日本の田舎町を舞台にした作品が……なぜ!?

 高校生らしい日常生活と、心の力“ペルソナ”を駆使して戦う非日常が交錯するRPG、『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』。日本の田舎町を舞台にした作品だが、北米のユーザーからも高い評価を得ているという。本記事では、本作の北米版をプレイした週刊ファミ通編集者・川島ケイジが、アトラスの翻訳担当者に話を聞いた。【前編】


『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』が北米でも大人気の理由・前編【翻訳担当者インタビュー】_01

 『ペルソナ』シリーズをこよなく愛する川島ケイジです。自分はよく、日本で発売されたゲームの北米版を遊びます。その理由はただひとつ。好きなゲームを、もう一度“初体験”したいから。たとえばRPGなら、キャラクターが英語でセリフをしゃべるのはもちろんのこと、グラフィックや演出の一部が変更されていることもあって、いろいろな発見や味わいがあるのです。今回は、そんなお楽しみに溢れた『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』(以下、『P4G』)の北米版について、翻訳・ローカライズを担当したIndex Digital Media, Inc.(アトラスの北米法人)の南場優氏に聞きました。

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Index Digital Media, Inc.
シニア・プロジェクトマネージャー
南場優氏

──まずは、北米における『P4G』の評価を教えてください。

南場優氏(以下、南場) 北米版『P4G』は、エンターテインメント総合レビューサイト“Metacritic”にて100点満点中94点という高得点を記録しており、発売から2ヵ月が経った現在(2013年1月24日)も、PS Vitaカテゴリで1位、ゲームジャンル全体で1位タイとなっています。PS2版も北米で高く評価していただけたのですが、『P4G』における追加要素の量やクオリティー、バラエティーに富んだ内容、そして、それらがあたかも最初からあったかのように、ごく自然に組み込まれていることが評価されました。

──日本の田舎で高校生たちがくり広げる物語が、北米のユーザーにも受け入れられたのですね。

南場 「日本が舞台であるにも関わらず、ストーリーやキャラクターに親近感を抱いて、感情移入してしまった」といった内容のコメントを読むたびに、開発チームとローカライズチーム、声優さんたちが一丸となって北米版に取り組み、このすばらしい作品をリリースすることができて本当によかったと思います。また、ペルソナ召喚や1more、総攻撃などの特徴的なバトルシステムも評価されており、さらに、コスチューム変更やバイク追撃などの新要素が加わりましたので、「バトルがより楽しくなった」というご意見をよく拝見します。そして、日常生活での行動が、ダンジョン探索パートにも大きな影響を与え、ユーザーがあらゆるパートにおいて、主人公としてのロール(役割)をプレイすることに没頭できる点が、自由度の高いゲームを好む北米のユーザーの琴線に触れたのではないかと思いますね。

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──ボーカルを多用したBGMについては?

南場 BGMも全体的に高く評価されています。日本版の『P4G』や『ペルソナ3』で採用された英語ボーカルつきのBGMが、北米版の普及にひと役買ったのかも……と考えると、ちょっとおもしろいですよね。

──どの要素も人気を博しているのですね。ちなみに、PS2版のタイトルは『Shin Megami Tensei: Persona 4』で、日本版にはない“真・女神転生”というフレーズを冠していましたが、その理由は?

南場 2003~2004年ごろだったと思いますが、北米で『Shin Megami Tensei』のブランドを確立していくことになりました。『真・女神転生III -NOCTURNE(ノクターン)』の北米版が最初のタイトルで、それ以降の『真・女神転生』シリーズ以外のタイトルにも、“Shin Megami Tensei”をつけるようになったんです。

──北米版『P4G』の正式タイトルは、『Persona 4 GOLDEN』になっていますね。

南場 『P4G』と『ペルソナ4 ジ・アルティメット イン マヨナカアリーナ』(『P4U』)も、北米で2012年内に発売することが決まっていたのですが、両作品に“Shin Megami Tensei”をつけると、さすがに長すぎるのでは……という意見が弊社内で出ました。また、原作である『ペルソナ4』との関連性を打ち出すためにも、“Persona 4”から始まるネーミングにしたいとなりまして。『P4U』は、日本版のタイトルのままだと、北米で“ペルソナ4の決定版(Ultimate)”という風に伝わってしまう可能性がありましたので、格闘ゲームであることがわかるように『Persona 4 Arena』としました。『P4G』もそれに合わせるように、なおかつ、文法的にも違和感がないように、日本版にあった“The”をなくして『Persona 4 Golden』としたんです。

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▲“The”がない北米版のタイトルロゴ

──クマ(主人公の仲間)の名前は“Teddie”に変わっていますが、これは“ベア”つながりでしょうか?

南場 名前をローマ字で“Kuma”にしても、北米では意味が通じないと思いましたので、テディベアの“Teddy”を若干変えて“Teddie”にしました。また、思い切って「~クマ」という語尾をなくし、その代わり、クマのセリフにできる限り“bear”を入れています。“bear”は名詞なら“熊”ですが、動詞としてはいろいろな意味を持ちますからね。あとは、発音が似ている単語のスペルをちょっと変えたり……たとえば、“very”→“beary”といった具合に。クマに関しては、そのド直球なネーミングや、しゃべりかた、クマ絡みのジョークまで、本当に頭を悩まされましたね。翻訳担当スタッフのたいへんな努力のおかげで、北米のユーザーの方々にも、クマというキャラクターを受け入れていただけました。

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▲「サンキュー ベリー(beary) マッチ」

──久慈川りせ(主人公の仲間)の愛称“りせちー”も、“Risette(リゼット)”に変わりました。

南場 “りせちー”は、日本ではいかにもありそうな愛称ですが、ローマ字に直しても、北米のユーザーにはしっくりこないだろうと思いましたので、欧米の歌手やバンドの名称っぽくしようと。なおかつ、キュートな女の子らしくなるよう、フランス語の要素を入れて“Risette”にしたんです。そして、「りせチーズ」というセリフは、Risetteの発音をネタにして、「Push Risette」すなわち「リゼット(リセット)押して!」に変えました。

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──本作の特徴的なシステムである“コミュニティ”も、北米版では“Social Link”と表記変更されていますね。

南場 日本では、カタカナで“コミュニティ”と書くと、特別な単語のような印象を受けますが、北米では“community”はありふれた単語なので、別の名称にしたいと思いました。イゴールのセリフに、「他者と関わり、絆を育み……」というものがありますが、そこから“他者との関わり=Social”、“絆=Link”を取り、“Social Link”としたんです。

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──ダンジョン脱出用のアイテム“カエレール”や、主人公の寛容さを表すステータス“オカン級”など、ユーモラスな用語はどのように翻訳しましたか?

南場 翻訳次第で意味が通じるものは、ニュアンスをあまり変えずに翻訳しました。カエレールなら、“Go home(家に帰る)”→“Goho-M”みたいな感じですね。主人公のステータスは、日本版では“菩薩級”のつぎに“オカン級”へと進展しますが、アメリカはキリスト教国ですので、“Motherly(母のような)”のつぎに“Saintly(聖人のような)”となるよう変更しました。

──日本版のニュアンスを尊重しつつ、北米でも通じるように努力しているのですね。

南場 はい。ほかにも、アイテムのプラモデル“量産型ブラフマン”については、“量産型”をそのまま英訳すると長すぎる、けれど何とかしてネタを仕込みたい……というわけで、“量産型で緑色のロボット”から着想し、“MF-06S Brahman”にしました。わかる人にしかわからないネタですが、北米にも『○ンダム』ファンは多いので(笑)。

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──『P4G』は、セリフやイベントシーンも印象深いものが多いです。菜々子が歌う「エヴリディ・ヤングライフ! ジュネス!」もそのひとつですが、北米版では歌詞が若干変わっていますね。

南場 ジュネスのCMソングは、英語としては成り立っていませんので、北米のスーパーやデパートのCMっぽく変更する必要がありました。ただ、背景グラフィックの都合で、劇中のスペル“Junes”を、元ネタである“Jeunesse(若さ)”に変えることができなかったので、デパート名は変えず、“ヤングライフ”はなくし、「毎日サイコー! あなたのジュネス」という感じになるよう、「Everyday's great at your Junes」にしました。菜々子役の声優さんがかわいらしく歌ってくださったときは、うれしかったですね。

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▲「エヴリディ・ヤングライフ! ジュネス!」

南場 あと、千枝のセリフに、「代々? スゴいね、なんか金田一ナントカみたい」というものがありました。日本の探偵を知っているアメリカ人はさすがにいないだろうと思い、ホームズやポワロ、マーロウ、ミス・マープルなどに言い換えることも検討しましたが……でも、千枝じゃないですか。そういう小説や映画とはあまり縁がなさそうでしたので、弊社ネタである葛葉一族の名前を使うことにしました。『ペルソナ2 罰』や、『デビルサマナー 葛葉ライドウ対超力兵団』の北米版を遊んだことがあるアトラスファンの方々には、わかっていただけたと思います。また、これにより、もとのセリフにあった「代々」のニュアンスも残せました。「ジッチャンの名にかけて」なんて、アメリカ人にはわかりません!(笑)

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──ダンジョンで現れる雪子姫や、巽完二、久慈川りせのシャドウが見せる字幕テロップの演出は、グラフィックもアレンジされていてよかったです(笑)。

南場 字幕テロップは、スタッフみんなで楽しみながら英語バージョンを作りました。テロップの装飾自体はそのままに、文字のみを変更したのですが、もともとは日本語が書かれていたスペースに英語を収めるとなると、工夫が必要でしたね。実際に劇中でテロップがバ~ンと表示されるのを見て、みんな思わず噴き出しましたから、時間をかけた甲斐がありました。それから、ファミコン時代のゲームを彷彿とさせるダンジョン“ボイドクエスト”のボス戦は、スタッフがNES(北米版ファミコン)のRPGタイトルを参考にして、表示テキストを作成したのを覚えています。

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▲“ボイドクエスト”のボス戦

──Webでユーザーの声を見ると、完二のシャドウに関しては、北米でも大きな話題になったようですね。

南場 完二のジレンマの具現化であるシャドウは、見た目や言動はヤバめですが(笑)、テーマ自体は非常に重く、そして現実的であると思います。自分のありのままを、周りが受け入れてくれない……。あるアメリカ人のユーザーは、そんな完二に共感し、そして「それでもいいんだ」という本作のスタンスに救われた、と言ってくれました。ああいったジレンマを笑いのネタにするのは簡単ですが、そのような発言や作品が氾濫しているいまの社会で、『ペルソナ4』はひとりの人生を変えることができたんです。本当にすばらしいことだと思います。これもひとえに、開発チームの熱意と、完二役の声優さんによる熱演のおかげですね。……あれ、ちょっと完二シャドウの熱にあてられたかな?(笑)

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▲「我は影…真なる我…」

──翻訳担当者として、もっとも印象深いイベントシーンを挙げるとしたら、どこでしょう?

南場 ネタバレになってしまうので具体的には言わずにおきますが……個人的に、これをなくして『ペルソナ4』は語れないと思っている、病院での、あのシーンです。『ペルソナ4』は、高校生活と連続猟奇殺人事件――言わば“輝かしい生”と、“死の影”を描いた作品ですが、病院でくり広げられるあのシーンは、主人公たちがそれまで過ごしてきた日常に、どんな危険が潜んでいたのかをユーザーに再認識させる、非常に重要なものですよね。ここは絶対に手を抜けないと思いましたので、気合を入れて、台本の作成と音声収録に臨みました。声優さんたちも、すばらしい演技で応えてくださり、とくに、陽介役と堂島役のおふたりの鬼気迫る演技には圧倒されました。1999年にアトラスUSA(当時)へ入社して以来、さまざまなタイトルのローカライズを手掛けてきましたが、私にとってあのシーンはひとつの到達点であり、今後超えるべき目標となっています。

※インタビュー後編では、P4G、P4U、ペルソナ3にまつわる秘話も!


日本で“北米版”を楽しむために

 インタビュー前編、いかがでしたか? 以下では、せっかくなので、日本で“北米版”を楽しむためのアレコレを記します。プレイステーション2の場合、北米版のゲームソフトを日本仕様のハードで遊ぶことはできず、敷居がかなり高かったのですが、プレイステーション3やPS Vita、PSPのゲームソフトは基本的にリージョンフリー。北米版を遊びたい僕のようなユーザーにとって、じつに素敵な環境になりました。【文&写真:川島ケイジ】

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▲個人的コレクションその1……PS2で発売された『ペルソナ3』『ペルソナ4』の北米版。これらを遊ぶために、北米仕様のゲーム機本体も買いました。
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▲個人的コレクションその2……PSP、PS Vita、PS3で発売された北米版たち。これらはすべて、日本仕様の本体で遊ぶことができます。
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▲個人的コレクションその3……テレビアニメ『ペルソナ4』の北米版Blu-ray。音声はもちろん英語で、日本国内向けの機器でも再生できます。リージョンフリー万歳!

 日本で北米版のゲームソフトを購入する手段は、おもにふたつ。“カオス館”などの輸入ゲーム専門店で購入するか、北米のAmazonサイトなどを利用します。後者については、手続きが面倒orわからないという人も多いと思うので、輸入代行サービスを使うのも手です。“Amazon 輸入代行”と検索すれば、業者がいくつか見つかりますよ。

 ちなみに、映像ソフトの北米版も、“DVD Fantasium”などの専門店や、輸入代行サービスで購入できます。洋画のソフトは英語&日本語の音声を両方収録しているものがほとんどなので、北米版を購入する意味はあまりないですが、日本発のアニメや映画の場合、北米版で初めて英語音声が収録されることがほとんどです。

 インタビューの前置きでも書きましたが、僕は好きなゲームをもう一度“初体験”したいから、北米版を遊んでいます。そんな気持ちにさせてくれる日本発の名作が、今後も続々と現れてくれることを期待します!

■筆者紹介 川島ケイジ(週刊ファミ通編集部)
RPGを愛する編集者。ペルソナチーム作品の担当として、週刊ファミ通の『P4G』連載などを企画したり、『P4U』のファミ通限定カラーバリエーションを考えるという名誉を賜ったりしている。ファミ通限定カラーのfigma(アイギスラビリス)が発売予定なので、ぜひご覧ください!

※インタビュー後編では、P4G、P4U、ペルソナ3にまつわる秘話も!

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※画面は北米版のものです。