卒業おめでとうございます!
稲船敬二氏がゲーム作りを指南する“稲船塾”が、2012年3月2日に最終回の講義を行った。昨年の11月にスタートし、約3ヶ月強が経過して、4人の塾生はどう成長したのか?
午前11時半、大阪にあるcomceptのオフィス。塾生が集まる会議室を覗いてみると、comceptの小野氏をアドバイザーに交えながら塾生の東村さんが課題とは別に持ってきたゲームの企画についてディスカッション中。「遊び方がわかりにくい」といった厳しい指摘が飛び交う中、東村さんは何をこの作品で押し出したいのか、面白さの根本に戻って主張していく……。
時々笑いが挟まるものの、議論は真剣だ。ちょっとやり取りが曖昧になってくると、それまでは相槌を挟む程度だった小野氏からすかさず「実例がないよね」と鉄槌が下される。東村さんの企画は、ゲーム内で事件を起こし、それに影響されたゲーム内世界の反応をキーテーマとしているようだったのだが、小野氏は「リアルの反応には勝てない」、「(今の企画では)反応が現実から隔離されている」と続けていく。どうやらここまでの講義で、現実と非現実(ゲーム)の相関関係をどう捉えていくかを重視していたようだ。
と、ここで稲船氏が登場。「物事には何でもコンセプトがある」という話を、ディスカッションが行われていた部屋(ちなみに新オフィス。塾生がこの部屋に入るのは今回が初だったとのこと)を例に説明する。オレンジを基調に統一されていたこの部屋は“太陽の部屋”と名付けられているそう。“A会議室”とか“2番会議室”と言った名前ではどの部屋なのかすぐイメージできず、愛着もわかない、というのがその理由。
記者は国内外のさまざまなスタジオを見てきたが、クリエイティブな職業ということもあってか、確かに一風変わった会議室を作る会社は多い。稲船氏の話のポイントは、それにあたって、「自分はオレンジが好きだからオレンジにしよう」というのではなく、もちろんデザインのバランスもあるが、全体のコンセプトがあると決めやすいとの話だった。ちなみに“月の部屋”もあり、明るい話題は太陽の部屋、シビアな話は月の部屋という使い分けもあるのだとか。
この日、午後からは塾生の岩田さんがディレクター役になって進めた企画のプレゼン。雑談から当然話がそこに及び、岩田さんが数日前に公民館を借りて練習するなど努力してきて、さらに喋るのが苦手なので台本を作ってきた……と話した所で、稲船氏はひとこと「あかんな」と却下。
苦手なものを覚えるためには苦労をしなければならない、下準備自体は安心の材料ではない、そもそも目的は台本がなくても喋れることだ……と、自身の経験を交えながら説いていく。あくまで口調は柔らかいが、指摘は厳しい。意を決した岩田さんが台本なしでやることを決意すると「そこまでやったんだから失敗せんと思うよ」と稲船氏。大事なのは、台本に書いてあることを全部読み上げることではなく、伝えることだ……と話したところで昼休みに。
そして午後。岩田さんがプレゼンしたのは、レシートを使ったソーシャル要素のあるスマートフォンゲーム。買い物をしたレシートを読み込んでモンスターを呼び出し、プレイヤーが倒して調理するといった内容で、概要にはじまり、世界設定、ゲームデザイン、売りとしたい仕様、課金の手法などを説明していく。最後に一瞬詰まったが、一番押したいことを要約して再度伝える。
ひと通り聞き終わった稲船氏の評価は……「よく伝わったよ。おもしろい部分は全部伝えきったと思う。いまのプレゼンでやったら、(プレゼン相手に)「やろうか」と言ってもらえるところまでもってこれたんじゃないかな」とおおむね好評。しかし「だけどひとつだけ」と注文が入る。「なぜレシートが重要なのか伝えられていない。どうせ捨てるから使おうというものではない。レシートはすごくいいが、君たちが気づいていないコンセプトがある」というのだ。それは何か?
塾生にいくつか答えさせてから稲船氏が明かした正解は、現実(買い物)と非現実(ゲーム)が相互に影響すること。つまり、買い物をしている時に「あのモンスターを倒したいから今日はカレーを作ろう」というような心の動きが生まれ、買い物が楽しいからゲームが楽しい、ゲームが楽しいから買い物が楽しいというサイクルが生まれる可能性という部分をコンセプトとして明確化したほうがいいということだ。確かに、言われてみるとそこがハッキリしたほうがすんなり理解できる。そういえば、記者も『バーコードバトラー』全盛期には、強いバトラーをゲットするために「あの商品が強いらしいぜ」といった噂で買い物したこともあったっけ……。
ソーシャルゲームは現実の世界に入り込めるのがコンソール(家庭用ゲーム機)にはない強みだ、と稲船氏。そもそも岩田さんの企画をプレゼン課題に選んだのも、前述のような特徴があったから選んだのだという。ちなみに、「もしレシート(という軸)を変えてプレゼンしてたら、今頃ボロカスに言ってたよ」とのこと。
稲船氏は最後に「このまま続けていけばよくなる。ここで学んだものを活かして、頑張って行って欲しい」、「それぞれ夢を持っていると思うので、それを目指してほしい。お世辞でも何でもなく、可能性も個性も持っている。このままの感じでやっていけば、すぐディレクターになれるよ」と、やり遂げた塾生を褒め称える一方、「今の自分は稲船塾がなければないと思ってもらえるような塾にしたかったし、そういうことができたと思う」とコメント。comcept側でも、プロの開発者ではない人からの視点や意見から得られる刺激といった収穫があったようで、次回は関東圏で第2期をやりたいとの構想も飛び出た。募集人数も増え、10人から20人程度の規模を想定しているという。
そして見事にそれぞれの生活がありながらも完走した“一期生”の粕渕さん、岩田さん、福田さん、東村さんには、稲船氏から卒業証とアルバムが渡された。4人の塾生にも、ある人は性格が変わり、どんどんと意見を言えるようになり、ある人は諦めかけていたゲーム業界に挑む気持ちがふたたび沸き、またある人は稲船氏の前でプレゼンを行うことで自信を得たりと、それぞれ収穫があった様子。今後皆さんがゲーム業界に進むのか、あるいは別の進路になるのかはわからないが、今回の経験を活かしていってほしいところだ。