クラウドゲーミングがもたらす新時代のゲームとは?
NVIDIAは、2012年7月26日、東京・六本木において、技術カンファレンスGTC JAPAN(GPU TECHNOLOGY CONFERENCE JAPAN)を開催した。その中で、クラウドゲーミングに関する講演“クラウドゲームを経済的に実現するGeForce GRID”が行われたので、その内容をリポートしよう。
GeForce GRIDとは、2012年5月にNVIDIAがアメリカ・カリフォルニアにおいて開催したGTCにおいて発表されたもので、【コチラ】でもお伝えした通り、現時点でクラウドゲーミングの発展を阻害している諸要素、おもに“レイテンシー”(遅延)の解消に大きく貢献するという。デジタルエンターテインメントの未来を左右する可能性もある、非常にホットなテーマなだけに、講演には多くの聴衆が集まった。
講演を行ったのは、NVIDIAのエンターテインメント・テクノロジー部門のシニアディレクター、橋本和幸氏。講演は、GeForce GRIDの技術的な解説というよりも、GeForce GRIDが何をもたらしてくれるのかを語るとともに、クラウドゲーミングの未来が有望で、大きな可能性を秘めていることを強調する内容となった。ここから、詳しく紹介していこう。
クラウドゲーミングはいいことづくめ!?
壇上に上がった橋本氏から、まずは大前提として、クラウドゲーミングとは何か、そしてその利点はどこにあるのかの説明が行われた。簡単に言うと、ネットワークでつながった高性能なサーバーCPUでゲームを実行することで、非力なクライアントからでも高品位なゲームを楽しめるようにする技術のことだ。基本的にクライアント側では、プレイヤーの入力信号(コントローラの操作など)をサーバー側に送信することと、サーバー側から送られてきた映像を表示するだけ済む。
橋本氏がクラウドゲーミングの利点として挙げたのは3つ。ひとつは、おもしろそうだと思ったらすぐにプレイができる“インスタント・プレイ”。これはダウンロードでいつでもソフトを購入できる、というのともさらに一線を画しており、クラウドゲーミングなら、ダウンロードやインストール、最新プログラムへのアップデートといった準備時間が一切必要ない。橋本氏が例として「たとえば電車を待っている5分間で、気楽に遊ぶことができます」と言うように、ちょっとした空き時間で、望んだゲームを遊べるわけだ。
ふたつ目の利点が、“デバイス非依存”。高いマシンスペックが必要ないため、PCのみならず、スマートフォン、タブレット、スマートTVなどさまざまなデバイスがクラウドゲーミングのクライアントとなりうる。橋本氏は、これがユーザーにとってメリットであるのはもちろん、市場がハードの普及台数に制限されるゲーム専用機と異なり、より大きなマーケットを対象にゲームビジネスが展開できるという点で、開発側にとっても大きなメリットとなると指摘する。
3つ目の利点は、“セキュア”。プログラム処理をローカルで行う従来型のゲームでは、チート行為に悩まされることが多かったが、クラウドゲーミングならその心配が必要なくなる。これについても橋本氏は、ユーザーが安心して楽しめるのはもちろんだが、セキュア対策費用が削減できるため、ビジネスを行う企業側にとっても大きなメリットとなることを説明していた。
現時点での課題、問題点は?
しかし多くの方がご存じの通り、現在のクラウドゲーミングは、大きな課題も抱えている。ひとつは、前述の通り“遅延”の問題だ。遅延が発生する要因はさまざまだが、その大きな要因のひとつであるネットワーク環境については、橋本氏は、日本は極めてよい環境にあるのだという。他国と比較すると、日本は光ファイバーを中心としたインターネット網が発達しており、高速な通信が可能。そのため、サーバー側で発生する遅延を軽減できれば、ユーザーが感じる遅延は激減するはずだと説明した。
ふたつ目は、“サーバ毎ユーザ数の増大”。従来は、サーバー側で処理した映像を、エンコードして送信するために、ひとつのクライアント(1ユーザー)につき1枚のビデオカードが必要となっていた。これでは、ユーザーが増えるにつれて莫大な設備投資が必要となり、ビジネスとして成立しづらくなってしまう。
3つ目は、“ネットワーク転送量の圧縮”。これもビジネスに直結する経済的な問題で、高品位な映像を送ろうとすれば、大量のデータ転送が必要となり、大きなコストがかかってしまう。これについては、橋本氏は、表示デバイスに応じた帯域制御が有効だと語る。たとえば手のひらサイズのスマートフォンに、大画面のHDTV用の映像と同じデータを送るのはムダが大きい。デバイスごとに適したサイズのデータに制御してやることで、ネットワーク転送量も少なくできるのだ。
橋本氏がこうして課題点を詳しく説明するのは、もちろん、GeForce GRIDが、それらの大部分を解決してくれるものだからだ。GeForce GRIDのベースとなるKepler GPUは、消費電力に対するパフォーマンス効率が高く、H264のハードウェアエンコーダーを搭載している。またハードウェアエンコーダーがリードする際には、CPUクロックがゼロ、つまりCPUが何もしなくても、データをエンコーダーに流すことができる。さらにkeplerは、高性能なメモリマネジメントユニットを搭載しているため、GPUの仮想化も可能となっている。これらによって、GeForce GRIDは、遅延を低減し、サーバーの実装密度を上げ、動画・描画圧縮のクオリティーを上げることに成功しているのだという。
そして、実際にGeForce GRIDを利用した場合に、遅延がどの程度まで低減されるかを示したのが下の画像。スタンドアローンで、ゲーム機でゲームをプレイしているのと、ほとんど変わらない感覚でプレイすることが可能になるというのだ。橋本氏は、遅延の程度はゲームの内容によるとしながらも、実際にはクライアント側での遅延はもう少し少なく、ネットワーク部分での遅延も、とくに東京周辺ならばさらに小さくなるだろうとの考えを語っていた。
続いて、シリコンスタジオ YEBISU 2のクラウド対応デモが披露された。デモでは、視点を移動したり、ポストエフェクトのオンオフを変更したりといったクライアント側の操作に対して、ほとんど遅延なく反応を確認することができた。また、同時にふたつのインスタンスを起動させて動作させている様子も披露されたが、これは、1チップのGeForce GRIDカードで処理されているとのこと。つまり現時点でも、このレベルの映像であれば、1チップで2ユーザーに対応できるということだ。
未来のゲームの姿、それは……
諸問題が解決される見通しが立っていることを説明したところで、ここからは、「個人的な見解」としつつ、クラウドゲーム時代になって、オンラインゲームがどのように変わっていくのか、橋本氏が考えを語った。
まず、クラウド処理を行うサーバーと、オンラインゲームサーバーが個別にあるのは非効率であるため、両者が統合されるだろうと指摘。そしてそれは、単なる効率化に留まらず、さまざまなメリットをもたらすだろうという。
たとえば現在のオンラインゲームでは、プレイヤーのアクションに対して、サーバー側で同期を取り、さらにクライアント側でも同期を取る必要がある。しかし、統合された、いわばクラウド&オンラインサーバーであれば、サーバー側で同期を取るだけで済むようになる。またそれは、たとえばプレイヤーが衣装を変更した際に、現在のオンラインゲームならば、全ユーザーに対して、“衣装変更があった”というデータを送信する必要がある。しかしクラウド&オンラインサーバーであれば、誰かがテクスチャーを変更した段階で、すべての人が、その変化を見られることになる。橋本氏は、こうした例を挙げつつ、クラウドを利用すれば、ユーザーが起こした変化を柔軟に受けつけることができる、ダイナミックなオンラインゲームを作りやすくなるだろうとの考えを語った。
最後に、今後の可能性として、実現しそう、もしくは実現させるべき技術について語られた。まずは、“ユーザーインターフェースのローカル実行”。メニュー画面の操作時などは、ほんのわずかな遅延すらもストレスに感じるもの。そこで、重い処理はサーバー側で、ユーザーインターフェースはクライアント側で、というふうにすれば、操作が快適になるうえに、映像をストリーミング用に高圧縮をかけた場合でも、メニュー画面の文字がつぶれたりして見えにくくなる心配もいらなくなるわけだ。
つぎに、“ゲーム画面のレイヤー分割”。これはおもにストリーミングの効率を上げるための技術で、たとえば動きが大きく、高品位な描画が必要とされる手前の絵は高品位に。ぼかされたり、動きが小さいことが多い遠くの風景は、フレームレートを低くてもあまり問題はない。このように、画面を分割して圧縮率やフレームレートを変えることで、帯域を節約できることになる。
最後に挙げたのが、“ゲームエンジンのクラウド対応”。クラウドゲーミング用であることを前提としたゲームエンジンでゲームを制作する場合、従来に比べて、ハードによる制約が飛躍的に小さくなる。たとえば、「1000万ポリゴン、1億ポリゴンを使った圧倒的な映像で、ユーザーにアピールする、といったアプローチも可能になります」(橋本氏)というわけだ。また、ポリゴンに変わる技術として注目を集めている、点を描画して空間を表現する“ポイントクラウド”についても、データ量が大きくなってしまい、ユーザーに届けるのが困難になるという問題があったが、クラウドゲーミングならその難点を解消し、“3次元スキャンによって空間を精緻に再現できる”というメリットのみを享受できるようになる。
以上、講演は、GeForce GRIDの利点を解説すること以上に、クラウドゲーミングの大きな可能性を語ることに主眼を置いたものとなった。それは橋本氏が、今後クラウドゲーミングが発展していくためには、「サーバーで動いています、インストール不要です、というだけではダメ。ユーザーに新しい体験をもたらす必要があります」(橋本氏)と考えるからだ。これは何に対しても言えることだが、それが受け入れられるかどうかは、魅力的なコンテンツが登場するか否かにかかっている……というわけだ。
GeForce GRIDは、アメリカでは2012年末から、日本では2013年初頭から、サーバーベンダーを通じて販売開始となる。それははたして、クラウドゲーミングの、ひいてはゲームエンターテインメントの新時代への大きな一歩となるのか? 今後の展開にも大いに注目したいところだ。