏に、VRとAIの関係について質問。吉田氏は“AIとVRの融合にはとても興味がある”と述べた。『サマーレッスン』のような、デジタルのキャラクターの存在感を感じられるというコンテンツと、AIが将来は融合していき、多くのユーザーに楽しまれるのではないか、と吉田氏。

 三宅氏は、“ユーザーはゲームにおいて、AIをどのように感じているか”との質問に、“本当のAIは、ユーザーの主観、体験の中に知能として現れる”と回答。そして、ユーザーが知能を感じとりやすいように、あえてそういう状況(たとえばユーザーをピンチにさせる)に追い込むことはテクニックのひとつだと述べた。

 山本氏は、強くなった将棋プログラムがつぎにこなすべき課題は何かを問われ、“人間の将棋の上達をフォローする存在になることを目指すべき”と答えた。“プログラムが人間にどうやって教えるか”を追求していくべきという考えだ。

 ここで中里氏は、りんなにもちょっとしたゲームを遊べる機能があるが、りんなのオセロが弱すぎて話題になったことを挙げた。りんなは弱いのに、それでもユーザーは遊んでくれるのだ。人間に勝つAIの研究は永遠のテーマだが、感情に寄り添うAIは、必ずしも強くなくていい、と中里氏は語った。

AIの進化により、ゲームはどう変わるのか

 AIが進化していくと、ゲームはどうなるのか。この質問に、三宅氏は“ゲームはAIによって、ユーザーに適した難易度へと動的に変化する”と回答。難易度を変化させるAIはこれまでにも存在しているが、そうは言っても、既存のゲームはあくまで大衆に向けたもの。今後は、たとえばSNSの書き込みなどからAIがユーザーの個性・状況を読み取り、「いま、この人はこういう悩みを抱いているから、このような物語を展開しよう」などと、その人ひとりに向けたゲームをAIが自動生成する時代が来るのではないか、と語った。

 また会場からは、『ファイナルファンタジーXVI』のAIはどうなるのですか? という質問が(質問者は、会場にいたシブサワ・コウ氏!)。三宅氏は、今後のタイトルについては回答できないと述べつつ、『FFXV』を経て得た課題として、“メタAIに強力な思考を入れる”ことを挙げた。オープンワールドのゲームでは、どこでも戦闘やストーリーイベントが起こり得る。ゆえに、AIによってゲーム体験を引き締める必要があり、メタAIの力をもっと強化すべきとのこと。

 加えて、“みずから計画を立てる人工知能”の開発にも、三宅氏は意欲を見せた。これは、以前から研究しているが、なかなか組み込めていないAIであるという。いままでのAIは、“こういうことが起こったので、この行動を取る”という反射的なAIだが、今後は目的に向かってプランを作れるAIが必要だと三宅氏はコメントした。

 開発者たちが日々研究を進めているAI。今後も各社の切磋琢磨により(たとえばValveは講演資料を惜しみなく公開しているという)、ユーザーに新しいゲーム体験を与えるAIが生まれていくことだろう。