『サマーレッスン』ってどんなコンテンツ?

 2014年9月1日に開催された“SCEJA Press Conference 2014”で発表され、大きな話題となったバーチャルリアリティシステム“Project Morpheus(プロジェクト・モーフィアス)”用コンテンツ『SUMMER LESSON(サマーレッスン)』。これは、『鉄拳』プロジェクトディレクターとして知られる原田勝弘氏が開発中のProject Morpheus向けコンテンツ。当初、東京ゲームショウ 2014にも出展予定だったが、想定を遥かに超える反響や体験希望があり、「会場のブースのキャパシティ及び他コンテンツとの兼ね合い上、ご来場いただく多くのお客様にお楽しみいただけない可能性が懸念されるため」(SCEJAリリースより)、同イベントでの出展が中止された。これほど注目される『サマーレッスン』はどんなコンテンツなのか。体験リポートとともに、同コンテンツの開発の経緯や狙いなど原田勝弘氏にうかがった。

ドキドキが止まらない! Project Morpheus用コンテンツ『サマーレッスン』を体験! 原田勝弘氏へのインタビューも_01

『サマーレッスン』開発の経緯と狙い

ドキドキが止まらない! Project Morpheus用コンテンツ『サマーレッスン』を体験! 原田勝弘氏へのインタビューも_06
バンダイナムコゲームス
『サマーレッスン』ディレクター/プロデューサー
原田勝弘氏

――今回のプロジェクトは、どういった経緯でスタートしたのですか?

原田 私は、以前からヘッドマウントディスプレイを使ったバーチャルリアリティ(VR)システムには興味があって、『サマーレッスン』は、今後を見据えた技術デモとして開発しました。『サマーレッスン』でいちばん実現したかったことは、VRヘッドマウントディスプレイで見たときの“臨場感のスゴさ”をいかに伝えるかということ。なぜ臨場感にそこまでこだわるかと言うと、ゲームの進化の方向性のひとつとして臨場感があると思うからです。

――というと?

原田 たとえばFPSは、10年以上前から狙って撃つという遊びの根幹は変わっていませんが、ここ数年、世界規模で大ヒットするタイトルが登場しています。FPSがこれほど受け入れられてきたのはなぜかと考えると、ゲーム機の性能が上がってグラフィックが向上し、ビルが倒壊したり洪水が起きたりといったド派手な演出も可能になったことで、思わずのめり込むほどの没入感と臨場感が実現できたからだと思っています。VRヘッドマウントディスプレイなら臨場感、没入感がさらに増すので、一歩先の未来のエンタテインメントが実現できるはずだと考えています。ですので、今回のプロジェクトはVRヘッドマウントディスプレイを使って臨場感が出せれば、極端な話、キャラクターがゾンビでも『鉄拳』のような格闘家のキャラクターでもよかったのです。

――いろいろなタイプのキャラクターの中から女性キャラクターにした理由は?

原田 一度、『鉄拳』のキャラクターでも試してみたのですが、身近に感じるキャラクターじゃないと、あまり臨場感を感じなかったんです。

――臨場感を追求した結果の女性キャラクターだったと。

原田 そうなんです。といってもアニメの女性キャラクターはあえて採用しませんでした。一度、『アイドルマスター』のキャラクターで試してみたのですが、アニメのキャラクターは、作品に合わせて、それぞれの世界で魅力に見えるようなデフォルメが入っているんです。デフォルメされた部分が大きいキャラクターの場合、どういう表現をしたらVRとして正解なのか、臨場感が出るのかという判断は、デフォルメの仕方、つまりキャラクターデザインによって大きく左右されるので、試行錯誤を繰り返して正解を見つけていく技術検証のデモとしては、キャラクターデザインによって左右される人ごとの判断・評価のブレが問題になります。リアル路線の女性キャラクターであれば、どういう表現をすれば女性キャラクターとしてリアルで臨場感があるかと判断するのに、評価する人や環境によるブレはそれほど起きません。もちろん、男性キャラクターも出そうと思えば出せます。ですが、女性キャラクターの場合、多くの人にカワイイと思ってもらえるモデルを作るというのがそもそも難しく、しかも、VRヘッドマウントディスプレイを体験した方はわかると思いますが、映像が魚眼レンズのように少し歪んで見えたりします。その中で美しく見せる、というのは難度も高い。今回は技術デモという観点もあったので、あえて、その高い難度に挑戦しよう、という側面もありました。

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――なるほど。その女性キャラクターは非常に魅力的で、表情も非常にリアルでした。

原田 パフォーマンスキャプチャー(人間の動作に加え、表情もデジタルデータとして取り込む手法)を使ったことで、自然な演技を実現できていますが、それでもそのままだと違和感がありましたので、手作業で調整しています。調整の結果はVRヘッドマウントディスプレイで確認しないと意味がないので、手間もかかりましたね。

――キャラクターがこちらを認識し、顔を向けてくれたり、目で追ってくれるのも驚きでした。

原田 キャラクターが自分を認識しているかどうか、というのも臨場感を出すには必須条件と考えていました。『サマーレッスン』を、透明人間になってキャラクターを眺めるコンテンツだ、との誤解が一部であるようですが、そういうものではないです。

――あの女性キャラクターには、VRヘッドマウントディスプレイで自然に、リアルに、そして可愛らしく見えるように細かな調整、ノウハウが詰まっているんですね。

原田 はい。正解を探るためにいろいろ試行錯誤はしました。モデリングはもちろん、肌の質感のテクスチャー、ライティングなど、これまでゲーム作りで培ったノウハウをVR用に変えていかないと違和感が大きくなる。そういった発見も、『サマーレッスン』制作で学べたことのひとつですね。

――部屋の中というシチュエーションも臨場感を高めてくれている大きな要素のように感じました。

原田 重要だったのは、あのスケール感。野外や会議室などの広い部屋ではなく、手を伸ばせば届くかもしれないと感じる、ふだん自分たちが過ごしている部屋のスケール感が臨場感を生み出すためには大切だと考えました。

――Project MorpheusやOculus Riftのデモコンテンツには、宇宙空間や深海など無限のスペースが感じられるデモもありますが、身近に感じられる部屋というシチュエーションはまたそれとは違う、リアルな臨場感というものが感じられた気がします。

原田 そうなんですよ! なので、行ったことがない場所や、身近ではないスケール感の場所とかではなく、身近に感じる部屋にしようと。

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――こうして話をうかがうと『サマーレッスン』はいろいろな計算のもとに作られたということがよくわかります。

原田 技術的な観点や正しいスケール感を出すためのノウハウなど、理詰めで作ったひとつの結果が『サマーレッスン』なんです。もちろん、VRヘッドマウントディスプレイで誰もが一度は頭をよぎるであろうアイデアを本当に実現したという“想像しやすい臨場感”ということは狙ってはいましたが。

――あの女性キャラクターの名前は決まっているのですか?

原田 開発コード名はあるのですが、正式なキャラクター名はまだ決まっていません。

――ボイスは?

原田 田毎なつみさんです。

社内でもなかなか理解が得られなかったVR体験

――そのほか『サマーレッスン』の制作を通じて、発見や苦労などはありましたか?

原田 いちばん苦労したのは社内の理解を得ること(笑)。Oculus Rift (オキュラスリフト)のDK1が出たころ、『鉄拳』チームでいち早くそれを購入し、「これからバーチャルリアリティの再定義の時代が始まるぞ」と思っていた数人と、いろいろと試してみたんです。そのとき悟ったのは、「このおもしろさは体験してもらわないとわからない」。次に、体験してもらうための試作用ソフトの制作に取り掛かろうとしたわけですが、制作にはコストがかかります。ただ、理解がなかなか得られないため、けっきょくは自分でなんとかしましましたが。

――まずは、社内の理解が得るところからのスタートだったのですね。

原田 はい。ヘッドマウントディスプレイというと、「画面が大きく見えるだけでしょ?」といったイメージしか持っていない人もいて、VRヘッドマウントディスプレイとの違いから説明が必要なこともありました(苦笑)。

――制作はいつごろから?

原田 実作業は今年の3月から始めて、4月に本格的に取り掛り、5月末にはプロトタイプができました。そこからProject Morpheus用向けに、よりよいコンテンツにするべく、ブラッシュアップの作業を進めていきました。そのころからようやく社内で評判が広がっていきました。いちばん印象に残っているのは、浅沼本部長(バンダイナムコゲームス取締役の浅沼誠氏)の「ごめん」というひと言でした。「こんなにスゴイとは思わなかった」と。それまではスクリーンショットや映像で伝えようとしていたのですが、なかなか伝わらなかった。プロトタイプができた以降は、体験した人の反応をほかの人に伝えることにしました。すると、自分の知っている上司や部下が、あんなに驚いて帰ってきた、自分もぜひぜひやってみたい、というふうに社内で広がっていったんです。その社内の広がりを感じたときに初めて「これは話題になるかもしれないな」と思えました。

――何人ほどで制作したのですか?

原田 最初は5、6人。最終的には10人くらいでしょうか。

――『ソードアート・オンライン』のコンテンツ(→こちらを参照)も鉄拳チームが?

原田 はい。『サマーレッスン』と共通する技術を使っています。

『サマーレッスン』の気になる今後の展開は?

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――技術デモとして始まったという『サマーレッスン』ですが、SCEJA Press Conference 2014で公開されるやいなや、一般メディアも注目するほど、ものすごい反響がありました。

原田 社内は誰も騒いでくれなかったのに(笑)。ゲーム業界の方からも多数のお問い合わせをいただきました。SCEJAの方からも、『サマーレッスン』のおかげで、ほかのメーカーのクリエイターの方々もProject Morpheusのコンテンツ制作にやる気を見せてくれている、と感謝されるほどでした。ただ、ここまで話題になるとは、誤算でした。

――誤算と言うと?

原田 社内での映像だけのプレゼンでは反応はイマイチでしたので、SCEJA Press Conference 2014で映像を見せても、あまり話題にならないと思っていたのです。ですので、少しでも話題になればと思って、『アイドルマスター』のTシャツを着てビデオメッセージに出演し、「また原田が変なことをやってる」くらいに覚えておいてくれればいいかと。そして、東京ゲームショウ会場で体験した人が大騒ぎしてくれれば、そこで初めて社内に対し、「これからVRヘッドマウントディスプレイが話題になるので、いろいろな企画をやっていきましょうよ」と話が通しやすくなるという思惑だったのです。つまり、『サマーレッスン』に関しては東京ゲームショウ後が本番だと思っていたのですが……。

――反響の大きさゆえに、残念ながら東京ゲームショウでの出展は取り止めになってしまいました。

原田 Project Morpheusの試作機自体、数が少ないらしく、『サマーレッスン』のデモにかかる体験時間を考えると、東京ゲームショウ会場で1日に体験できるのは50人にも満たない。これだけ注目してもらって、1日50人弱しか体験できないとなると、混乱を招くことになりかねないので、SCEJAさんと話し合いをして、別の機会を設けることで調整しています。

――今後、『サマーレッスン』を製品化することなどはお考えですか?

原田 そこはまだ秘密ですが、VRヘッドマウントディスプレイのコンテンツに関して、いろんな方向性を考えています。たとえば、さまざまなキャラクターが出てくるゲームや、新しい体験ができるものまで、たくさんの企画を練っているところです。Twitter上でもある人の意見として出ていたのですが、VR空間で「友だちといっしょにプレイしている感じを出せる」コンテンツもいずれやってみたいですね。

――それはたとえば、ボードゲームなど、みんなで集まっていっしょにゲームをプレイしている感じが出せるもの?

原田 はい。チャットと組み合わせて、臨場感のあるコミュニケーションの場を作り、毎日ちょっとずつVRを体験できるようなもの。そういった方向性にもつなげていきたい。『サマーレッスン』に関しては、『サマーレッスン』だけで成立するものに仕上げたいですね。AIとコミュニケーションして、AIを育てて、毎日反応が変わる。キャラクターも女性だけではなく男性もいて、極端な話、クマでもいいですよね。

――なるほど(笑)。楽しみにしています。

原田 『サマーレッスン』ばかり話題なっているんですが、『鉄拳7』や『ポッ拳 POKKEN TOURNAMENT』などもあるので、そちらも忘れないようにしてください(笑)。

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実際に体験してみた

 Project Morpheus向けコンテンツは何度か体験したことがある僕ですが、つくづく思うのが、想像するのと実際に体験するのとでは、全然違うんだなぁ、ということ。『サマーレッスン』でいちばん驚いたのは、モニター上の参考用映像で見たときの感覚と、実際にProject Morpheusで体験してみたときに感じる“距離感”が、劇的に違うことでした。とにかく、目の前にいるキャラクターとの距離が肌で感じられるほどリアル! 周囲を見回してみると、部屋の広さも“いかにも”な感じで、これも絶妙な距離感です。宇宙空間や海の底など、“非日常”を体験できるコンテンツも楽しいものでしたが、リアルな日常をベースに構築された世界が、Project Morpheusではこれほどの臨場感を生み出すものだとは……完全に予想以上でした。
 そしてまた、構成がうまいんですよ! キャラクターとの会話の流れで、棚の中を見回して捜し物をしたり、彼女の持つ教科書を横からのぞき込んだり。自分の顔や体が動くように自然な形で誘導され、そこでますます周囲の世界が実在している感覚を強められる、といいますか……うーん、やっぱり言葉で伝えるのは難しいです。
 などと何とか冷静にまとめてみようとしてみましたが、実際には、至近距離で無防備に微笑む女の子にドギマギしっぱなしで、半分頭が真っ白な中で体験終了となってしまった、というのが正直なところ。つぎに体験する機会があるなら、「あの質問に首を振ってみよう」「今度は部屋のあのへんをもっと注目してみよう」など、試してみたいことは山積みです。一日でも早い一般販売を要望します!  (阿部ピロシ)

 リアルだけれど、アニメっぽさも残された絶妙なキャラデザインが、架空のキャラクターだということを思い出させてくれる。それがアタマではわかっているんだけれど、実際にその子が側に立ち、見つめられると、思わず目を逸らしてしまうほど(架空のキャラに頬を赤らめるアラフォー編集者)、臨場感がハンパない! 以前、女性キャラクターが目の前に登場し、それを眺めるというデモを体験したことがあるが、『サマーレッスン』の場合、キャラクターの質感、服や動きのシミュレーション、そして何より、コミュニケーション要素が加わっていることにより、“キャラクター実在感”は雲泥の差。
 コミュニケーションは、相手の質問に頷いたり、アタマを横に降ったりしてYes、Noを答える形をとっているため、フリーハンド状態で楽しめる点も、臨場感を高める一助になっている。5分程度のデモだったが、思い出すといまでもドキドキが止まらない。体験を終えたあと、「恋に落ちてしまいそうですね(笑)」という軽口も、半分本気。それほど強烈に印象に残る体験だった。(杉原貴宏)