“想像力”を駆使せよ

 2014年7月31日(木)~8月3日(日)、中国・上海にある上海新国際博覧中心にて、中国最大規模のゲームイベントChinaJoy 2014が開催。ChinaJoyと併催される形で、8月1日(金)、2日(土)の両日、チャイナ・ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス(CGDC)が実施された。で、プログラムをぼんやりと眺めていたらびっくり。CGDCの開催2日目にあたる8月2日(土)に、ヨコオタロウ氏の講演が行われるという。というわけで、取るものもとりあえず、記者は会場に駆けつけた。

 ご存じの方がほとんどだと思うが、ヨコオタロウ氏といえば、『ドラッグ オン ドラグーン』シリーズや『ニーア Replicant/ニーア Gestalt』などでおなじみのゲームクリエイター。ファミ通.comの記事をご覧いただければわかるとおり、シナリオに対する深い見識をお持ちの方。今回のCGDCの講演では、中国のゲームクリエイターを前に、ヨコオ氏のシナリオ哲学の持論が語られた。

※本講演リポートには、最後のQ&Aで『ニーア』に関するネタバレが含まれています。今後『ニーア』をプレイする予定のある方は、すべてクリアーしてから読むことをオススメします。

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ヨコオタロウ氏がシナリオ作りの真髄を語る「大切なのは、体験をデザインすること」【ChinaJoy 2014】_01

「ChinaJoyの会場は人がたくさんいて、とにかく歩きづらかったです。びっくりしたのは、コンパニオンの足が長かったこと。中国人すごいなあ~と足の長さに感動しました」と、ゆる~い出だしからスタートした本講演(コンパニオンの女性の足の長さには、記者も激しく賛同するところではありますが)。“How to Write Weird Game Scenario”(ヨコオ氏がみずから訳すところでは“変なゲームシナリオの作りかた”)のテーマとなったのは、“ストーリーのレイヤー構造化”と“ストーリーのフラクタル化”。それだけ聞くと「はて?」となるかもしれないが、「どうやったら特徴的な物語が作れるのか?」を語るものだ。

 さて、通常物語は1本道だと捉えがちだが、実際のところ受け手はそのようには分析していないとヨコオ氏は言う。映画やゲームのストーリーはレイヤー構造だ。“コンセプト”、“ストラクチャー(構造)”、“ディテール”の3つから構成される。

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 コンセプトは、ひと言で言うとキャッチーな“何か”。ヨコオ氏が例として挙げたのが『DEATH NOTE デスノート』で、「ノートに名前を書いたら、死ぬ」というのが、ずばり『DEATH NOTE デスノート』のコンセプトとなる。これが『アイドルマスター』であれば、見た目のとおり“アイドル”だ。

 一方、ストラクチャー(構造)は、起伏による感情の操作。ユーザーに「おもしろい」と思わせるものだ。物語の構造には、起承転結や序破急など、いろいろなパターンがあるが、近年は『24-TWENTY FOUR-』の登場以降、複雑化しているのだとか。

 “ディテール”は、瞬間的な演出による感情操作。たとれば、『ワンピース』における、ルフィが仲間を守って血を流しながら、「お前を守る!」と絶叫する瞬間。『AKIRA』であれば、超密度なビルが、超能力で破壊される瞬間だ。いわゆる“演出”と言われる部分にあたる。

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 この3つをユーザーがどう見ているかというと、けっして最初から順繰りに考えるわけではない。物語のことを考えるときは、ユーザーはコンセプトやストラクチャー、ディテールのあいだを行ったり来たりする。あらすじを最初から思い浮かべる人はいなくて、ダイナミックなシーンやコンセプトなどを考えるのであって、けっして物語を順番通りには認識していない。複数のレイヤーを行き来して楽しんでいるのだ。

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 そんなユーザー動向がある中、クリエイターはどのようにゲームを作ればいいのか? ここで出てくるのが“フラクタル的視点”だ。つまり全体が部分を表して、部分が全体を作る。拡大しつつも全体図とそっくりに見えるのがフラクタルというわけだ。そして、全体や部分であるフラクタルが指し示すものと言えば、やはり“テーマ”。“テーマ”を表現したいからこそ、フラクタル構造はあると言える。

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 レイヤー構造のどこにテーマがあるかというと、それはいくつかのパターンに分かれる。ひとつは、コンセプトがすべてを支配するパターン。その代表例が『DEATH NOTE デスノート』で、ストラクチャーや、ディテールは、「ノートに名前を書いたら、死ぬ」というコンセプトを支えるためにあり、すべてがコンセプトにつながる。たとえば、ディテールにバトルアクションを盛り込んでも、コンセプトをサポートしてくれないので、あまり有効ではないだろう。よく言われる“物語に必然性がない”というやつだ。

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 おつぎは、ディテールが全体を支配するパターン。代表例は『トランスフォーマー』で、同作はすべてがメカをかっこよく見せるためにある。ディテールにバトルアクションが必要になるのだ。極論すれば、バトルアクションを楽しむための映画であって、けっして主人公の感情の流れや人間模様を堪能したいわけではない。とはいえ、どんなアクション映画であっても、恋愛シーンのひとつやふたつは盛り込まれているのがつねだが、これは、単純にバトルシーンが続くとユーザーは飽きてしまうので、刺激のメリハリをつけるための措置だとヨコオ氏は冷静に分析する。恋愛シーンはあくまでバトルアクションを盛り上げるためのいち要素であって、本質ではない。

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 という意味で、重要なのはすべてのレイヤーはひとつのテーマをサポートするということ。ユーザーは、複数のレイヤーをいったり来たりしながら、テーマを理解していくのだ。つまり、「すごい」や「わあお!」などの、驚きを支えるものがテーマだとも言える。

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 翻るに、昔からゲームシナリオは軽視されがちだったとヨコオ氏。ゲーム全体に占めるシナリオの役割はごく一部だった。そんなシナリオがテーマではないゲームの一例として、ヨコオ氏が挙げたのが『Halo』シリーズ。同シリーズの基本は、ゲームプレイが中心にあり、その後に“グラフィック”、“ストーリー”、“キャラクター”が均等に並ぶ。

 もちろん、すべてが『Halo』シリーズのような構造を持っているゲームばかりではなく、キャラクターがもっとも重要という『アイドルマスター』のようなゲームもある。『アイドルマスター』では、最大のポイントとしてキャラクターがあり、そのつぎにグラフィックがきて、ストーリーやゲームプレイは、二の次になる。

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 いずれにせよ、プレイヤーはゲームをプレイして感情を喚起される。ゲームでは、その“感情を喚起”の演出をすることが大事だとヨコオ氏は言う。“気持ちのデザインをする”ということだ。石を水面に放り投げると波紋が起こる。その波紋のように、受け手の心がどう動くかをデザインするのがクリエイターなのだ。

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 そこで大事になるのは何だろうか? それは、“妄想力”と“想像力”の違いを理解することにあるとヨコオ氏は指摘する。たとえば「ChinaJoyのコンパニオンとデートできたら楽しいなあ」が妄想。「ChinaJoyのコンパニオンとデートしたいけど、自分は中国語を話せないし、おじさんだから相手にしてもらえないだろうなあ」が想像。都合のいいことを考えることが妄想で、都合の悪いことも含めて考えるのが想像だ。クリエイターは、相手の気持ちを想像しないといけないというのだ。たとえば、世界を対象にしたゲームを作るとなったら、世界の国々の人がどう思うかを想像しないといけないだろう。“想像”は難しいが、やらなければならない。相手の心の波をデザインするには、“想像力”が必要になるのだ。

 体験をデザインするのがクリエイターだ。大切なのは、かっこいいメカやかわいい女の子を造形することではなくて、「このかっこいいメカがほしい」「このかわいい子のフィギュアがほしい」と思わせるような体験を作ってあげること。「この子がかわいいから、グッズがほしい」と思わせるのがテーマだ。

 と、明快に語り切ったところでヨコオ氏の講演は終了。で、通常ならば質疑応答へ……というところだが、恥ずかしくて質問できない人がいることや、通訳によるタイムロスなどを鑑みて、考えうる質問を予想して、回答まで用意してきたという。 まあ、“想像力を駆使する”という講演内容を、いち早く実践してみせたと言えるだろう。そのQ&Aは以下の通り。

Q.これからどんなゲームを作っていきたいですか?
A.自分は下請けなので、将来のことはよくわからないです。テーマはその後で考えます。

Q.インディーゲームについてどう思うか?(最近よく聞かれるそうで)
A.僕みたいな老人は死ぬと思います。若くて情熱があって、お金はないけれどそれでもゲームを作るというのがインディーゲーム。お金がかかる人は勝てない。若い人の市場と言えるでしょう。

Q.中国のゲームマーケットについてどう思いますか?
A.ゆるさがカギとなって、北米や日本とは違った道を進むのではないでしょうか。違う価値観を持つのは武器になります。日本の失敗として、ウォークマンで一時代を築きながら、MP3プレーヤーを作ったときに、著作権を気にして、時間がかかりました。そのあいだに、他国からMP3プレーヤーがどんどん発売されて、日本はしてやられてしまった。日本は完全さを求めるあまり、手が遅くなる。中国には「とにかくやっちゃえ」という姿勢が感じられます。日本と同じようにきっちりやっても意味はなくて、欧米のゲーム作りではなくて、中国の特殊性を活かした、ほかにマネのできないゲーム作りをするのがいいのではないでしょうか。

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 想定Q&Aのあとには、実際にQ&Aが行われた。興味深かったのは、「『ニーア』で、セーブデータを消去しなければならないことで、何がしたかったのか?」との質問が発せられたこと。それに対してヨコオ氏は、ゲームで泣いたり笑ったりと感情はたくさんがあるが、いままでやっていなかったことって何だろう? と思ったときに、「オプション画面を見て、人の心を動かせないか?」と考えたのだという。オブション画面でセーブデータが消えていく瞬間を見て、人の心が「ああ、俺のデータが消えていく!」という感情をデザインしたかったのだとか。「それをなし遂げるためにすべてのストーリーを考えました」とヨコオ氏は言い切る。さらに、「どんなことを感じてほしかったのか?」との問いには、「最悪だ!」(ヨコオ氏)という感情だと即答。人生は長いので、大きく心を動かされることはあまりない。ユーザーはゲームをプレイして1時間くらいしたら、「このゲームはこうやって終わるんだろうな」ということが想像できてしまうとヨコオ氏。さらに、「想像できてしまうのはおもしろくない。想像できない。どうなるんだろう? というワクワク感。それが小さいころに僕がゲームに感じていたことなので、自分が作る側に立ったら、それをみなさんにお伝えしたいと思ったんです。“想像できなさ”、“わからなさ”、“不思議さ”。それをこれからも作っていきたいと思っています」とのこと。ヨコオ氏の、シナリを作りの原動力は、子どものころのゲームの原体験にあったんだなあと納得。

 ヨコオ氏のシナリオ作りの真髄の一端が、改めて理解できる講演だった。

(取材・文 編集部/F)