よい研究、楽しい研究をするためのヒント

 2016年8月24日~26日の3日間、パシフィコ横浜で開催されている、日本最大級のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC 2016”。開催初日、カーネギーメロン大学 ロボット研究所 ワイタカー記念全学教授の金出武雄氏による基調講演“画像を調理する: 面白く、役に立ち、ストーリーのある研究開発のすすめ”が行われた。

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▲冒頭で“楽しく研究してきた、というお話をしたい”と述べた金出氏。その言葉の通り、“研究が好きだ、楽しい”という気持ちが発言の端々から伝わってくる講演だった。
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▲金出氏がこれまでに研究・開発してきたシステムのひとつの中でも、とくに注目を浴びたという“Eye Vision”。アメフトの優勝決定戦スーパーボウルにおいて、30台以上のロボットカメラを会場に設置。それぞれのカメラが、水平方向やズームを自動で調整する。それらをコントロールするシステムがEye Visionだ。これにより、すばらしいプレイの模様を、あらゆる角度から(まるで映画『マトリックス』の有名なシーンのように)見ることができる。
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▲2001年に、スーパーボウルが現地で報道されたときの映像。
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▲金出氏は“スーパーボウルに出た、ただひとりの大学教授”と呼ばれているとのこと。

 金出氏が最初に提示したのは、“技術開発者の仕事と希望は何であるか”。こう問われた人のほとんどが、“よい研究や開発をすること”と言う。

 では、“よい研究”とは何か。金出氏は、カーネギーメロン大学の故アラン・ニューウェル教授の言葉を引用し、“よい科学は現実の現象、現実の問題に応答する”、“よい科学はちょっとしたところにある”、“よい科学は差を生む”と語った。

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▲現実の問題に応答するということは、つまり、世の中の役に立つということ。

 続いて金出氏は、自身の経験と観察から、よい研究を行うため、“素人発想、玄人実行”を提唱する。

 成功するアイデアは、もとは案外、単純・素直なものだ。そしてアイデアは、想像すること、希望を抱くことから生まれる。つまり、アイデアを思いつくこと自体は、誰でもできるのだ。

 では、誰でもできることのはずなのに、素直な発想を邪魔するものは何か。それは、なまじっか“知っている”と思う心。“専門家はこうするものだ”ということを学んでしまったために、発想が阻害されてしまう。

 かといって、素人が成功できるかというと、そうでもない。アイデアを実行するには専門的な知識と技がいるからだ。だからこそ“素人発想、玄人実行”すべきだ、とのこと。

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 そして金出氏は、“楽しく研究するためにどうしたらいいか”という下記のヒントを提示した。

■発想する
身のまわりからヒントを得る
飛躍したように見える推論、いい加減にも見える論理で結論に到達することを、“ひとまず”許す

■シナリオを作る
何がどうしてどうなって、どこでどんな風に役に立つかを考える。
広く、大きく、自由に、楽しく考えると、どんどん話が広がっていく

金出氏の研究の数々

 よい研究の概念や、楽しい研究のためのヒントが語られた後は、それらの考えのもとに、これまでに金出氏が研究してきたことが紹介された。

■バーチャルリアリティの研究

 いままさに注目を浴びているVirtual Reality。金出氏は、1993年のころに、すでにVRを研究していた。

 VRはなぜおもしろいか――それは対になる存在としてReal Realityが存在し、そこでやってみたい実験があるが、その実験の実行が難しいときにVirtual Realityを利用できるからだ、と金出氏。“リアルワールドをバーチャルワールドに取り込むことができなければ、意味をなさないのではないか”(役に立たないのではないか)と考えた。

 そこで金出氏が手掛けたのが、Scanning Laser Range Imager。映ったものを3Dで取り込めるレーダーで、室内だけでなく太陽光の中での撮影にも対応した。

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 しかしそのレーダーでは、動いているものを取り込むことはできなかった。“世の中のものは動いているのだから、つぎはリアルタイムで動いているものを取り込める機械を作ろう”と研究を進めた金出氏が着想したものが、“3Dドーム”だ。

 複数のカメラをドーム上に配置したもので、たとえば医師の手術の模様をドーム内で行えば、あらゆる方向から手術が見られる。NBAの試合を録画すれば、あらゆる角度から試合を楽しめる。

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 現在、このような“マルチカメラ技術”は、さまざまな場面で使われている。役立つ技術として広まったのだ。しかし、金出氏が最初にMulti-Camera stereoの論文を書いたときは、“こんなに多くのカメラを使う高価な道具は使われない”と、却下されてしまったとか。まさに、専門家の知識ゆえに、発想が阻害されてしまった例だ。

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■統計的幻覚プログラム

 続いて金出氏が紹介したのは、“統計的幻覚プログラム”だ。低解像度の画像が、もし高解像度のカメラで撮られていたなら、どんなものだったか? を導き出すものだ。

 プログラムには、多数の高解像度の画像を低解像度に変えて、データベース化したものが含まれている。
 プログラムを実行すると、高解像度に変換したい画像に似ているデータを参照し、“この画像が高解像度になったなら、こういう画像になるはずだ”という値を出すのだ。

 このプログラムを利用することで、たとえば、防犯カメラに映った犯罪者の顔を鮮明にできるし(あくまで予測であるため、証拠にはならないとのことだが)、解像度が低い文章があったとして、どういう文字が書いてあるかを想像して読めるようにすることもできる。

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▲右は、とある高解像度のデータ。左は、それを低解像度にしたデータ。そして中央が、プログラムによって予測された、“左の画像がもし高解像度だったなら”という画像だ。
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■スマートヘッドライト

 近年研究を進めているという“スマートヘッドライト”。クルマのヘッドライトが、雨や雪に当たると反射してしまう……という問題を解決するためのものだ。

 プロジェクターとカメラを組み合わせた装置で、雨粒があると思われる部分を予測し、そこには光が投射されないようにする、という仕組みだ。

 この技術を応用すれば、対向車の運転手に当たる光をオフにすることもでき、運転手が目がくらんで事故を起こしてしまうという危険性を減らせる、と金出氏は語った。

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▲初期の試作機。
▲左が通常のヘッドライト、右がスマートヘッドライト。右のほうが明らかに見やすくなっている。

研究の価値とは

 ここまでの紹介したものほかにも、自動運転で進むクルマなど(1995年、自動運転でアメリカ横断を成し遂げた)、数々の研究を成し遂げてきた金出氏。それらの研究の中で一貫しているのは、“役に立つことに価値がある”ということだ。

 “役に立つため”という焦点の定まった研究は、ストーリーがある研究になる。つまり成功へとつながるのだ。

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▲さまざまな問題があるとして、その中で、解ける、解けて意味のある問題を構想することが大事だ、ともコメント。
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 役立つ研究を楽しく行う――この考えは、どんな分野の研究・コンテンツ作りにおいてもあてはまることだろう。

 最後に金出氏は、“問題はあなたが解いてくれるのを待っている”と、来場者たちにエールを送り、講演を締めくくった。