ゲームでも、日本の文化をアメリカに伝えたい

 高校生らしい日常生活と、心の力“ペルソナ”を駆使して戦う非日常が交錯するRPG、『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』。日本の田舎町を舞台にした作品だが、北米のユーザーからも高い評価を得ているという。本記事では、本作の北米版をプレイした週刊ファミ通編集者・川島ケイジが、Index Digital Media, Inc.(アトラスの北米法人)の南場優氏に話を聞いた。【後編】

※インタビュー前編はこちら


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──『ペルソナ3』でも同様でしたが、「~君」「~さん」「~先生」「~先輩」といった表記を、北米版でもあえて残しています。その意図を教えてください。

南場優氏(以下、南場) 『ペルソナ3』、『ペルソナ4』では、「日米の文化がどのように違い、どのように似ているかを、ゲームを通じてアメリカ人に知ってもらいたい」というスタンスのもと、ローカライズを進めました。たとえば「先輩」に関しては、同じ感覚で使える英単語が存在しないので、別の言いかたも考えてみたのですが、やはり日本の高校生活を語るうえで欠かせないと思い、そのまま残したんです。「~君」「~さん」は、日本語の教科書などにもよく出てくるので、アメリカでの認知度は比較的高いですね。

──会話中の汗やハートマークなど、日本のマンガ的な表現もそのままです。

南場 汗は、マンガを読んでいる人ならすぐにわかってもらえますね。ハートマークはもっと理解しやすいと思います。

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──『ペルソナ3』についても、いくつか質問をさせてください。北米における『ペルソナ3』の評判は、いかがでしたか?

南場 もともと北米にはコアな『ペルソナ』シリーズのファンがいらっしゃったのですが、『ペルソナ3』はファン層以外にも多くの方が購入してくださいました。ペルソナの召喚や合体などのシステムが従来作品以上にわかりやすくなったことに加え、仲間との友情が主人公を強くする“Social Link”の仕組みや、現実的であり非日常的でもあるストーリーが、雑誌やWebサイトのレビュー記事で高く評価されました。

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▲『ペルソナ3』北米版より

──その一方で、北米版の対象年齢は17歳以上になりました(日本版は12歳以上対象)。この理由はどこにあったのでしょうか?

南場 いちばんの理由は、銃型の“召喚器”を頭に当てて引き金を引く、という行為でした。召喚器は実銃ではなく、弾が発射されるわけでもないのですが、その行為自体が北米社会で問題視されることは覚悟していました。

──あえて、その行為はそのままにしたと?

南場 物語のテーマに深く関わりますので、変えようとは最初から考えませんでしたね。いまから約15年前に発売した『女神異聞録ペルソナ』のときは、日本発のRPGが北米でなじみのなかった時期なので、登場人物をすべてアメリカ人にするなどの変更を加えました。当時としては正しい判断だったと思いますが、最近はアニメやマンガの貢献もあって、日本文化への関心が高まっている。それならば、ゲームでも日本の文化を伝えたいと思い、あえて『ペルソナ3』では設定を変えなかったんです。

──そういったローカライズのスタンスは珍しいと思うのですが、ユーザーにどのように受け取られているのでしょう?

南場 “ローカライズ”には、目標によってさまざまなレベルがあると思います。ボイスを変えずにテキストのみを翻訳するものから、キャラクターの外見や設定、物語の舞台までを変えるものまで、ローカライズの形は多岐に渡ります。もしかすると、日本ならではの特色をあまり残さなかったほうが、『ペルソナ3』や『ペルソナ4』の売り上げはもっと伸びたかもしれません。でも、アメリカ人の日本に対する興味、関心が高まっているからこそ挑戦したいと思ったわけですから、このスタンスについて後悔はしていません。ユーザーの皆さんからの反応は、『P4G』でも同様ですが、いろいろありますね。『ペルソナ3』のころから、「どうして「~さん」「~君」付けを北米版で残したのか」と言い続けている人もいますし、日本語独特の表現がおもしろいと言ってくださる人もいます。大手Webサイトのレビューで、ローカライズについてあまり叩かれていないのが救いでしょうか(笑)。

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──「~さん」「~君」付けに関連して、主人公たちの仲間内での呼び名にも、北米版ならではの変化がありました。たとえば『ペルソナ4』の花村陽介は、日本版では里中千枝のことをずっと「里中」と呼びますが、北米版では、あるタイミングから「Chie」と呼ぶようになりますよね?

南場 はい。陽介と千枝の関係であれば、最初から「Chie」と呼んでもよかったのですが、序盤の数回はあえて「Satonaka」と呼ぶようにしました。1回目は、千枝から借りたDVDを割ってしまったことを告白するシーンで、いかにもおべっかを使っている風に聞こえるよう、「Miss Satonaka」としています。そのつぎは、陽介が千枝と主人公にビフテキをおごるシーンですが、ここで登場する小西早紀が、陽介にとって特別な人であることを表現するため、彼は千枝を「Satonaka」、小西を「Saki-senpai」と呼んでいます。

──陽介の、雪子に対する呼びかたも途中で変わりますよね。日本版にはない変化なので、じつに興味深いです。

南場 陽介にとって、雪子は高嶺の花、クラスのアイドル的存在だったので、ストーリー序盤は「Yukiko-san」と呼びます。そして、雪子を救出したあと、彼女が本当はどんな女の子なのかを知ってからは、「Yukiko」と呼ぶようになります。具体的には、陽介が「里中と天城も、最近なんか変わったっていうか……距離縮んだよな」と言うセリフからですね。ぶっちゃけ、そのキッカケは、雪子が大爆笑を披露してからなんですけれど(笑)。

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──ところで、北米における“声優”は、かつては日本の声優ほど明確に存在する職業ではなかったと思いますが、最近はどうなのでしょうか?

南場 日本ほどではありませんが、アメリカでも声優の認知度、重要度は上がってきています。昨年、とあるイベントで北米版『TIGER & BUNNY』の声優さんたちによるサイン会が開かれていたので、様子を見に行ったのですが、ものすごい人だかりができていました。ローカライズされたアニメやゲーム以外でも、ドラマ性を重視して、実力派の声優を起用するケースが増えているようです。

──『P4G』の音声収録は、いかがでしたか?

南場 ほとんどの声優さんはPS2版からの続投で、数年前のご自身の演技にうまく合わせて、新規収録のシーンを演じてくださいました。『ペルソナ4 ジ・アルティメット イン マヨナカアリーナ』(『P4U』)の音声収録も、その少し前に行いましたので、ちょうどいいリハーサルになったようです。新キャラクターのマリーについては、声質や演技力の面でしっくりくる声優さんがなかなか見つからなかったのですが、ある声優さんが紹介してくださった方が、ものすごくイメージにぴったりで、ビックリしました。演技力もすごく高くて、あっという間にマリーのセリフをすべて収録してしまいましたよ。

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▲「……ばかきらいさいあくさいてー。か、勝手に聞かないでよ!」

──『P4G』の劇中歌“True Story”もすばらしいですね。

南場 『P4G』の北米版では、シリーズで初めて、日本語の歌を英訳して、アメリカの声優さんに歌っていただきました。“True Story”は、ゲーム中のキャラクターが歌ううえに、ムービーつきで、しかもストーリーに絡みますから、ぜひ英語にしたいと思ったんです。以前、日本版『ペルソナ4』オープニングの英語歌詞を私が担当したこともあり、またチャレンジするぞ! と意気込みましたが……正直、ちょっと甘く見ていました。

──難産だったのでしょうか?

南場 日本語歌詞のニュアンスを極力尊重しつつ、英訳して意味が通じなくなるような箇所はうまくアレンジして、口パクに合わせる……これが非常に難しかったですね。ヘッドホンを装着して、PCのモニターをひたすら睨み、動画をコマ送りにして口パクをチェックしたり、歌詞を口ずさんだり、フラストレーションが溜まって自分の頭を叩いたりしていましたので、まわりからは白い目で見られていたかもしれませんが、こっちは必死だったんです(笑)。約2週間かかって、ようやく納得できる歌詞ができあがり、りせ役の声優さんに1週間ほど練習していただいたあと、収録に臨みました。声優さんは「1週間ずっと練習していたから、メロディーが頭から離れなくなってしまった」と言っていましたが、おかげでとてもスムーズに収録できて、本当に感謝しています。

──『P4U』は、日本版で英語音声も楽しむことができますね。それゆえの苦労もあったのでは?

南場 最近の格闘ゲームは、キャラクターのボイス言語を切り換えられるものが多いので、『P4U』もそうしたいと当初から考えていました。ですが……家庭用ゲーム機版のストーリーモードの会話量を、開発チームから伝えられたときは、正直、絶句しましたね。まさか、RPGの『ペルソナ4』と同じくらいの会話量があるとは思いませんでしたから(笑)。

──『P4U』ならではの、英訳の難しさはありましたか?

南場 対戦中の掛け声や、対戦前後のセリフがすごく難しかったです。日本語の尺に合わせて、英語のセリフもできるだけ短くしようと努力しながら台本を作ったはずが、実際に声優さんに演じてもらうと、尺の合わないセリフが続出しまして。その場でセリフを修正したり、次回の収録までに考え直したりと、たいへんでした……。そんな中でも、日本版の意味から離れるような“逃げ”はしないぞ、と自分に言い聞かせながら作業しましたね。また、ゲームをプレイして、「尺は合っていても、まだ長いな~」と思ったセリフがいくつかありましたので、また格闘ゲームをローカライズする機会がありましたら、そのときはもっと気をつけたいと思います。

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▲『P4U』日本版より(英語音声に設定)

──次回作にも期待しています。それでは最後に、日本のユーザーや、ペルソナチームのスタッフへ、メッセージをお願いします。

南場 『P4G』、『P4U』というすばらしいタイトルのローカライズを担当できて、本当に光栄でした。開発とローカライズに携わったすべてのスタッフ、そして、このタイトルを遊んでくださったすべての方に、心から感謝します。この記事を通して、日本のユーザーの方に、『P4G』や『P4U』が北米でも愛されていることを知っていただければ、何よりです。これからも、日本の優れたゲームを北米でリリースできるよう、努力していきたいと思います!


あのときの「好き」は、likeですか? loveですか?

 前編・後編に渡ってお届けしたインタビュー、いかがでしたか? 日本発の日本らしい作品が、海外でも親しまれているというのは、ゲームファンとしても、日本人としても、うれしいことですね。最後の最後に、個人的にずっと気になっていた『ペルソナ3』のあるセリフについて、南場さんに聞いちゃいました。自分、『ペルソナ3』では風花派なんですっ……!

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▲『ペルソナ3』北米版より

──風花とのコミュイベントで、彼女が主人公に「好き」と言うシーンがありますよね。これを翻訳するとき、動詞をlikeとloveのどちらにするか、迷ったりはしなかったでしょうか? 個人的には、likeで納得していますが、loveと言われてもうれしかっただろうなと思っています。

南場 翻訳したのはもう何年も前のことなので、はっきりとは覚えていないのですが……。風花は、主人公たちと出会う以前は、同級生からいじめられていましたよね。趣味も、電子工作やPCいじりですから、女の子らしいことはあまりしていなかったと思います。そんな彼女が主人公と接するようになって、「好き」という感情に目覚める。それをいきなり「love」にしてしまうと、ほかの女の子とあまり変わらないような気がして……。風花の初々しさと、純粋さを表現するため、あえて「like」にしたのがよかったのではないかと思います。

──なるほど! 南場さん、今回はとてもおもしろいお話をお聞かせいただき、ありがとうございました!

■筆者紹介 川島ケイジ(週刊ファミ通編集部)
RPGを愛する編集者。ペルソナチーム作品の担当として、週刊ファミ通の『P4G』連載などを企画したり、『P4U』のファミ通限定カラーバリエーションを考えるという名誉を賜ったりしている。ファミ通限定カラーのfigma(アイギスラビリス)が発売予定なので、ぜひご覧ください!

※インタビュー前編はこちら

(C)Index Corporation 1996,2011 Produced by ATLUS
※『P4G』の画面は北米版のものです。
※インタビュー後編の一部は、週刊ファミ通2007年12月21日号にて掲載した南場氏へのインタビューを再編集、再構成したものです。