上辺だけの原作再現ではなく、FPSユーザーの心にも響く“哲学”

 数々のオンラインゲームを手掛けてきたNEOPLE Inc.が開発を担当し、日本ではネクソンが提供するPC用オンラインFPS『攻殻機動隊S.A.C. ONLINE』。人気アニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』をFPS化したタイトルとして注目される本作のオープンβテストが、2016年11月2日からスタートした。

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 11月下旬予定の正式サービスまで続くこちらのテストで、本作にすでに触れた人も多いかと思う。今回はこちらの作品の開発陣から、ディレクターのチェ・ジョンイク氏に本作についてのお話を伺った。

 『攻殻機動隊』というビッグタイトルをFPS化するにあたって、想像以上に深いお話を聞くことができた。いま現在テストに参加中のプレイヤーはもちろん、これから参加する予定の方々にも読んでほしい。前もって本作に込められた“哲学”を知っておけば、プレイがさらに楽しくなるからだ。

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▲今回お話を伺った、NEOPLE Inc.のチェ・ジョンイク氏(文中ではチェ、敬称略)。

――まずは読者に向けて、自己紹介と『攻殻機動隊S.A.C. ONLINE』開発における役職の説明をお願いします。

チェ ディレクターを務めております、チェ・ジョンイクです。『攻殻機動隊』の大ファンでもあります。

――おお! それでしたら、この作品を担当できたことは非常に光栄なのでは?

チェ はい! 本作は当時の弊社代表が秘密裏に進めていたプロジェクトです。ある日、食事の席でいきなり代表から「『攻殻機動隊』、やるから」と言われまして。こちらは大ファンですから、その日は朝まで盛り上がってしまいましたね。

――では、そんな原作ファンでもあるチェさんから見て、本作の魅力はどこにあるとお考えですか。

チェ 本作のデザインコンセプトは、4つのカードから構成されています。
 『攻殻機動隊』は“警察”という現実にも存在する身近な題材を扱う作品ですので、“FPS”という素材を選択しました。世界的に見ると、FPSは非常に大衆的なジャンルですからね。

――なるほど。大衆的で分かりやすいジャンルだからこそ、FPSを選んだわけですか。『攻殻機動隊』の色を出し過ぎると、原作ファンしかプレイしない状況に陥ってしまいそうですもんね。

チェ 続いてのカードは“キャラクター性”です。『攻殻機動隊』の公安9課というとても大きなキャラクター性、これを先ほどのFPSと合わせることで、大衆性とキャラクター性を併せ持つシューティングゲームとなるわけです。

――そのふたつで、広く受け入れられるコンテンツとしての基礎ができあがっている、と。

チェ そしてそこに第3のカードとして、深さを出す戦略性を加味しています。それが“スキルシンク”です。
 これは『攻殻機動隊』を象徴する、“S.A.C.(※)”という現象を表現したものでもあります。

(※S.A.C.=スタンドアローンコンプレックス:原作で確認された社会現象。孤立した個人の行動が、他人との並列化が進むネットワーク社会の影響から、無意識のうちに集団的総意に基づく行動になっていく)

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▲誰かが共有可能なスキルを使うと、近くにいる味方プレイヤーはEキーでそのスキル効果を受けることができる(上写真では透明化する“光学迷彩”をコピーしている)。これが本作最大の特徴、スキルシンクだ。

チェ 『攻殻機動隊』の世界観や哲学として、ファンのみなさんに浸透しているであろう要素が、この“共有”という部分なのでは、と考えました。外見的なことよりも、こうした内面的な哲学こそが『攻殻機動隊』のいちばんの魅力だと思っています。その部分を表現したのが、“スキルシンク”というシステムになります。

――先ほどのキャラクター性に引き続き、『攻殻機動隊』の内面的な部分を取り込んだわけですね。哲学をゲームに落とし込んだというか。非常におもしろい形ですね。

チェ 『攻殻機動隊』のストーリーすべてとなると膨大なものになりますので、中核のS.A.C.に焦点を当てた形でもあります。
 スキルシンクによって自然とチームワークが生まれ、ほかのプレイヤーのスキルを使用できてしまうことで没個性化も発生するという、これまでにない新しいチーム戦略というものも打ち出しております。

――原作の荒巻課長の「我々の間に、チームプレイなどという都合のよい言い訳は存在せん。あるとすれば、スタンドプレイから生じるチームワークだけだ」という言葉が、まさに当てはまります。

チェ まさにその現象を、スキルシンクで表現しているわけです。
 そして最後に4つ目のカードとして、近未来的かつ『攻殻機動隊』の大きな要素のひとつ“義体”。このゲームでは“カスタマイズ”という形で表現しています。

――義体をカスタマイズしていくというのは、原作の表現にもつながっていますね。

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▲資料とともに、熱く本作のコンセプトを語ってくれたチェ・ジョンイク氏。原作アニメのワンシーンなども説明に交えてくれたため、氏の“攻殻”愛は存分に伝わってきた。

チェ ここまでで重要な点を整理しますと、スキルはキャラクターそのものを表現する要素で、また『攻殻機動隊』独自のチームワークの概念を再現しているものが、スキルシンクとなっています。このスキルシンクは、ネットワークそのものであるとも言えます。

――スキルがキャラクター、そしてネットワークになる……と言いますと?

チェ たとえば、本作では(草薙)素子の隣りでサイトーがスキルを使うと、同じスキルをスキルシンクで使えるようになります。そうなると、そのキャラクターが素子なのか誰なのか分からない状態になっていきます。これは『攻殻機動隊』世界のネットワークにおける、没個性化そのものです。
 こうなることで、昨今のFPSタイトルのような、それぞれのキャラクターに役割がある、という形が崩れます。単純に自分が敵を倒すためだけにスキルを使っていくと、それが仲間に共有され、個性を消しつつも自然とチームワークにつながっていくんです。

――なるほど! まさにS.A.C.現象そのものですね。となると、最近のキャラクターごとの役割がきっちりしているFPSよりは、ミリタリー色の強い昔ながらのFPSに近いようにも思えますが。

チェ そうですね。最近はMOBAが流行していますし、チームプレイ要素は多くのプレイヤーが体感済みでしょう。キャラクターの特色や役割分担が強いアクションシューティング作品も最近は多いですしね。
 ミリタリー基盤でありながらも、キャラクター性を持っている作品が、いまのプレイヤーには求められているかと思います。ミリタリーゲームを愛するプレイヤー層はまだまだ厚いでしょうから、そこに受け入れられる独自性で他作品との差別化を図ったわけです。

――本作で原作要素を大事にしていることは十分伝わってきましたが、FPSファンに向けてのこだわりなどは?

チェ 私自身FPSマニアなんですよ。「銃が出てこないゲームなんてゲームじゃない!」などと思っていたりもしまして(笑)。
 その私がFPSにいちばん惹かれている部分が、100回、200回と敵をキルする行動が、すべて自分の意志によるものだという点です。ただ、いつの間にかFPSというジャンル全体が、チームプレイや役割を自分に課してプレイするものになりつつあると感じていまして。

――たしかに。回復役や盾役など、明確なチーム内での役割が決まっているキャラクターやクラスが増えていますね。

チェ この状況に疑問やジレンマを感じているところで思い当たったのが、S.A.C.という現象でした。S.A.C.をうまく表現できれば、FPSの昔ながらの魅力を保ちつつも、新しいチームワークとして伝えられるのでは、と。
 FPSプレイヤーの中には、私が感じている“個人からチームワークに移行しつつある現状”があまり好きではないという感覚に共感していただける方も多いのではないでしょうか。

――ああ、わかります! チームのために行動することに偏重しすぎて、息苦しさを感じると言いますか。

チェ 本作ではスタンドアローンのプレイを楽しんでいただきつつも、S.A.C.を表現したスキルシンクによって、いま重視されているチームワークへも自然とつながっていくわけです。

――個人としてスキルをガンガン使って活躍することが、自然とチームへの貢献にもなると……最高じゃないですか!

チェ それに、FPSというのはマップも決まっており、勝つためにやるべきことがはっきりしている、非常に規則的なゲームでもあります。

――たしかにそうですね。この通路で待ち伏せすると狙いやすいとか、攻略法を確立させやすいジャンルだと思います。

チェ そこに退屈さを感じる人も多いと思うんです。本作では、たとえば素子が光学迷彩を使うと姿が見えなくなりますし、パズの高速化、ボーマの回復、サイトーの透視、トグサなら自分の代わりに相手を倒すドローンと、型破りなスキルが揃っています。これはFPSの規則性そのものへの、ハッキングとも言えるかと思います。

――たしかに、既存の規則性のある戦術は打ち破られてしまいそうです……。

チェ FPSとしての観点からも、スキルシンクによって新たな戦略性を作り出し、プレイヤー提供できたかと思います。
 FPSにしては非常に哲学的な作品に感じられるかと思いますが、弊社はもともと哲学的なゲームを多く作ってきたという自負もあります。『攻殻機動隊』は哲学的な作品ですから、非常にマッチした新たなスタイルを見せられたと思っています。

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▲ゲーム性やシステムなど、あらゆる面が『攻殻』とFPSの両方の根幹的哲学につながっているこの開発姿勢。“攻殻”とFPSの両方をこよなく愛する氏と開発陣だからこそ到達できたであろう、非常にユニークなシステムモデルだ。

正式サービス以降の展開は? 新キャラクターに、タチコマのカスタマイズも!?

――では続いて、今後の展開について教えてください。どのようなアップデートをお考えでしょうか。

チェ 多くの方に集まっていただきたいということで、大衆的なFPSというジャンルを選択したのに引き続き、今後はキャラクター面の充実も図っていきます。

――キャラクターと言えば、オープンβテストのキャラクターセレクト画面には、すでに“笑い男”のマークで隠された、ふたりの未開放キャラクターがいますよね。

チェ 原作の公安9課のキャラクターはすでに全員登場しています。そこへ、さらに9課の新しい隊員として、オリジナルの新キャラクターを追加していきます。
 すでに北米では“メイブン”という女性キャラクターと、もうひとり男性キャラクターが登場しています。これらのキャラクターは原作アニメ制作会社のプロダクションI.Gさんと綿密にコミュニケーションを取りつつ作ったものです。今後もこの体制で新キャラクターを追加していく予定です。

――オリジナルキャラクターを9課に加えるとなると、原作ファンであるチェさんとしてはプレッシャーも大きいのでは?

チェ 北米で新キャラクターを実装した際に、「違うだろ」という声はいただきまして、私自身も『攻殻機動隊』としては違うとは思っています(笑)。
 ただ、『攻殻機動隊』としては9課の面々が固定のイメージですが、ゲームとして見た場合は、より多彩な展開をしてもいいのでは、と考えています。

――原作ファンとゲーム制作者としてのジレンマですね。ちなみに、そのメイブンという新キャラクターは、どのようなスキルを持っているのでしょうか?

チェ じつはそのスキルはテイザームービーにすでに登場していまして、“電脳遮蔽幕”というものです。ムービー内で、ボーマたちの前に半透明のシールドが出現していたかと思います。

――たしかに、一瞬ありましたね!

チェ 敵からの視界を遮りつつも、幕を通過した射撃の威力を半減させるスキルです。盾でありながらスモークグレネードのような使いかたができる、戦略を大きく変えるスキルですね。

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▲テイザームービーで登場していた、迷彩効果と防弾効果を併せ持った設置型の防壁。光学迷彩など、ほかのスキルとの併用でさらにおもしろいことになりそうだ。

――そちらも非常に気になるところですが、武器など装備についてもお聞きしたいところです。今後どのような武器が追加される予定でしょうか。

チェ 近未来が舞台ということで、未来的な武器を想像するユーザーの方もいるかも知れませんが、原作では現代の銃に近い武器が多く使われています。ですので、それらを軸としつつ、近未来的なイメージのデザインも加味する予定です。
 また、公安9課の正式採用装備であるセブロシリーズは今後も実装していきますし、多くの原作ファンから「トグサの銃がなぜマテバじゃないんだ」との声をいただきましたが、こちらももちろん実装予定です。

――それは原作ファンも安心ですね。

チェ また、カスタマイズについても補足しますと、正式サービス開始時にはコンクエストモードで使用できる“タチコマ”をカスタマイズできるようになり、さらに乗って戦えるようになります。(PCの画面を見せつつ)画像としては、こちらになりますね。撮影はまだお控えいただければと。 

――タチコマに乗れるんですね! これは……探知系の装置でしょうか? こちらはミサイル?

チェ ホーミング弾ですね。

――ホーミングですか!? シールドに、ガトリングに、これはキャノン砲みたいな兵器ですかね。あ、こちらはウチコマ!?

チェ そちらはタチコマが別の姿になるスキンですね。日本ではタチコマがペット的な感覚で、かわいらしいキャラクターとして人気なようですね。ただ、韓国ですと中高生にプレイしてもらうと、巨大な蜘蛛のモンスターのような印象が強いようです。

――その中高生には、原作アニメでタチコマが家出する回を観てもらうべきですね(笑)。

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▲この頼もしくもかわいいタチコマが、より機能的にカスタマイズできるようになる……? コンクエストモード以外での出番が今後あるのかも、気になるところだ。

――では続いて、基本的にはPvPゲームになるかとは思いますが、キャンペーンモードなどの追加はお考えでしょうか。

チェ まだアイデアレベルですが……(義体群と戦うシーンをPCで再生しつつ)。このように、原作ならではの機械的な動きを取り入れたり、タチコマだったら搭乗して戦えたりなど、『攻殻機動隊』的な要素を盛り込んだゲームモードの実装を考えています。

――すると、そのモードはPvEということに?

チェ そうなりますね。Co-opによる協力プレイなどはもちろん、さらにFPS初心者の方でも楽しんでいただけるゲームモードにしたいところです。

――原作ファンとしては、相手の視界をジャックする電脳ハッキングや、義体ならではの重量感なども入っているとうれしいのですが……。

チェ 原作とFPSの両立は非常に難しいと感じていますが、ハッキングして相手を自滅させるなど、そういった要素もPvEで再現できるとおもしろそうですね。PvPで相手にこちらを認識できなくさせるとかは、さすがに成り立たなくなりますので(笑)。

――この流れで、PvP関連の話を。今後はeスポーツ的な要素の追加予定はありますか? 対戦ゲームをプレイするモチベーションを高めるために、目標となる大会を用意するのは大切なことだと思います。この辺は運営担当のネクソンさんとの話し合いが必要ですけど。

チェ 大会に向けてシステム的な準備がまだ出来上がってはいませんが、そこは弊社開発とネクソンさんで協議しつつ進行中です。
 ゲーム自体にも、今後はeスポーツを意識したコンテンツなども考えておりますので、将来お披露目できればと。

――ちなみに、本作はどのようなプレイヤー層への提供を重視しているのでしょうか?

チェ 開発の人間としては、特定層向けということはとくに考えてはいません。なるべく広い層に遊んでほしいですから。強いて言うなら、私のようなFPSのコアなファンであり、昨今のチームワークに疑問を持っている、「モトコォォォォォォ!!」と叫びたくなってしまうような方にこそプレイしていただければと(笑)。

――10代くらいの若者には、それだけだとちょっと分からないと思うんですが(笑)。

チェ それはもう、世代的に仕方がありません。本作での録音で素子役の田中敦子さんにお会いできたときに、気絶しそうになった私の気持ちが分かっていただける人にはぜひ!

――ただのファンじゃないですか!

チェ はい(笑)。インタビューの冒頭でプレゼンのように解説させていただいたのは、このゲームを作っているのが『攻殻機動隊』のファンであり、その魅力をゲームでも伝えたいと考えていることをご理解いただきたかったからです。
 PvP基盤のミリタリー色が強いFPSで、世界観を伝えるのは非常に難しいことです。それでも、作り手としては『攻殻機動隊』のすばらしさをゲームで表現したいと試行錯誤してきました。こうした試みを日本でも受け入れてもらえるように努力し、今後も多くのチャンレジを大切にしていきたいと思っています。

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▲オープンβテストに合わせて開発スタッフが来日。ネクソン社屋の別室ではNEOPLE Inc.とSkypeがつながっており、すぐに会議ができる状態が整っていた。開発陣の情熱やネクソンとのチームワークが本作をどう導くのか、今後が非常に楽しみだ。