貴重な社内資料のお披露目も!

 2016年8月24日~26日の3日間、パシフィコ横浜で開催された、日本最大級のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC 2016”。最終日となる本日8月26日、セッション“Street Fighter V Art Direction”が行われた。

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『ストリートファイター』シリーズに受け継がれるアートの哲学! “正しさ”よりも重視したのは“わかりやすさ、カッコよさ”【CEDEC 2016】_01
▲亀井敏征氏

 本セッションは、発売中の『ストリートファイターV』におけるアートディレクションをテーマに、同作のアートディレクターを務めるカプコンの亀井敏征氏が登壇。亀井氏は同作を中心に、約30年間にわたってカプコンが培ってきたノウハウや当時の資料、最新技術への落とし込みなどについて、実例を交えて解説した。

 本セッションは大きく分けて、“見やすさ・わかりやすさのためのアートディレクション”、“個性を引き出すためのアートディレクション”というふたつのテーマで進行した。

 まず亀井氏は、『ストリートファイターV』立ち上げ時の時代背景や、当時の空気感を解説。ここでは、『ストリートファイターIV』付近より爆発的な広がりを見せた“e-sports”がキーワードとなる。動画配信サイトの普及により、世界中で行われる大会をリアルタイムで観戦できるようになった昨今、試合の勝敗や興奮、感動は全世界で共有が可能。この特徴がe-sports人気が高まった要因のひとつだとし、「『V』では、企画の当初からこの流れを盛り上げるにはどうすればいいのかを考えた」(亀井氏)という。

 では、e-sportsでより盛り上がるタイトルをアート・ビジュアル面から支えるためにはどうすればいいのか。亀井氏はe-sportsの盛り上がりを「一見さんでもバトルに夢中になれるのが理想」として、e-sportsのわかりやすい=バトルが見やすい、対戦がわかりやすいと定義。見やすさ、わかりやすさを追求するため、『ストリートファイターV』には「格闘ゲームのノウハウを可能な限り詰め込んだ」という。ここから話題は、ひとつ目のテーマ“見やすさ・わかりやすさのためのアートディレクション”へ移る。

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 みな筋骨隆々の“ムキムキ”で、身体のシルエットもクッキリしている『ストリートファイター』のキャラクターたち。格闘ゲームという性質ゆえ“強そう”な雰囲気が大切で、顔の表情もオーバーだ。亀井氏によると、これは格闘ゲームのアートには、特有の役割があるから。その役割とは、“ゲームの状況をプレイヤー(または観戦者)に一瞬で把握してもらうこと”だ。格闘ゲームではプレイヤーがどんな状況に置かれているか、また対戦相手が何をしているのかという判断が、すさまじい速さで行われる。これを“一瞬で”プレイヤーに伝えること、格闘ゲームにおけるアートの役割。そして“一瞬で”多くの情報を伝えるためには、アートは自然なもの、リアルなものではなく、“大げさ”である必要があるのだ。
 “character”という単語にはさまざまな意味があるが、格闘ゲームにおいて重視されるのは“記号”、“符号”としての意味。ゲームの情報をアートが映像としてプレイヤーにフィードバックし、これを受けたプレイヤーがコントローラーからインプットを返す……というやり取りが、数フレーム単位で行われているのだ。この数フレームの攻防を成り立たせるために、格闘ゲームのアートにおいては“わかりやすさ”が非常に重要な要素となる。亀井氏いわく、「格闘ゲームのアートでは、プレイヤーへのフィードバックに最大限の注意を払う必要があり、一瞬のフィードバックはアートにしかできない」。こうした哲学が、『ストリートファイターV』には流れている。

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アニメーションの決め手は“5度回す”?

 では、『ストリートファイターV』ではわかりやすさの追求のため、どのような手法が採られているのか。亀井氏は、いくつかの要素を例にとり、その手法を解説した。

◆モデリング
 同作におけるキャラクターのシルエットは、“バトル中のカメラから見てわかりやすいか、かっこいいか”を基準に作り上げられたと亀井氏は語る。そして辿り着いたのが、まさに一瞬で何をやっているかがわかる、ドット絵時代のキャラクターのシルエット。ここで亀井氏は、カプコンに脈々と受け継がれる“あやしい美術解剖図”なる資料を披露。これは20年ほど前に作られたもので、シリーズでおなじみのあきまん氏が監修。当時のトップクラスのドット絵クリエイターたちが複数人で作り上げたものだという。

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 この“あやしい美術解剖図”にはドット絵を作るときの人体情報の取捨選択ノウハウが網羅されており、“この部分は残したほうがいい”といった「身体の重要な情報、重要じゃない情報がまとめられている重要な資料」(亀井氏)。資料をもとにモデリングされたパーツと実際のパーツを比較すると、かなりデフォルメされているものの、それゆえに瞬時に状況が理解できる絵に仕上がっていることがわかる。格闘ゲームのキャラクターにおいては、プレイヤーに瞬時に情報をフィードバックするため、「デフォルメが絶対に必要」(亀井氏)なのだ。じつは『ストリートファイターV』では、企画当初フォトリアルを試したこともある(!)という。しかしフォトリアルなモデリングではゲームが遊びづらく、攻撃などがわかりづらいといったデメリットがあり、早い段階でボツになった……という制作秘話も語られた。

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◆モデルの身長
 キャラクターの身長もシルエットに関わる大きな要素。通常、モデルの身長はグリット単位で制作するというが、『ストリートファイターV』においては“バトル中の印象”で身長が定められている。たとえばバトル中のベガがリュウより大きく見えるが、ツール上で計るとじつは同じくらいの身長。同作ではリュウを基準として、「相対的にどう見えるか」で身長が決められているのだ。亀井氏いわく、「リアルを求めているのではなく、キャラクターらしさやパッと見たときの印象」。キャラクターの身長をバトル中の印象で決めるのは、格闘ゲームで培われてきた独自の手法とも言えるだろう。

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◆アニメーション
 格闘ゲームにおいては動きも重要な情報。たとえば空手家だとひと目でわかる格闘技、気持ちよさやかっこよさに直結する重心・リズム、そしてゲームデザイナーから求められたものを表現した性能……と、ひとつの動きにいくつもの情報をこめる必要がある。例としてザンギエフが歩くアニメーションが提示されたが、画面の左から右へと歩くザンギエフのモデルを正面から映してみると、身体が横を向いていることがわかる。これは360度の視野があるゲームではNGとなる、格闘ゲームならではの表現だ。カプコンでは身体を“5度回す”と言われているようで、「身体や腰をカメラの方向に5度回すと、格闘ゲーム的に抜群にいいシルエットになることが多い」(亀井氏)。格闘ゲームでは正面からキャラクターが映ることがほとんどなく、9割以上をバトルが占める。シルエットとしての“正しさ”よりも、バトル中のカメラから見たときの印象や情報量や最優先されているのだ。

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◆演出技・必殺技
 『ストリートファイター』シリーズといえば、個性的な技や必殺技も特徴のひとつ。これは『ストリートファイターV』でも健在で、重要なのは「ひとことで表現できる動きが入っているか」だという。亀井氏はその理由を「言語化しやすい要素があると人に伝えやすいし、興味をもってもらえる」と解説。たとえば“「ヨガッ」と言いながら口から火を吐く”……と言えば、どのキャラクターを指しているかは明白だろう。「今度の新しいキャラは、こんな技を使うらしい」とひとことで伝えられる要素を取り入れることで、キャラクターをより魅力的にアピールすることができる。

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◆背景・ステージ
 視認性の工夫はキャラクターのみならず、背景やステージにも活きている。『ストリートファイターV』ではここでもドット絵時代の絵づくりを参考にしたそうで、例に挙げたのは『ストリートファイターZERO』の画面。「奥行きがあるように見せるために色の管理をしていた」と言い、鮮やかな色が使われているキャラクターに対して、背景ではトーンを落とし、雰囲気を出している。この使い分けは「厳密にルール化されていて、ドット絵時代は色を制限して背景とキャラクターを描き分けていた」とのこと。これによって奥行きが表現できるだけではなく、キャラクターの視認性も上がる。背景のトーンが暗いことで、キャラクターを実際よりも色鮮やかに錯覚させることができるのだ。
 このノウハウは『ストリートファイターV』でも取り入れられており、“正しい”ライティングの背景と比較してみると違いは明らか。キャラクターを際立たせるためのデフォルメは、こういったところでも発揮されていることがわかる。

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 このほかカメラの画角においても“正しさ”より“わかりやすさ、かっこよさ”を重んじる手法が取り入れられている。

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「情報を一瞬でフィードバックできるのはアート以外にない」

 わかりやすさやかっこよさを基準に作り上げられた『ストリートファイターV』だが、同時に個性も追求され、「ひと目見ただけで『ストリートファイター』だとわかっていただける工夫」(亀井氏)が随所に散りばめられている。同作では“デフォルメが効くのは(フォトリアルではなく)絵的な方向しかないだろう”ということで、“NPR”(Non-Photorialistic Rendering)的な表現を採用。これは同シリーズがイラストが魅力的、絵的な印象が強いと認知されているため、そして前述の通りのデフォルメを活かすために採用されたもの(たとえば、オーバーな表情はリアルに描かれたキャラクターにはそぐわない)。これに油彩&リッチなライティングを加え、“NPRだけど乗せる情報は緻密”というアート・ビジュアル面での方向性が決まった。

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 亀井氏が「これがあればNPRとして成立する」として挙げた要素は、“タッチ(筆致)の再現”、“エッジ・色境界の強調”、“色・彩度のコントロール”の3点。ここで披露されたコアな技術の解説は省くが、やはりこれらにおいても視認性の強調や、正しさ・リアルさよりも絵的に魅力的であることが徹底されているように感じた。

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 講演の最後に亀井氏は、「格闘ゲームで情報を一瞬でフィードバックできるのはアート以外にない」と断言。そのうえで個性化を実現するべく、『ストリートファイターV』のビジュアル制作は進められてきたという。おもにゲーム開発者が聴講するCEDECにおいて立ち見が出るほど盛況を博した本セッションだが、亀井氏は「この講演が、いま皆さんが関わっているゲームタイトルでアートがどのような役割を果たすべきなのかを考えるキッカケになればうれしい」と語り、セッションを締めくくった。

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 最後に、セッション後に行われた質疑応答のなかから、興味深いものを抜粋する。

◆“わかりやすさ”を追求するためのUI(ユーザインタフェース)の工夫はあるか?
亀井氏「UIのテーマはe-sports。総合格闘技のUIやビジュアル表現を参考にしました。格闘ゲームにはすべてゲージがありますが、それを見やすくするUIにしており、必要なゲージ以外は取り払う方向で作りました」

◆『ストリートファイターV』ではニワトリが歩いていたり、背景にもおもしろいギミックがある。これはどういった意図で取り入れられているのか?
亀井氏「“どういうリアクションをしたらバトルが盛り上がるか”を軸に、すべてのモーションは手前のバトルを盛り上げるためというコンセプトで作っています」

◆キャラクターの顔の造形や、特徴・表情づけの工夫はあるか?
亀井氏「どういう感情を抱いているのかを、ある程度記号化して作っています。造形ではそのキャラクターの出身国の人間の骨格や特徴を、できる限り入れるようにしています」

◆格闘ゲームの場合はキャラクターにカラーバリエーションなどがあり、どうしても背景となじみすぎてコントラストが映えないことがある。こういった場合はどうしているのか?
亀井氏「よくあります(苦笑)。開発ではある程度考慮して作っていますが、カプコンでは品質管理部でチェックしてもらう。『IV』のときにはいくつか(見づらいものが)残っていたが、『V』ではかなりなくなっています」