●ライアン・ペイトン氏が日米開発の違いを語る

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 2011年9月6日〜8日の3日間、神奈川県のパシフィコ横浜・国際会議センターにて、ゲーム開発者の技術交流などを目的としたCEDEC(コンピュータエンターテインメントデベロッパーズカンファレンス) 2011が開催されている。開催初日には、ライアン・ペイトン氏による“僕の海外ゲーム開発ストーリー++”が行われた。かつてKONAMI小島プロダクションで『メタルギア ソリッド 4』の開発に携わり、3年前に米国マイクロソフト本社に入社後は『Halo(ヘイロー)』シリーズに関わったライアン・ペイトン氏は、日本語も堪能で大の日本通として知られる。海外の開発スタイルを体験したライアンは、日本の開発環境との違いに気付き、「日本のクリエイターに海外開発との違いを伝えたい」との、いわば“恩返し”の思いから、今回CEDECでの講演と相成った。

 「日本に来たのは3年ぶりで、日本に来たら気づいたことがある。それはドルが安いことと、アイドルの名前を48人覚えないといけなくなったこと(言うまでもなくAKB48のことです)」と会場を笑わせたライアンは、自身この1年間はもっとも暗い時期で、仕事もうまくいかず「クリエイターが果たすべき責任は何か?」で悩んでいたという。そんなライアンの心を癒してくれたのが、親友である戸島壮太郎氏の存在。先日、『Halo 4』への参加を明らかにした戸島氏だが(⇒記事はこちら)、ライアンが戸島氏に「クリエイターの責任」の話をしたところ、少しもおかしくないと言われ、気持ちが晴れたという。

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 そして、「いま、ゲームは大きくなっています。世界中の人々にいろいろなメッセージが届けられる。私たちはもっとすばらしいゲームを作るべきで、“どうやって作るべきか?”ではなくて、“何を作るべきか?”という中身が問われるべき」と切り出したライアンは、まずは自身のゲーム遍歴とでもいうべきものを披露。1980年代中頃に、お父さんにアタリ2600に買ってもらい、両親が後悔するほどゲームにハマり、両親に「外に出るように……」との思いから買い与えてもらった自転車で友だちの家に行って、門限を過ぎるまで『マリオ』を遊び込んで叱られた……といった、往年のゲーム少年の日々を語った。となると、誕生日のプレゼントはもちろん、ファミコン! さらにスーパーファミコンの『ファイナルファンタジーVI』では、「初めてゲームで複雑な人間の気持ちを伝えられると思った」とライアン。そしてライアンは、『メタルギア』シリーズを知って「すべてが変わりました。ゲームにメッセージがあることに気づいたんです」という。

 大学を卒業して日本に来たライアン青年は、日本語の教育プログラムで兵庫県・浜坂温泉郷へ。以降フリーライターとしてファミ通Xboxなどに寄稿することになる。転機となったのはE3 2005。そこでKONAMI小島監督と会ったライアンは、KONAMIの面接を受けることになり、最終的に小島プロダクションで働くことになったのだ。KONAMIでは『メタルギア ソリッド 4』の開発に関わり、瞬くうちに充実した3年間が過ぎた。で、開発も一段落し、3ヵ月の休暇を取りに実家(シアトル)に戻ったところである事実に直面する。母親がガンであることが判明したのだ。「母が病気だから日本には帰れない。アメリカに留まろうと思った」とライアン。これが2度目の転機となった。なお、幸いにも、その後お母さんの病気は快復したとのことだ。

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▲お父さんが神戸製鋼のアメリカ支社に勤めていた兼ね合いで、学生時代に日本を訪れることに。この体験がライアン青年には大きかったようだ。

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▲フリーライター、そしてKONAMIでの日々。激動のライアンの半生。

 米マイクロソフトが人材を募集しているのを知り、マイクロソフトでクリエイティブディレクターとして働き始めることになるライアン。ライアンはそこで日本のゲームメーカーとのいくつもの違いに気付かされたという。列記すると以下の通りだ。

(1)人の管理に時間を割く
上司が部下に対してつねに、プロジェクトに対する感想やキャリアについて話を聞いてくる。バーベキューやピクニック、映画鑑賞などにいっしょに出掛け、スタジオとしてのカルチャーを持つことにこだわった。

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(2)仕事とプライベートのバランス
アメリカ人は自分たちの自由時間を真剣に守る。もちろん必要に迫られれば徹夜もするが、できるだけ自分の時間を保とうとする。チームのほかの人が残っているから自分も帰りづらい……という気持ちを抱くことはない。映画やテレビ、運動などに余暇を使い、そのことがゲーム開発にバックされる。「もし日本で仕事をすることがあったら、アメリカのこの部分は取り入れていきたい」とライアン。

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(3)チームの団結力
日本では仕事が終わるとサイゼリアに行ってダベることで団結力が保たれたりする一面があるが、アメリカでは家族が第一だから家に帰る。でも、家に帰ったらオンラインゲームで毎晩数時間いっしょにゲームをすることが多い。そこでいろんな話をするので、団結力が保たれるのだという。お酒を飲みながらゲームを遊ぶので、まさに「バーチャルな居酒屋」(ライアン)。

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(4)データ管理
よく言われることだが、アメリカでは何をするにもデータ重視。データの裏打ちがないと上司も説得できない。でも、「データ依存という危険性もある」とライアン。スティーブ・ジョブズ氏いわく「ユーザーは実際に目の前に見せてもらうまで、それが欲しいことに気づかない」とのことだが、一例としてライアンが挙げたのがXbox 360の“実績”。“実績”が始まった当初は「こんなのいらない」という反応だったが、すぐにユーザーは“実績”の魅力に気づいた。

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(5)情報共有
アメリカのチームはとにかく情報共有をしたがる。ライアンも「最初はなんでこんなにたくさん質問してくるのだろう」と思ったというが、スタッフはチームに何が起こっているのか適宜知ろうとするという。自身の成功はプロジェクト次第なので、いわばプロジェクトに投資しているようなもの。ライアンも社内向けに60〜70のプレゼンをこなしたという。「大切だけど、時間もかかる」とライアン。

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(6)アイデアを売り込む
アイデアを売り込むことは重要。上司はアイデアによって、インスピレーションを得たいと思っている。ちなみにライアンは『Halo』についてアイデアをたくさん持っていて、それを伝えるために企画書を作成したが、誰も動いてくれなかったという。それはなぜか……というと、アメリカ人は人の企画に対して動くのではなくて、自分の企画を立てた立場に立ちたいから。ライアンは、この部分に苦慮したとのことで、ディレクターは実践していけばいい、というわけではなくて、「アイデアをチームメンバーに委ねたほうがいい結果になることが多い」(ライアン)という。日本人にとってはいまひとつピンとこないかもしれないが、アイデアを自分のものとして考えてもらうほうが、チームは有機的に機能するようだ。

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(7)意思決定を分散させる
日本のゲーム業界はトップダウン方式だが、アメリカは違う。アイデアを伝える→フィードバックを得る→チームでやる気を起こさせる、という流れがベスト。スタッフは基本意思決定に加わりたい。チームサイズも大きいので、チーム単位で意思決定をしていく。なお、アメリカではクリエイティブディレクターとアートディレクターは同等の立場らしい。

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(8)ビジョンと強いリーダーシップのバランス
「強いビジョンを持っていても取り入れてくれなかった。アメリカにいるのだからチームに任せようと思った」とライアン。「伝えるのが難しく、無人島にいるようだった」とも。指示を与え過ぎてもいけないので、配慮が必要なようだ。

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(9)ビジョンの共有
ゲーム開発にあたっては、ディレクターとマーケティングのニーズは違うことが多い。チームとのビジョンの共有が必要。

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(10)ゲームビジョンの明確化
クリエイティブディレクターの役割は、ゲームのビジョンを共有するために頭の中のアイデアをまとめること。そのために有効なのが“ビジョンステートメント”。いわば、そのゲームの“特徴”や“ウリ”のようなものか。たとえば、『マーセナリーズ2』なら、“戦場の『グランドセフトオート』”、『Dead Space』なら“宇宙の『バイオハザード』”といった具合に。ちなみに『Dead Space』は、この“ビジョンステートメント”で経営陣からの開発開始のゴーサインを勝ちとったらしい。

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▲ちなみに、右はライアンが考える『BAYONETTA(ベヨネッタ)』のビジョンステートメント。

 さて……ライアンの話はここからさらに熱を帯びる。リスクに対する強迫観念が強い北米ゲームメーカーにおいて「慢性的なリスク回避の考えかたに苦労した」とライアンは言う。たとえば、『Bioshock Infinite』。前作から、がらりと趣向を変えたその革新性に関係者は賞賛の念を惜しまないが、経営者のほとんどは、ビッグダディやリトルシスターなど前作までの人気キャラクターが登場しない同作のプレゼンを受けていたら、リスク回避のために「No」と言っていただろうというのだ。ライアンがマイクロソフトに入社した3年前と比較しても、『アングリーバード』や『リトルビッグプラネット』のヒットなど、過去のフランチャイズに縛られることなくヒットしたゲームはたくさんある。

「当時から変わっていないのは、ゲームをどう作るかでディスカッションばかりしていることです。それは映画の撮影でカメラの使いかたをばかりを勉強しているようなもの。もっとクリエイティブなディスカッションがしたい」(ライアン)

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▲ビッグタイトルの存在感は増すばかり。

 そんな中、ゲーム業界はモンスターのような巨大なゲーム(いわゆるトリプルAタイトル)の存在感が増すばかりだ。一方で、影ではうまくいかないタイトルもあり、優秀な実力を持ちながらも閉鎖されたスタジオもたくさんある。「チームとしてはすばらしいが、戦う相手が巨大過ぎた。どうして巨人と同じ土俵で戦うのか?」とライアン。同じ問いは、日本のゲームメーカーにも投げかけられる。日本にも素晴らしいゲームは多いが、アメリカではあまりヒットしていない。ライアンの「かつては、日本で仕事をしていただけで“すごいね”と言われたが、ときが経つにつれて、アメリカ人は日本のゲームに対して興味を持たないようになっている。いまは“日本で仕事をしていたんだよね? アイデアが古くなっているんじゃないの?”と言われかねない」とのコメントが現状を物語る。若干物悲しいところではあるが……。

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 それに対し、「(北米の関係者の認識は)間違ってない!」とライアンは断言する。「日本のゲームデザインは深刻な問題を抱えている」というのだ。以下、列記する。

(1)テストプレイが大雑把(Rough Play Experience)
北米の多くのゲームファンから不満の声が挙がっているらしいが、日本のゲームは「プレイテストをしていないのでは?」と思われるほどラフ。内部で軽くプレイテストをしただけのタイトルも多いのではないかという。北米では500万ドルをかけてプレイテスト用のラボを作るケースもあるが、『メタルギア ソリッド 4』では、週末ごとにゲームを遊ばせて、しっかりとプレイテストをしたという。

(2)グローバルの基準にあってない操作方法(Inconsisitent Controls)
たとえば、Xbox 360のXボタンは世界標準ではリロードになるが、日本ではそうなっていないケースが多い。

(3)ローカリゼーション(Localization)
日本のソフトは『ロストオデッセイ』など、ローカライズで損をしているタイトルが多い。日本国内で英語のローカライズをすべきではなくて、アメリカでディレクションした英語を入れるべき。

※(2011年9月7日午後6時修正)当初や『シャドウ オブ ザ ダムド』と記入していましたが、ライアンいわく「『シャドウ オブ ザ ダムド』はすばらしいローカライズです」とのことです。お詫びして訂正します。

(4)ファンタジーな世界観に偏りすぎ(Culturally Irrelevant Worlds)
パラサイト・イヴ』が出た当時、アメリカ人は舞台がニューヨークであることにワクワクした。いまの日本のゲームはファンタジーな世界観に偏り過ぎでは? 

(5)「誰もストーリーを気にしない」(Nobody Cares About Your Story)
こちらは、『Bioshock Infinite』のクリエイター、ケン・レヴィン氏の言葉。第一に、ゲームユーザーはストーリーを楽しむためにゲームを遊ぶのではない。ゲームのためにゲームを遊ぶのだ。日本のゲームは物語偏重か?

(6)語りのデザイン(Narrative Design)
ゲームは絵だけで内容を伝えるデザインも必要。たとえば、『レフト 4 デッド』のビジュアルを見れば、このゲームが4人で協力して戦わないといけなくて、4人はそんなに仲がよくなくて……ということがすぐにわかる。

(7)プレイヤーと主人公の気持ちをあわせる(Player & Protagonist Motivation)
プレイしていて、「主人公に敵を倒させたい!」という気持ちにさせないといけない。一方で、30時間、40時間とモンスターを倒すようなゲームは、ある意味でモンスターが主役でないといけない。

(8)ちょっとしたインタラクション(A Little Interactivity Gose A Long Way)
プレイヤーはインタラクション(相互作用)を味わいたいからコントローラーを握る。たとえば、『メタルギア ソリッド 4』ではゲームの終盤に△ボタン押すシチュエーションがあった。当初ライアンは単にボタンを押すだけのシチュエーションに疑問を感じていたが、ゲームを体験したプレイヤーは、ここをいちばん印象的なシーンに上げる人が多いという。簡単なインタラクションがファンを喜ばせることにライアンは気づいたという。

(9)プレイヤーのモチベーションを上げる(Motivating Players)
コール オブ デューティ』シリーズが『Halo(ヘイロー)』シリーズを上回ったのはここ。『Halo(ヘイロー)』のマルチプレイでは、チーム戦で勝ったほうはいい気分になるが、負けたほうは悪い気分になる。ところが『コール オブ デューティ』では、たとえどんなに酷いプレイヤーでも楽しんだ気分になれる。『ヘビーレイン』の開発者であるデビット・ケイジいわく「プレイヤーはいい気分になるためにゲームを遊んでいるのだと考えないといけない」。

(10)プレイヤーの時間を考える
日本のクリエイターはプレイ時間のことをもっと考えるべき。よく聞く苦情のひとつに「日本のゲームは時間が掛かり過ぎる」というのがある。北米のプレイヤーは、773時間もかかるようなゲームに触りたくはないと思うだろう。

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▲日本はガラパゴス症候群なのか?

 「日本はガラパゴス症候群で内向きになりつつある。日本では名作が忘れられつつあるのも残念だ」とライアンは言う。しかし……何が起こるかわからないのがゲーム業界。いまはさまざまなプラットフォームが増えており、「巨人と戦わなければならない状況ではない」(ライアン)というのだ。たしかに、新しいクリエイティビティーの黄金時代が到来しつつある予感はある。たとえば、PlayStation NetworkやXbox LIVE アーケードに代表される配信タイトルを見てみるといい。『Limbo』や『Bastion』、『Castle Crashers』、『From Dust』など、少人数開発チームによる革新的な作品が多数お目見えしているのだ。「ファミコンで成功した人たちの多くは、いま責任のある立場にいるが、すでに年を取っており、以前のような情熱がない。彼らにいま挙げたゲームをプレイしているのか聞いてみたい。おそらくプレイしていないのではないか? ゲーム業界には若くて情熱を持った人たちがいるハズで、革新のための道筋が必要だ」とライアンは熱く語る。

 さて、そんなライアンだが、じつは4週間前にマイクロソフトを退社したらしい。「マイクロソフトでは窒息する思いだった。(クリエイターとしての)リスクを取りたい」とライアンは退社については多くを語らないが、セッションの内容を聞く限りでは、相当な悪戦苦闘の日々があったのでは……と予想される。ライアンは、『Skulls of the Shogun』を作ったクリエイターに刺激を受けて、“カモフラージュ”を作って最新作を構想中だという。日本のクリエイターへの提言でもあったこのセッションは、自身の新たなるゲーム開発に対する決意表明でもあった。

※(2011年9月8日 午後20時修正:『Skulls of the Shogun』を作ったクリエイターといっしょにではなく、クリエイターから刺激を受けて会社を設立したとのことです。訂正します)

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▲新会社カモフラージュの目指すものは?