『MGSV』のストーリーをどう読み解くべきか識者に訊く

“『メタルギア ソリッド V ファントムペイン』は未完ではないのか”。そんな論調がネット界隈を席巻した。ヴェノム・スネークの設定や幻のエピソード51の存在、そしてFOBオンラインでの核廃絶など、これらの要素をどのように考えればいいか。シリーズの識者としてふさわしい、矢野健二氏に話を訊いた。

●矢野健二氏インタビュー完全版!

ネタバレ注意!!! エピソード46をクリアー後にお読みいただくことをオススメします。

“『メタルギア ソリッド V ファントムペイン』(以下、『MGSV』)は未完ではないのか”。そんな論調がネット界隈を席巻した。ヴェノム・スネークの設定や幻のエピソード51の存在、そしてFOBオンラインでの核廃絶など、これらの要素をどのように考えればいいか。シリーズの識者としてふさわしい、矢野健二氏に話を訊いた。

※本インタビュー記事は、週刊ファミ通2015年12月24日号(2015年12月10日発売)に掲載された内容をベースに、大幅に加筆、再編集したものです。


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矢野健二
KADOKAWA所属。『MGS』シリーズを徹底解剖した単行本、『METAL GEAR SOLID naked』や、伊藤計劃氏、長谷敏司氏、野島一人氏による『MGS』のノベライズの企画・編集を手掛ける。Web番組コジマ・ステーションにもたびたび出演し、鋭い考察でシリーズを解説。


●19世紀の小説家と21世紀のゲームデザイナー

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──矢野さんには『MGSV』のストーリーについて解説いただきたいのですが、その前にお聞きしたいことがあります。

矢野 はい、なんでしょう?

──『MGSV』が発売されて少し経ったころです。小島監督がTwitterで『MGSV』についてつぶやかれているのですが、『MGSV』のことを“永遠の空白”と表現しています。この空白とは、どう考えればいいのでしょうか?


矢野 いきなり難しいですね(笑)。“空白であるが、埋まらない。その空白に英雄はいつもいる。空白があるから先に進める。この空白こそが「V」なのだ”。小説版『メタルギアソリッド ファントムペイン』の解説を小島監督はこう締めくくっています。では、その空白とは何か。それは『MGSV』の重要なモチーフとなった『白鯨』のこと、白い鯨が表象する空白のことです。

──そうなると、何より最初に触れておきたいのは、小説『白鯨』との関連でしょうか。

矢野 まずはそこからでしょうね。『白鯨』は、アメリカの作家ハーマン・メルヴィルが1851年に発表した大長編小説です。私たちが何となく理解しているのは、モビー・ディックと呼ばれる白い巨大なマッコウクジラに片足を食いちぎられたエイハブ船長が、その復讐を果たすために捕鯨船ピークォドを駆ってモビー・ディックを殺そうとする、復讐の物語であるということ。そして、その物語の語り手は、イシュメールという人物です。

──聞き覚えのある名前ばかりですね(笑)。

矢野 ええ。『MGSV』ではプレイヤーはエイハブと呼ばれますし、そのエイハブを導く謎の男の名前がイシュメール。スネークの拠点となるヘリの名前はピークォド、そして2012年に突如発表された謎の新作『The Phantom Pain』の開発元とされるスウェーデンのスタジオ(のちに小島監督による演出であったことが判明)の名前はモビー・ディックでした。

──なぜ『白鯨』だったのでしょうか?

矢野 じつは、個人的に小島監督から『MGSV』の構想を聞いていました。2011年のことです。その時点で、すべての要素は出揃っていました。ファントムペイン(幻肢痛)、声帯虫、RACE(人種)、報復というテーマ、当然『白鯨』というモチーフも。ただ、この時点ではイシュメールはヒューイでした。スネークはエイハブで、ダイアモンド・ドッグズが相手にする敵は米国。ヒューイ=イシュメールは米国側の人間で、米国の正義の視点から語られるという構造でした。なぜ、語り手(イシュメール)の役割がヒューイでなく、BIGBOSSになったのかは、あとで明らかになります。

──サラッと衝撃的な事実が(笑)。順番にお聞きしていきますが、まずは『白鯨』について詳しくお話を……。

矢野 『白鯨』が発表される少し前、17世紀から18世紀くらいまで、捕鯨は全世界的な産業でした。単なる食糧ではなく、鯨は“世界を回すエネルギー”だったと。油はもちろん、骨、ヒゲなど、あらゆる部位が人間の生活を支えていたのです。たとえばヒゲは、スカートの形を保つ骨だったり、コルセットの張り骨、ソファのスプリング、傘の骨としても使われていました。世界地図も、捕鯨船の航海のおかげで作られたという説もあります。鯨は当時の人々の生活に密着していた。あるいは、彼らの生活に“忍び込んで”いたんです。

──鯨が世界のエネルギー。現代の暮らしからはなかなか想像できないですね。

矢野 そんな捕鯨もやがて廃れ、現在では禁止される行為です。なぜ廃れたかと言ったら、鯨に代わるエネルギーが登場したからですよね。石炭から蒸気機関が生まれ、石油、電気と移り変わり、いまは核エネルギーであると。つまり、鯨はかつて、核エネルギーと同じ位置を占めていたということになる。第1次世界大戦のときは、鯨油は爆弾の原料になっていたそうです。かつて生活を支えていたエネルギーが、世界を壊す原料になる、というのは核と同じです。

──なるほど。だんだんと共通点が。

矢野 『MGS』のファンであればピンと来ると思うのですが、『MGS』というのは表層的には反戦・反核というテーマを据えながら、その時代を定義したり規定する、いわば“世界そのものの仕組み”を相手にしていますよね。その根底にある、世界を動かす力とは何か、と考えたら、現代では核エネルギーになる。そこから遡ってみたら、かつてのエネルギー源であった鯨にたどり着いたというのは、ある意味必然だったのかなと。エネルギーの光と影──。私たちの世界を進歩させて明るく照らし、しかしそれが明るくなるほどに影も濃く暗くする世界を規定するものを、小島監督はつねに執拗にえぐり出そうとしてきました。それは核エネルギーであり、遺伝子であり、文化そのもののことです。

──『白鯨』も『MGSV』も、世界を動かす大いなる力の比喩として鯨に目を付けたわけですね。

矢野 重要なのは、小島監督がただ『白鯨』のモチーフを借りてきたわけではないことです。世界の仕組みをしつこく考え抜いたメルヴィルと小島監督が、同じ答えを導き出したということなんだと思います。19世紀の小説家と21世紀のゲームデザイナーが追いかけるものは、同じなんです。この時点で、小島監督の想像力は世界文学とつながったと言ってもいい。そして、『MGSV』の舞台がアフガンやアフリカであることも、エネルギーという視点から考えれば、当然の帰結です。そこは石油の採掘地帯であり、レアメタルなどの鉱物資源の産地でもあります。そういえば、今年(2015年)は細田守監督の『バケモノの子』も『白鯨』がモチーフになっていました。こういう偶然というのは、ときどき起きるものなんですね。

──エネルギーを巡る争いが『MGSV』のキーワードになっている?

矢野 そうですね。さらに『MGSV』では、“声帯虫”というアイデアを用意することで、生物資源が略奪の対象になることも射程に入れています。核を無効にした後、スカルフェイスが声帯虫によって世界をコントロールしようとすることで、それは示されます。生物がエネルギーになり、世界を規定する可能性。それは荒唐無稽な想像ではありません。かつて鯨という生物がそうだった時代があったわけですから。巨大な鯨ではなく、目に見えぬ微生物や細菌が武器やエネルギーになる。21世紀の想像力は、ミクロなものへと手を伸ばそうとするのです。

──強大なエネルギーを巡る野望と復讐の連鎖。小島監督は、今回の『MGSV』の中に『白鯨』を見たと。

矢野 興味深いのは、メルヴィルは、鯨のヒゲの入ったスカートを履いた女性を指して「考えてみれば、鯨の中にいるのと同じだ」という意味のことを書いているんです。知らず知らずのうちに、鯨が生活に忍び込んでいるということですが、これは『MGS2』における「我々は“愛国者達”と呼ばれる文化装置の中にいる」という小島監督の発想を連想しますよね。『白鯨』は非常に“『メタル』的”なんです。順番が逆かもしれませんが(笑)。

──『白鯨』と『MGSV』は、エネルギーという共通項だけではなく、“復讐”というテーマも同じなんですよね。

矢野 はい。捕鯨小説としての『白鯨』は、復讐の物語でもあります。その復讐を企てるのは、エイハブだけではありません。一等航海士スターバックは、航海の途中でエイハブに殺されそうになったことへの報復を謀ろうとします。しかし、眠っているエイハブを銃殺しようとしたスターバックは、それを諦める。スターバックは、エイハブの復讐心はやがて自分だけでなく乗員全員に及ぶと畏れ、スターバックの個人的な復讐を“仲間のため”という大義にすり替える。ここにスネークの暗殺を諦めるクワイエットや、“仲間のため”を主張するヒューイ、感染阻止のためとはいえ、マザーベースのスタッフを殺戮するスネークの姿が見え隠れします。

──復讐のメカニズムがこうした必然を生むのか、ものすごく共通していますね。ごく個人的な復讐がいつしか仲間の復讐になり、やがて世界を巻き込む報復の連鎖を生み出す。

矢野 さらに復讐心を抱くのは、エイハブに追われるモビー・ディックも同じです。『MGSV』でスカルフェイスが主張したように、この世はアクションとリアクションの連鎖です。やられたら、やり返す。その理屈の通りに、モビー・ディックもエイハブに襲いかかる。『白鯨』と同様に、『MGSV』もまた復讐の物語です。その復讐を稼働させるのが、エネルギーを巡る争奪戦です。世界を規定するエネルギーを手にする者は、世界の王となる。そこには謀略と策略が渦巻く。裏切りがあり、死がある。そここそが復讐心の苗床になる。でも、あらゆる王は、覇権を取ったのちに、血みどろの道のりを正義のカバーストーリーで書き換えます。謀略と復讐は巧妙に隠されるんです。もしも、当初の構想のようにヒューイがイシュメールだったら、『MGSV』の物語は、もっと陰惨でやりきれないものになっていたでしょう。

──ヒューイにしてみれば、自分以外まともなやつはダイアモンド・ドッグズにはいなかったわけですからね。復讐に駆り立てられた殺戮集団でしかない。しかし、そのイシュメール(語り部)がBIGBOSSに変わった理由とは?

矢野 まず、エイハブとは何なのか、整理しましょう。現実の世界では、エイハブ船長はしばしばアメリカの正義を体現するキャラクターとして利用されてきました。“自由の息子達”であるアメリカは、その幸福と自由を追求することで、世界すべてを自由にできると信じている。その根源にあるのは、かつての旧大陸における恥辱の記憶です。個人的な復讐心しかないはずのエイハブ船長が、アメリカの正義と重ね合わされると、それは国家の根源的記憶が持っていた復讐の理論を、正義の理論に転換させることになる。エイハブにとっての敵はモビー・ディックなわけですが、そのモビー・ディックのイメージは、ときにソビエトに重ね合わされ、“911”のテロのときには、イラクに置き換えられてきました。エイハブ=アメリカとなった時点で、英雄はアメリカになる。

──自分たちの戦いを正当化にするためのアイコンがエイハブなわけですね。アメリカがそうしてきたように。

矢野 でも『MGSV』においては、アメリカこそがモビー・ディックです。BIGBOSSは、アメリカという白鯨に襲われたエイハブなのです。BIGBOSSは復讐心を絆にして、アメリカ(的な正義の理屈)に復讐せんとする仲間を集める。しかし、アメリカから見れば、彼らこそがモビー・ディックです。『MGSV』がやろうとしたのは、エイハブとエイハブの、あるいはモビー・ディックとモビー・ディックの闘争だと考えられます。アメリカのエイハブは、これまで通り世界の安定=自由と幸福の追求という“正義の理論”を行使する。BIGBOSSのエイハブは、それと同じロジックは行使できない。だから彼は“悪に堕ち”なければならない。むしろ、復讐に駆り立てられたあらゆる戦いが、正義の理論に隠れた悪の戦いであることを明らかにするためにも、BIGBOSSは悪にならなければならない。

──両者にとって正義の戦いではあるけれど、BIGBOSS側は正義の理論は振りかざせない。ただ復讐のために、どの国にも属さない武装組織を拡大させていく。結果的に、世界を敵に回す戦いなんですよね。

矢野 もっと正確に言えば、BIGBOSSの存在を悪だと規定するこの世界の仕組みこそを見せなければならない。だから『MGSV』は、エイハブこそがお前(プレイヤー)だ、と宣言する。世界の巧妙な仕組みによって“悪に堕ち”なければならない不条理こそを身をもって体験しろ、と。そこから持ち帰ったものを使え、と。そのメッセージを発するのは、アメリカ側の人間であるヒューイではなく、BIGBOSSその人でなければならないのです。


●FOBオンラインの真の狙いとは?

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──ゲームとしては軍拡を目的としているのに、なぜか“核を廃棄する”という選択肢が用意されているFOBオンライン。これの意図を矢野さんはどうお考えですか?

矢野 まずは、時代背景から考えてみます。『MGSV』の時代設定である1984年とは、レーガンのスターウォーズ計画などによって、冷戦構造のほころびと、ソ連の崩壊が兆し始めた時代です。でも、私たちはその後の歴史を生きているので、正義の理論の行使はじつは報復の理論と表裏一体だということを知っています。冷戦が終わり、イラク戦争が終わっても、なお世界は酷いことになっている。ひとりの英雄の個人的な復讐心を国家が代行して、それを正義の理論に変換する仕組みがこのまま続けば、いつか世界は全滅する。

──21世紀に生きる私たちも、ときに目の当たりにしてきました。アメリカの正義は果たして本当に正しいのだろうか、と。

矢野 そういう現実世界の仕組み──復讐や報復の連鎖がすべての戦争や紛争のもとであることを、プレイヤーがもうひとりのBIGBOSSとなってゲームで体験してもらう。小島監督はそう考えたんだと思います。第2章が終わった後に、プレイヤーが体験するのは、いまはまだこの世界では実現できない“PEACE”なんです。それがFOBオンラインという仕掛けなんじゃないでしょうか。

──対戦要素として用意されているFOBオンラインをそのように解釈するのはおもしろいですね。

矢野 非常につらい体験をさせて、どれだけBIGBOSSになれるかというのが第2章ですよね。ダイアモンド・ドッグズという部隊は、端から見ればテロリストのようなものです。自分たちは間違ったことをしていないという信念を持ちつつも、武力を行使して解決しようとする、危険極まりない集団。報復の連鎖を止めるにはどうすればいいのか、それを考えるのがFOBオンラインではないかと。

──この取材の時点(2015年11月19日)ではまだ達成できていませんが、FOBオンラインで核兵器をすべて廃絶すると、特別なイベントが発生すると聞いています。

矢野 FOBオンラインは、ゲームに対して異なる感想を持つ人どうしでも、“核を捨てる”という行為でひとつになれます。リアルな世界では人種や宗教、思想の違いによる争いは恐らくなくならないけど、核を捨てるという行為はできるんじゃないかと。少なくとも、ゲームの世界ではもうできるわけです。フィクションの世界でも、感じることができればそれは“リアル”です。こうしたことを考えるのが、FOBオンラインの本質でしょう。「核廃絶なんて無理」と感じることも、答えのひとつ。プレイヤーひとりひとりの物語なんです。

──物語を自分たちで紡ぐ……エンターテインメントとしては、かなり深いですね。

矢野 君たちは、世界を変えることができる。少なくとも『MGSV』が用意したオープンワールドならば。それが、小島監督の見せた誠意なんだと思うんです。こんなに切実で誠意のある物語が、かつてあったでしょうか。