“最上の切なさ”をユーザーに届けるスマートフォン&PC(Steam)向けRPG『ヘブンバーンズレッド』(以下、『ヘブバン』)。儚く泣けるストーリーと50人を超える個性的なキャラクターが本作の魅力だ。2023年8月10日にリリース1.5周年を迎える。
そんな『ヘブバン』の1.5周年を記念してインタビューを実施。ライトフライヤースタジオ(WFS)からプロデューサーを務める柿沼洋平氏と開発統括を担う下田翔大氏、Keyブランドを持つビジュアルアーツからシナリオチームの進行管理を担当する高田和磨氏にご登場いただき、本作のこれからとこれまでを語っていただいた。
※本記事は週刊ファミ通2023年8月31日号(No.1811/2023年8月17日発売)に掲載予定のインタビューに加筆・修正を行ったものです。
柿沼洋平氏(かきぬま ようへい)
株式会社WFS Business Development本部の本部長で本作のプロデューサー。文中では柿沼。
下田翔大氏(しもだ しょうた)
株式会社WFS Wright Flyer Studios本部長 執行役員。本作の開発統括とゲームデザインを担当している。このインタビューには諸事情でリモート参加。文中では下田。
高田和磨氏(たかた かずま)
“Key”ブランドを持つ株式会社ビジュアルアーツ所属。シナリオチームのプロジェクトマネージャーを担当。文中では高田。
シナリオとゲームを融合させるために
――『ヘブバン』がサービス開始から1.5周年を迎えます。いまの率直な感想をお聞かせください。
柿沼まずは1.5周年を迎えられることをうれしく思い、日頃から遊んでいただいたお客様に感謝申し上げます。
高田私はこういう場に出るのが初めてなので、最初に自己紹介をさせていただきますね。ビジュアルアーツの企画推進室に所属していて、『ヘブバン』ではシナリオチームの進行管理とライトフライヤースタジオさんとの総合的な窓口を担当している高田と申します。
『ヘブバン』には企画が始まって半年後か1年後くらいから参画しました。そこから5年ほどの開発期間を経て、リリース1.5周年まであっという間。振り返ってみると濃い1年半でした。ここまで続けられているのは、多くの方に楽しんでいただけているからこそ。それがまず何よりうれしいことですし、ありがたいことだと思っています。
高田シナリオチームとしてはまだまだ道半ば。もっと皆さんに楽しんでいただけるようなシナリオをお届けしていきますので、これからもお付き合いいただけるとうれしいです。
下田高田さんは進行管理とおっしゃっていましたが、ビジュアルアーツ側のディレクターに近い立ち回りをされています。
『ヘブバン』でいちばん大切なのは麻枝 准さんなのですけど、麻枝さんに絶対確認するべきことをいち早く察して動いてくださるんですよ。たとえばゲームで何かが起きたときにそれを会議前に確認したりですとか。ライトフライヤースタジオとビジュアルアーツさんをつなぐ高田さんの力がなければ、このプロジェクトは完成しなかったと思っています。
――高田さんの影響力がすごいですね。
高田過大評価していただいてありがとうございます。
柿沼過大評価じゃないですよ! ライトフライヤースタジオとビジュアルアーツさんはストレートに意思疎通できています。それは高田さんの“翻訳”のおかげなんですよ。基本的には両者での直接の対話を大事にしていますが、ときには直接話すよりお互いの意図が正確に伝わることもあるので、すごく助かっています。
お客様にいいタイミングでコンテンツを提供できるのは高田さんあってのこと。というわけで、満を持して登場していただいています。
高田私もディレクターとして作品に携わったことがありますから。クリエイターに接する我々は気持ちの面やモチベーションを大切にしないといけません。そのあたりに気を遣っていましたが、うまくいっているのであればうれしいです。
下田手前味噌ではありますが、『ヘブバン』はシナリオとゲーム体験の融合がうまくできているタイトルだと思います。じゃあ誰がくっつけてるのかって言ったら、まさに高田さんですね。
高田ライトフライヤースタジオさんには辛抱強く我々の要望に付き合っていただいてるので、それは感謝しかないです。
協業しているということもありますが、違う会社同士がここまで協力し合えるのは、なかなかないんじゃないかなと。すごくいい関係でものづくりができていますね。
下田高田さん、厳しいですよね。毅然とした態度で「これは絶対やっていただかないと」と言われることも……(笑)。
柿沼高田さんの凄いところはただの代弁者じゃないところです。たとえば、「うちの麻枝がこう言っているのでこうしてください」じゃないんです。ビジュアルアーツの代表として、「自分たちはこう思うからこうしてほしい」と、ご自身の言葉で言ってくれます。我々もすべてにお応えできるわけではないですけど、できるだけ応えてよりいいものを作っていこうと思えます。
高田こういう場ですけど気持ちを伺えてうれしいです(笑)。
下田決して更新の多いゲームではなく、月に1回のイベントとメインストーリーを軸にやっている中で、これだけ(お客様から)愛していただいているのはありがたいです。
プロジェクトの歯車が回っているのは、お客様が愛してくださっているから。高田さんがその姿勢に向き合い続けてくれているから、僕らも新しいものを作ることに集中できるので感謝しかないです。
実装の1~2週間前にセリフを収録することも
――2社の共同で企画・制作されている本作ですが、作業の分担や手順はどのようにしているのでしょうか。
下田この話題でも高田さんが火を噴きますね(笑)。
柿沼そうですね。まずは僕の方で全体を説明しますので、高田さん、その詳細をお願いします。
我々は協業パートナーとして対等に意見を出し合って開発しています。お互いの強みを活かした作業分担を意識していて、たとえばシナリオについてはライトフライヤースタジオも意見を出しますが、最終的にビジュアルアーツさんの方で決めていただいています。ゲームのシステム的な部分はビジュアルアーツさんからのフィードバックを参考にしつつ、最終的にはこちら側が決める感じですね。
意見を言い合える風土とお互いをリスペクトして意思決定するのは大事です。これはプロジェクトの最初からやっているのですけど、あいだを取り持っている高田さんはどうですか?
高田おっしゃる通りですね。ビジュアルアーツの強みはキャラクター、物語、音楽。メインストーリーは麻枝が最初に全体プロットの大ラフを作っていて、それに従って進めていく形になります。章ごとに麻枝が書き上げたシナリオをライトフライヤースタジオさんに渡して、実際にゲームとして組んでみたときに道中の会話やキャラクターの掘り下げがほしいといったフィードバックをもらう、と。
――たとえば、これまでにはどのような意見が出ましたか?
高田(大ラフからシナリオに入る前に両社で)相談しているうちに、もともと1本だった第四章を前後編に分けたいという話が出たんですよ。ふたつに分けるために、大ラフにはなかった要素を足したりしました。
このような感じで、1回作ったものを上乗せで補強していくんです。これは毎月のイベントでもほとんど同じ。ただ、メインストーリーとイベントストーリーでは作るときの出発点が少し違いますね。
イベントストーリーで最初に決めるのは、主軸となるキャラクター。これはスタイルのリリーススケジュールに基づきます。スタイルは重要で「半年後や1年後にこのキャラクターを出したい」が出発点。ざっくりしたストーリーのテーマを話し合いで決めて、1本書いてみてからブラッシュアップしていきます。
できあがったものを渡して終わりではなく、途中の段階で共有しながら作っていく感じでしょうか。
下田イベントもそうなんですけど、とくにメインストーリーに関しては、ゲーム画面を軸にキャッチボールすることが多いですね。最初に、ムービーや新規アニメーションなど、制作にコストがかかるものは入っていない状態で組み上げます。要するに演出が仮組みの状態。これを軸にして、お互いに入れたい要素を持ち寄るんです。
柿沼これはよさでもあり難しさでもあるのですけど、1回作ってからのやり取りが多いです。我々にはシナリオ、演出、バトルなどいくつかの引き出しがあるので、話し合ってシナリオを追加していただく場面もありますし、我々の演出でよりお客様の感情を揺さぶれないか考えることもあります。
私や下田が生放送で「メインストーリーをお待たせしてしまう」という話をすることもありまして。実際には初期段階はできていて、ブラッシュアップに時間がかかっていることが多いんです。
高田ブラッシュアップはですね……本当にぎりぎりまで粘っています。すべての選択肢やセリフにいたるまでビジュアルアーツでチェックしていまして、キャラクターの表情ひとつ取っても細かく監修しています。
ぎりぎりになって「泣かせるために台詞をもう1個入れたい」と相談することもありますね。リリースの1~2週間前に収録をして滑り込ませるなんてこともありました。それくらい極限までこだわっています。
――求めるクオリティの基準が高いということですよね。まさかリリース直前でも妥協せずに音声を収録するとは……。
高田ビジュアルアーツは書きあげた後のブラッシュアップも含めてシナリオの品質管理を厳しく行うので、ライトフライヤースタジオさんにがんばっていただいています。
下田我々としてもここまでくるとプライドがありますから。第三章よりも第四章前編、第四章前編よりも第四章後編と表現力を向上させています。お客様も目が肥えてきているでしょうし。
柿沼プロジェクトの最初の頃は、ボイスの再収録をするかどうか、けっこう悩んだんですよね。したほうがいいのはわかっているのですけど、ボイスの再収録を一度やるとずっとやってしまうというのがわかっていましたから。ただ、それがコンテンツの結果に現れるんですよね。
柿沼無理してやってみたら結果がついてきたんです。そうすると少し無理してでもぎりぎりまで粘ろうという気持ちになってくる。声優さんには柔軟に対応してもらって、かなり助けられています。もう感謝しかないですよ。
下田生放送で、声優さんと「セリフは変わっていないのに、ニュアンス違いの再収録は初めて」という話をしたこともありますね。
――たとえば、どのような指定を?
高田「このギャグの切れ味が悪くて……」ですとか。
――ギャグ!? ひと言だけですか?
高田いやいや、ひと言だけ撮り直すと言っても、ほかの収録のタイミングに合わせて、ですからね。
下田ふつうだったらそのままでもおかしくないところをこだわるのが、『ヘブバン』の強さで大事なところだと思います。設定に関することなど、重要なものは1ワードでも録り直しをしています。妥協してはいけないポイントですから。
高田泣きどころなんかもそうですよね。やっぱり大事にしたいんです。
――セリフの収録は麻枝さんがディレクションしているとのことですが、ほかにはどのような方が参加しているのでしょうか。
高田麻枝以外には、私を含めたシナリオチームの人間やエンジニア、音響監督などが参加しています。少し前までは社内の人間だけで回していましたが、どんどんチームを拡大していまして。最近では外注の音響監督に入ってもらうこともあります。
――収録はビジュアルアーツ主体で行われているのですね。
高田(台本を読むだけで完結する)通常のセリフはビジュアルアーツ側で収録していますが、カットシーンは映像に合わせて収録する必要があるので、ライトフライヤースタジオさんの担当の方に参加していただくこともあります。最初のころはキャラクターをつかんでもらったりゲームの仕様に合っているか確認してもらうために、ディレクターの小沼勝智さんにも収録に参加してもらっていました。
両社の意向が自然と合致した水着キャラクター
――1.5周年では、さまざまなアップデートや夏イベントの実施が予定されています。注目ポイントをお聞かせください。
高田イベントやキャンペーンはライトフライヤースタジオさん主体で取り組んでいて、相談していただいたものをビジュアルアーツでも意見を出す流れで進めています。
やっぱり夏のイベントなので、水着のキャラクターたちのストーリーを楽しみにしていただきたいですね。今回の夏イベントは南のリゾート地が舞台でして、巨大ウォーターアスレチックやビーチバレー等、ふだんの基地生活では体験できないようなことが盛りだくさんです。アップデートやゲーム外のキャンペーンも行っているので、そちらもぜひ。
柿沼具体的な内容はプレイしていただくのがいちばんです。ただ、ゲーム内で盛り上がるのも大事ですが、ゲーム外で『ヘブバン』に触れていただくことも大事。そういった輪の中にいると気分が上がりますからね。ですので、秋葉原のアトレでイベントの第2弾を行います(第1弾は2022年に実施)。ほかにも秋葉原ではスタンプラリー企画を走らせますし、アニメイトさんでオフィシャルショップがオープンします。
都内を中心に行うので、すべてのお客様が触れられるわけではないかもしれませんが、ゲーム以外のところも楽しんでいただきたいです。
柿沼あとはカラオケですね。ファンミーティングで「カラオケで『ヘブバン』の楽曲を歌いたい」という要望が多かったんですよ。DAMとJOY SOUNDでも歌えるようになりましたので、ぜひ熱唱してほしいです。
高田9月からはShe is Legendのライブツアーが始まります。たくさんのご応募に、本当に感謝しています。全員にお届けできないのは申し訳ないですが、参加される方には楽しんでいただきたいです。
――音楽に力を入れている『ヘブバン』ならではの展開ですよね。さて、今回の夏イベントでは、和泉ユキ、國見タマ、白河ユイナの水着版が登場します。どのような基準でこの3名が選ばれたのでしょうか。
高田新しいデザインを起こさなくてもシナリオで使える水着キャラクターとして、2022年に登場した茅森月歌、東城つかさ、水瀬すももがいるという状況で、つぎにどのキャラクターにするかという話をしたときがありました。自然と白河ユイナにしましょうということになったと思うのですけど……下田さん、覚えていますか?
下田自然と決まった気がします。水着キャラクターはデザインから悩みに悩んで3Dモデルを作っているので、かなりたいへんな作業です。そこに、「31Aを揃えたらストーリーを展開していけるのでは」というアイデアが軸にありつつ……白河に関しては両社の意向が自然と合致した感じですね。
――ユーザー人気もありますが、これまでのインタビューで麻枝さんが白河ユイナを好きと伺っていたので、ふたつが相まって決まったのかと思いました。
下田これははっきり言いますが、麻枝さんの推しで決まったわけではないです(笑)。麻枝さんがそういうことをしたがらないですし、選定はフラットにしています。
高田白河ユイナが選ばれたこと自体は喜んでいましたけどね(笑)。
ベースの楽曲がよくないとこの展開にはつながらない
――3Dライブが実装されるということでフル3Dで描かれるShe is Legendのライブシーンが非常に楽しみです。どのような経緯で3Dライブが実装されることになったのでしょうか。
下田3Dモデルのリッチ化についてはゆっくりと研究を積み重ねてきました。というのも、リッチな3Dにしたときにゆーげんさんのタッチを再現できるか半信半疑なところがあったんです。お客様の期待に応えられるのか、少し不安も。第四章前編で茅森がギターを弾きますよね。これは研究の一環でゲーム内に初めて導入したシーン。つぎが第四章後編の逢川めぐみがバスに乗っているシーンです。
いきなり3Dライブを作ろうとしたわけではありません。長い期間をかけてちょっとずつゲームで使用しながら、いけそうだなと思ったので今回のタイミングでの実装になりました。
――長期的なスパンで研究した結果、このタイミングでの実装になったということですか。
下田はい。この開発ペースなら1.5周年でできるのではないかと思ったのが去年ですね。
――今回3Dライブが実装されたことで今後の実装も期待してしまうのですが、そのあたりはいかがでしょうか。
下田たくさん出していくつもりはありません。他社のリズムゲームでは3Dライブを短いスパンで出していると思いますが、我々がいちばん大事にしているのは物語の体験ですからね。そちらに開発のリソースを割きたいですし、メインストーリーに注力していくのが大前提です。
――3Dライブは特別なものという認識なのですね。
下田そうですね。それに、3Dライブを作るために実際のライブでディレクションや照明を担当している人にも参加してもらっています。バンドの演奏だということもありますし、キャラクターが実際に生きていると思えるくらいのものにしたい。そういう意気込みでクオリティを重視しているので、頻発はできないんですよ。
高田3Dライブはビジュアルアーツから要望したのではなく、ライトフライヤースタジオさんからチャレンジしてみたいとおっしゃっていただきました。毎回ライブシーンを作ってくれるだけでもうれしいのですが、3Dライブはそのすごさに単純に驚いています。
柿沼そう言っていただけるのは、ほんとに光栄です。もともとは麻枝さんから「自分の音楽を魅力的に届けたい」という要望をいただきました。ですので、ライブシーンやリズムゲームを入れて遊びの幅を広げたかった。
ただ、いきなり全部実装するのではなく、まずは物語を体験できる最高のスマートフォンRPGを届けてから、遊びの幅を広げてゲームとして拡張していくためにだんだん実装していきました。
高田4~5年前でしょうか。企画会議をしている中で「ミニゲームとしてリズムゲームができないだろうか」みたいな話もしましたが、さすがに夢物語だと思いますよね。それが実際に実装されることになった。この発展性はすごいですよ。
柿沼褒め合いになっちゃいますが、発展させるためには、ベースとなる“もの”がよくないとだめなんですよ。いい楽曲がないとリズムゲームは作れないですし、ライブシーンの3D化もそうですよね。
麻枝さんがどこにも負けない圧倒的な魅力のある楽曲を作ってくださっていて、ライトフライヤースタジオはそれをアップデートさせていただいているだけ。こちらこそ感謝です。
下田協力会社さんやスタッフも数多くいます。「She is Legendっていいバンドだね」、「いい楽曲だね」と共感し合いながらここまで仲間を増やすことができました。その根元には麻枝さんの力があると思います。
――『ヘブバン』の楽曲を遊べるライブモード。すべての楽曲に難度エキスパートが追加されることが発表されました。
柿沼現状でも難しいという方もいれば、簡単だという方もいる中で、リズムゲームを純粋に楽しんでもらいたくて開発を進めました。ですので、豪華な報酬があったり、プレイヤーに大きな差がつくようなことはないように気を付けています。
――ほかにも何かしらの要素を実装する予定はあるのでしょうか。
下田お客様からのお声もいただいていますが、我々の根底に『ヘブバン』のことを長く考えてもらいたいという気持ちがあります。現状にとらわれることなくチャレンジをしていきたいですし、みなさんからのお声をいただきながら進むべき方向を見定めていきたいですね。
――ちなみに、どういった意見がありましたか?
下田ライブモードについては「うれしい」というお声もあれば「こういったモードはいらない」という意見もあります。「簡単すぎるからもっと難しいモードがほしい」というお声も。何と言いますか、多角的ですね。
我々は「『ヘブバン』を隅々まで遊びつくさないといけない」とまでは考えていません。バトルを楽しみたい方には歯ごたえのあるバトルを用意したいですし、SNSでコミュニケーションを楽しみたい方にはジオラマ機能のようなコンテンツを用意したい。『ヘブバン』をプレイしたときに何かしらハマれるものがあって、その中心にメインストーリーがあれば理想的、というイメージですね。
ストーリーが劇的に進めやすく。無属性耐性が大幅に緩和
――アップデートで難度の低下などゲームバランスの調整が発表されました。メインストーリーだと第三章の調整に続いて2回目の難度緩和となります。その意図を教えてください。
下田前回の難度緩和とは意味合いが違っていまして。単純に難度を下げるというより、第三章までを再構築したかったんです。新しいゲームとして設計し直している感覚ですね。
――となると、新規ユーザー向けの調整のように思えます。高難度コンテンツはどのように調整しているのでしょうか。
下田今回の調整で何にいちばん手を入れているのかといえば、“レベルの上がりやすさ”です。新しく始める方が追いつくための調整ですね。キャラクターを育成しやすいので、序盤のストーリーが劇的に進めやすくなっています。
ほかにも、敵の属性耐性は大幅に見直しています。完全になくなるわけでありませんけど、耐性値を大幅に低下させてボス以外の敵の耐性をほとんどなくすような調整をしました。
――耐性値の低下とは具体的にどのような感じなのでしょうか。
下田たとえば、無属性耐性を持つ敵と道中で遭遇したとします。調整実施前は通常の10%くらいのダメージしか与えられませんが、それが50%ほど与えられるようになります。
これまでは第四章くらいまで進めると敵の耐性の影響が大きかったんです。そこを調整して、さらに敵のDPやHPにも手を入れています。これでサクサク進められるようになるはずです。
――なるほど。かなりプレイ感覚が変わりそうな印象を受けます。
下田ただ簡単にするだけだとゲームとしてのおもしろさにも影響します。そこが消え去るような調整をかけているわけではありません。具体的には、ボスの強さにはほとんど手を入れていないんですね。リリース時はメインストーリーが第二章まででしたが、現在は第四章後編まであるという中で、適切な坂になるように舗装したイメージです。
このあたりはかなり職人芸になります。うまく道を作ることで、第三章くらいまでは、攻略に迷ったりリアル時間で待たされたりすることなく、ほぼノンストップでクリアー可能だと思います。テストプレイしてくれたスタッフも、ボスの強さが変わっていないと聞いてびっくりしていました。
――ちなみに、レベルを上げやすくするための調整によって、バトルレポートで入手できる経験値も増えるのでしょうか。
下田バトルレポートは変わりません。プリズムバトルなどで入手できる経験値が増えたという感じです。
――『Angel Beats!』コラボで久しぶりにレベル1のキャラクターを入手したときに、レベルを上げるのがたいへんでした。一気にレベルを上げたくて……。
下田そのあたりはけっこう悩んでいます。バトルレポートはお客様の資産として蓄積されていくもの。そこの獲得経験値を増やすと新規の方と長く続けている方の差が大きくなってしまうんです。ゲームバランスの破綻にもつながるので、現時点では調整するつもりはありません。
バランス調整にあたっては、なるべく始めた時期に関係なく、いいゲーム体験を提供できるような形にしたいと思っています。
――時計塔や記憶の迷宮など、サービス開始直後から実装されていた要素が廃止されるそうですが、どのように決まったのでしょうか。
下田ゲームを再構築するにあたって泣く泣く手を入れた部分ですね。もちろん心を込めて作っていたコンテンツなので愛はあります。
『ヘブバン』はメインストーリーが軸にあるゲームで、リリース時には第二章までが実装済み。そこから第三章、第四章前編、第四章後編が実装されて、尺が長くなっていますよね。そこに感情を揺さぶる体験が詰まっているのに、この育成コンテンツの長さは必要なのだろうかと、チームでもかなり議論を重ねてきた結果です。
下田個人的には『ファイナルファンタジーXIV』などの長期運営タイトルのお客様との向き合い方をかなり気にしています。参考になることも多いですから。吉田さん(『FF14』プロデューサー兼ディレクター)の部下だったこともあるので、どうしても注目してしまいますね(下田氏の前職はスクウェア・エニックス)。
――どういった点を参考にされたのでしょうか。ひと言で言うのは難しいと思いますが。
下田たとえば……バランス感覚でしょうか。コアファンにきちんと向き合い続け、新規の方に向けてリリース当初のコンテンツやバランスに手を加える施策にも手を抜かない。ときにダイナミックにコンテンツに手を入れる。
我々にもいつかは大きな変化が必要なのではないかと考え続けてきました。自分の中で、それが1.5周年のタイミングだという気がしたのも再構築を決めた理由ですね。
つぎのステップとしてユーザーのつながりを促進したい
――レベルの上げやすさも含めて、新規ユーザーに向けた調整だということがわかりました。2023年6月23日にはプロフィール機能が実装され、今後もジオラマ機能など“推し”をアピールできる機能が実装。こういった機能の実装に至った経緯をお聞かせください。
下田開発の基本スタンスに“お客様がほしいものを開発する”があるんです。SNSで自作のプロフィールカードをアップされているのを見たときに、公式でそういった機能を用意したら楽しんでもらえるかなと考えたのがスタートですね。ゲームをプレイしている時間だけではなく、SNSで検索したり友だちと会話している時間も含めて『ヘブバン』ですので、その時間を大事にしたいという意図がありました。
――自身のプロフィールや“推し”をアピールするような機能は1周年以降に拡充されたように感じます。何かきっかけはあったのでしょうか。
柿沼『ヘブバン』は世界観や没入感をすごく大事にしています。ただ、我々が開発していた5年間は我々の当たり前であって、お客様の当たり前ではない。これはオリジナルIPの難しいところですね。リリース時はお客様にとっての1日目なわけです。ですので、まずは『ヘブバン』の雰囲気を知ってもらい、味わい尽くしてもらいたいと思ってできたのがリリース時のものです。
それから1年が経って、ゲームの内外を含めて『ヘブバン』がどういうものかをわかってもらったときに、より楽しんでもらうために別の遊び方や提供の仕方があると考えて、変化させていきました。
高田明確な意思を持って(ゲーム内の要素を)変えているところはあります。それこそ、初期の段階では「ホーム画面はいらないんじゃないか」みたいな声もありましたね。
柿沼そうそう。話しましたよね。
――ホーム画面がないのは想像できないです。
高田基地を軸にゲームシステムの全体像を見せていくのはどうか、ということを議論した記憶があります。
柿沼当時は地続き感を大事にしたかったんです。いまの考え方は少し変わっていて、自分の“推し”が大画面に映っているのがいいんじゃないかなと。SNSで簡単に友だちと共有できますしね。そういった楽しみ方もある。
高田そうですね。ある程度『ヘブバン』の世界観をお伝えできたので、つぎのステップとして使いやすさやお客様のつながりを促進できるように意識しています。
――いまのお話を聞いて、ライフの一括消費などの便利な機能が1周年にかけて調整されたのも、新しいフェーズに進んだからなのかとも思いました。
下田改善タスクの記載されたスプレッドシートをチーム内で共有していて、そこにSNSやお問い合わせのご意見がぶわーっと溜まっていきます。これを優先度順に並び変えて、作業の隙間に動けるエンジニアに振り分けて実現していく流れなんですね。ちなみに、このスプレッドシートを“目安箱”と呼んでいます。
ずっと解決したいけどなかなか改善できないものもあって、本当に申し訳ない気持ちになりますね。ただ、そういったものも確実に前に進めています。
――直近だと2023年7月にユーザーアンケートが行われましたよね。そこではどのような意見があったのでしょうか。
下田多角的な質問をしているので、幅広い意見が集まっています。さすがに詳しくは話せませんが。アンケートに限らず、SNSやお問い合わせでも温かい声をいただくので、開発一同励まされています。我々も人間なので、そういった意見を聞くとやる気が出ますよね。
この前、スキルのエフェクトを作っているスタッフが言っていたんですよ。「SNSで具体的にエフェクトのここがかわいいと話題にしてもらった。そんなの初めてだ」って。すごくうれしそうで、やっぱり我々はお客様の温かい声に助けられているんだなと感じました。
お客さまと共に『ヘブバン』が成長していて、みなさんに支えていただいていることには本当に大きな価値があります。もちろん仕事としてプロ意識を持ってやっているわけですが、とはいえスタッフひとりひとりも人間。褒められればうれしいし、もっとがんばろうという気持ちになる。みなさんの声が、限界の一歩先までクオリティを突き詰める原動力。これは口先だけではなくて、だからがんばれるのだと思います。
――ユーザーからすると最高の攻略法ですね。ねぎらったり褒めたりするといいものを作ってくれるという。
下田恥ずかしいですけど、やっぱり人間なので。
柿沼そこは燃料と言いますか。本当にね。
反応をすぐにもらえる環境がやりがいにつながる
――リリースから1.5年が経ちました。プロジェクトの開始から今日までを振り返って、いちばん印象に残っていることを教えていただけますか。
柿沼最初からこれまでずっとやってきている中で、いろいろなことありすぎて……(笑)。高田さんが初めてこういう場に出るということで、印象深いエピソードを聞きたかったんですよ。
高田もちろん私もいろいろありましたよ。その中でもいちばんと言うと……やっぱりリリースして楽しんでいただけているという声を聞けたときですね。素直に、「ああ、やってよかったな」と。裏ではもう必死ですから。リリースできたのは本当に大きいです。
麻枝もリリース後はずっとSNSを見ていましたから。お褒めの声をいただいたり盛り上がりを見て、「夢のような1ヵ月だった」みたいに言っていました。
――麻枝さんもそういうことをされているのですか。
高田売り切り型のゲームを開発しているときはすぐに発表できないですからね。潜伏期間が何年もあったりする。いまだと楽曲を作ったら3ヵ月から半年後くらいにはリリースしてフィードバックがもらえます。その環境が楽しいし、クリエイターとして生きがいになるとよく話しています。
――全ユーザーに伝えたいですね。きみたちの反応は麻枝さんに見られているぞ、と。
高田クリエイターにはそういう方が多いと思います。届けたい、そして声を聞きたいという気持ちは強いですよ、きっと。
柿沼リリース後すぐの頃はライトフライヤースタジオの人間にとっても夢のような時間でした。
高田それが1年半ずっと続いているのですごいと思います(笑)。
――高田さんのお話を聞いて、柿沼さんと下田さんは改めていかがですか。1周年のときに柿沼さんはハーフアニバーサリーのイベント、下田さんは注力している最新のイベントとおっしゃっていましたが。
下田同じことを答えようと思っていました(笑)。手元でプレイしている開発中のものに引っ張られてしまいますね。いやー、やっぱり最新のストーリーがですね、おもしろいんですよ……。
――僕らも読者も想像することしかできない。
柿沼リリース時が印象に残っているという高田さんのお話を受けて、ファイナルトレーラーがすごく印象的でした。やっとここまで来たかって思えたので。
長い期間をかけて開発していく中で、夜中に作業しているときに麻枝さんの曲、たとえば『After You Sleep』とかを聴いてたんですよ。ひとりでしんみり。
――うわー、エモい。
柿沼で、「これは絶対に世に届けないとだめだ」と勝手に自分を鼓舞するわけです。開発中のゲームはひとつの有機体ではなくて、パーツ単位でバラバラなんですね。ゆーげんさんのキャラクターも、麻枝さんのシナリオも。それをひとつにしたのがファイナルトレーラーで。自分たちなりの全部を詰め込んだんです。
いまでこそ「運営が提供する最高のネタバレPV」なんて言われますけど(笑)、あのときは覚悟を決めて、何と言われようと出し惜しみなし。ここで全力を尽くして『ヘブバン』のよさを全部届けるんだって想いです。Keyさんとも麻枝さんともしっかり話しました。2章のここまでを含めて、ここまで出したいと。この5分が、僕らの5年間が詰まったPVだから。
柿沼結果、本当にすごいものができたんです。手前味噌ですけど、もしかして我々はとんでもないものを作ったんじゃないかと震えました。それをリリース直前の生放送で流したら、お客様の反応もよかったですし、出演された声優の方々が涙を流してくださったんですね。
リリース後はお客様の反応と結果がすべて。でも、リリース前の余韻という意味では、やっぱりファイナルトレーラーだなと思います。
高田いまの話を聞いて思い出しました。我々も開発側として事前にプレイするのですけど、第二章のボス戦の演出を見たときに、これはいけると思いました。あのシーンはすごいです。とんでもないですよ、あの衝撃は。
ずっとアドベンチャーゲームを作ってきた我々には表現できないことをやってくださっている。すごいものができると確信した瞬間です。
下田最近は難度調整のテストで何度も序盤をプレイしているのですけど、全然おもしろいんです。最新の第四章後編までが実装されて、そこそこ時間も経っていますよね。あの感動が薄れていたら嫌だなーと心配でしたけど、そんなことはなかった。
高田1周年のときに振り返り動画を公開してましたよね。久しぶりに見ても「なんか、いいな」って思いましたから。まだまだ勝負できますよ。
――異時層でクライマックスを改めて見て、毎回うるうるしています。
柿沼下田さんが異時層の実装にこだわっていませんでしたっけ。
下田そうですね。先日のファンミーティングで「せめて倒した後だけはスキップさせてほしい」と、あるキャラクターの大ファンの方からご意見をいただいて、たしかにと納得していたところではあるのですが。
――異時層はどのような経緯で実装にいたったのでしょうか。
下田なんと言いますか……異時層は金曜ロードショーで『風の谷のナウシカ』を再放送するようなイメージです。メインストーリーの実装にはどうしても時間がかかってしまいます。最新のストーリーをリリースしたときに、これまでの物語を色鮮やかな体験として思い出しながらプレイしてほしいなと。そういう思いもあって、意識的に(物語との接点を)仕掛けているのはあります。
――なるほど。それもまた物語を大切にしている『ヘブバン』らしいこだわりですね。さて、最後に今後の目標をお聞かせください。
柿沼高田さんともお話をして、我々の可能性はまだまだあると思いました。ライトフライヤースタジオの技術や演出の進化もそうですが、ビジュアルアーツにはシナリオや音楽、キャラクターの魅力といった引き出しがたくさんあって、さらに進化もし続けている。『ヘブバン』で巡り合えてよかったです。
お互いに高めあって最高のパートナーを目指していけば、それがいいコンテンツを届けることにつながり、お客様のためにもなるはず。そこを目指したいです。
高田いちばん届けたいメインストーリーや月々のイベントストーリーを妥協することなく、しっかりと作りあげてお届けしたいというのが間違いのない気持ちです。そのうえで多くの方にこの物語を届けたいので、我々ができることをやっていきたいです。
9月には“She is Legend”のツアーも控えていますが、音楽を含んだ『ヘブバン』の広がりをもっと広げていきたいとも思っています。
高田ただ、開発に時間がかかってお待たせしてしまうことは、申し訳なく思っています。満足してもらえるように死力を尽くして開発しているので、楽しみにお待ちいただければ。
下田両社の関係は良好です。ですが、クリエイター同士ですので、もちろん揉めることもあります。そういうときは高田さんがあいだに入ってくれて、メッセージのやりとりをしているときに必ず最後に「ただただ、いいものを作りたい一心ですので、よろしくお願いします」と書いてあるんです。
このひと言に我々の想いは象徴されています。そんな我々だから開発に時間がかかってしまうのですが、「いいものを作りたい」という意思で集まっています。
そんな我々を皆さんが待ってくださるおかげで、『ヘブバン』は存在できています。こういった稀有なつながりを、これからも大事にしていきます。