アナログもデジタルも“ゲームデザイン”の根本は同じ

 2016年8月24日~26日の3日間、パシフィコ横浜で開催されている、日本最大級のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC 2016”。会期1日目となる本日8月24日に行われた招待セッション“アナログゲームが熱いって本当?~メカニクスデザインの最前線~”をリポートする。

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 デジタルゲームのプラットフォームがスマートフォンにまで拡大したいま、ゲーマーにアナログゲームの波が押し寄せ、メカニクスデザイナーがインディーでアナログゲームを制作しているという。このような状況において、アナログゲームはメカニクス(構造、仕組み)デザインの面でどのような有意性を発揮するのだろうか。本セッションでは、アナログゲームに精通する識者の講演から、アナログゲーム市場の現況などが語られた。

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▲遠藤雅伸氏

 本セッションでは、東京工芸大学 芸術学部 教授の遠藤雅伸氏に加え、スクウェア・エニックス(入社時はエニックス)で約10年間ゲームプロデューサーを務めた後、創作ボードゲームと雑貨の店を運営しながら、アナログ/デジタルの垣根を超えたゲーム・遊びづくりに挑む渡辺範明氏(ドロッセルマイヤー商會 代表取締役/ゲームプロデューサー/ゲームデザイナー)、そして東京・高円寺でボードゲーム専門店“すごろくや”を営む丸田康司氏(すごろくや 代表取締役)が参加した。なお渡辺氏、丸田氏はいずれもデジタルゲームの開発経験者。アナログゲームのメカニクスを考えるうえでも多くの示唆があるセッションとなった。

市場規模は小さいながら、成長著しいアナログゲーム市場

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▲丸田康司氏

 『MOTHER2』、『風来のシレン2』などの開発に携わってきたという丸田氏は、まず国内アナログゲーム市場の概況を説明。丸田氏はアナログゲームを「人力に頼るタイプのゲーム全般」と定義し、本セッションではその中でもボードゲームを主軸に置いた。旧来型のボードゲームとは、『人生ゲーム』や『モノポリー』、『UNO』など。一方、『カタン』、『カルカソンヌ』、『ニムト』、『ドミニオン』といった作品が近代型に分類され、これらは1960年代にドイツで確立された「大人向け」のボードゲーム様式と言える。

 現在国内では約1000種ほどのアナログゲームが流通しており、年間では300種以上の商用ゲームが新たに生まれている。ここで注目すべきは、この“300種以上”という数字にはインディー作品を含まない点(国内におけるインディーアナログゲームの概況は後述)。国内で流通する作品のうち8割ほどが海外製の作品で、ローカライズ版も5割近くに達する。国内製は2割程度だが、6年前までは数%にも満たず、「ここ何年かで急激に増えてきた」(丸田氏)。このように近年急速に拡大する国内アナログゲーム市場だが、そのきっかけは2008年に発売され、全世界で250万個以上を販売した『ドミニオン』という作品にあるという。

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 国内のゲームコアユーザーへアナログゲームを普及させるきっかけを生んだ『ドミニオン』は、各自の山札からランダムで抽出される手札のカード効果をトレーディングカードゲームのように組み合わせ、全員共通の山札から自分の山札にカードを加えることで、プレイヤー独自のデッキ構築を競う大規模カードゲーム。丸田氏は同作を「自分の山札を、戦略をもって構築するところが画期的だった」と語り、その効能コンビネーションの妙がトレーディングカードゲームに親しんだ層を、そして自分の山札に取り込むカードの出現確率を意識した戦略の組み立てが要される点が戦略系ゲームに親しんだ層を取り込んだと解説した。国内では『ドミニオン』を皮切りに2009年以降ローカライズ輸入版のアナログゲーム流通が急増し、いまだに『ドミニオン』に連なる商品が市場の10%弱を占めると予想されているそうだ。

 2015年は30億円~40億円と予想される国内アナログゲームの市場規模。デジタルゲーム市場の規模と比較し0.3%と非常に小さい市場ではあるが、その成長は著しい。丸田氏はその要因を、アナログゲームの「ゲームとしてのメカニクスのよさを発揮しやすい」点にあると語る。この詳細は、つぎに登壇した渡辺氏が解説した。

アナログゲームは「必然的にゲームデザイナーが育つ土壌がある」

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▲渡辺範明氏

 丸田氏に続き登壇した渡辺氏は、国内アナログゲーム市場をインディー面から解説。渡辺氏はECサイト“ドロッセルマイヤーズ”を運営する一方、アナログゲームの企画・制作も手掛けている。中でも『巨竜の歯みがき』というタイトルは、「4時間でアナログゲームを作ろう」というワークショップから生まれた作品ながら、台湾の会社からアジア版が、ポーランドの会社から欧州版が発売されるなど、世界に広がった作品のひとつ。このように、短時間で考案されたゲームが世界に広がるダイナミズム、フットワークの軽さがアナログゲームの魅力のひとつでもあるのだ。

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 渡辺氏は、国内のインディーアナログゲーム市場の特徴を、以下の3つの項目で説明した。

(1)黎明期は専門店やゲームサークルを起点に愛好家が牽引し、近年は多角化する傾向にある
→アナログゲームは仲間がいないと遊べない作品が多く、黎明期は愛好家によるサークルを起点にショップが生まれ、市場を「草の根的に」(渡辺氏)牽引してきた。ここがメーカー主導のデジタルゲームと異なる点のひとつだ。

(2)輸入販売からスタートし、徐々に国産の完全オリジナル作品が生まれてきた

(3)インディー(同人)作家が多い
→欧米に比べて市場は大きくないが、「それにしてはゲームを作っている人の人数が多い」(渡辺氏)のが国内市場の特徴。カナイセイジ氏、川崎晋氏、伊藤深氏、林尚志氏ら世界で注目を浴びる日本のインディーアナログゲーム作家も多く、インディーアナログゲーム専門ショップを開くことができるほど、多くのインディー作家が存在する。

 ではなぜ日本にはインディー作家が多いのか。渡辺氏によると、もっとも大きな影響を与えたのが、「アナログゲーム版コミックマーケットと説明されることが多い」“ゲームマーケット”というイベントの存在だ。これは2000年、ゲーム研究家の草場純氏発起により、中古アナログゲームの交換会として始まったイベント。回を追うごとに規模が拡大し、2007年ごろから徐々に創作アナログゲームの比率が増加し、現在は創作アナログゲーム主体のイベントとしては世界でも類を見ない規模に成長した。

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 ここからは、渡辺氏が「私見です」との前置きのもと、なぜ日本でこんなにもアナログゲームを制作する人が多いのかを解説。その理由としては、そもそも国内ではデジタルゲームによるゲーム文化が浸透しており、潜在的に「ゲームを作りたい」と思っている人口が多い点、そしてコミックマーケットを中心として同人活動が活発である点、さらに“抽象化と見立ての文化”がアナログゲームにフィットしている点が挙げられる。日本には古くから抽象化、見立ての文化が浸透しているが、シミュレーション性の高い作品や現実的な要素の多い作品をアナログで表現するのは難しい。裏を返せば、ミニマルで抽象化されたシンプルな作品がアナログゲームには向いており、そういった作品を作りたい人が多かったのでは、と渡辺氏は分析した。たとえばカナイセイジ氏が制作した『ラブレター』という作品で使うカードは、たったの16枚。海外ではこれが日本的なデザインだと評価されたそうだ。

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 アナログゲーム制作の魅力は、少人数、低予算で制作できる点にある。つまり「100%自分の意志でモノが作れる」(渡辺氏)という特徴を持ち、これは作者がしっかりクレジットされる小説やマンガ、作曲に近い。もちろんデジタルゲームのようにチームで制作するメリットもあるが、ほぼゲームメカニクスとアートワークだけで構成されるアナログゲームにおいては、制作者がその2点にミニマルにこだわりを込めることができるので、「必然的にゲームデザイナーが育つ土壌があると言える」(渡辺氏)のだ。

 2016年春のゲームマーケットでは、450以上のサークルが参加。つまり国内には少なくとも450人以上のインディペンデントな制作者=ゲームメカニクスデザイナーが存在するわけだが、この人数が驚異的なのは、その誰もがゼロからゲームのメカニクスを考案しているから。多くのデジタルゲームはRPG、シミュレーション、アドベンチャーなどのシステムを根幹に制作されるが、アナログゲームでは「本当にゼロからメカニクスを作る」(渡辺氏)。このような現況から、「カンブリア爆発的にゲーム文法が進化することもありえる。アンダーグラウンドからの盛り上がりが、ゲーム市場全体に影響していくことがあればうれしい」と渡辺氏は熱弁した。つまり、「アナログゲームは熱い!!!」のだ。

 もちろんアナログゲームのメカニクスのすべてがデジタルゲームに転用できるわけではない。けれどアナログ、デジタルともに、楽しい、悔しい、クリアーしたい、といった人間の心理を応用する“ゲームデザイン”の根本は同じ。アナログとデジタルは「近いところにある親戚なので、相互に影響を及ぼすことはできるのではないか」と、渡辺氏はその可能性を語った。

 最後に、聴講者からの質問に登壇者が応える質疑応答の概略をお届けして、リポートを締めくくろう。

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◆アナログゲームには『ドミニオン』のようにプレイヤーの中から勝者を決める作品と、『パンデミック』のようにプレイヤーが協力して目標を達成する作品がある。近年のアナログゲームの傾向は?
丸田氏「もともと協力型ゲームはあったが、複雑だったり簡単すぎたりと、あまり注目されていなかった。その中で金字塔となったのが『パンデミック』。その後、爆発的に増えた」
渡辺氏「『パンデミック』以降、まだ大ヒットと言えるものは生まれていない。アナログゲームは「このタイトルを遊びたい」ではなく、「こんな人が集まるからこのタイトルを遊ぼう」という具合に、メンツや場が先行して遊ぶゲームが選ばれる。ここがデジタルゲームとは対照的。たとえばあまりゲームが得意ではない人がいる、負けると悔しがる子どもがいるなど、「協力ゲームなら楽しめる」という状況で協力ゲームが遊ばれているのでは? 実際に作ってみると、アナログゲームのおもしろさのひとつはプレイヤーどうしの相互コミュニケーションにある。協力ゲームは対戦相手がゲームのシステムになるので、その中で十分なおもしろさを再現するのは難しい。ニーズはあるが、作る側の都合としてあまり生まれない」

◆アナログゲームはパッケージの裏側を見ても、そもそもどういうゲームなのかがわからないことが多い。作り手側、売る側の努力として、もう少しわかりやすく表現する方法があるのではないか?
丸田氏「確かにわかりづらいので、売る側としてはキャッチコピーを作ったりもする。一方、(ゲームのメカニクス的な部分を)書いたところでいったい何人の人がわかるのか、という側面もある。プレイヤーも作り手も、新しいメカニクスを求めている。(すでにある作品を例にして)“こういうタイプのゲームですよ”というアピールは魅力的にならない。作り手はどういったところが新しいのかを表現してほしいし、そこを伝えられるように努力している」
渡辺氏「確かにパッケージの裏に何を書くのかは努力の余地があり、その努力はデジタルでもアナログでも変わらない。アナログゲームはデジタルゲームのように、動画や画面を見ればわかるということがない。散々アナログゲームに接していても、説明書を読んだだけではわからず、“やってみなきゃわからない”のが悩みでもあり、おもしろさでもある。言葉を尽くすよりも体験会を開催したり、人が人に口コミで魅力を伝えられる環境を作ったりと、実際の世界でリアルに何かをやっていく補助をするほうが現実的ではないか」

◆デジタルゲームを経由した視点から見た、日本のアナログゲームの特徴とは?
渡辺氏「ディープな話しになるが、表面的に言うと、デジタルゲームの文化を共有している人向けに作られる作品が多いように思う。アナログゲームは作り手の興味が色濃く出る。デジタルゲームが好きな人が作っているから、デジタルゲームによく見られる題材をモチーフにしている人が多いのかなという気がする。逆に言うと、アナログゲームでは作り手の文化度や“大人度”が作品に表れる。デジタルゲームモチーフも個性的で長所ではあるが、作り手の興味が多様化すれば、その分アナログゲームも多様化するのでは?」