「カプコンは今年 、アクセル全開で走り続けます」(一井)
近年、急激な変化が訪れているゲーム業界。ソーシャルゲームの急成長などにより、ゲームビジネスは多様に派生進化している。そんななか、現在までゲーム業界を支えてきたゲームメーカーは、いかに戦っていくのか? この特集では、ゲームメーカーの舵取りを担う重鎮たちへのインタビューから、ゲーム業界の"いま"と"これから"を探っていく。 第2回は、2011年度にはとくにモバイルコンテンツ事業が急成長を遂げた、カプコンの取締役専務執行役員/コンシューマゲーム事業管掌、一井克彦氏にお話を聞いた。
※この記事は、週刊ファミ通2012年5月10・17日合併号(4月26日発売)に掲載されたものです。
取締役専務執行役員/コンシューマゲーム事業管掌
一井克彦氏
(いちい かつひこ)
保守的にならずチャレンジできた1年
――2011年度の御社の事業全般に関して、現在のところどのような結果と総括されているのか、お聞かせください。
一井克彦氏(以下、一井) チャレンジという意味では、一定のがんばりがあった年度だったと思います。コンシューマ(家庭用)ゲーム事業では、『モンスターハンター3(トライ)G』や『バイオハザード ザ・マーセナリーズ 3D』、『アスラズ ラース』、『謎惑館 〜音の間に間に〜』、『アルティメット マーヴル VS. カプコン3』、『デッドライジング2 オフ・ザ・レコード』、『戦国BASARA3 宴』など、多彩なラインアップを揃えられました。モバイルコンテンツ事業では、遅れていたタイトル展開を急速に立ち上げ直した年でした。保守的にならず、新しいことにいろいろチャレンジできたことはよかったな、と思います。新たなハードやコンテンツにチャレンジした、カプコンらしい1年だったと思います。
――ハードでのチャレンジというところでは、ニンテンドー3DS向けに『モンスターハンター』シリーズを発売されました。
一井 これは、完全に新しい試みでした。3D立体視と『モンスターハンター』を融合させたらどうなるのか、というところから始まったチャレンジでしたが、現在150万近い出荷本数となっているので、一定のご評価をいただけたかなと思っています。
――『モンスターハンター3(トライ)G』の制作が発表された時期は、ニンテンドー3DSの普及台数も伸び悩んでいて、苦戦していたという印象でした。そんななか、開発が決まった経緯を教えてください。
一井 これは、ゲーム開発によくあることですが、新ハード向けのタイトルというのは、そのハードが発売される随分前から開発に着手をします。つまり、ハードの売れ行きがまだわからない状況で意思決定をすることになる。そういう状況では、まずハードの特徴を見て、「このハードにはこういうコンテンツ展開をしたいよね」というユニークなアイデアが生まれ、さらにハードの特徴と我々のアイデアがうまくマッチすると判断したら、チャレンジするんですよ。『モンスターハンター3(トライ)G』ももちろんこの過程を経ていて、いいチャレンジができたと思います。ハードの状況を見てからタイトルの発売を決めたほうが損はしないと思いますが(笑)、我々はゲーム会社であると同時にヒットメーカーでもあるので、ハードのマーケット情報がなくてもハードの特徴と、そのハードで何ができるのかという我々のクリエイティブな部分の衝突によって生まれたタイトルは、自信を持って送り出しています。
積極的な外部との提携
――チャレンジという点では、ほかにも、サイバーコネクトツーとのコラボレーションタイトルとなる『アスラズ ラース』なども、新しい取り組みでした。
一井 おもしろい取り組みだったと思います。ゲームの中身そのものも挑戦的でしたが、我々が持っているノウハウやチャレンジ精神と、個性的なデベロッパーさんのアイデアや特徴がぶつかって、新しいコンテンツが生まれたと感じています。
――『アスラズ ラース』のほかにも、ここ数年、国内外のデベロッパーと積極的に共同開発などをされていますよね。
一井 それにはふたつの理由がありまして、ひとつは他流試合が生む効果に期待していること。外部の方とのコラボレーション、他流試合を行うことで、自分らしさにもう一度気がついたり、ぶつかることで新しいものを生み出すことができるからです。そしてもうひとつは、タイトルの制作規模が大きくなっていること。規模が大きくなると、1から10までをすべて自社開発では賄いきれなくなってしまう。外部のスタジオとコラボレーションすることで、ラインアップの幅やバリエーションも広がるため、外部との提携や仕事を模索しているわけです。
――4月にイタリアのローマで開催されたプライベートイベント"CAPTIVATE 2012"では、そういった形で制作されているタイトルがお披露目され、海外のデベロッパーとうまくコミュニケーションを取っているな、と感じました。手応えはいかがですか?
一井 まだ発売前のタイトルばかりなので、手応えはこれから出てくると思いますが、海外スタジオとの積極的なコミュニケーションによって、いろいろなことを学ぶことができています。キーワードやテーマだけを決めて、あとは丸投げという方法もありますが、カプコンの開発スタッフらしいな(笑)と感じたのが、週に何回も打ち合わせを行ったり、頻繁に現地に行って、直接向こうのスタッフと「もっとこういう風にしていこう」と何度も議論を重ねてゲームを作っているところです。そのなかで、現地スタッフのやりかたやクリエイティブな感性など、極めて多くのことを学べたと思いますし、いまでも多くを学んでいます。今回のCAPTIVATE 2012で発表したタイトル以外にも、海外スタジオといっしょに制作しているタイトルがあります。それらがひとつずつリリースされていくことで、我々の経験値も1段1段上がっていくと思います。楽しみですね。
モバイルコンテンツ事業の改革
――モバイルコンテンツ事業は、国内およびアジア地域でスマートフォン向けのソーシャルゲームの開発、配信を行う子会社のビーライン・インタラクティブ・ジャパンを設立するなど、かなり力を入れられていた印象です。
一井 2011年度は、"モバイル事業改革の年"でした。以前からモバイルコンテンツ事業を行っており、さまざまなタイトルを配信していましたが、2011年度はモバイルコンテンツ事業の芽をもっと育てていくために組織を大きく変更し、家庭用ゲームだけでなく、モバイルコンテンツやPCオンラインゲームの開発部門をより融合させていくことになりました。これによって、いろいろな部門からいろいろなアイデアを出し、新しいコンテンツを生み出していく。現在はようやくその芽が出つつあり、手応えを感じている段階です。つぎのステップに移る2012年度は、カプコンにとって"モバイル元年"になると確信しています。
――家庭用とモバイルゲームでは、対象となるユーザー層やゲームの内容なども異なると思いますが、それぞれの事業に関してどのような戦略プランをお持ちですか?
一井 そうですね。まず、ユーザーの皆さんが何らかのハードウェアを使ってゲームをプレイしている限り、我々はそこにコンテンツを提供していかなくてはならないと思っています。このときに、そのハードウェアがゲーム専用機なのか、そうでないのかということは、あまり関係ないと考えています。カプコンはこれまでずっと家庭用ゲームのタイトルを発売し、経験を蓄積してきましたが、ハードウェアがスマートフォンやタブレット、PCであっても、我々にとっていちばん大事なことは、ユーザーの皆さんにおもしろいコンテンツを提供すること。たくさんの人が集まってゲームをやっているという場があるならば、カプコンはそこに対して何ができるのかを真剣に考えなくてはなりません。ただし、ここで忘れてはいけないのは、ハードウェアというものに対する柔軟性を持っていなければならないのと同時に、我々はカプコンなんだということをしっかり念頭に置いておくことです。家庭用、モバイル、PCと、ハードウェアごとに異なる特徴やユーザーの嗜好に対応しながらも、「カプコンらしさってなんなの? カプコンとしてどうすればいいの?」という部分を忘れないことが重要なのです。
―― 一井さんが考えるカプコンらしさとは、どのようなものなのでしょうか?
一井 ひとつは、クオリティーに対するこだわりでしょうね。いままで、我々はさまざまなブランドを作ってきましたが、そのブランドに対してユーザーの皆さんに一定の期待をしていただいている以上、我々はブランドごとにその期待に応えていかなければないないと思っています。もうひとつは、流行りや廃り、地域などの空気をあまり読みすぎずに(笑)、「こういうゲームを作ったらおもしろいよね」というようなアイデアと熱意で突っ走る部分。この姿勢が、カプコンのひとつのおもしろみでもあると思いますから。
2012年度はアクセル全開
――2012年度の家庭用ゲーム、モバイルコンテンツ、PCオンラインゲーム事業についての、戦略プランや目標などについてお聞かせください。
一井 2012年度は、"アクセル全開"というイメージですね。"CAPTIVATE 2012"で『ロスト プラネット 3』や『バイオハザード6』を始めとした、今後発売予定のタイトルをいくつかお披露目させていただきました。これらを見てくだされば、カプコンの意気込みの一端が感じていただけると思います。また、まだ発表していませんが、今年の冬から来年にかけては、いろいろとタイトルも用意していますので、今期が終わったころには「カプコンはよくがんばっているね」と言ってもらえるようにしたいですし、言ってもらえるのではないかな、という気がしていますね。
――2011年度を1とするならば、2012年度はどのくらいを想定されていますか?
一井 イメージですが、倍以上です。アクセル全開ですからね(笑)。日本の家庭用ゲーム市場がシュリンク(縮小)している、日本のタイトルが海外で売れにくくなったといった、ネガティブな話題をよく耳にしますが、世界中のすべてのハードウェアで考えてみると、ゲームを遊んでいるユーザーの数が減っているわけではありません。むしろ増えているんです。そう考えれば、我々は何も躊躇することなく全力でやらないとな、と思うんですよ。ですから、カプコンは率先してその姿勢を見せていきたい。どのハードウェアでも積極的な展開をしていこうと思っています。
――2012年度はカプコンにとっての"モバイル元年"とのことですが、モバイルコンテンツ事業の具体的な戦略プランについてお聞かせください。
一井 2011年のモバイルコンテンツ事業に関しては、自信を持ってお話しできるような状況ではありませんでしたが、2012年に入ってからは、おかげさまで『モンハン探検記 まぼろしの島』が100万人以上のご登録をいただき、順調なスタートを切りました。その後に出した『みんなと モンハン カードマスター』も同様に、100万人以上の方に遊んでいただいています。これまでの経験を踏まえつつ、2012年度はラインアップを力強く用意していきたいですね。家庭用ゲームとモバイルゲームではノウハウが異なりますが、我々はPCオンラインゲーム事業で、運営側の発想でモノを作っていくという経験があるため、このノウハウがモバイル・ソーシャルゲームにかなり活かされていると思います。いまのモバイルゲームマーケットでは、ひとつのジャンルが流行ると、同じようなものがたくさん出てくるという傾向がありますよね。しかし、これからは我々はあえて違うものというか、「やっぱりカプコンだね、ゲームメーカーらしい内容だね」と言われるものにもどんどんチャレンジしていきたいと考えています。
環境が変化しても カプコンらしいコンテンツを
――ゲーム業界、そして市場は、今後3〜5年でどのような変化が起こると思われますか? また、どのような変化を起こしたいと考えていらっしゃいますか?
一井 数年のあいだに、ハードウェアがダイナミックに変化していくと思います。それに合わせてコンテンツの形も変わっていく。ハードという観点では、今後2〜3年は、スマートフォンやタブレットのパフォーマンスが大幅に上がり、ゲーム専用機との境界線がますます曖昧になるのではと。また、ゲーム機でも新たなチャンスが生まれるように思います。一例として、昨今、携帯ゲーム機はダウンロードコンテンツ販売の割合が高まりつつあるという話を聞いています。いままでは、コンソールあるいはスマートフォンのビジネスで顕著でしたが、どんどん変化しています。ひとつのコンテンツをひとつのハードウェアで終わらせるのではなくて、遊びかたも含めていろいろなところで遊べる、展開していくアイデアが必要になりますね。今後は、ハードウェアというものに対する考えかたをより柔軟に捉えて、コンテンツの形もどんどん変えていくことが重要になると思います。
――会社が大きくなるにつれて、そういったことに対応するための情報交換や社内の風通しをよくするのがたいへんなイメージがあります。
一井 方針がいちばん大切だと考えています。ですから、時折、いっしょに働いているメンバーに、"戦略説明会"みたいなことをやってみたりもします。どこに向かっているのか、何をすべきなのかを共有するためです。あと、僕は社内で、"巻き込み"がキーワードであると伝えています。ひとつのコンテンツをより多くの人に伝えるためには、まず各部門がしっかり連携することが大切だということ。社内の部門も巻き込めないようでは、ユーザーの皆さんを巻き込むことなんてできませんからね。これは明らかです。
――なるほど。では最後に、カプコンが目指すところ、今後の目標を教えてください。
一井 ハードウェア業界が激しく変化していくなかで、中長期のビジネス環境を正確に予測しようとすることは、あまり意味がないような気がしています。つねに柔軟であれば、そこはなんとかしのいでいけるのではないかと。ですが、ひとつだけ確固たるものとしてあるのは、我々はコンテンツプロバイダーであり、カプコンであるということ。カプコンらしいユニークなアイデアを、いろいろなハードウェアを通じて提供していきたいと思います。どれだけハードウェア(環境)が変わろうとも、カプコンらしさへのこだわりと、柔軟性をきちんと持っていれば、ユーザーの皆さんとずっとつながっていける、と信じています。
ゲーム新時代のキーワード
カプコン 一井克彦氏
『モンスターハンター』や『バイオハザード』を始めとした既存のブランドを、マルチプラットフォームで展開するだけでなく、カプコンらしいオリジナリティー溢れる新規ブランドの開発にも積極的に注力していくことを語った一井氏は、「今度のゲーム業界に必要なキーワードは?」という問いに対して、右の言葉を挙げた。家庭用ゲーム、モバイル、PCといったハードウェアの環境が激しく変わっていくなかで、「コンテンツプロバイダーとして、各ハードの特徴を見極めて"柔軟"に対応しなければならない。その一方で、"カプコンらしさ"も見失ってはいけない」(一井氏)という。新しいチャレンジによる、カプコンらしい新たなコンテンツが出てくるという2012年。要注目だ。