2022年8月23日~25日の3日間にわたり開催された、日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けのカンファレンス、“CEDEC2022”。本稿では、会期2日目の8月24日に行われたセッション“ヘブンバーンズレッド「最上の、切なさを。」伝えるマーケティング”の内容をリポートする。

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『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】

 『消滅都市』や『アナザーエデン 時空を超える猫』などオリジナルIPゲームを作り続けてきたWright Flyer Studiosと、麻枝 准氏が原案・メインシナリオを担当するKeyとのタッグで生み出された集大成とも言える作品『ヘブンバーンズレッド』(以下、『ヘブバン』)。オリジナルIPゲームが、2年を超えるマーケティング準備期間を経てどのような戦略でリリースし売上ランキング1位を複数回獲得するタイトルになったのか。キャッチコピーである“最上の、切なさを。”伝えるマーケティングの手法が、本セッションにて詳しく語られることになった。

 本講演でスピーカーを務めたのは、Wright Flyer Studios Marketing部部長の小泉義英氏と、五十嵐美里氏。両名から、『ヘブバン』がセールスランキング1位を獲得するまでのマーケティング手法や、アプリ市場に対する分析と知見が語られた。

『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】
『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】

 近年、スマホアプリ市場はレッドオーシャンであるということは度々聞く機会がある。新規アプリゲームが大量に参戦する中、5年以上運営され続けるアプリもあり、この環境下で新規IPがセールスランキング上位に食い込むのは非常に難しい。

 小泉氏はそういった現状を伝えた上で、アプリをリリースする前からのマーケティングの重要性を語り、『ヘブバン』ではリリース半年前からSNSでのキャンペーン、公式生放送や動画公開に注力していたことを明かす。 

『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】

 レッドオーシャン市場で『ヘブバン』を売り出すにあたり、マーケティング部ではiOSの日本セールスランキングで1位を獲得したアプリを徹底的に調査したという。

 その結果、2013~2021年のあいだに、ランキング1位を獲得したゲームは50タイトルしかないことが判明。さらに、その中でマンガやアニメを題材としていない、オリジナルIPアプリは20個しか存在しなかった。国産となると数はさらに減り、11タイトルしかない。

『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】

 加えて、1位を取る国産オリジナルIPの新規タイトルは、4年間出ていないことも判明している。2015年ごろは5~6個のアプリが1位を取っていたが、2020年には1位に入るタイトルは24個まで増加。この結果は、新規アプリがランキング1位を取ることの難しさを十分に物語っている。

『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】
『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】

 では、そのような状況に『ヘブバン』どのように挑み、1位を獲得したのか。その秘訣は明確なターゲット設定と訴求が秘訣だと小泉氏は語る。

 『ヘブバン』を売り出すにあたり、マーケティング部ではターゲット層を正しく分析することにしたという。第1のターゲットはもちろん、麻枝准氏のファン、もといKeyファン。麻枝准氏の久しぶりのオリジナルゲームというだけで、惹かれる人は多かったはずだ。

 加えて美少女ゲームやアニメ好きなどをターゲットとして設定。より深く作品を好きになってくれるであろう層に対してリーチするために、インストール数よりもプレイの継続率を優先してマーケティングを構成したそうだ。

『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】
『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】

 ターゲット層を定めた後の戦略として、マーケティング部はUSP(Unique Selling Proposition)と呼ばれる作品の売りを分析したという。USPは、売り出すもの(ここでは『ヘブバン』)の強みを分析し、ターゲットに向けてわかりやすく集約したもの。いわゆるゲームの“売り”となる部分だ。

 当初は美少女が世界を救うために戦う世界観がUSPとして挙がったそうだが、アプリゲーム市場で美少女キャラが戦うのはもはや定番でありふれている。マーケティング部でもUSPにはなり得ないと判断されたそうだ。

 そこで、麻枝准氏が描く切ないストーリー、イラストレーターのゆーげん氏の淡いタッチによって描かれるキャラが、“切なさ”として売り出せる作品性だと分析するに至ったという。

『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】
『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】

 そうして、広告でも頻繁に見かける本作のキーワード「最上の、切なさを。」というタグラインが生まれたという。タグラインは、製品のコンセプトを提示したもので、その作品が提供する内容を示している。ハイクオリティの3DRPG、ドラマチックなストーリー、「最上の、切なさを。」といった作品の根幹となる部分が『ヘブバン』のタグラインとなっているそうだ。

 「最上の、切なさを。」というタグラインは、広告での使用はもちろん、タイトルロゴと並べて表示したりと、多くの面で表現・露出をして、より多くの人に認知してもらうことを狙ったという。

『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】
『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】

 このワードは認知度の向上だけでなく、作品の根幹にかかわる部分となるため、動画でも大きく押し出している。リリース直前生放送で公開されたファイナルトレーラーでは、「最上の、切なさを。」を表現することだけを考えて作られるほど、『ヘブバン』にとって重要なワードとなっているようだ。

『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】
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 生放送での露出に加え、デジタルマーケティングとしてさまざまな施策をしていることも、五十嵐氏より紹介があった。ホロライブタレントを起用した実況生放送、Keyの代表作『CLANNAD』で主人公のCVを務めた中村悠一さんの出演する“わしゃがなTV”とのタイアップなど、定めたターゲット層に広く普及できる施策をいくつも実施したそうだ。

『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】
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『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】

 認知度の向上だけにとどまらず、コミュニティの信頼を深めるために定期的な生放送、公式Twitterの活発な運用なども行われている。生放送後にはコーナーごとの切り抜き動画をアップロードするなど、情報を拡散するためのマーケティングは幅広く実施していたようだ。

『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】

 ただ、すべてのプロモーションが必ずしも成功したわけではなく、思わぬミスもあったという。その一例として、リリース直前生放送での出来事が五十嵐氏より語られた。マーケティングが功を奏し幅広い層が生放送を視聴することになったが、そこで新規層とコアファンのあいだに温度差が生じ、コメント欄が健全ではない状態になったしまったという。

 マーケティング部ではこの放送の直後に、追加の生放送を実施することを決定。急きょ追加の生放送を実施して、コアファンへのフォローをすることで安心してリリースすることができる環境を整えたそうだ。

『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】

 リリース前からの徹底したリサーチとマーケティングにより、国産オリジナルIPとしては大成功と言えるストアランキング1位を『ヘブバン』は見事獲得。リリースから3日で100万インストールを記録しており、2018年以来となる国産IPの快挙を達成している。

『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】

 また、ここで終わりではなく、リリース後もさまざまなマーケティングを実施している。マーケティング部では現時点でも『ヘブバン』の一般認知は低いと考えているそうだ。その一例として挙げられたのが、アプリの空き容量不足でインストールをしていないという意見。『ヘブバン』を認知した上でインストールまで至っていない層がいることも踏まえて、より幅広い層に知ってもらうためにテレビCMの作成、メディアへの出稿などさまざまな施策を行っているという。

『ヘブンバーンズレッド』レッドオーシャンのアプリ市場でセルラン1位を獲得した、ファンとの信頼関係を結ぶマーケティング手法とは?【CEDEC2022】
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 そのほかにも、コラボカフェの実施、ハーフアニバーサリーのリアルイベントなど、コミュニティ作りにも余念がない。テレビCMなどを通じて幅広い層に普及をしつつ、さらにファン向けのマーケティングでの信頼関係を構築する手法が、初動だけでなく継続して多くのユーザーが『ヘブバン』をプレイしている秘訣なのだろう。

 小泉氏は情報を大量に出すこと、ユーザーとコミュニケーションを取るサイクルがマーケティング戦略であると語り、「組み合わせとタイミングが大事です」としてセッションを締めくくった。

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