ゲームで病気が治る未来へ! 最新の医療系ゲームの紹介と展望

 “なんちゃって医療”と呼んでしかるべき、営利のみを追求した悪質な医学情報がネットに氾濫し、その是非が問い正されはじめている昨今。“ゲームで病気が治る未来へ!”なんて見出しは「メディア倫理に反している」とお叱りを受けるかもしれない。

 しかし、パシフィコ横浜で開かれたとある講演の内容は、そんな夢のような時代の到来を確かに示唆するものであった。

 人々のすこやかな健康と、同時に“ゲームのおもしろさ”を追い求める講演者たちによるセッション、“診療所でゲームが「処方」される未来へ ――医師の視点からみる「ヘルスケア × ゲーム」の先進事例紹介と展望”である。

 本記事では、ゲーム開発者向けカンファレンス“CEDEC 2017”最終日(2017年9月1日)に催された同講演についてリポートする。

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▲講演者の皆さん。左から徳留和人氏(スマイルブーム)、藤本徹氏(東京大学)、清水あやこ氏(Hikari Lab)、鈴木航太氏(慶応大学、HIKARI Lab)、鈴木裕介氏(ハイズ)
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▲“がん治療について学べる3Dシューティングゲーム”など、興味深い事例がつぎつぎ飛び出した(詳細はのちほど)。

やさしさから産まれたゲームたち――ヘルスケア分野でのゲーム利用と、その最新事例

 本講演のタイトルにある“診療所でゲームが処方される未来”とは、医療の現場でゲームが使われる光景を指す。

 最初の登壇者である藤本徹氏(東京大学)によれば、健康増進を目的としたゲームの研究はヨーロッパを中心に進んでおり、ジャーナル誌も刊行されている。以下に並ぶのは、実際に“医療の現場で使われた”とは限らないが、学術的な知見のもとに制作されたヘルスケア用ゲームだ。

◆がん細胞と戦う3Dシューティング『Re-Mission

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 『Re-Mission』は、がん治療について学べるシューティングゲームだ。若くしてがんを患ってしまった子どもたちのために、約250万ドルをかけて開発された。

 PVを観てもらえればわかるのだが、ゲームとしてのクオリティーも担保されている(PVの公開は2007年である)。「たとえゲームの中とはいえ、自分の力でがん細胞を倒すことで、楽しさや自己効力感を感じてほしい」という制作者のやさしさに溢れた作品だ。

◆親が離婚した子どものためのセラピーゲーム『Erthquake in Zipland

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 『Erthquake in Zipland』は、イスラエルの心理学者によるセラピーゲームだ。親が離婚してしまった子どもが抱える心理的問題が、シナリオ上の課題として比喩的に登場する。

 プレイを通して、そうした困難を克服するための力を身につけることができる。

◆瞑想を習得して心身の安定を保つ『The Journey to Wild Divine

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 身体心理学の分野では、呼吸や瞑想によるリラクゼーション効果が研究されている。『The Journey to Wild Divine』では、キャラクターから課される課題を通して、瞑想・呼吸の技法を学ぶことができる。

 指先に装着したセンサーで脈拍や発汗を測定し、リラックスできているか(課題をクリアーできたか)を判定する。つまり、コントローラは己の肉体そのもの。数多のトロフィーを獲得してきたような歴戦のゲーマーでも、このゲームの完全クリアーには苦戦しそうだ。

 ……と、上述したような多数の事例紹介がしばし続き(すべて紹介できないのが残念)、講演は医療コンサルタントの鈴木裕介氏(ハイズ)にバトンタッチ。医師として臨床の現場にも立っている鈴木氏は、こうしたゲームの活用こそが、これからの医療に必要なエッセンスだと熱く語る。

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▲鈴木裕介氏(ハイズ)。好きなゲームの技は『サガ』シリーズの“乱れ雪月花”。

病院に来ない患者が多すぎる! ゲームのおもしろさを治療のモチベーションに

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▲少し体調が悪いくらいでは病院に行くのを渋ってしまう(筆者のような)人間には耳が痛い話だ。

 “(世間一般に)健康維持のためのモチベーションは低い”。シンプルなぶん、非常にクリティカルな問題だ。つまりは、病院に来ない患者が多すぎるのである。

 例として挙げられたデータによれば、予備軍を含む糖尿病の患者は日本におよそ2210万人いるのだが、その中で治療を行っているのは270万人ほどしかいない。

 鈴木氏は“通院”という行為の心理的・物理的なハードルを指摘し、病院に抵抗感のある患者に治療を受けてもらうために、ゲーム制作者が培ってきた“いかにして狙い通りの行動をユーザーから引き出すか”というノウハウを貸してほしいと願う。

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▲適切な治療の用意があっても、病院に足を運んでもらえなければ施しようがない。

 広大なオープンワールドでも迷わないようにユーザーの行動をコントロールしたり、マネタイズのためにゲーム内課金を促したり……モチベーションの管理はゲーム開発者の得意技だ。

 鈴木氏によれば、まさにこれこそ医師たちに不足しているスキルであり、医師が有する治療のノウハウと、ゲーム制作者が有する行動変容のノウハウが組み合わさることで、多くの患者を助けられる可能性が生まれる。

 通院をためらう患者も、処方されるのがゲームだったら、足しげく病院へ通うようになるかもしれない。たとえゲームで直接的に治療するのが難しい傷病だったとしても、ゲームを通して治療法を学ぶことで、病院に対する抵抗感は低減するだろう。

 患者と医療の接点を0から1にするきっかけとして、鈴木氏はゲームに大きな期待を寄せる。

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▲広大なオープンワールドでも迷わないようにユーザーの行動をコントロールしたり、マネタイズのためにゲーム内課金を促したり……行動変容を引き起こすのはゲーム開発者の得意技だ。

 逆に、ゲーム会社にとっても、ヘルスケア分野への進出にはメリットがあると述べる鈴木氏。日本における医療系シリアスゲームの分野はいまだブルーオーシャンで、(営利目的のみに走らぬよう気を付けねばならないが)、B to Cでマネタイズを図れる可能性は充分に秘められているとのことだ。

 ゲームを遊ぶために病院へ行く、そんな理想の未来のために、「我こそは!」というゲーム会社はぜひ挑戦していただきたい。

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▲2016年には、医療系アプリ単体での保険適用が初めて認められた。病院側の受け入れ態勢も整ってきている。

 続いて、そんなフロンティア開拓にいち早く乗り出した、日本の医療系ゲームの例としてうんコレSPARXが紹介された。

“うんこ報告”してガチャを引こう、大腸菌擬人化ゲーム『うんコレ』

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 『うんコレ』は、日本うんこ学会による、大腸菌を美少女化したスマートフォン用ゲームである。

 ……読んでいるだけで頭が痛くなってきそうな一文だが、“日本うんこ学会”は真面目でアカデミックな団体だし、『うんコレ』はお腹が痛くなるのを予防する目的で作られている。

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▲“課金の代わりに、うんこ報告したらカードが引けます”。

 『うんコレ』には、“排便を報告することでガチャを引くことができる”という革新的すぎるシステムが採用されているのだが、もしもユーザーの便に異常があった場合は、検診を推奨するという形でフィードバックが行われる。

 (もとが大腸菌とはいえ)かわいい女の子から「あなたのことが心配だからいっしょに病院へ行こう」と誘われ、無下に断れるゲーマーがどれだけいようか。本作の登場で、大腸がんのような病気の早期発見が促進されることは間違いない……!?

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抑うつと不安症状に焦点を当てたRPG『SPARX』

 『SPARX』は、抑うつと不安症状の治療に役立てるために作られたロールプレイングゲームだ。もとはオーストラリアで開発されたゲームで、本セッションの進行役を務めた清水あやこ氏(Hikari Lab)の主導で日本語ローカライズ版が発売された。

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 『SPARX』の世界を構成する基盤は、“認知行動療法”という治療法である。これについては、精神科医の鈴木航太氏(慶応大学、HIKARI Lab)から解説があった。

 抑うつとは、“気分”の落ち込みから脱せない状態であるが、鈴木氏によれば、“気分”は“認知(考えかた)”“行動”によって変えることができる。ネガティブに凝り固まった“気分”に直接アプローチするのではなく、変化させやすい“認知”と“行動”を改善し、間接的に“気分”を明るくさせる手法が認知行動療法だ。

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▲鈴木氏はコップの半分まで水を注ぎ、「水の量を“半分しかない”とネガティブに捉えるのではなく、“半分もある”とポジティブに捉えるように訓練するのが“認知”の改善である」と簡単な例を示した。
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▲感情・認知・行動が、互いに影響し合っている。

 『SPARX』の舞台となるファンタジー世界では、住民にネガティブな気持ちが蔓延してしまっている。本作の目的は、正しい考えかた・正しい行動を選択することで、抑うつという暗闇に包まれた世界を救い、同時にプレイヤー自身の心を光の下へと導くことにある。

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▲ローカライズはフルボイス。優しく包み込まれるようなプレイフィールが特徴。
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▲呼吸法のトレーニングを受ける場面。

 『SPARX』を使った実験では、対面のカウンセリングと同等の効果が得られるという実証データが得られている。その他のゲームの事例からも、抑うつのように“認知”と“行動”の変容や維持が必要となる疾患においては、ゲームによる治療がとくに有効なのだそう。

 文頭で述べた“ゲームで病気が治る”というフレーズが、決して夢物語ではないと思えてくる。

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▲『SPARX』の効果は、対面のカウンセリングと同等。

診療所でゲームが“処方”される未来へ――今後の課題と展望

 セッションの最後には“ヘルスケア×ゲーム”という分野の今後についてディスカッションが行われた。

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 たとえば、鈴木(航太)氏が構想しているのは、AIを利用したコミュニケーションアプリ。プレイヤーの声や使用する単語から精神状態を判断して、認知行動療法に基づいた返答を返してくれる。

 ほかにも、『PokemonGO』のようにARで外出を促すゲームや、ソーシャルコミュニケーションを使ったアイデアがあったが、それらに共通するのは“ゲームとしてのおもしろさ”と“治療法としての効果”をいかに両立させるかという課題だ。医療関係者は効果が実証されていない治療法を使用しないし、プレイヤーはおもしろくないゲームを遊ばない。

 藤本氏は、医療関係者の中には、そもそも“ゲーム”という表現に抵抗感を覚える者も多いと述べる。この問題に対して鈴木(裕介)氏も、(1)ゲームを使った方がユーザーのためになること、(2)医療関係者にとっても、時間やコストの削減ができて経営上のメリットがあること、上記2点をしっかりと提示し、説得していく必要があると加えた。

 また、ゲームクリエイターとして『SPARX』のローカライズ版に携わった徳留和人氏(スマイルブーム)によれば、通常のゲームは“魔王を倒す”など作中に目標を設定できるが、医療系ゲームの場合は“治療を受けさせる”など目的がゲームの外側にあるため、おもしろさを担保するのが難しいとのことだった。

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▲ゲーム外に目的があることが医療系ゲーム開発の難しさ、と語る徳留氏(スマイルブーム)。
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▲AR系ゲームで外出を促すことで、認知行動療法の“行動”の側面に訴える。

 今後のために解決しなければならない課題はあるが、海外ではすでにゲームが医療の現場で使われており、日本にもHikari Labのような先駆者が現れはじめた。

 診療所でゲームが“処方”される将来は遠くない。我々ゲームを愛する者にとって胸躍らずにはいられない未来図を提示して、本セッションはその幕を閉じた。