お金ではなく名誉
世界的規模で活況を見せているeスポーツ。各団体による大会なども積極的に開催されているが、今年の8月にブラジル・リオデジャネイロで注目すべきeスポーツのイベントが産声を上げた。eGamesだ。8月にリオで……となると、ピンと来る方も多いかと思うが、このeGamesはリオデジャネイロオリンピックと同時期に実施。“Rio de Janeiro eGames Showcase 2016”として、第1回目が行われた。記念すべき1回目の競技として選ばれたのは『大乱闘スマッシュブラザーズ for Wii U』で、ブラジル、アメリカ、イギリス、カナダ、ドイツ、メキシコ、アルゼンチン、トリダードドバコの8ヵ国の精鋭が参加。世界一の座を競った。その中には、EVO 2016で優勝したAlly選手(カナダ)も含まれていたという。
eGamesが方針として据えているのは、“賞金のたぐいは用意されておらず、名誉のために戦う”ということ。まさにオリンピックの理念に近いものと言えるが、eGamesは今後夏季および冬季オリンピック開催年に合わせて実施されることになるという。eGamesの注目すべきポイントは、イギリス政府の強力な支援を受けているという点。政府のバックアップを受けて、世界的な規模のeスポーツイベントとして展開されようとしているのだ。
この度、そんなeGamesを主催するeGames GroupのCEO(チーフ・エグゼクティブ・オフィサー)チェスター・キング氏が来日。忙しい打ち合わせの合間をぬって、ファミ通.comの取材に応じてくれた。じつを言えば、今回チェスター・キング氏が日本を訪れたのも、eGamesの存在を日本でもアピールするため。「おとといは政府関係者の方にご挨拶させていただきました」(キング氏)というから、日本の政府にも猛プッシュをかけているのだろう。
もともと50年以上続くファミリービジネスなどを生業としてきたキング氏が、eスポーツに関わるようになったのは、子どもたちの影響によるところが大きいという。キング氏には、16歳と13歳のお子さんがいて、eスポーツにも親しんでいたらしいのだが、eスポーツの大きな可能性を実感しつつも、「お金中心なところに少し違和感を抱いた」のだという。「賭けポーカーみたいで、子どもにいい影響を及ぼさないかも……」と思ったのだという。
そこでキング氏は、英国政府にコンタクト。“お金中心ではないeスポーツ”の意義を訴えたのだという。政府筋とコンタクトを取れるコネクションがあったのは、幅広い事業を手掛けるキング氏の人脈によるものだが、英国の文化・メデイア・スポーツ省にもeスポーツに理解を示してくれる方がおり、大臣のエド・ベイジー氏もキング氏の考えに賛同。政府の全面支援を受けて、国際オリンピック委員会(IOC)にプレゼンするところ、トントン拍子でたどり着いたという。キング氏の考えるお金中心ではないeスポーツは、“名誉”のために戦うものであり、それはオリンピックの理念とも合致するものだ。であれば、オリンピックと同時開催……というのが、キング氏の発想だ。
“eスポーツをオリンピックと同時開催”というプランを聞くと、なんともスケールの大きな話しで、さらにIOCにプレゼンするまでに至る……というのは、いかにイギリス政府がeスポーツに可能性を感じているかの証左とも言えるが、いまの世界におけるeスポーツのポジションをうかがい知ることができる展開だと言える。
結果として、IOCの“公認”とはならなかったものの、「理解を示していただく」(キング氏)ことができ、“それぞれ個別のイベントではあるが、オリンピックと同時期開催”という立ち位置となる。オリンピックとeGamesの関係の“近さ”を象徴するのは、たとえばロゴ。eGamesのロゴは、五輪マークの青、黄、黒、緑、赤をベースとしている。ただし、黄→紫ということでアレンジを加えているのは、eスポーツの自己主張と言えるだろう。ちなみに、イベント名としては、当初“eリンピック”が候補に挙がっていたらしいのだが、結果としてeGamesに落ち着いたという。
というわけで、冒頭で触れた通り8月にリオのブリティシュ・ハウスで“Rio de Janeiro eGames Showcase 2016”が開催。「イベントは極めて評判がよくて、オリンピック選手などもいらっしゃって和気あいあいとした雰囲気のうちに行われました」(キング氏)とのこと。大会に招かれた選手たちは、待遇などオリンピック選手と同等の扱いで、感激していた人も多かったという。
以上が、eGames開催に至るまでの経緯となる。以下、さらに踏み込んたeGamesについての説明を、キング氏とのやり取りという形でお届けしよう。
――イギリス政府が積極的に支援しているのには驚きました。
キング 最初にイギリス政府にプレゼンしたときに、eスポーツの魅力を感じていただけたのが大きかったかなと。ときの大臣であるエド・ベイジー氏が理解があったというのもカギでした。彼はエンターテインメントを深く理解していて、経済的な効果を知り尽くしていました。『007』シリーズや『スター・ウォーズ』シリーズが大好きで、「さらなるコンテンツを……」ということで、eスポーツを魅力に感じていただけたようです。
――国益のためにもeスポーツは意義があると判断したのですね?
キング 重要なところは、 “お金”ではなくて、“国民としての名誉”です。“お金がすべてではなくて、国民としてのプライドを大事にする”という点が、政府に理解されたのだと思っています。
――プロゲーマーは名誉だけでは生活できないという側面もあるわけで、そのへんはどうお考えですか?
キング それはほかのスポーツでも言えると思うのですが、サッカーやテニスにしても、オリンピックもあれば、賞金を得られる大会もあります。eGamesはオリンピック的な立ち位置で、“名誉”をかけて競う場でありたいと思っています。たとえば英国のサッカー選手は、国のためにプレイするときは、お金を一切もらいません。オリンピックでは、そういった理念に賛同してお金を出してくださるスポンサーさんもあるのですが、eGamesの認知度が上がれば、そういったスポンサーさんもついてくるのではと期待しています。
――企業もeスポーツを積極的サポートする可能性があるということですか?
キング はい。これは世界中のどこの国でもある程度共通だと思うのですが、イギリスにおけるゲームプレイヤーの過半数を占める16歳~30歳のうち、80%近くが男性です。そして彼らはテレビを見ない世代なんです。テレビCMは宣伝に有効ではないので、企業はeスポーツに興味を持っているんです。
eスポーツのオリンピックを目指しているeGamesでは、イギリス政府への“証明”的な意味合いも込めて実施された“Rio de Janeiro eGames Showcase 2016”を経て、徐々に規模を拡大させていくつもりだという。その取っ掛かりとなるのが2018年の韓国・平昌オリンピックに合わせて行われるeGamesの大会で、16ヵ国の参加で、チーム戦3タイトル、個人戦2タイトルの都合5タイトルを予定しているという。参加16ヵ国は正式には決まっていないようだが、どうやら日本なども含まれている模様。キング氏が来日したのも、日本政府などにeGamesへの参加を要請するという目的などもあったようだ。
競技タイトルに関しても、「『ストリートファイターV』や『スタークラフト』なども検討しています」というタイトル名がキング氏の口から聞かれたが、誤解のないように慌てて補足させていただくと、あくまでもキング氏の希望ということのようだ。ただ、タイトルセレクトのひとつとして明確にあるのが、「国に偏りがないように、全体的にフェアなチョイスにする」ということ。たとえば、野球のレベルが高い国もあればそうでない国もある。eGamesでは、参加が想定される各国のプレイ状況をリサーチし、タイトルに偏りがないことを心掛けているという。
さらには、eGamesに参加するための予選なども念頭に置いている。「徐々にeGamesの規模を拡大させていくなかで、“アジア代表国を決めるために、数10ヵ国が参加して予選を開催する”といったモデルを、2020年に向けて考えています」という。2020年というと、見据えるのは当然のこと東京オリンピックだ。「まさに、いま旅が始まったばかりです」と、キング氏は語る。
本格始動に合わせて、eGamesでは公式サイトをローンチ。「ここをすべてのeスポーツのポータルサイトになるようにしたい」とキング氏。最後にキング氏に今後の抱負をうかがってみると、「2020年の東京でのeGamesは、オリンピックのひと月前に実施しようと思っています。大会を成功させるためのプロモーションにこれから取り掛かるところで、対策も戦略も持っています。日本のゲームファンの皆さんは、eGamesの理念に賛同してくださると期待しています。皆さんがハッピーになるような適正なeスポーツに向けて、しっかりと取り組んでいきたいです」
イギリス政府という強力なバックボーンを得て展開するeGames。“eスポーツのオリンピック”と聞いただけで、ゲームユーザーたるものワクワクしてしまうが、今後どのような盛り上がりを見せてくれるのか、期待したい。2020年に向けて、さらに楽しみが増えた。