“高齢者向けゲーム”で取り組むべき課題とは?
2016年3月14日~18日(現地時間)、アメリカ・サンフランシスコ モスコーニセンターにて、ゲームクリエイターの技術交流を目的とした世界最大規模のセッション、GDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)2016が開催。
会期4日目の3月17日に、マイアミ大学のボブ・デ・スカッター教授による“Beyond Ageism: Designing Meaningful Games for an Older Audience”が行われた。本講演は、「数十年後の未来、55歳になった自分が、“高年齢者向けゲームがおもしろくない”という理由で、未来を正すためにタイムトラベルをして過去にきた」という設定のもとに行われたもの。まあ、要は“高齢者向けゲーム”のいまを分析した講演と言える。アラフィフ記者には極めて興味深いセッションということで、取材協力をお願いしているYさん(若手)をそそのかして、会場に足を運んだ次第。
ちなみに“高齢者向けゲーム”といってもいろいろな定義があるようだが、今回は便宜上“50歳以上”定義したとのこと。スカッター教授も「失礼ですが」と謝っておりましたが、あくまでも便宜上であります。
さて、スカッター教授は年若いふうながらも高齢者向けゲームを研究の中心にしているという奇特な(失礼!)方のようですが、なぜ高齢者向けゲームについて語る必要があるのかというと、それはずばりゲーマーのうち高齢者の割合がかなりにのぼるから。2015年は、全体の27%が50歳以上というデータもあるくらい。これらのデータが完全には正解でないとしても、世界中のかなりの高齢者がゲームを遊んでいることは間違いない。そして、2050年には世界人口の5人にひとりが、60歳以上になるという予測もあるのだ。じつに現在の2倍(!)。
つまり、高齢者にもより楽しくゲームを遊んでもらう必要があるわけだ。そのための前提条件があって、「精神的にも肉体的にもゲームが遊べる状態にあること」、「彼らにとって適したゲームが存在していること」、「彼ら自身がゲームに興味を持っていること」とスカッター教授は条件を挙げる。
では、それらを実現するにはどうすればいいのか? まあ、答えは簡単で、高齢者にとって意味のあるゲームを作ればいいのだ。「そのためには、アクセシビリティとコンテンツが重要です」とスカッター教授は断言する。アクセシビリティとは、情報やサービスなどの利用しやすさのことで、スカッター教授は、まずこのアクセシビリティについて言及する。
いまはどれだけ健康でも、加齢により体の機能が低下していくのは避けられない。いずれは音声が聞き取りにくくなったり、あるいはゲームパッドが使えなくなるときがくるかもしれない。だからアクセシビリティは大事だと、スカッター教授は言う。
わかりやすい取り組みの一例としては、“フォントのサイズを大きくする”というのがある。たしかに、テレビがHD画質になって逆に文字が小さくなり、見えにくくなってしまった……というのは、記者も誰にも言わないちょっとした悩みだ。さらには、気づきにくいものとして、“高周波帯の音を使わない”というのもあるという。たしかに聞こえない!
「アクセシビリティ向上のための取り組みは、じつは労力がそれほどかからないし、ゲームデザインにも影響を与えません。少しだけでも違いが出るので、全部は対処しなくても、いくつかやってみましょう」とスカッター教授は勧める。さらに教授は、アクセシビリティを考えるなら、ゲームデザインを考えるときに最初から取り組むべきであり、ゲームの難易度を下げるといった方向性にいくのではなくて、インターフェースを調整すべきだと主張する。実際のところ、練習を重ねて熟練している高齢者ゲーマーはたくさんいる。「そうしてゲームを通して、社交機会や身体的な健康向上、さらに自尊心を満たす機会が得られるのです」と、スカッター教授。たしかに、そう考えると、ゲームは高齢者に張り合いや生き甲斐を与えるツールとなり得るのだ。
ちなみに、アクセシビリティに関しては、IGDA(国際ゲーム開発者協会)のアクセシビリティ専門部会がすばらしいサイトを用意しているとのことで、気になる方はぜひご一読を(英文)。
で、肝心のコンテンツについて。まずは現状分析から。いま高齢者が遊んでいるゲームについてアンケート調査を実施したところ(参加者は14万4000人以上)、50歳以上のゲーマーにもっとも使われていたプラットフォームはPCで、女性が86%で、男性が81%とほかを圧倒している。遊んでいるゲームは、女性が『Farm Ville』 、『Glitch』、『セカンドライフ』、男性が『Railroad Tycoon』、『セカンドライフ』、『Microsoft Solitaire』という結果だったようだ。
ところが、調査の結果、高齢者のほうがゲームを遊ぶモチベーションが低いことがわかったという。話を聞いてみると、「現在主流のタイトルは自分の好みではない」や、それでもゲームを遊ぶ人にとっては、「グラフィックばかりで革新性がない」という意見が見られたのだとか。
そこでスカッター教授は、少し方向性を変えて“年齢差別・思い込み”について言及する。高齢者向けゲームというと、誰もが脳トレやフィットネス系を思い浮かべると思うが、そういったゲームは“若さを取り戻そう”、“かつての能力を取り戻そう”といったテーマが見えがちで、「老いを恐れさせて買わせている側面がある」とスカッター教授。ところが実際には、アンケートでは、高齢者がそれらのタイトルを実際に好んでいる結果は出なかったという。そして、社会から「こういうものに興味があるんでしょう?」という押し付けをされ続ける生活は苦しいとスカッター教授は続ける。「この点は、女性らしさを押し付けられる女性にも通じるところがあります」とのことで、記者もちょっと耳が痛い。
「脳トレやフィットネスは、“結果”のために遊ぶものであって、子どもには元気に遊んでほしいですよね? それは遊びを通してたくさん学びを得られるから。それは高齢者であっても同じことです」とスカッター教授。つまり、ゲームは結果を求めるためにやるものではなくて、あくまで遊びが目的であるべきなのだ。
さて、MDAフレームワークというのをご存じだろうか? こちらはゲームの構成要素を“Mechanics(メカニクス・ゲーム性)”、“Dynamics(ダイナミクス・ゲーム性が生み出す流れ)”、“Aesthetics(エステティクス・ゲームで得られる感覚)”の3つに分類した有名なフレームワーク(枠組み)で、ゲームデザイナーは、“アスレチックス”を実現するためにゲーム性を組み上げていくという。たとえば、“手応えがある”という“Aesthetics”を得るためには、“おもしろいパズルを用意する”といった具合だ。
MDAフレームワークでは、この“Aesthetics”にたくさんの分類が設けられているのだが、とくに“Geronto Aesthetics”という拡張版は、高齢者に向けた内容になっているという。具体的には、以下のものがあるという。
・個人的成長を促す
・他者への貢献感を生み出す
・大事な人と一体感を生む
・実際にはできない行動の代替として作用する (足が悪くてサッカーができないけれど、スポーツを楽しむ感覚を得られるなど)
・最新の時流や情報に追いつく
・過去を懐かしむ
「ゲームデザイナーは、今後これらの“Aesthetics”を生み出すようにゲーム性を組み立てることで、高年齢者にとって意味のあるゲームをデザインすることが可能になるんです」と、スカッター教授は主張する。
と、高齢者向けゲームコンテンツへの指針が示されたところで、スカッター教授はちょっぴり話の方向性を変えて、自身が分類した高齢者ゲーマー5タイプを紹介する。それは以下の通り。
・Time Wasters(暇つぶし)
ほかにやることがないからゲームを遊ぶタイプ。新しい物を探すのにあまり興味がなく、なじみのあるものを好む。現時点ではおそらくいちばん多いタイプ。
よく遊ぶゲーム:『数独』
・Freedom Fighters(自由の戦士)
「豊かな生活をしたい!」という発想のもと、他人の目は気にせずに、楽しいことを追求する。「PopCap社のゲームを気ままに遊んだりする」(スカッター教授)とのこと。
よく遊ぶゲーム:『プラントvs.ゾンビ』
・Compensators(代替行動者)
“Time Wasters(暇つぶし)”と似ているが、健康上の理由や配偶者の世話などに縛られており、行動を制限されている。他者との交流を求める傾向があり、MMOなどを好む。
よく遊ぶゲーム:『セカンドライフ』
・Value Seekers(価値探求者)
ゲームを興味関心の入り口として使うタイプで、ゲームの中身に関心を寄せる。戦略性の強い歴史ストラテジーやフライトシミュレーターを好む。
よく遊ぶゲーム:『シヴィライゼーションV』
・Ludophiles(愛好家)
遊ぶことが大好き。楽しそうなゲームなら遊ぶ。とくにニッチなゲームを好む。
よく遊ぶゲーム:『The Secret world』
「これを見れば、“高齢者のゲーマーといっても、ひとくくりにはできないよね”と思われるのではないかと思います」とスカッター教授。高齢者と言えど、誰もが異なる理由でゲームを遊んでいるというわけだ。
「高齢者向けのコンテンツを作りましょう!」というわけで、スカッター教授は北米のレーティングである“ESRB”をもじって方向性を提案する。
・“激しい暴力表現”ではなく“革新的なゲームプレイ”
・“性的テーマ”ではなく“思考の糧となるようなテーマ”
・“過激な表現”ではなく“深みのあるダイアログ”
・“流血表現”ではなく“感情を掻き立てる体験”
『Papers, Please』や『風ノ旅ビト』など、とくにインディーゲームにすでにそういうタイトルは存在しますよね……とスカッター教授。
最後にスカッター教授は、「ゲームは、かつてないほどすばらしいものになっています。自分が子どものころに、いまみたいな環境があったら……と思うくらい。今後は、高齢者向けゲームという分野に、多くの課題とチャンスがあります。いっしょに取り組んでいけたらうれしいです」と、聴講者であるゲームクリエイターにメッセージを贈って講演を締めくくった。高齢化が進む日本においても、高齢者向けゲームのニーズが今後高まるであろうことは間違いない。記者も60歳、70歳、80歳、90歳となっても、楽しくゲームを遊べる環境があればいいなと……望まずにはいられない。
[2017年3月5日午前2時]名前の表記を修正させていただきました。