VRコンテンツ開発を通じて得た知見を惜しみなく公開

 2016年8月24日〜26日の3日間、パシフィコ横浜で開催されている、日本最大級のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC 2016”。1日目に開催されたセッション“仮想世界はここにある!『VR ZONE Project i Can 』におけるVR立体サウンド演出”では、東京・お台場で期間限定でオープン中のVRエンターテインメント研究施設“VR ZONE Project i Can”にて展開しているVRコンテンツのサウンドを手掛ける3人が登壇。VRならではのサウンド表現技術や開発手法を公開した。

VR空間でのサウンド演出とは? “VR ZONE Project i Can”での研究成果を報告【CEDEC 2016】_01
▲左はサウンドディレクターの倉持啓伍氏。Project i Canでは、『脱出病棟Ω(オメガ)』などを担当。中央はサウンドディレクターの矢野義人氏。Project i Canでは『MAX VOLTAGE』を担当した。右はサウンドデザイナーの橋本大樹氏。Project i Canでは『SKI RODEO』を担当。いずれもバンダイナムコスタジオ所属。
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 まずは、“VR ZONE Project i Can”の紹介から。施設の概要や体験できるVRアクティビティの紹介の後、使用しているヘッドホンの選定理由を語った。“VR ZONE Project i Can”で使用するにあたり、もっとも重要視したのは安全。プレイ中に、火災などのトラブルが万が一発生したとき、外の音が聞こえないとまずい。つまり、オープンエアータイプのものにして、外の音“も”聞こえることが条件となる。また、没入を高めるため、低音がしっかり出るもの、装着感が薄いもの、外れにくいもの、などが挙げられていた。その条件を見事クリアしたのは、オーディオテクニカのATH-PDG1と、AKGのK240MK2とのこと。

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スキーの臨場感をどうサウンドで演出するか

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 ひとつ目の事例として紹介したのは、『SKI RODEO』。スキー板が付いた専用の筐体を用いて、リアルなスキー体験ができるVRアクティビティで、サウンドは橋本氏が担当した。サウンド面の工夫としては、足を乗せるステップ部分に振動機構を格納して、振動のための音を出力する。これにより、滑走中の路面の感触が足元に伝わり、臨場感が増すという仕掛けだ。振動をサウンドで制御するという発想がおもしろい。また、プレイヤーが「は〜〜!」と言うと、画面に白い息が出るのだが、これはマイク入力による制御だ。

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 走行中では、速度や板の傾きによって音色が変化するようになっており、“NUSOUND”と呼ばれる開発環境により、サウンドデザイナーが簡単に調整できる。

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 VRならではの現象としては、VRゴーグルは通常の画面と比べてスケールが大きく感じるため、音が軽く感じられてしまうのだそうだ。そのため、距離や速度、重量感が見た目に合うように低音を補強することがあるという。

音でどう怖がらせるか

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 続いての事例は、『脱出病棟Ω(オメガ)』。お化け屋敷+脱出ゲームというコンセプトで、プレイヤーは廃病院の中を電動車椅子で進んでいく。4人までの協力プレイも可能となっている。サウンドは倉持氏が担当。

 このアクティビティのコンセプトは、“恐怖”は他者と共有すると“楽しい”に変わるということ。そのため、ユーザーには“ちゃんと”怖がってもらう必要がある。サウンドへの要求は、“とにかく怖らがせてほしい”ということだった。

 倉持氏は、“恐怖は外的などの危機から身を守るための防衛本能”という文言をWeb上で目にする。そこで、サウンド演出の方針を“防衛本能に訴えかけるもの”とした。実際の演出として、倉持氏はとくに重要な2点に絞って解説を行った。

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環境音
環境音の役割としては、雑音をかき消して没入を高めること。これは、前述の通り、Project i canで使用しているヘッドホンがオープンエアー型のため、なるべく外部の音を遮断しようということだ。そして、“恐い環境音”を鳴らすことで、何も起こっていない状態でも恐怖を感じてもらう効果もある。

 それでは、防衛本能に訴えかけるような恐い環境音とはどんなものだろうか。倉持氏は、Waterphoneの雰囲気と、19Hzの音に行き着いた。Waterphoneは不快な高音が含まれた音で、独特な雰囲気がある。

会場で流されたWaterphoneの参考映像

また、19Hzの音は、人間の可聴範囲より下の低周波音で、実際には聞こえない。一説に、人は19Hzの音を聴くと幽霊が見えるとされ、それで取り入れたそうだ。(倉持氏は実際に19Hzの音を聞きながら夜の町を歩き回ったそうだが、幽霊は見えなかったとのこと……)

恐怖演出部分
倉持氏は、研究のためにホラー映画を何本も観たそうだが、共通するパターンを見出したという。

嫌な気配を感じる
  ↓
後ろを振り返る(緊張・小)
  ↓
何もいない(緩和、安堵)
  ↓
恐怖の演出(緊張のピーク)

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このように、一度緊張させた後に緩和を入れ、恐怖の演出への振れ幅を大きくしているとのこと。これをサウンド演出で当てはめると、“緊張・小”の部分で耳鳴りの高音や水滴の音を出し、“緩和”の部分ではプレイヤーにボイスチャットでコミュニケーションを取らせて一時的に環境音を絞るのだそうだ。また、ボイスチャットにもいくつか発見があり、ほかのプレイヤーの悲鳴によって恐怖の連鎖が起こるらしい。元来、悲鳴とは仲間に危険を知らせるための救難信号であり、それを聞くことで身の危険や、何が起こっているかわからない不安が生まれるとのこと。

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 『脱出病棟Ω(オメガ)』にとってのサウンドとは、プレイヤーの感情や行動を誘導するもの、目には見えないものを表現するもの、そしてユーザーが回避できないもの(目を瞑れば画面は見えないが、耳は塞げない)とまとめた。

スピーカーの存在を感じさせない音場作り

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 最後の事例は、矢野氏がサウンドを手掛けた『MAX VOLTAGE』。ライブステージ上で歌を歌い、スーパースター気分が味わえるアクティビティだ。

 まず、ライブステージ上の臨場感を作り出すため、矢野氏は音響システムをウーハー付きヘッドホンにするか、5.1chのサラウンドシステムにするか比較検討した。ヘッドホンの場合、音の輪郭がはっきりするほか、マイクのハウリングの心配もないが、体全身に音が響くことはない。一方の5.1ch サラウンドシステムでは、音が全身に響くものの、防音施設が必要となるためコスト面が懸念されたり、ハウリングの心配もあったという。しかし、矢野氏は体感を重視し、3.7畳〜4畳の防音室を用意して、全身に音を響かせるという手法を選んだ。

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 スピーカーを物理的に配置することで、新たな問題も発生する。それは、ユーザーが歩き回ることでスピーカーとの距離が縮まり、音の塊としてスピーカーの存在を感じてしまうことだ。また、同様にハウリングの危険もある。それを解決したのが、ヘッドトラッキングオーディオだ。

 ヘッドトラッキングとは、頭の位置をリアルタイム検出するもので、この情報をもとに、プレイヤーがスピーカーに近づくと音量や残響が変化してスピーカーが逃げていく(存在感が消える)。また、マイクとユーザーの口の距離、マイクとスピーカーの距離を認識し、ハウリングのリスクを察知したらマイクの音量を絞る処理が行われる。

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実際に開発してわかることがある

 3つの事例の後は、VRサウンドデザインの方法について、3人からさまざまなアドバイスがあった。

『SKI RODEO』のサウンドデザイン
バイノーラルは重量表現が苦手なので、『SKI RODEO』では採用しなかった。

『脱出病棟Ω(オメガ)』のサウンドデザイン
立体音響では、目を瞑って音を聴くと案外位置はわかりづらい(設定では後ろなのに、上から聞こえる感じがするなど)。そのため、相対的なもの、指針となる音を鳴らすことが重要。
バイノーラルを使う場合、トータルコンプやトータルEQは使わないほうがよい。

『MAX VOLTAGE』のサウンドデザイン
ライブステージを再現しようとした場合、たとえばホールのリバーブを再現したエフェクトなど、ありもののプリセットを使うと違和感がある。実際にゴーグルをかぶって、記憶にあるイメージに近づけていくことが重要。
『MAX VOLTAGE』の場合、スピーカーで爆音と感じていても、ゴーグルをかけるとそう感じなくなる。これは、実際のライブステージでの体験と比較しているためではないか。

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 最先端のVR体験を支えるVRサウンド。まだまだ新しい発見があるようで、アプローチも従来のゲームサウンドとはかなり違う。VRはついつい映像にばかり意識が行きがちだが、サウンドを気にかけながら体験するのもまたおもしろそうだ。