ゲーム作りのノウハウは企画展示作りにも使える!

ゲーミフィケーションは“第3の道”となるか? GHM飯田和敏氏らが「アナグラのうた」を例に語る【CEDEC2012】_01

 2012年8月20日~8月22日の3日間、神奈川県のパシフィコ横浜・会議センターにて、ゲーム開発者の技術交流などを目的とした“CEDEC(コンピュータエンターテインメントデベロッパーズカンファレンス)2012”が開催されている。

 開催初日となる8月20日、セッション“未来館常設展示「アナグラのうた」にみるゲーミフィケーションの事例/情報科学とコンピューターゲームが協力して描き出した未来の「シアワセ」”が行われ、グラスホッパー・マニファクチュアの飯田和敏氏、フリーランスで活動している島田卓也氏、エウレカコンピューターの犬飼博士氏、ブレインストームの中村隆之氏らが登壇した。

 「アナグラのうた」は、東京・お台場にあるミュージアム“日本科学未来館”の常設展示で、飯田和敏氏を始めとする、ゲームクリエイターらが手掛けていることで知られる。昨年2011年8月21日にオープンし、2012年8月19日夜に集計した段階で、来場者数は8万3890人を記録している。

 飯田氏は、この「アナグラのうた」を作っているあいだはゲーミフィケーション(ゲームの技術やノウハウを、ゲーム以外の領域に使用すること)については意識していなかったが、作り終わってから「これはゲーミフィケーションでは?」と思い、今回セッションを行うに至ったのだと語る。そして、「いまのゲーム業界ではコンソールゲームとソーシャルゲームのふたつが大きな潮流となっているが、そうではない第3の道がありうるのでは。それがゲーミフィケーションなのではないか?」と提案した。

 ここからは、三部に分かれていた本セッションの内容を紹介していこう。

■part1 科学館meetsコンピューターゲーム 企画編
 第1部は、飯田和敏氏と島田卓也氏が登壇。島田卓也氏は、現在はフリーランスとして活動しているが、もともとは日本科学未来館で企画・開発を担当していた。

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▲グラスホッパー・マニファクチュア 飯田和敏氏。
▲島田卓也氏。

 2008年のある日、“新しい常設展示を作る”というミッションが島田氏に下された。島田氏は、ここで空間情報科学を展示しようと考えた。

 空間情報科学とは、実空間世界のデジタルコピーを作成し、それを使って実世界に起こりうるさまざまな問題を解決を助ける技術。この技術を利用するには、個と全体がつながる情報空間で、情報を共有する必要がある。しかし、この“情報を共有すること”、つまり“個人の情報が利用されること”には、さまざまなリスクとメリットが伴う。

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 この空間情報科学について来場者に伝えるべく、最初に島田氏が考えたのは、“電脳メガネ”という道具を使った展示。“電脳メガネ”を装着すると、すべての行動が空間に知覚され、情報となる。その情報は、電脳メガネをした人全員に共有されるというものだ。

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 ここで島田氏は、「このままでは、空間情報科学のある世界が魅力的に見えないのではないか?」と考え、飯田氏にこの企画の方向性について相談した。島田氏にとっては、これが初めてのゲーム業界との関わりだったとのこと。

 そして島田氏は、ふたつの大きな助言を得た。ひとつは、「体験と内容を一致させなければならない」。いまのままでは、“空間情報科学”というコンテンツと、“展示を見て、何かを知る”という来場者の求める体験・動機がマッチしていないという指摘だ。もうひとつは、「喜怒哀楽を持つ、生きた展示にしてはどうか」というものだった。

 これらの助言をもとに、展示内容は練り直され、島田氏は“自分の分身(=情報世界の自分)に導かれて、情報空間世界を具現化した世界を体験し、情報の力を知る”という企画を打ち出した。

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 この企画が評価され、島田氏は実現に向けて動き出すことになった。そして、コンセプトを固めるために、改めて飯田氏に演出をお願いしたのだ。デジタル技術を使ったこのインタラクティブなコンテンツに、ストーリー・世界観を構築できるのは、ゲーム業界の分野の人しかいないと考えたのだという。

 そうしてできあがったのが、「アナグラのうた」だ。来場者は、まず自分の情報を登録してログインする。中に入ると、床に自分の分身となる“ミー”という不思議なキャラクター(?)が現れる。そして来場者は、会場内に設置された装置に触れ、空間情報科学を体験することになる。また、来場者の会場内の動きや、装置に対して行った行動などは情報として蓄積され、“うた”となって、アナグラ全体に流されるのだ。詳しくはこちらの記事でも紹介しているので、ぜひ読んでみてほしい。

■part2 いかに実装をしていったのか アトムmeetsビット

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▲エウレカコンピューター 犬飼博士氏。

 第2部では、犬飼博士氏が「アナグラのうた」を6ヵ月かけてどのように作り上げていったのか、具体的な工程について語った。

 犬飼氏は、「アナグラのうた」のために作り上げたものを、床壁・建築・造作などの“物質(Atom)”と、ソフトウェア、いわゆる“バーチャル(Bit)”のふたつに分けて語った。6ヵ月の中で、新しいハードウェア(Atom)を作りながら、ローンチタイトル(Bit)を作っているような感じだったという。

 制作には、ゲーム業界でもおなじみの技術・ノウハウが使用された。

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▲壁にフォトショップの画面を投影し、まるで直接壁に絵を描くようにして制作。
▲会場では、実際に壁に直接絵を描く模様が紹介された。
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▲デスクトップで動く“バーチャルアナグラ”。こちらである程度作り込み、実機に移すという作業が行われた。
▲一般のユーザーによる評価プレイ。

■Part3 サウンド編

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▲ブレインストーム 中村隆之氏。

 最後に登壇したのは、数々のゲームミュージックを手掛けたブレインストームの中村隆之氏。中村氏は、音に特化されたプログラム“Max/MSP”を使い、この会場全体のサウンドを制御した。

 具体的には、“通常サウンド”、“アナグラの歌”、“まつりの歌”という3つのモードを、状況に応じて使い分けて実行。また、体験者の動作に応じた効果音の再生や、プロジェクター上のオブジェクトの効果音制御、音声の録音とその音の曲への反映なども行われている。

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 もっとも工夫が必要だったのは、来場者の体験内容によって内容が変わる“うた”。この歌には、『初音ミク』にも使われていることでおなじみの、ヤマハの歌声合成エンジン“VOCALOID”が使われている。歌詞と歌を自動生成するため、中村氏は歌詞のテンプレートを作ったり、全10曲の音符の数を揃えたりするなどして対応した。

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 ここで、残念ながら講演終了時間となってしまい、中村氏の話の詳細は語られなかったが、CEDEC期間中は、毎日会場1階で「アナグラのうた」のインタラクティブセッションを行うとのことなので、興味があるCEDEC受講者は参加してみよう。

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 以上、3つのパートから、ゲーミフィケーションの過程が語られた。今後、このようにゲーム以外の分野でゲームクリエイターが自身の力を発揮する“第3の道”が増えていけば、ゲーム業界を取り巻く環境もまた変わるかもしれない。