現存天守12城中で東北唯一の弘前城前でeスポーツが

 1993年の誕生以来、剣戟(けんげき)対戦格闘ゲームとして国内だけにとどまらず海外でも人気を博しているSNKの『サムライスピリッツ』。そのシリーズ最新作である『SAMURAI SPIRITS(サムライスピリッツ)』が、11年ぶりに2019年6月27日に発売され、その3日後の6月30日に、青森県弘前市にある弘前城天守前に試遊ブースが設けられ、同作のeスポーツ大会が開催。その模様はネットでも配信された。

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 青森県弘前市はリンゴの生産量が日本一で、江戸時代以前からの天守が現存する全国12城として、東北では唯一となる弘前城天守がある。さらには、城下町として栄えた約400年の歴史があり、侍や忍者といった戦国時代の文化が根付いている。

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国の史跡に指定される弘前城天守。

 イベントは、年に一度開催される“SHIRO FES.(城フェス)”の一環として、“SAMURAI SQUARE(サムライスクエア)”と銘打ち行われた。城フェスは弘前城本丸を会場としたストリートダンスをメインとしたカルチャーイベントで、今年で4回目の開催。過去にはレッドブル後援で『ストリートファイターV』の大会も行われたという。

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ダンスをメインとしたイベント“SHIRO.FES”。(写真提供:Shota Odagiri)

 イベントには、“サムライスピリッツ”の起案・開発者でもあるエンジンズのアダチヤスシ氏をキーに、『ファミ通WaveDVD』元編集長のルパン小島氏、東京・高田馬場にあるゲームセンター“ミカド”のオーナー兼店長の池田稔氏とAKIRA氏が参戦。ウメハラの電波実況の中の人で有名なボタンマッシャーズ代表“がまの油”氏がライブ配信を担当した。

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前列右から時計回りに、ルパン小島氏、サムライスクエアの須藤正之氏、ガマの油氏、AKIRA氏、アダチヤスシ氏、池田氏。

最高のロケーションで『サムライスピリッツ』

 イベントは、弘前でポップカルチャーの普及に努める市民団体“うぃっちたいむ‼️”とeスポーツ大会を地元で開催する“遊部”が企画し、“SAMURAI SQUARE”実行委員会を組織し実施され、会場内には新作『サムライスピリッツ』の試遊コーナーや、侍にまつわるコンテンツがさまざまに集められた。

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試遊コーナーに集まる子どもたち。

 14時から始まった剣豪(経験者向け)トーナメントには15人のエントリーがあり、隣県・秋田から3時間かけて出場する強者もいた。体験版が発売日前にリリースされていたとはいえ、発売からわずか3日という短い期間だったにも関わらず試合のレベルは高かった。

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接戦には観覧者から拍手や歓声も上がった。

 池田氏によると、地方でのeスポーツの実況は初めて。今回のイベントに参加した理由を池田氏は、「地方に眠るゲームのコミュニティーは未知数で広がれる可能性があり興味はあった。今回は機会をいただき、調査も含めて初めて青森に来てみたが、思いの外、ミカド勢が多くて驚いている」と語る。

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弘前城本丸の仮設テントで配信。

 大会は、エントリーネーム・HANABI氏が優勝した。HANABI氏は『サムライスピリッツ』シリーズの経験者で、大会では一貫してタムタムを選択。タムタムを選んだ理由を「触ってみてシリーズのよい特性を継承し、使いやすかった」と明かす。「優勝は狙っていたが、実際に受賞できたことは嬉しい」と振り返る。

 実際のところ、牙神幻十郎を使用するTさん氏との決勝戦は大いに盛り上がった。初戦一本目は間合いの計り合いが続く中、残り時間を意識した両者が互いに勝負を懸けた。残り3カウント、残り体力わずかとなったHANABI氏が意表を突く秘奥義で大ダメージを奪い逆転。このまま決着かと思いきや、Tさん氏は怒り爆発でカウントストップ。大斬りをガードした差し替えしの小斬りに合わせて一閃を決めた。その展開はまさに筋書きのないドラマそのもの。

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一閃を決められ、逆転負けとなった瞬間。(c) SNK CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED.

 しかし、HANABI氏はその後、落ち着いて勝利を重ねて優勝する。Tさん氏は「1ラウンドだけで集中力を使い切ってしまった。そこに付け込まれた」と悔やみながらもHANABI氏の勝利を称える。

 大会を振り返り池田氏は「発売3日後というゲームの戦いではなかった。出場者も自分のキャラクターを理解して、少ない場面でそれを演出していた。楽しい試合を見届けることができた」と満足げに話す。

イベント会場では古武術の演舞や多数の侍コンテンツも

 弘前城本丸というシリーズの魅力を生かした最高のロケーションがウリとなった“サムライスクエア”の会場内では、“侍”をテーマにしたコンテンツが充実していた。中でも目を引いたのは、“侍う-SABURAU-”の作品展示だ。

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 “日本の古今伝統文化を世界へ”をコンセプトとして、“侍”をテーマに伝統文化と現代アーティストたちがコラボレーションするプロジェクト“侍う-SABURAU-”は、平野耕太氏や岡田屋鉄蔵/崗田屋愉一氏といった漫画家や造形家が参加している。会場では、今年4~5月にイタリアで開かれた国際展を皮切りに国内外で展開しているプロジェクトの一端が展示された。

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“侍う”のプロデューサー・アダチヤスシ氏。

 アダチヤスシ氏がプロデュースを担当している同プロジェクト。アダチ氏によると「複製原画はねぷた紙に印刷といった地域の特色を打ち出すことができた。ロケーションはもちろん、各地にある侍という伝統文化と『サムライスピリッツ』の新作が交わったことは“侍う”と目指すところは同じ」という。

 そのほか、弘前で活動する武術研究稽古会修武堂が卜傳流剣術、當田流棒術、林崎新夢想流居合などの演武を披露。古武術で用いられる稽古道具に触れたり、素振り、本格的な構えなどが学べたりするワークショップを行った。

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弘前にのみ伝わる卜傳流(ぼくでんりゅう)剣術などの演武を披露。

 甲冑姿で演武した修武堂主宰・小山隆秀氏らとの写真撮影もできることも、集客の呼び水ともなった。

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弘前城天守を背景に撮影。右は弘前城ミス桜グランプリの松山むつみさん。

弘前開催の背景にあったこと

 “サムライスクエア”にて『サムライスピリッツ』の大会を開いた経緯を、「深夜のファミリーレストランで出たアイデアが発端だった」と明かすのは、サムライスクエア実行委員会の福田藍至氏。須藤正之氏が「『サムライスピリッツ』の新作がリリースされるなら、それに合わせて弘前らしいイベントができないか」と話したことから発想したという。

 とはいえ、まさにゼロからのスタート。メーカーに問い合わせ、公認を依頼した。そして一般社団法人日本eスポーツ連合(JeSU)への後援申請といった依頼もしたという。その中で、同団体はアダチ氏と合流。「こちらが求める想像以上の協力者が現れ、想定以上の協力が得られ、つぎつぎと広がり形になっていったイベント」と須藤氏。福田氏は「雲の上の存在と見ていた方々と、知人の知人あたりの範囲で結びついてしまった」と表現する。

 中継を終えた“がまの油”氏は、「地域色をこんなに打ち出して行われたeスポーツ大会は全国でも珍しいのでは。少なくとも自分が関わったイベントでは初めて。視聴者も多く注目は高かった。私自身も楽しめたeスポーツイベントとなった」と話す。

 2020年に行われる茨城国体ではeスポーツが公式種目となり、今後ますます業界は活気を帯びていくことが予想される。各地でeスポーツ協会が立ち上がり、テレビ局や芸能事務所といったエンタメ業界もメディアを立ち上げ参入し始めている。

 地域では、まちおこしや集客コンテンツとしてeスポーツに期待が高まっている一方で、ゲーム大会に留まり、参加者やイベントを主催する側も手探りのまま。消費されるだけのコンテンツにもなりかねない。すでにそういった実情もあるのではないだろうか。

 そうならないためにも、かつてのゲームセンターのようなコミュニティーを日本全域で育て、文化として発展させていくことが必要だ。時間はかかるかもしれないが、これこそが今後のeスポーツを盛り上げるきっかけになるのではないだろうか。弘前での展開は、そのひとつの指標となりそうだ。