稲船塾はエンターテインメントだ!

 稲船敬二氏がゲーム作りを指南する“稲船塾”がいよいよ開講。2011年11月14日に、記念すべき第1回目の講義が行われた。当日、大阪・comceptのオフィスに集合したのは、50人以上の応募の中から選ばれた精鋭4名。大手ゲームメーカーで2年間にわたって品質管理を努めていた方や、大学院の博士課程を投げ打ってゲームの専門学校に通っている方など、ユニークな人材が揃った。当然のことながら、皆さん本気でゲームクリエイターを志しているようで、その眼差しは真剣そのもの。これから3ヵ月にわたって開講される稲船塾で、あらゆるものを吸収しようという気概に満ちていた。

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▲稲船塾開講! まずは稲船氏が塾生にゲーム開発の心得を語った。

 そんな塾生と顔を合わせた稲船氏は、「チャンスに対してどん欲なのが大切です。3ヵ月で教えられることは限られていますが、何かを掴むきっかけになってくれればいいなと思っています」と口を開いた。たとえ、稲船塾を経て、ゲーム業界以外の仕事に携わることになったとしても、稲船塾で得たものは必ず社会で生きていく上での指針になる……との稲船氏からのメッセージだ。「頭の使いかた、考えかたは自分で決めるということを学ぶ。それが稲船塾のいちばんの目的です」と稲船氏は断言する。世の中には、「この大学に行くのなら、こういう進路が当たり前」というように周りの判断に流されたり、社会の風潮に従ったりすることも多い。そうではなくて、自分の頭でしっかりと判断することが、実りのある生きかた、ひいてはいいゲーム作りにもつながっていくというのだ。日本人のよくないところは、「人がこうしているから自分も……という発想」と稲船氏。人に左右されること、それは考えることを放棄しているのといっしょで、「このゲームが流行っているから……」ということで開発すると似たようなゲームが出来上がる。「人と違うことをやるのが重要で、comceptではそれを心掛けています」と稲船氏は持論を語った。

 合わせて稲船氏が強調するのが“気持ち”。「“気持ちがあれば、いいゲームができる。テクニックなんてどうでもいいです。だから、稲船塾ではテクニックは伝えないです。大切なのは、自分の気持ちを100%伝えられるか。文法が間違っていても関係ありません。自分がいくらすぐれたアイデアを持っていても、ちゃんと伝えられなかったらムダです。そういう部分も今回の塾で学んでいっていただけたらいいなと思っています」と稲船氏。

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▲粕渕大輝さん。22歳。稲船塾一期生の最年少。滋賀県から2時間かけて通っているとのこと。高校時代はレスリング部に所属していたらしい。
▲東村耕治さん。ゲーム関連の仕事に携わりたいとの思いから、2年間大手ゲームメーカーにて品質管理を担当。“班長”として後輩のまとめ役を担ったのが大いに糧になったのだとか。
▲福田朱美さん。大学院でバイオテクノロジーの研究をするも、「安定した生活とゲームを天秤にかけると、ゲームに対する思いのほうが強く」、昨年10月よりゲーム関連の専門学校に入学。
▲岩田直樹さん。これまで幾度となく企画を出していたが通らず、ファミ通.comで稲船塾の記事を見て、「これでダメならダメなんだろうな」と思い応募したところ合格してしまったとのこと。
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▲午後からは本格的に講義がスタート。

 昼食を挟んで午後からは、いよいよ講義がスタート。まず稲船氏が塾生に課したのが、塾生が提出した自身の企画を5分間でプレゼンすること。5分経ったら有無を言わさず、プレゼンはその場で終了となる。いきなりのプレゼンに加えて、5分間の制限時間の設定ということで、塾生たちの緊張度もMAXに。思いのほか時間を持て余すものや途中でプレゼンを打ち切られるものなど、大いに悪戦苦闘した模様。すべての塾生のプレゼンが終わったあとで、稲船氏が5分間という制限時間を課した理由を語ってくれた。「いま、時代の流れは早く、スピード重視と言われています。早いスピードに対応しないといけない。人に理解されることを早くこなさないといけないんです」と稲船氏。実際のところ、大手企業ともなると、上の立場の人に企画を通すのに、5分間しかプレゼンの時間を与えられないという事態も容易に想像される。そんなときに稲船氏は、「5分間ですべてを伝えるのはムリなので、まずは言いたいことを伝えましょう。結論から先に言うんです」とアドバイスを送る。日本語は文法上、「私は○○だから、○○したい」となるが、「私はこういうゲームを作りたい。なぜなら○○だから」という英語などの文法にならった構成にすべしというのだ。「結論を先に言うくせをつけて、言いたいことを削ぎ落とせば、5分もあれば十分」と稲船氏。

 ちなみに、塾生たちへの事前の案内では“プレゼン時間は無制限”とのお達しがあったのだという。それに対して、5分間に変更された理由が塾生から問われたのだが、稲船氏は「不測の事態に対応できるように、わざと困らせてみました」とひと言。決め付けは危険で、“こう”と決めていたことが変化することはゲーム制作のみならず日常茶飯事。プレゼン時間を5分と設定することで、柔軟な対応力を試してみたかったのだという。稲船塾、塾生さんにとっては講義中に気の抜ける時間はあまりなさそうだ。

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▲塾生さんたちのプレゼンも熱を帯びる。

 さて、ここで改めて塾生さんたちが持ち込んだ企画内容をざっくりと紹介すると以下の通り(プレゼン順)。

■粕渕大輝さん『サムライvs.独裁者
独裁者が支配する島にサムライがタイムスリップ。悪政に苦しむ民衆を助けるために、サムライが戦う……というアクション。悪いやつを叩きのめす、爽快感を追求したという。

■岩田直樹さん『お買い物かんたんCHECK!こまめくん
スーパーなどの購入する品物を管理するスマートフォン用のアプリ。スーパーなどに買い物に行くと、バーゲンセールにつられて思わぬ出費がかさむことが多い。さらには、買うべきものを忘れてしまう……などということも。そんなうっかりを防ぐためにうってつけの管理ソフト。

■福田朱美さん『歌えよ天秤の歌 ~奇跡を売りつけろ!~
訪問販売をモチーフにしたアクションゲーム。訪問販売員がお客さんの家に入るとバトルがスタート。品物と価格を告げるとお客さんの“心の壁”が決まり、言葉によるバトルを仕掛けることで、“心の壁”を突破し、購入を促すというゲーム。

■東村耕治さん『Tronpe mimic(仮題)
騙す快感を追求した3Dアクション。主人公のミミックは、人の特技をコピーする能力を持っており、そのコピー能力を駆使して、依頼人からのミッションをこなしていく。

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▲『サムライvs.独裁者』というタイトルに惹かれたと稲船氏。タイトルだけで人を惹きつけられる力があるということだろう。

 各プレゼンに対する稲船氏の、歯に衣着せぬながらも、愛のある評価も塾生には参考になったようだ。たとえば、粕渕さんの『サムライ vs.独裁者』への、「企画書はページをめくる前に“おもしろい”と思わせないとダメ。この作品はタイトル名だけでセレクトしました。アホな企画だけど(笑)」(稲船氏)や、岩田さんの『お買い物かんたんCHECK!こまめくん』に対する、「かつてゲームはおもちゃという楽しみの中に割り込んできましたが、いまは生活の中に食い込んできています。その適例がソーシャルゲームで、生活の隙間隙間で楽しまれています。いまは、生活とゲームを融合させることに意味があって、その部分に目をつけたのは◎です」(稲船氏)など、興味深い発言が聞かれた。

 4つの企画が出揃ったところで、稲船氏の口より稲船塾の大まかな取組むべき内容が明らかにされた。4つの企画からひとつをセレクトし、4人でその企画をブラッシュアップするというものだ。ひとつの企画をブラッシュアップすることで、実際のゲーム開発に近い感覚を体験するというものだ。ブラッシュアップはあくまでも“擬似体験”だが、すぐれた企画に対しては製品化への道も開けるかもしれないという。3ヵ月のあいだにできるだけ多くの企画を俎上に載せたいという稲船氏だが、まずは選ばれたのは東村さんの『』。稲船氏の「企画書としてはいちばんまとまっており、相手に化けられるという点が気に入りました」との理由によるものだ。

 そこから、稲船塾は、ディレクター役の東村さんが進行を努めつつ、4人でディスカッションし、適宜、稲船氏がアドバイスするというスタイルで進められたのだが、4人のやり取りは、まさに“プチ開発現場”という具合で、「ゲームの企画作りってこういうものなのか?」と思わせるほどにおもしろかった。稲船氏のアドバイスも極めて示唆に富んでおり、ディレクターの役割を問われると、「ディレクターの仕事はゲームをおもしろいほうに向けていくこと。ただし、ひとつ守らなければいけないことがあって、それはコンセプトを守ること。“このコンセプトはこうすればもっとおもしろい”ということを考えてほしい」回答。さらに、世界観を決めるとなって迷う塾生に対しては、「基本はつねにシンプル。そこから足していくといい。下手なやりかたは嘘の上に嘘を重ねること。基本、ひとつの物語に嘘は一個にして、そこから物語を構築していくことです。まあ、何事にも例外はありますが……」(稲船氏)と提案。さらに、塾生どうしの意見がまとめ切れず、困窮した東村さんに対しては、「ゲーム開発に際しては絶対に意見が分かれます! どの道を選ぶかはディレクターが決めていいです。ただし、違う意見に対しては説得した上で意見をまとめること。相手に“それなら仕方ない”と思わせないといけない。いいアイデアだけでゲームを作れるのだったら、世の中はいいゲームだらけです(笑)。ちゃんと意見をまとめられる人がいいゲームを作れる人」であるとアドバイスした。とはいえ、どうしても意見をまとめるのに行き詰まったら最終手段があるそうで、それは「これで行きます!」と有無を言わさず宣言すること。ただし、これはひとつのプロジェクトに1回しか通用しないそうで、まあ、ディレクターの強権発動といったところだろうか。それにして、稲船氏のコメントを聞くにつけ、いかにゲーム開発がたいへんかということを思い知らされる。

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▲東村さんを中心に企画のブラッシュアップが進む。いったいどのような完成を見るのか、気になるところだ。
▲塾生たちが煮詰まっていると判断するや、ときにアドバイスを挟む稲船氏。

 というわけで、世界設定は現在のアメリカとしたところで、第1回目の講義は終了。主人公の目的については、次号へ向けての課題となった。稲船塾1回目を終えた皆さんの感想は、それぞれ「すごく勉強になりました。こんな機会はめったにないと思います。貴重な時間が過ごせました」(粕渕さん)、「緊張のしっぱなしで、心臓が飛び出そうでした。わからないことには噛み付くかもしれませんので、よろしくお願いします」(岩田さん)、「実際のゲーム開発の仕方も学ばせてもらって勉強になりました」(福田さん)、「勉強になりました! 稲船塾にはサプライズがあって、しかもそれをちゃんと説明してくれる。なにかしらの成長があると実感できました」(東村さん)と、緊張しつつもたしかな手応えを感じたよう。稲船氏も「最後までがんばってください」とエールを送った。

 「稲船塾はエンターテインメントであってほしい」との稲船氏のコンセプトのもと、稲船塾のホームページが開設された(⇒こちら)。第1回目の講義はまさにエンターテインメントを地でいくようなおもしろさだったわけだが、この続きは稲船塾のホームページで確認してほしい。最後に、稲船塾第1回目のあとに、稲船氏からいただいたコメントを紹介して、本稿の幕を閉じるとしよう。

「すごくマジメな子たちが揃ってくれたので、素直に聞いてくれるし、僕自身もいろいろなところで講演とかをやっているのですが、その集大成的な感じで取り組めているなと思っています。自分のゲームの作りかた、考えかたを人に伝えるという行為は、いつもやっているのですが、さらに若く未経験な人たちに伝えるのは相当難しいんです。ある程度わかっている人間に伝えてきたものが、まったくわかっていない人間に伝えるという難易度を僕的にはあげてやっているので、そういう意味では、僕も今回勉強になっているし、おもしろくやれているので、手応えはあります。企画も4つが4つおもしろい企画なので、これをある程度の形になるところまで仕上げられると、彼らも達成感があるだろうし、いい感じだと思います。
 塾とか、学校とか講演とかって、“教えてあげる”という押し付ける感覚が、どこかにあると思うんです。僕はそうではなくて、相互性だと思っています。何よりもゲームがそうなので。インタラクティブじゃないですか。相手が何を考えて、自分が何を考えて……というのを投げ合うことなので、稲船塾というのは、そういう塾にしたいなと思っています。ただ単に、稲船の知識を教えて……ではなくて、“あなたはどう考えましたか?”といった投げ合いをしていくことができる。それがエンターテインメントになって、塾自体がおもしろい。新しい形が生まれるんじゃないかと、僕は思っているんです」

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▲稲船塾がスタート。中央に稲船氏を挟んで、左から粕渕さん、東村さん、福田さん、岩田さん。3ヵ月にわたる鍛錬の日々が始まる!