『マインクラフトEdu』を使ったプログラミング授業とは?

 2015年10月31日(土)、東京都多摩市の多摩市立愛和小学校で、プログラミング教育に主眼をおいたイベント“i和 design-Programming Festival”が開催された。世界的大ヒットゲーム『マインクラフト』を国内の公立小学校の授業教材として初めて採用するなど、各界からの注目を集めたイベントの様子をお届けする。

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 i和 design-Programming Festivalは、愛和小学校の松田孝校長が代表を務める、教育イベント。授業時間となる午前中は、各学年ごとに、さまざまな教材を用いたプログラミング授業(2コマ90分)が公開され、保護者や教育関係者が、その様子を参観した。

 注目は、サンドボックス型ゲーム『マインクラフト』の教育者向けエディション『マインクラフトEdu』が教材として採用された、5年生の授業。教材監修を担当した子ども向けプログラミングスクール“TENTO”の代表・竹林暁氏が、特別講師を務めた。2週間前にプレ授業を行っていたということで、生徒たちは、ゲームへのログインやワールド移動などの基本的な操作をマスターした状態での授業となった。

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 今回の課題は、“タートルブロック”を用いた簡易プログラミングの練習。マス目状のスクリプトエリアに、ブロックの動きに関する命令のアイコンをセットして、ダンスのルーチンを作成するというもので、授業の最後には、3人のグループ班ごとに、その成果が発表された。

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 授業中、同一ワールドにいるほかの生徒のキャラにちょっかいを出したり、自分で作った動きがツボに入って大笑いする場面があったものの、教室内がルーズなムードになることなく、講師のサポートのもと、それぞれのペースで課題に取り組んでいる姿が、印象的だった。
 発表されたダンスは、振り付けの複雑さや、班ごとの統一性などがまちまち。しかし、すべての生徒が破綻のないスクリプトを組めたことから、生徒たちの飲み込みの早さ、グログラミング学習の窓口としての『マインクラフト』の有用性が浮き彫りになった。

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▲ジョークを交えつつ、取り組むべき課題を手際よく与えていった、TENTOの竹林氏。

 スクリプトを埋め込んだブロックを壊してしまい、急きょ講師がその場で作り直したり、特定生徒のPC上のアプリケーションが停止してしまったりと、ゲームソフトにありがちな小さなトラブルこそあったものの、公立校におけるプログラミング学習のありかたに一石を投じる形となった、今回の授業。その現状と今後の課題について、サポート講師として参加したTENTOスタッフ・松尾高明氏に、たずねてみた。

──TENTOさんの活動について教えてください。
松尾 さまざまプログラミング言語の学習指導を行っています。小さな子向けのscratch(スクラッチ)から、上の子はJavaSscript、RUBY、Pythonなど、大抵のものを教えられる状態にしています。最初からやりたいものがある子には、こちら側がアドバイザーに徹して、好きなものをプログラムしてもらい、そうでない子にたいしては、授業の授業っぽく、各プログラミング言語を授業形式で段階的に指導しています。

──『マインクラフト』をプログラミング授業に取り入れようと思ったきっかけは?
松尾 TENTOの1期生の中に、『マインクラフト』のバージョン1.1.0(開発版)のころから好きな方がいて、代表の竹林が、「おもしろそうじゃん」と言って、採り入れてみたんです。授業の最初に、みんなで同じ街を作ったり、ひとつのワールドに集まって冒険したりして、15分くらい経ったら子どもたちのキャラクターの動きを強制ストップさせて、「では今日の課題をはじめます」という流れでやってみたら、ずいぶんまとまりができました。いま流行しているし、ほとんどマウスだけで操作できるので、子どもたちの食いつきがいいんですよね。ゼロからコンピュータ操作に慣れるためのものとしても、有効に活用しています。

──授業として『マインクラフト』を突き詰めていった先にあるものは?
松尾 私たちとしては、テキスト入力のプログラミング言語へのステップアップですね。この前、Pythonのカンファレンスの子ども向けワークショップで、Pythonを使って『マインクラフト』の世界を制御するといったことをやりました。セットブロック命令をくり返すと壁や模様ができ、最終的には、取り込んだ画像を『マインクラフト』の世界で表現する……というものです。

──ちょっと難しそうですね。このワークショップの対象年齢層は?
松尾 参加者募集時には中高生を想定していたんですけど、ふたを開けてみたら、半分以上が小学生でした(笑)。ですから、あらかじめ完成したソースコードファイルを用意しておいて、それを実行して数値をちょこちょこと変えれば、自分のオリジナルができるようにしておきました。最初はキーボードの操作の練習からはじめたのですが、もともとPC版の『マインクラフト』で慣れている子たちが多かったですね。

──『マインクラフト Edu Edition』などのプログラミング環境が、教育現場に根づいていく際の課題は?
松尾 TENTO主催のワークショップに来る子は、もともとコンピュータやゲームが好きな子が多かったんです。ところが最近は、ちょっと風向きが変わって、「親に言われたから来る」っていう子が、増えてきています。ゲームをきっかけになじむ子もいるんですけど、コンピュータに興味ない子のモチベーションを上げることが、当面の課題ですね。学校では、その傾向がさらに顕著になるのではないかと思います。ただ、いまの子供たちは、生まれた時からインターネットやタブレットがある世代だけあって、吸収の早さは、さすがですね。

そのほかの学年の授業

 当日は、ほかの学年でも、タブレットPCまたはノートPCを使ってのプログラミング授業が行われた。低学年は、端末の操作に慣れることと、創造性を発揮することを中心に、上の学年にいくほど、特定の動作を再現するための論理的なプログラミングが要求される内容を学習した。
低学年の授業は、教員が直接指導にあたっていたが、中学年以上の、より高度な環境を教材として使用する際には、専門の指導者の知識や、不測の事態への対応力がまだまだ必要……との印象を受けた。

【1年生:scratch Jr(スクラッチ ジュニア)】
 マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボが開発した、子供向けプログラミング学習環境“Scratch”の低年齢(5~7歳)向け版“Scratch Jr”を使って、お話しを作る授業。後半は、班ごとに協力してひとつの映像作品を作成。作品の発表は、ネットワーク共有されたデータを、先生が大型モニターに出力して行われた。指導者は、同校教員。

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【2年生:Viscuit(ビスケット)】
 原田康徳氏が考案・開発した、配列や変数などを廃したビジュアルプログラミング言語Viscuitの使いかたをマスターする授業。色を変える、タッチすると絵が変化するなどの基本的な動作を体験した後、簡単なゲーム制作に取り組んでいた。指導者は、同校教員。

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【3年生:Scratch(スクラッチ)】
 “Scratch”を用いたゲーム作成。お手本となる、シンプルなシューティングゲームを改造する形で、思い思いのイメージに近づけていった。使用ハードがノートPCということで、基本的な操作方法を身につけていることが前提として、授業が進められていた。指導者は、同行教員と、理数・ロボット・プログラミング教室STEMON代表の、中村一彰氏。

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【4年生:Tickle(ティックル)+BB-8】
 “Scratch”の派生プログラミング言語“Tickle”を用いて、BB-8(『スター・ウォーズ』の新作映画に登場する同名ドロイドの、ラジコン人形)の動きを制御するスクリプトを、グループごとに作成する授業。壁にぶつかった時の挙動を、BB-8を実際に動かしては最調整……という形で進めていった。指導者は、同校教員と、教育・ワークショップ・教材開発を行うヤスラボの代表・安川要平氏と、ベネッセ・コーポレーションの高橋淳氏。

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【6年生:LEGO MindStorms EV3(レゴ マインドストーム EV3)】
 LEGO社がリリースするプログラミングロボット教材「レゴマインドストーム“EV3”を用いて、所定の挙動をグループで再現する授業。数学を使って導き出した数値を入力する必要があるなど、高度な論理的思考が要求される。指導者は、同校教員と、神奈川工科大学の吉野和芳氏。

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プログラミング教育の可能性が感じられらワークショップ

 帰りの会~下校後は、校舎内を、プログラミング教育をテーマにしたワークショップとして一般開放。午前中の授業で使用した各教材や、ハンダづけ・プログラミング不要の電子回路組み立てキット“LittleBits”を直接触れる場が、いくつかの教室に設けられた。『マインクラフトEdu』のワークショップも、授業で使用した図書室で行われ、老若男女が興味津々に指導を受けていた。

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▲ブロック感覚でつなげた回路が、さまざまな反応を見せるのが楽しい、LittleBits。併設のスペースでは、pepperほか、さまざまなタイプのロボットも展示された。
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▲Tickleのワークショップでは、飛行型ドローンの操作も体験できた。操作の際は、指導員の指示のもと、安全性が十分に確保された状態で行われた。

 ソニー・コンピュータ・エンタテインメント(SCE)が企画・機材協力した『マインクラフト』ブースでは、さまざまな学科での『マインクラフト』の使用例がデモンストレーション展示されていた。理科では、フィールドに再現されたスイッチの電子回路を実際に操作できたり、算数では、図形計算用のブロックをいろんな角度から見回せたりと、自由度・再現性の高さを生かした展示が並び、来場者の関心を集めていた。

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愛和小学校校長インタビュー「子どもたちにとっていいことは、どんどん採り入れたい」

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▲自身はテレビゲームはプレイしないという松田校長。あくまでも教育者視点で、『マインクラフト』に可能性を感じたとのこと。

 2013年にiPad、2015年にはウィンドウズのタブレット機やChoromeBookを導入し、教育のICT(情報通信技術)化を推進する愛和小学校。教育者向けエディションとはいえ、テレビゲームを授業に採り入れるなどの大胆な方針がどのように打ち出されたのか、同校校長の松田氏に伺ってみた。日本の学校教育、そして、テレビゲームの将来のありかたを考えさせられる氏のコメントを、ご一読あれ。

──そもそも『マインクラフト』を授業に採り入れようと思ったきっかけは?
松田 去年、『マインクラフト』が子どもたちのあいだで絶大的な人気があることを知りまして、TENTOさんが主催されている『マインクラフト』のワークショップに見学に行ったんです。そこに集まる子供たちの集中力、創造性にふれて「こういう世界があるんだ」とびっくりして、その世界で広げられる姿を当校でも実現したいと思いました。

──去年知って今年に導入、というのは、スピード感がありますね。
松田 今回、『マインクラフト』のエデュケーション版ができたということで、公開授業のタイミングに合わせて、TENTOさんにご協力いただきました。もともと当校は、iPadが教材として、生徒ひとりに1台支給されていたり、校内にWi-Fi環境が整っていたこともあって、導入はスムーズでした。

──こういった授業に対する、在校生の保護者の反応は?
松田 最初は懸念を示される声もありましたが、少しずつ理解を深められているんじゃないかなと思っています。とくに低学年の保護者が理解を示してくださって、今日のワークショップも、子どもと一緒に参加されているようです。

──テレビゲームは長らく、学業の妨げになるものとして、教育現場から忌避されてきた存在かと思われますが、指導する側の先生方の反応はいかがでしょうか?
松田 ゲームを授業に採り入れること自体に、抵抗を感じられている面は、確かにあります。でも、そういう時代じゃないんですよね。

──というと?
松田 ゲーミフィケーション(※ゲームデザインの技術・思想を用いた、学習意欲や作業能率を向上させるノウハウ。定義には諸説あり)によって引き出される、子どもたちの集中力って、半端じゃないんです。子どもたちにとっていいことだったら、採り入れればいいのかなと思っています。SCEさんからは、各教科で『マインクラフト』をこんな風に利用できるという提案もいただいているので、精査の上、実際の授業に導していきたいと思います。こんな授業だったら、子どもは進んで学校に来ますよね。おもしろいから(笑)。

──今回の公開授業では、『マインクラフト』以外にも、さまざまなプログラミング環境・教材を採用されています。よさそうなものは、いろいろ試してみようということでしょうか?
松田 たとえば、Scratchって、端末があって通信インフラがあれば、無料でできるじゃないですか。環境が整っているんだから、有効活用しないと損ですよね。月1回の英語活動では、オンライン英会話スクールの協力のもと、Skypeでネイティブと話す機会を設けているんですよ。

──公立学校でのPC、タブレット端末の導入が年々増加していることは報道を通して知っていましたが、実際にこのように使われていたとは、知りませんでした。
松田 本来、なぜ学校に行くのかといえば、最先端を学ぶためなんです。タブレットが導入された時、これまでの学校のあり方が時代遅れだったことに、教師側のひとりとして気づきました。よく「タブレットはツール」っていうじゃないですか。ツールだったら、いろんなことに使えばいい。教育現場でのタブレットの使い方って、いままでの教科教育の連続性で工夫改善しようとするから、つまんないんです。だったら発想を変えて、大胆に使いましょうと。学習は、おもしろいことが大事だと思います。実際、従来の授業と今回の授業では、子供たちの取り組みの姿勢が、ぜんぜん違います。

──教育現場とテレビゲームは、決して相いれないものではない……との認識でよいのでしょうか?
松田 「これが昔の遊びだよ」って、学校でも子どもたちに体験させる機会がありますけど、本質的にはそれと同じです。時代が変わって、デジタルがベースになっているだけで。ただ、そればかりやっていても、発想は広がりません。『マインクラフト』で何か作ろうとなった時、自分の閉じられた世界の材料だけでは、何も作れないじゃないですか。だから、(学校の敷地内外に広がる緑を見渡して)こういう自然との対話が生まれたり、友だちと対面のコミュニケーションがとれる場で、何を、どう学ぶかが、より大事になってくると思います。